「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第3部
火紅狐・合従記 2
フォコの話、104話目。
統治論。
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2.
ランドの経緯を聞き終えたキルシュ卿は、腕を組んでうなった。
「ふうむ……、なるほど、それで私のところに」
「ええ。しばらく、サンドラ氏と行動を共にするつもりです」
「ほう……。つまり、彼女の率いる反乱軍に参加する、と言うことですか。しかし……」
キルシュ卿は口ひげをもみながら、ランドに質問をぶつけてくる。
「あなたほどの英才が、何故そのような道を?
話の是非はともかくとして、私の口添えで側近になってもらい、政治面でこの国を立ち直させる。そうした手も、無いわけではないのですが」
「ええ。恐らくそちらの方が、私に似つかわしく、かつ、適した手法でしょう。
ですが、その手段は何年の時を費やすことになるでしょうか?」
問い返され、キルシュ卿は「ううむ……」とうなる。
「サンドラ氏に連れられ、私はこの国の中核を観察させていただきました。
以前お会いした時、その時は沿岸部の、そこそこには豊かな場所での会談でした。その街は道も整備され、木々も青々としており、すれ違う人々の顔は活力に満ちていました。
ところがどうでしょう、この国の中核、この街の惨状ときたら。道は割れ、家々の壁は崩れ、人々は皆何かにもたれかかるようにして歩いている。
キルシュ卿、あなたが今の職、商政大臣と言う地位に就いて、何年になりますか?」
「6年、……ですな」
「優秀な卿でも、この現状を覆しきれていない。あなたの言に従い、私が政治面で活躍しようとも、恐らくもう10年、20年はかかるでしょう。
それを待っていてくれるでしょうか、人民は?」
「……」
キルシュ卿は渋い顔をし、顔の前で腕を組んでうなった。
「確かに、確かに……。あなたの言う通りでしょうな、何もかも。
私ももう80近い身ですし、私自身もそこまで持ちはしますまい。いや、むしろ年波に押されて、現状の維持すらできなくなるでしょうな。確かに、時間はもういくらも、待ってはくれんでしょう。
しかし……、これもまた、あなた自身が仰ったことです。反乱軍に入って戦うなど、あなたの執るべき策ではないはずだ」
と――ランドは、その言葉に首を振った。
「いいえ、キルシュ卿。私は戦いません」
「……うむ?」
ランドの発言に、キルシュ卿も、イールも、そしてフォコも目を丸くする。
「ちょ、ちょっとランドさん? 話、違うやないですか?」
「そうよ! 散々偉そうなこと言って、戦わないってなんなのよ!?」
騒ぐ周囲に、ランドはパタパタと手を振ってなだめる。
「聞いてくれ、皆。もう一度言うけど、僕は戦わない。何故なら、僕には力も度胸もないからだ。魔力もないし。
でもその代わり、僕には知恵がある。この北方の戦乱を収められるだけの、知恵がね」
「……?」
「それを検討しに、僕はここまで来たんだ。
キルシュ卿に、こう進めていいかと。イールに、反乱軍の皆をこう使っていいかと、尋ねるためにね」
周りが落ち着いたところで、ランドは己の考えを説明し始めた。
「まず、反乱軍の認識――イールの主張をそれと仮定して、話を進めるけど――北方、ノルド王国は四大軍閥とその下っ端により、王国の支配を外れて好き勝手している。だから彼らは悪者であり、それを何とかしなければ平和は訪れない。
これで合ってるかな?」
「ええ。大体みんな、そう思ってるでしょうね」
「それが間違いの元だと思うんだ。いや、間違いと言うより、泥沼化した原因かな」
「え……?」
ランドは椅子を持ち上げ、説明を続ける。
「これは椅子だ。四本の脚で支えている」
「見りゃ分かるわよ」
「でもこれだけを椅子とは呼ばない。太い一本足で支えられていても、皆はそれを椅子と認識している。違うかい?」
「まあ、そうでしょうね」
「でも君たちは、そうしているんだ。『一本足じゃなきゃ椅子じゃない。四本足なんて認められない』、と主張している」
「はい?」
ランドは椅子を下ろし、立ち上がったまま語り続ける。
「つまりは、ノルド王室とか、自分たちの軍とか、どこか一つの組織の独裁でなきゃこの国は成り立たない、成立・維持し得ないと主張しているんだ。
でも現状はどうだろうか? 四大軍閥なり、これまで築かれていた軍閥なりが、地方を統治していた。それで北方大陸の政治・経済は維持されてきたはずだ」
「……!」
この説明に、キルシュ卿は目を見開いた。
「それでうまく行ってたって言うなら、これからもそうさせればいいんだ。
一つの地域を支配している組織を『敵』と見なして攻撃するよりは、『この国を共同で統治する協力者』と扱えばいい。
相手だって、周りのみんなが全部敵であるよりも、協力者であってくれた方がどれだけ安心するだろうか? 少なくとも、これまでのようにいがみ合ったりはしないはずだ。
事実、沿岸部においても、イドゥン軍閥とギジュン軍閥とが協力関係にあった時は、それなりに平和だったんだろう?」
「それは……、確かに」
複雑な表情を浮かべながらも、イールはうなずく。
「それが敵対したから、平和じゃなくなった。この因果関係は、他の軍閥に対しても通用するんじゃないだろうか?」
「確かに」
キルシュ卿は深々とうなずき、ランドの主張に同意する。
「私と取引関係にある軍閥は、攻めてこようとはしない。協力する価値のある相手、と見ているからでしょうな」
「そう。その関係を、北方全域に応用すればいいんだ」
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統治論。
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2.
