「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第3部
火紅狐・逢魔記 5
フォコの話、91話目。
九枚舌。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
「……ま、僕の経緯はそんなところだね」
時間はフォコとランドが出会い、共に北方行きの船に乗り込んだ時点に戻る。
「ああ……、大臣さんだったんですね。確かに、どこかで聞いたような気が」
残念ながら、酒と絶望にまみれた生活を3年続けていたフォコは、ナラン島以前のことをはっきりとは覚えていない。
だから、かつて目の前にいる青年とクラフトランドで出会っていたこと、すなわち彼がネール家の一員であることに、全く気付いていない。
「じゃあ、ランドさんもタイカさんのこと、良く知らないんですね?」
「そうなんだ。央南人っぽいなぁ、くらいにしか分からない」
二人は海を眺めている大火にチラ、と目をやる。
「……央南人なんですか? 確かに名前もそれっぽいし、顔つきもそう見えなくはないですけど」
「まあ、僕も見た目だけでしか言ってないし。……何者なんだろうね?」
「さあ……?」
と、二人の視線に気付いた大火が、こちらを向く。
「何だ?」
「あの、タイカさんて」
「うん?」
大火に興味を持ったフォコは、質問をぶつけてみた。
「何でランドさんを助けようと? 何か理由があって……?」
「何のことは無い、単なる偶然だ。
偶然、俺があの牢獄近くを通りかかった。そこでそいつの声が聞こえてきたから、契約した。それだけだ」
「契約……?」
「俺は魔術師だ。この世で商人と同じくらいに、契約を重んじる。……理由については、それしか言えんな」
「……?」
良く分からない答えに、フォコもランドも首をかしげるしかなかった。
「……そう言えばさ」
と、今度はランドがフォコについて質問する。
「何でフード被ってるの? 暑くないの?」
「え? あ、ええ、別に、その、脱ぐ必要も無いかなって」
そうは言ってみせるが、実際は非常に暑い。
寒冷地の北方大陸に向かう途上とは言え、今はまだ夏盛りの中央圏内である。フォコの被るフードの中は、汗でぐっしょりと濡れていた。
「……君も結構、わけありそうだよね」
当然、ランドはいぶかしげな目を向けてきた。
「良かったら、聞かせてくれるかい?」
「あ、と……」
フォコは真実を――仇敵・ケネスに対抗するため、金火狐に誘われ、ランドたちに付いて来たことを話すべきか、逡巡した。
(自分の体験やけど、……ウソ臭いなぁ)
フォコは真実には一切触れず、ごまかすことにした。
「……まあ、さっきも言いましたけど、僕は特に目的、無いんですよ。お二人に付いて来たのも、興味本位です。このフードについては、単に好きだからです。
これで納得してください」
「う……、ん」
言葉の裏に仄見える圧力を感じてくれたらしく、ランドはそれ以上聞こうとしなかった。
だが、大火は逆に興味を抱いたらしい。
「二枚舌、と言う言葉があるが」
「へ?」
「お前は九枚舌だな。狐らしいと言うか」
「9?」
「さっきから嘘ばかり言っているな、お前。
目的が無い? 楽しそう? 好み? どれもこれも、嘘だろう? お前のオーラ、心は、まるで正反対に光っているぞ」
「……」
大火の言うオーラと言うのが何かは分からなかったが、確かに今、フォコはごまかしの裏で、本懐を唱えていたのだ。
「その裏で考えていたのは、もっと真剣味のあることのはずだ。それも何か、激しい感情を伴うような――例えば、憎むべき相手を倒すとか、仇討ちのようなものを」
「……!」
大火の鋭い看破に、フォコは言葉を失った。
「まあ、いい。言いたくないと言うなら、それで構わんさ」
「……ええ」
フォコはこの底知れぬ男に不気味な何かを感じつつも、あくまで白を切り通した。
(ウソ臭いちゅうのんもあるけど……、まだ明かすわけにはいかへん。
そら、『あの方』が示してくれた二人やけど、せやからって丸っきり信用できるか? ……さっきランドさんが言うてた話かて、どこまで本当かどうか。もしかしたら、それも嘘かも知れへんやろ?
