「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第3部
火紅狐・政争記 4
フォコの話、84話目。
人を駒にする。
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4.
散々糾弾を受け、流石のバーミー卿も疲労困憊になっていた。
「災難ですな」
「まったくだ……」
ほうほうの体で執務室に戻ったバーミー卿のところに、またケネスが現れた。
「それで彼は、気付いていましたか?」
「それを聞く必要があるのか?」
バーミー卿は濡らしたタオルで顔を拭きながら、ケネスをジロリと横目に見る。
「君がここにいる、と言うことは、こうなると読んでいたのだろう?」
「ええ、まあ。私の予想以上に、彼は賢しい人間だったようで」
「それでも君の方が一枚上手だった、……とあってほしいのだが」
「ご安心ください。その通りです」
にっこりと笑うケネスに、バーミー卿もようやく安堵した。
「では、対策を?」
「ええ。既に彼を攻め落とす準備はできています。
……が、少しばかりお待ちいただきたい」
「うん?」
「政情不安を懸念しての、陛下からのお達しです。『朕も近年の卿のやり方には不安と疑念を感じておる。あの若い政務大臣の言う通りにせよ』と」
「何だと? ……何故、私の耳に入ってこなかったのだ」
「つい先程仰られたからです。私に、伝えるようにと」
「……ぬう」
バーミー卿の顔が曇る。
「どうも……、面倒とは思わんか?」
「と言うと?」
「陛下の横槍がだよ。積極的に動きはしないが、何かに付け、ああしろ、こうするなと、細かく口を挟んでくる」
「ま、それが陛下なりの政治運営なのでしょう。自分は前に出ず、背後で人を操作する。そうやってこの30余年、天帝と言う地位を守ってきたのでしょうな。
とは言え確かに、卿の言う通りではある。少々、目障りに過ぎますな」
「ああ。こう言っては何だが、陛下がいなければ、君と私の計画はもっと早く進んでいた。……まあ、陛下の許可と根回し、黙認があってこそ、計画が動かせたわけだが」
「荷車と同じですな。重い荷車をいきなり引っ張るのは難しいですし、初めは人手がいる。が、一旦動いてしまえば、人は何人もいらない。
そろそろお役御免ですな、陛下は」
半年後、中央政府の第7代天帝であったソロン・タイムズ帝が崩御した。主な原因は病死と伝えられたが、不可解な点もあったと言う。
だがそれ以上に不可解であると話題になったのは、次代の天帝が、最も愚鈍であると評判だったオーヴェル・タイムズになったことだった。
言うまでも無く、ケネスはこれらに関与していた。そして愚鈍な帝を、彼が利用しないわけが無い。
306年、前回の討議から1年後のこと。
「前年に論じられた『305年是正勧告』討議について、朕は異議を申し立てる」
議会においてオーヴェル帝は、ランドが主導していた汚職への討議・是正勧告を無理矢理に引っくり返した。
「朕を初めとする歴代天帝の成す『世界平定』を脅かす輩は、早い内から叩き潰すべきであろう。バーミー卿はその慧眼を以って、早々に対策をしてくれていた。
だがファスタ卿、貴君の小手先、目先の行動で、その折角の対策が無碍になってしまった。閣僚級会談が行われなくなって以降、多くの紛争や混乱はひどくなる一方。これは紛れも無く、貴君の責任ぞ」
あまりに一方的、一局的な言われ方に、ランドは面食らった。
「な、何を仰いますか!? 事実として、バーミー卿の独断専横によって……」「黙れ!」
反論しようとするランドを、帝は怒鳴りつける。
「貴様は信用できぬ! 即刻去れ!」
「は……!?」
「いいや、去るだけでは足らぬ! 朕の城を、国を騒がせた国賊だ! 捕らえて罰を与えよ!」
「な、……何ですって!?」
呆然とするランドの周りに、兵士が集まってくる。
「貴様だけではない、こいつに与した者も同罪だ! こいつに賛同した者も、捕らえるのだ!」
「な……」
ランドは両腕をつかまれながら、後ろを向いた。
「……っ」
一年前、自分に賛同してくれた者たちは皆、自分と目を合わせようとしなかった。
「お前はどうだ!?」
帝が一人を指差す。
「……いえ、賛同など」
「お前は?」
「懐疑的でした」
「お前はどうなのだ?」
「現実を無視した理想論です。片腹痛い」
「ではお前は?」
「周りの雰囲気がそんな感じだったので……。自分は反対でした」
「そうか。……ではファスタ卿、お前だけだな」
「……そんな」
一斉に掌を返され、ランドは絶句した。
「さあ連れて行け!」
帝の命令により、ランドはずるずると引きずられながら、議事堂を去って行った。
「フハハ……」
すれ違いざまにその様子を眺めていたケネスは、ニヤニヤと笑っていた。
(やはり青二才っ……! 自分一人で何でもできると思い、自分一人でやっているつもりでいるっ……!
