「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第3部
火紅狐・合従記 1
フォコの話、103話目。
荒んだ街。
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1.
何度か触れた話だが――北方大陸は山間部と沿岸部の二地域に大別される。
寒冷地である北方大陸なので、沿岸部に面している海岸のほとんどは、一年に渡ってほぼ氷が張り、他の地域のように船舶の通行はできない。
わずかにグリーンプールやその他、いくつかの港町が、年間を通してほぼ凍らない港、不凍港として重宝され、そこを軸とした社会が形成されている。とは言え貿易が活発化するまで、北方がいわゆる「鎖国状態」にあった頃は、資源に乏しい土地として、あまり重要視されてはいなかった。
だが、海外との交流が活発化するにつれ、その地位は逆転の一途を辿った。沿岸部には冬を除き、毎日のように物資と外貨が入ってくる。その量は、山間部で発行・生産される量を大幅に上回っており、北方内の通貨、グランを駆逐し始めた。
王室は自国通貨が駆逐され、国内市場が操作不能になることを回避しようと、それを上回る額の通貨を無理矢理に発行。それを皮切りに、王室政府の財政はみるみる悪化していき、双月暦3世紀の中頃、1クラム当たり100000グラン以上と言う凶悪な水ぶくれ――ハイパーインフレが発生し、ついにパンクした。
さらにはその危機的状況を打開しようと、王室政府があの手この手を繰り返して疲労していくうちに、北方の地方自治も連動して停滞・破綻。
無秩序となった地域をまとめたのは、武力と組織力を持つ軍閥であった。
そして4世紀、307年現在。
政治機能が壊れた首都フェルタイルは、荒れ果てていた。
「おわっ!?」
ランドがひび割れたレンガ道に足を取られ、勢いよく前のめりに倒れる。
「あいたた……」
「気を付けてね。もう半世紀は、道の舗装なんてしてないもの」
「そ、そんなに?」
「余裕ないもの。道や建物の補修までやってらんないわ」
「ひどいですねぇ」
イールの言う通り、街のあちこちには亀裂やひび割れが生じ、一見しただけでは廃墟なのかさびれた街なのか、見分けがつかないほどだった。
「……ランド、あなたの言う通りかもね」
と、イールがしんみりした声を出す。
「って言うと?」
「もしあたしたちが無理矢理に軍閥を叩きのめしても、お金はどこにも入ってこない。
そしたらずーっと、街はこのまんまなのよね」
「そうだね。大事なのはトップ同士の勝ち負けじゃないよ。みんなが豊かになることだ」
「そう、ね」
やがて一行は、小ぢんまりした家に到着した。
「ここがあたしの、フェルタイルでの家。さ、入って」
そう促し、イールは中へと入る。
「見た目は、ただの家ですね」
フォコの言う通り、家の中には特に、目を引くようなものはない。
「ここもブラックウッドみたいに、隠し通路とかが?」
「そうよ。こっち来て」
イールは三人を連れ、地下室に降りた。
「この本棚をどかして、……と」
本棚の裏に、扉が現れる。
「この地下道が、キルシュ卿の屋敷に通じてるの」
地下道を進みつつ、イールはキルシュ卿について話してくれた。
「キルシュ卿は、反王室派として広く知られているわ。それでも大臣職に就いてるのは、彼以上のまとめ役と、金ヅルがいないから」
「金ヅル?」
「実業家でもあるのよ、キルシュ卿は。
山間部にミラーフィールドって州があるんだけど、そこで取れる野菜とか塩とかを、キルシュ卿の家が卸してるの。ギリギリで首都を維持してられるのは、卿の流通網のおかげってわけ。
それに交渉事もうまいから、ただでさえ武力介入されかねない首都を、卿は商業取引で守ってるの。
もし卿がいなくなれば、首都は三ヶ月と持たないでしょうね」
話しているうちに、一行は地下道を抜けた。
「ここは、屋敷の納屋ね。ここを出たところが、屋敷の庭よ」
と、納屋を出たところで、一行は草木に水をやる、エルフの老人と出くわした。
「うん? ……おお、君は」
そのエルフはにっこりと、柔らかく微笑みかけた。
「お久しぶりです、キルシュ卿」
「うん、うん。元気にしていたかね、イール」
イールは老人――ノルド王国の要、エルネスト・キルシュ卿にぺこりと頭を下げた。
「おかげさまで。……あの、今日は客人を連れて来ました」
「客人? ……おや、あなたは」
キルシュ卿はランドに目を留め、驚いた顔を見せた。
「ご無沙汰しておりました」
「ええ、ええ、こちらこそ。確か、以前にお会いしたのは……、そう、305年度貿易協定会議の時、でしたね」
「そうです。その節はどうも……」
互いに堅い挨拶を交わした後、ランドの方から話を切り出した。
「実はキルシュ卿、私は……」
「ええ、聞いています。新しい天帝陛下のご機嫌を損ねた、とか」
「その通りです。その後投獄されたのですが、その……、脱獄に成功し、こちらまで向かった次第です」
「ふむ……?」
キルシュ卿はランドの真意を測りかねたらしく、戸惑った顔をする。
「ともかく……、私の屋敷まで、どうぞお入りください」
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「蒼天剣」から継続しているルールの一つ、レート。
