「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・権謀録 1
晴奈の話、第88話。
教団の神様。
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1.
「どけ、そこの木炭!」
目の前にいる「狼」からいきなり罵倒され、男は少し戸惑ったような素振りを見せたが、男は素直に横へ退いた。
「フン」
その黒い狼獣人はこれ見よがしに肩を怒らせて、男の前を通る。
と、男が口を開く。
「一つ聞く」
男の問いかけに対し、罵倒した「狼」――ウィルバー・ウィルソンは、横柄な態度を返す。
「……あ? 何か用かよ」
「余程いらついていると見えるが、それを俺に振る理由があるのか?」
「知るか、ボケ!」
ウィルバーは男を押しのけながら、半ば吠えるように怒鳴りつけ、そのまま去っていった。
男は真っ黒な外套に付いた手形をはたき落とし、ポツリとつぶやいた。
「なるほど、な」
「ウィリアム。お前が俺を、遠い央北からわざわざ呼んだ理由をつい先刻、把握した」
「は……」
黒い男は目の前にいる、いかにも宗教家と言った風体の狼獣人に向かって、足を組んだまま話を始める。
「大方、あの『差し歯』の小僧はお前のせがれだろう?」
男よりはるかに老けた容貌の、一見こちらの方が年長者と思われる「狼」が、へりくだったしぐさで男にコーヒーを注ぎながら、質問に応える。
「お気付きでしたか」
「何と言ったか――ああ、そうそう。ウィルマだったか――お前の曾祖母にそっくりだ。誰彼噛みつく様が、良く似ている。
その父親は本当に人のいい奴だったのだが。お前のように、な」
男の言葉に、「狼」は顔を赤らめる。
「はは……。開祖からご存知でいらっしゃると、直近の家人の話をするのは気恥ずかしいですな、どうも……」
「ククク……。何故ウィルソン家は『極端』なのだろうな」
男は「狼」の注いだコーヒーをくい、と飲み込む。
「極端、と言うと?」
「大体、3タイプに分かれている。
一つ、お前のように、素直で親しみの持てる奴。
一つ、ワーナー、それと最近では、ワルラスだったか――狡猾で、打算的な奴。
そしてお前のせがれのように、粗暴でやかましい奴。……何年経っても、この手の輩は相手が面倒でたまらん」
男はまた、鳥のようにクク、と笑う。
「本当に、不肖のせがれでして……」
平身低頭し、恥ずかしさを紛らわせていた「狼」は、そこで男のカップが空になっていたことに気付いた。
「あ、タイカ様。お代わりは如何でしょう?」
「ああ、是非いただこう」
黒い男――克大火はニヤリと笑って、カップを差し出した。
「もし開祖が1番目のタイプで無かったら、俺はこうしてここで、うまいコーヒーを飲むことは無かっただろうな、……クク」
516年初めの黄海防衛戦に端を発した央南抗黒戦争は、精鋭揃いの焔流とエルスの優れた戦略、黒炎教団の豊富な資産と人員が拮抗し、半年が過ぎた516年夏になってもなお、勢いが落ちること無く続いていた。
焔流剣士たちの実力、また、エルスの手練手管をもってしてもこの膠着状態から抜けられずにいたため、エルスと晴奈、紫明の3人は黄屋敷にて、抜本的な打開策を検討していた。
「やっぱり、こちら側の一番のネックは、人員の少なさにある。みんな、かなり疲労の色が濃い」
エルスの言葉に、晴奈が反論しようとする。
「そんなことは無い。我々は鍛え方が違う。少しくらいの……」「そう言う問題じゃないよ、セイナ」
卓から半立ちになった晴奈を、エルスがやんわりと抑える。
「実際に起こっている問題として、若手や壮年の剣士たちの中にはもう、疲労や怪我でほとんど身動きできなくなっている人もいるらしいじゃないか。この半年ほとんど、休むことなく戦い続けているんだからね。
この状況を鑑みるに――言い方は少し悪いけど――『手駒』がいないことが問題なんだ。教団の下っ端みたいに、いわゆる『歩』の役割をしてくれる人がいないから、将や班長クラスの人間を、一歩兵と兼用で使っている状態だ。
これじゃ1人当たりのタスク、処理能力が到底、現状に追いつかない。数字で言うなら、こちら側1人に対して、相手は5人も10人もかかって来てる状態なんだ。兵法の基本から言えば、こんな状況に留まるなら、逃げた方がましだ。
でもそう言う状況で、君たちは逃げないだろ? 真っ向から相手してるよね」
「当たり前だ」
「それが災いしてるし、相手の司令官にしても、狙ってきてるポイントなんだろう。ただでさえ少ない人材を、片っ端から消耗させて自滅させるのが狙いなんだよ。
人使いの荒い今の状況じゃ、優秀な人材もいずれ使い潰す羽目になる。数で対抗できなきゃ、いずれは押し切られちゃうよ」
「ふむ……。つまりは人員を大量に確保せねば、と言うことか」
ここで紫明が、考え込む様子を見せる。それを見て、晴奈が尋ねた。
「父上、何か策が?」
「うむ。晴奈、私が央南連合幹部の一員であることは知っているだろう?」
それを聞いて、エルスも尋ねてくる。
「央南連合? 確か央南の政治同盟……、でしたね?」
「うむ。そこに人員を貸してもらうよう、頼んでみるのはどうだろうか」
紫明の提案に、エルスはにこっと笑ってうなずく。
「なるほど。確かに連合軍なら、かなりの数が確保できそうですね。戦力としても申し分無い」
「央南の安寧秩序を第一とする連合ならば、西部侵略を押し進める黒炎と戦っていると告げれば、手を貸してくれるだろう」