馬鹿がっ……! お前が相手にしているのは何だ? 家畜か? 野菜か? 違うだろう? 人だろう、相手はっ……!
人を味方に付けたからこそ、去年の会議は成功したのだ。だがお前は肝心な人物を抱き込まなかった。それは紛れも無いミス! 大ミスだっ……!
私は根回ししていたのだよ。そう、オーヴェル帝を抱き込み、議会でお前を糾弾するよう仕組んだのだ。中央政府を動かす上で最も重要な駒、最も力ある駒を、お前は軽視、無視していた。
どうせ青臭いお前のこと、いずれは半ば傀儡化していた天帝をも叩こうと考えていたのだろう。ハナから敵と断じ、味方に付けなかった。
それがお前の敗因だ――昨日味方だった人間がそのまま、今日も味方でいてくれるなどと思っているから、こうなるっ……!
明日、敵に回すつもりの人間でも、今日は味方に付けておく。その発想が無かったお前は、こうなって当然、当然、至極当然っ……!)
引きずられていくランドの背中を眺めながら、ケネスは彼を嘲笑った。
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人を駒にする。
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4.
散々糾弾を受け、流石のバーミー卿も疲労困憊になっていた。
「災難ですな」
「まったくだ……」
ほうほうの体で執務室に戻ったバーミー卿のところに、またケネスが現れた。
「それで彼は、気付いていましたか?」
「それを聞く必要があるのか?」
バーミー卿は濡らしたタオルで顔を拭きながら、ケネスをジロリと横目に見る。
「君がここにいる、と言うことは、こうなると読んでいたのだろう?」
「ええ、まあ。私の予想以上に、彼は賢しい人間だったようで」
「それでも君の方が一枚上手だった、……とあってほしいのだが」
「ご安心ください。その通りです」
にっこりと笑うケネスに、バーミー卿もようやく安堵した。
「では、対策を?」
「ええ。既に彼を攻め落とす準備はできています。
……が、少しばかりお待ちいただきたい」
「うん?」
「政情不安を懸念しての、陛下からのお達しです。『朕も近年の卿のやり方には不安と疑念を感じておる。あの若い政務大臣の言う通りにせよ』と」
「何だと? ……何故、私の耳に入ってこなかったのだ」
「つい先程仰られたからです。私に、伝えるようにと」
「……ぬう」
バーミー卿の顔が曇る。
「どうも……、面倒とは思わんか?」
「と言うと?」
「陛下の横槍がだよ。積極的に動きはしないが、何かに付け、ああしろ、こうするなと、細かく口を挟んでくる」
「ま、それが陛下なりの政治運営なのでしょう。自分は前に出ず、背後で人を操作する。そうやってこの30余年、天帝と言う地位を守ってきたのでしょうな。
とは言え確かに、卿の言う通りではある。少々、目障りに過ぎますな」
「ああ。こう言っては何だが、陛下がいなければ、君と私の計画はもっと早く進んでいた。……まあ、陛下の許可と根回し、黙認があってこそ、計画が動かせたわけだが」
「荷車と同じですな。重い荷車をいきなり引っ張るのは難しいですし、初めは人手がいる。が、一旦動いてしまえば、人は何人もいらない。
そろそろお役御免ですな、陛下は」
半年後、中央政府の第7代天帝であったソロン・タイムズ帝が崩御した。主な原因は病死と伝えられたが、不可解な点もあったと言う。