いや、それに――さっきの話が本当やったとして、この人は大臣さんやったんや。そんな偉い奴やったら、もしかしたらアイツ……、ケネスと関わりがあるかも知れへん。
困ってるのんは本当っぽいし、それやったらいずれ、ケネスに助けを求めるかも、やろ? そん時、僕が取引の材料にされるかも知れへん。
……何にせよ、用心するに越したことは無いんや)
これまでの人生で何度も痛めつけられたために、フォコはとても用心深くなっていた。
あのただただ熱く、無鉄砲に駆け出すだけの「お坊ちゃま」はもう、フォコの中にいない。
より周到に、冷静に歩を進める男の――後の英雄、ニコル3世の片鱗を、フォコはこの頃から既に、見せ始めていた。
火紅狐・逢魔記 終
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九枚舌。
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「……ま、僕の経緯はそんなところだね」
時間はフォコとランドが出会い、共に北方行きの船に乗り込んだ時点に戻る。
「ああ……、大臣さんだったんですね。確かに、どこかで聞いたような気が」
残念ながら、酒と絶望にまみれた生活を3年続けていたフォコは、ナラン島以前のことをはっきりとは覚えていない。
だから、かつて目の前にいる青年とクラフトランドで出会っていたこと、すなわち彼がネール家の一員であることに、全く気付いていない。
「じゃあ、ランドさんもタイカさんのこと、良く知らないんですね?」
「そうなんだ。央南人っぽいなぁ、くらいにしか分からない」
二人は海を眺めている大火にチラ、と目をやる。
「……央南人なんですか? 確かに名前もそれっぽいし、顔つきもそう見えなくはないですけど」
「まあ、僕も見た目だけでしか言ってないし。……何者なんだろうね?」
「さあ……?」
と、二人の視線に気付いた大火が、こちらを向く。
「何だ?」
「あの、タイカさんて」
「うん?」
大火に興味を持ったフォコは、質問をぶつけてみた。
「何でランドさんを助けようと? 何か理由があって……?」
「何のことは無い、単なる偶然だ。
偶然、俺があの牢獄近くを通りかかった。そこでそいつの声が聞こえてきたから、契約した。それだけだ」
「契約……?」
「俺は魔術師だ。この世で商人と同じくらいに、契約を重んじる。……理由については、それしか言えんな」
「……?」
良く分からない答えに、フォコもランドも首をかしげるしかなかった。
「……そう言えばさ」
と、今度はランドがフォコについて質問する。
「何でフード被ってるの? 暑くないの?」
「え? あ、ええ、別に、その、脱ぐ必要も無いかなって」
そうは言ってみせるが、実際は非常に暑い。
寒冷地の北方大陸に向かう途上とは言え、今はまだ夏盛りの中央圏内である。フォコの被るフードの中は、汗でぐっしょりと濡れていた。
「……君も結構、わけありそうだよね」
当然、ランドはいぶかしげな目を向けてきた。
「良かったら、聞かせてくれるかい?」
「あ、と……」
フォコは真実を――仇敵・ケネスに対抗するため、金火狐に誘われ、ランドたちに付いて来たことを話すべきか、逡巡した。
(自分の体験やけど、……ウソ臭いなぁ)
フォコは真実には一切触れず、ごまかすことにした。
「……まあ、さっきも言いましたけど、僕は特に目的、無いんですよ。お二人に付いて来たのも、興味本位です。このフードについては、単に好きだからです。
これで納得してください」
「う……、ん」
言葉の裏に仄見える圧力を感じてくれたらしく、ランドはそれ以上聞こうとしなかった。
だが、大火は逆に興味を抱いたらしい。
「二枚舌、と言う言葉があるが」
「へ?」
「お前は九枚舌だな。狐らしいと言うか」
「9?」
「さっきから嘘ばかり言っているな、お前。
目的が無い? 楽しそう? 好み? どれもこれも、嘘だろう? お前のオーラ、心は、まるで正反対に光っているぞ」
「……」
大火の言うオーラと言うのが何かは分からなかったが、確かに今、フォコはごまかしの裏で、本懐を唱えていたのだ。
「その裏で考えていたのは、もっと真剣味のあることのはずだ。それも何か、激しい感情を伴うような――例えば、憎むべき相手を倒すとか、仇討ちのようなものを」
「……!」
大火の鋭い看破に、フォコは言葉を失った。
「まあ、いい。言いたくないと言うなら、それで構わんさ」
「……ええ」
フォコはこの底知れぬ男に不気味な何かを感じつつも、あくまで白を切り通した。
(ウソ臭いちゅうのんもあるけど……、まだ明かすわけにはいかへん。
そら、『あの方』が示してくれた二人やけど、せやからって丸っきり信用できるか? ……さっきランドさんが言うてた話かて、どこまで本当かどうか。もしかしたら、それも嘘かも知れへんやろ?
いや、それに――さっきの話が本当やったとして、この人は大臣さんやったんや。そんな偉い奴やったら、もしかしたらアイツ……、ケネスと関わりがあるかも知れへん。
困ってるのんは本当っぽいし、それやったらいずれ、ケネスに助けを求めるかも、やろ? そん時、僕が取引の材料にされるかも知れへん。
……何にせよ、用心するに越したことは無いんや)
これまでの人生で何度も痛めつけられたために、フォコはとても用心深くなっていた。
あのただただ熱く、無鉄砲に駆け出すだけの「お坊ちゃま」はもう、フォコの中にいない。
より周到に、冷静に歩を進める男の――後の英雄、ニコル3世の片鱗を、フォコはこの頃から既に、見せ始めていた。
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