どの時代においても、1クラム=20円です。
つまり1グランは0.0002円。
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荒んだ街。
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何度か触れた話だが――北方大陸は山間部と沿岸部の二地域に大別される。
寒冷地である北方大陸なので、沿岸部に面している海岸のほとんどは、一年に渡ってほぼ氷が張り、他の地域のように船舶の通行はできない。
わずかにグリーンプールやその他、いくつかの港町が、年間を通してほぼ凍らない港、不凍港として重宝され、そこを軸とした社会が形成されている。とは言え貿易が活発化するまで、北方がいわゆる「鎖国状態」にあった頃は、資源に乏しい土地として、あまり重要視されてはいなかった。
だが、海外との交流が活発化するにつれ、その地位は逆転の一途を辿った。沿岸部には冬を除き、毎日のように物資と外貨が入ってくる。その量は、山間部で発行・生産される量を大幅に上回っており、北方内の通貨、グランを駆逐し始めた。
王室は自国通貨が駆逐され、国内市場が操作不能になることを回避しようと、それを上回る額の通貨を無理矢理に発行。それを皮切りに、王室政府の財政はみるみる悪化していき、双月暦3世紀の中頃、1クラム当たり100000グラン以上と言う凶悪な水ぶくれ――ハイパーインフレが発生し、ついにパンクした。
さらにはその危機的状況を打開しようと、王室政府があの手この手を繰り返して疲労していくうちに、北方の地方自治も連動して停滞・破綻。
無秩序となった地域をまとめたのは、武力と組織力を持つ軍閥であった。
そして4世紀、307年現在。
政治機能が壊れた首都フェルタイルは、荒れ果てていた。
「おわっ!?」
ランドがひび割れたレンガ道に足を取られ、勢いよく前のめりに倒れる。
「あいたた……」
「気を付けてね。もう半世紀は、道の舗装なんてしてないもの」
「そ、そんなに?」
「余裕ないもの。道や建物の補修までやってらんないわ」
「ひどいですねぇ」
イールの言う通り、街のあちこちには亀裂やひび割れが生じ、一見しただけでは廃墟なのかさびれた街なのか、見分けがつかないほどだった。
「……ランド、あなたの言う通りかもね」
と、イールがしんみりした声を出す。
「って言うと?」
「もしあたしたちが無理矢理に軍閥を叩きのめしても、お金はどこにも入ってこない。
そしたらずーっと、街はこのまんまなのよね」
「そうだね。大事なのはトップ同士の勝ち負けじゃないよ。みんなが豊かになることだ」
「そう、ね」
やがて一行は、小ぢんまりした家に到着した。
「ここがあたしの、フェルタイルでの家。さ、入って」
そう促し、イールは中へと入る。
「見た目は、ただの家ですね」
フォコの言う通り、家の中には特に、目を引くようなものはない。
「ここもブラックウッドみたいに、隠し通路とかが?」
「そうよ。こっち来て」
イールは三人を連れ、地下室に降りた。
「この本棚をどかして、……と」
本棚の裏に、扉が現れる。
「この地下道が、キルシュ卿の屋敷に通じてるの」
地下道を進みつつ、イールはキルシュ卿について話してくれた。
「キルシュ卿は、反王室派として広く知られているわ。それでも大臣職に就いてるのは、彼以上のまとめ役と、金ヅルがいないから」
「金ヅル?」
「実業家でもあるのよ、キルシュ卿は。
山間部にミラーフィールドって州があるんだけど、そこで取れる野菜とか塩とかを、キルシュ卿の家が卸してるの。ギリギリで首都を維持してられるのは、卿の流通網のおかげってわけ。
それに交渉事もうまいから、ただでさえ武力介入されかねない首都を、卿は商業取引で守ってるの。
もし卿がいなくなれば、首都は三ヶ月と持たないでしょうね」
話しているうちに、一行は地下道を抜けた。
「ここは、屋敷の納屋ね。ここを出たところが、屋敷の庭よ」
と、納屋を出たところで、一行は草木に水をやる、エルフの老人と出くわした。
「うん? ……おお、君は」
そのエルフはにっこりと、柔らかく微笑みかけた。
「お久しぶりです、キルシュ卿」
「うん、うん。元気にしていたかね、イール」
イールは老人――ノルド王国の要、エルネスト・キルシュ卿にぺこりと頭を下げた。
「おかげさまで。……あの、今日は客人を連れて来ました」
「客人? ……おや、あなたは」
キルシュ卿はランドに目を留め、驚いた顔を見せた。
「ご無沙汰しておりました」
「ええ、ええ、こちらこそ。確か、以前にお会いしたのは……、そう、305年度貿易協定会議の時、でしたね」
「そうです。その節はどうも……」
互いに堅い挨拶を交わした後、ランドの方から話を切り出した。
「実はキルシュ卿、私は……」
「ええ、聞いています。新しい天帝陛下のご機嫌を損ねた、とか」
「その通りです。その後投獄されたのですが、その……、脱獄に成功し、こちらまで向かった次第です」
「ふむ……?」
キルシュ卿はランドの真意を測りかねたらしく、戸惑った顔をする。
「ともかく……、私の屋敷まで、どうぞお入りください」
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