「よし、それじゃ早速、お願いに行きましょう」
エルスはうなずき、紫明の案を採った。
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「どけ、そこの木炭!」
目の前にいる「狼」からいきなり罵倒され、男は少し戸惑ったような素振りを見せたが、男は素直に横へ退いた。
「フン」
その黒い狼獣人はこれ見よがしに肩を怒らせて、男の前を通る。
と、男が口を開く。
「一つ聞く」
男の問いかけに対し、罵倒した「狼」――ウィルバー・ウィルソンは、横柄な態度を返す。
「……あ? 何か用かよ」
「余程いらついていると見えるが、それを俺に振る理由があるのか?」
「知るか、ボケ!」
ウィルバーは男を押しのけながら、半ば吠えるように怒鳴りつけ、そのまま去っていった。
男は真っ黒な外套に付いた手形をはたき落とし、ポツリとつぶやいた。
「なるほど、な」
「ウィリアム。お前が俺を、遠い央北からわざわざ呼んだ理由をつい先刻、把握した」
「は……」
黒い男は目の前にいる、いかにも宗教家と言った風体の狼獣人に向かって、足を組んだまま話を始める。
「大方、あの『差し歯』の小僧はお前のせがれだろう?」
男よりはるかに老けた容貌の、一見こちらの方が年長者と思われる「狼」が、へりくだったしぐさで男にコーヒーを注ぎながら、質問に応える。
「お気付きでしたか」
「何と言ったか――ああ、そうそう。ウィルマだったか――お前の曾祖母にそっくりだ。誰彼噛みつく様が、良く似ている。
その父親は本当に人のいい奴だったのだが。お前のように、な」
男の言葉に、「狼」は顔を赤らめる。
「はは……。開祖からご存知でいらっしゃると、直近の家人の話をするのは気恥ずかしいですな、どうも……」
「ククク……。何故ウィルソン家は『極端』なのだろうな」
男は「狼」の注いだコーヒーをくい、と飲み込む。
「極端、と言うと?」
「大体、3タイプに分かれている。
一つ、お前のように、素直で親しみの持てる奴。
一つ、ワーナー、それと最近では、ワルラスだったか――狡猾で、打算的な奴。
そしてお前のせがれのように、粗暴でやかましい奴。……何年経っても、この手の輩は相手が面倒でたまらん」
男はまた、鳥のようにクク、と笑う。
「本当に、不肖のせがれでして……」
平身低頭し、恥ずかしさを紛らわせていた「狼」は、そこで男のカップが空になっていたことに気付いた。
「あ、タイカ様。お代わりは如何でしょう?」
「ああ、是非いただこう」
黒い男――克大火はニヤリと笑って、カップを差し出した。
「もし開祖が1番目のタイプで無かったら、俺はこうしてここで、うまいコーヒーを飲むことは無かっただろうな、……クク」
516年初めの黄海防衛戦に端を発した央南抗黒戦争は、精鋭揃いの焔流とエルスの優れた戦略、黒炎教団の豊富な資産と人員が拮抗し、半年が過ぎた516年夏になってもなお、勢いが落ちること無く続いていた。
焔流剣士たちの実力、また、エルスの手練手管をもってしてもこの膠着状態から抜けられずにいたため、エルスと晴奈、紫明の3人は黄屋敷にて、抜本的な打開策を検討していた。
「やっぱり、こちら側の一番のネックは、人員の少なさにある。みんな、かなり疲労の色が濃い」
エルスの言葉に、晴奈が反論しようとする。
「そんなことは無い。我々は鍛え方が違う。少しくらいの……」「そう言う問題じゃないよ、セイナ」
卓から半立ちになった晴奈を、エルスがやんわりと抑える。
「実際に起こっている問題として、若手や壮年の剣士たちの中にはもう、疲労や怪我でほとんど身動きできなくなっている人もいるらしいじゃないか。この半年ほとんど、休むことなく戦い続けているんだからね。
この状況を鑑みるに――言い方は少し悪いけど――『手駒』がいないことが問題なんだ。教団の下っ端みたいに、いわゆる『歩』の役割をしてくれる人がいないから、将や班長クラスの人間を、一歩兵と兼用で使っている状態だ。
これじゃ1人当たりのタスク、処理能力が到底、現状に追いつかない。数字で言うなら、こちら側1人に対して、相手は5人も10人もかかって来てる状態なんだ。兵法の基本から言えば、こんな状況に留まるなら、逃げた方がましだ。
でもそう言う状況で、君たちは逃げないだろ? 真っ向から相手してるよね」
「当たり前だ」
「それが災いしてるし、相手の司令官にしても、狙ってきてるポイントなんだろう。ただでさえ少ない人材を、片っ端から消耗させて自滅させるのが狙いなんだよ。
人使いの荒い今の状況じゃ、優秀な人材もいずれ使い潰す羽目になる。数で対抗できなきゃ、いずれは押し切られちゃうよ」
「ふむ……。つまりは人員を大量に確保せねば、と言うことか」
ここで紫明が、考え込む様子を見せる。それを見て、晴奈が尋ねた。
「父上、何か策が?」
「うむ。晴奈、私が央南連合幹部の一員であることは知っているだろう?」
それを聞いて、エルスも尋ねてくる。
「央南連合? 確か央南の政治同盟……、でしたね?」
「うむ。そこに人員を貸してもらうよう、頼んでみるのはどうだろうか」
紫明の提案に、エルスはにこっと笑ってうなずく。
「なるほど。確かに連合軍なら、かなりの数が確保できそうですね。戦力としても申し分無い」
「央南の安寧秩序を第一とする連合ならば、西部侵略を押し進める黒炎と戦っていると告げれば、手を貸してくれるだろう」
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