だがそれ以上に不可解であると話題になったのは、次代の天帝が、最も愚鈍であると評判だったオーヴェル・タイムズになったことだった。
言うまでも無く、ケネスはこれらに関与していた。そして愚鈍な帝を、彼が利用しないわけが無い。
306年、前回の討議から1年後のこと。
「前年に論じられた『305年是正勧告』討議について、朕は異議を申し立てる」
議会においてオーヴェル帝は、ランドが主導していた汚職への討議・是正勧告を無理矢理に引っくり返した。
「朕を初めとする歴代天帝の成す『世界平定』を脅かす輩は、早い内から叩き潰すべきであろう。バーミー卿はその慧眼を以って、早々に対策をしてくれていた。
だがファスタ卿、貴君の小手先、目先の行動で、その折角の対策が無碍になってしまった。閣僚級会談が行われなくなって以降、多くの紛争や混乱はひどくなる一方。これは紛れも無く、貴君の責任ぞ」
あまりに一方的、一局的な言われ方に、ランドは面食らった。
「な、何を仰いますか!? 事実として、バーミー卿の独断専横によって……」「黙れ!」
反論しようとするランドを、帝は怒鳴りつける。
「貴様は信用できぬ! 即刻去れ!」
「は……!?」
「いいや、去るだけでは足らぬ! 朕の城を、国を騒がせた国賊だ! 捕らえて罰を与えよ!」
「な、……何ですって!?」
呆然とするランドの周りに、兵士が集まってくる。
「貴様だけではない、こいつに与した者も同罪だ! こいつに賛同した者も、捕らえるのだ!」
「な……」
ランドは両腕をつかまれながら、後ろを向いた。
「……っ」
一年前、自分に賛同してくれた者たちは皆、自分と目を合わせようとしなかった。
「お前はどうだ!?」
帝が一人を指差す。
「……いえ、賛同など」
「お前は?」
「懐疑的でした」
「お前はどうなのだ?」
「現実を無視した理想論です。片腹痛い」
「ではお前は?」
「周りの雰囲気がそんな感じだったので……。自分は反対でした」
「そうか。……ではファスタ卿、お前だけだな」
「……そんな」
一斉に掌を返され、ランドは絶句した。
「さあ連れて行け!」
帝の命令により、ランドはずるずると引きずられながら、議事堂を去って行った。
「フハハ……」
すれ違いざまにその様子を眺めていたケネスは、ニヤニヤと笑っていた。
(やはり青二才っ……! 自分一人で何でもできると思い、自分一人でやっているつもりでいるっ……!
馬鹿がっ……! お前が相手にしているのは何だ? 家畜か? 野菜か? 違うだろう? 人だろう、相手はっ……!
人を味方に付けたからこそ、去年の会議は成功したのだ。だがお前は肝心な人物を抱き込まなかった。それは紛れも無いミス! 大ミスだっ……!
私は根回ししていたのだよ。そう、オーヴェル帝を抱き込み、議会でお前を糾弾するよう仕組んだのだ。中央政府を動かす上で最も重要な駒、最も力ある駒を、お前は軽視、無視していた。
どうせ青臭いお前のこと、いずれは半ば傀儡化していた天帝をも叩こうと考えていたのだろう。ハナから敵と断じ、味方に付けなかった。
それがお前の敗因だ――昨日味方だった人間がそのまま、今日も味方でいてくれるなどと思っているから、こうなるっ……!
明日、敵に回すつもりの人間でも、今日は味方に付けておく。その発想が無かったお前は、こうなって当然、当然、至極当然っ……!)
引きずられていくランドの背中を眺めながら、ケネスは彼を嘲笑った。
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