ランドの経緯を聞き終えたキルシュ卿は、腕を組んでうなった。
「ふうむ……、なるほど、それで私のところに」
「ええ。しばらく、サンドラ氏と行動を共にするつもりです」
「ほう……。つまり、彼女の率いる反乱軍に参加する、と言うことですか。しかし……」
キルシュ卿は口ひげをもみながら、ランドに質問をぶつけてくる。
「あなたほどの英才が、何故そのような道を?
話の是非はともかくとして、私の口添えで側近になってもらい、政治面でこの国を立ち直させる。そうした手も、無いわけではないのですが」
「ええ。恐らくそちらの方が、私に似つかわしく、かつ、適した手法でしょう。
ですが、その手段は何年の時を費やすことになるでしょうか?」
問い返され、キルシュ卿は「ううむ……」とうなる。
「サンドラ氏に連れられ、私はこの国の中核を観察させていただきました。
以前お会いした時、その時は沿岸部の、そこそこには豊かな場所での会談でした。その街は道も整備され、木々も青々としており、すれ違う人々の顔は活力に満ちていました。
ところがどうでしょう、この国の中核、この街の惨状ときたら。道は割れ、家々の壁は崩れ、人々は皆何かにもたれかかるようにして歩いている。
キルシュ卿、あなたが今の職、商政大臣と言う地位に就いて、何年になりますか?」
「6年、……ですな」
「優秀な卿でも、この現状を覆しきれていない。あなたの言に従い、私が政治面で活躍しようとも、恐らくもう10年、20年はかかるでしょう。
それを待っていてくれるでしょうか、人民は?」
「……」
キルシュ卿は渋い顔をし、顔の前で腕を組んでうなった。
「確かに、確かに……。あなたの言う通りでしょうな、何もかも。
私ももう80近い身ですし、私自身もそこまで持ちはしますまい。いや、むしろ年波に押されて、現状の維持すらできなくなるでしょうな。確かに、時間はもういくらも、待ってはくれんでしょう。
しかし……、これもまた、あなた自身が仰ったことです。反乱軍に入って戦うなど、あなたの執るべき策ではないはずだ」
と――ランドは、その言葉に首を振った。
「いいえ、キルシュ卿。私は戦いません」
「……うむ?」
ランドの発言に、キルシュ卿も、イールも、そしてフォコも目を丸くする。
「ちょ、ちょっとランドさん? 話、違うやないですか?」
「そうよ! 散々偉そうなこと言って、戦わないってなんなのよ!?」
騒ぐ周囲に、ランドはパタパタと手を振ってなだめる。
「聞いてくれ、皆。もう一度言うけど、僕は戦わない。何故なら、僕には力も度胸もないからだ。魔力もないし。
でもその代わり、僕には知恵がある。この北方の戦乱を収められるだけの、知恵がね」
「……?」
「それを検討しに、僕はここまで来たんだ。
キルシュ卿に、こう進めていいかと。イールに、反乱軍の皆をこう使っていいかと、尋ねるためにね」
周りが落ち着いたところで、ランドは己の考えを説明し始めた。
「まず、反乱軍の認識――イールの主張をそれと仮定して、話を進めるけど――北方、ノルド王国は四大軍閥とその下っ端により、王国の支配を外れて好き勝手している。だから彼らは悪者であり、それを何とかしなければ平和は訪れない。
これで合ってるかな?」
「ええ。大体みんな、そう思ってるでしょうね」
「それが間違いの元だと思うんだ。いや、間違いと言うより、泥沼化した原因かな」
「え……?」
ランドは椅子を持ち上げ、説明を続ける。
「これは椅子だ。四本の脚で支えている」
「見りゃ分かるわよ」
「でもこれだけを椅子とは呼ばない。太い一本足で支えられていても、皆はそれを椅子と認識している。違うかい?」
「まあ、そうでしょうね」
「でも君たちは、そうしているんだ。『一本足じゃなきゃ椅子じゃない。四本足なんて認められない』、と主張している」
「はい?」
ランドは椅子を下ろし、立ち上がったまま語り続ける。
「つまりは、ノルド王室とか、自分たちの軍とか、どこか一つの組織の独裁でなきゃこの国は成り立たない、成立・維持し得ないと主張しているんだ。
でも現状はどうだろうか? 四大軍閥なり、これまで築かれていた軍閥なりが、地方を統治していた。それで北方大陸の政治・経済は維持されてきたはずだ」
「……!」
この説明に、キルシュ卿は目を見開いた。
「それでうまく行ってたって言うなら、これからもそうさせればいいんだ。
一つの地域を支配している組織を『敵』と見なして攻撃するよりは、『この国を共同で統治する協力者』と扱えばいい。
相手だって、周りのみんなが全部敵であるよりも、協力者であってくれた方がどれだけ安心するだろうか? 少なくとも、これまでのようにいがみ合ったりはしないはずだ。
事実、沿岸部においても、イドゥン軍閥とギジュン軍閥とが協力関係にあった時は、それなりに平和だったんだろう?」
「それは……、確かに」
複雑な表情を浮かべながらも、イールはうなずく。
「それが敵対したから、平和じゃなくなった。この因果関係は、他の軍閥に対しても通用するんじゃないだろうか?」
「確かに」
キルシュ卿は深々とうなずき、ランドの主張に同意する。
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と言っても、軍閥がそのまま統治とはなりませんが。