「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・権謀録 2
晴奈の話、第89話。
疑惑の「狐」との対面。
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2.
央南には、厳密な意味での「国」が無く、州が集まってそれぞれ自治を行う「連邦制」を執っている。
かつては国王を主権とする国が、央南全土にわたって存在していたのだが、その国は暴虐の限りを尽くして人民を苦しめ、やがて人民との間で戦争が勃発。その結果、国は滅びた。
そして、その後に群雄割拠してできたいくつかの小国の間でも央南統一を掲げた戦いが起こり、長きにわたって戦乱が続いた。
その長い戦いの果てに、「誰か一人が王になろうとしても納まるまい」と悟った央南の権力者たちが話し合い、央南をいくつかの州に分けた。そしてその州をまとめる宗主たちが集まり、彼らを幹部として、央南の政治体制や州間の意見調整、域外との外交方針を取り決める組織を築き上げた。
これが央南連合の始まりである。
晴奈とエルス、紫明の3人は央南中部の街、天玄に到着し、連合の本拠となっている屋敷、天玄館へと向かった。
「父上」
「うん?」
屋敷内の様子を一瞥した晴奈が、紫明にそっと声をかける。
「何と言いますか、ここは黄屋敷とは大分、趣が異なっておりますね」
「ふむ、まあ、確かにな」
天玄館の中はどこも騒々しく、多くの人が書類や何かの機材を持って、バタバタと行き交っている。
「黄屋敷は静かな場所でしたが、こちらは何と言うか、……にぎやかな」
言葉をにごした晴奈に対し、エルスは正直に述べる。
「まあ、ぶっちゃけると騒々しいところだよね」
紫明も肩をすくめ、それに応じた。
「連合の本拠地であるからな。あちこちから嘆願や請願が押し寄せてくるから、この騒々しさも仕方の無いことだ。
とは言え、懸念はある。この繁忙からすると、主席も手一杯であるかも知れん。こちらの話を真摯に聞いてくれるかどうか」
紫明の予想通り――連合の主席、狐獣人の天原桂は両手を交差し、晴奈たちの目の前に「×」を作った。
「いやー無理です」
そのにべもない回答に、紫明は渋い顔をする。
「やはり難しいですか」
「いやいや。難しいじゃなく、無理。まったく無理なんです」
天原はもう一度、「×」を作る。
と、エルスはつぶさに情況を尋ね、天原主席に食い下がる。
「兵士は回せませんか?」
「はい。無理無理、無理なんです」
「一人も?」
「ええ。ダメ、絶対」
「何か今現在、問題を抱えていらっしゃるのですか?」
「ええ、あります。一杯。たくさん。目が回るほど」
「教えていただいても?」
「ん、まあ、はい。じゃ、こちらをご覧ください」
天原は机から書類を乱雑に取り出し、晴奈たちの前に並べていく。
「大きな問題としては、こちら。東部地域でですね、大規模な水害が起こっていまして、それを解消するために、2割ほど人員を送ってまして」
「残り8割は?」
「こちらに、1割。で、こっちにも。あと、これと、これと、これと……」
天原は次々に、書類を積み上げていく。そのあまりの量に、晴奈と紫明は唖然とする。
「ね? これじゃ、とてもとても……」「あのー」
ここでエルスが書類の束をつかみ、進言した。
「良ければご意見させていただいても、よろしいですか?」
「ね? ここの物資を使えば、わざわざここから輸送しなくても良くなります。恐らく作業日数は、3分の1以下に収まるかと」
「はあ……」
一見、乱雑で混沌とした状況でも、戦略家のエルスが見ればいくつかの活路、打開策が見つけられた。
(ふむ、これなら話もまとまるか……?)
晴奈は期待を持って紫明に目配せしたが、紫明は表情を曇らせている。
(いや……、やはり主席は断るつもりらしい)
(え……?)
紫明が示した通り、天原は仕事が片付いて喜ぶどころか、先ほどよりさらに憂鬱そうな――まるで言い訳ばかりする子供が言葉に詰まり、すねたような――顔をする。
「あ、のー」
そしてたまらずと言った様子で、天原が口を開いた。
「それでですね……、あ、はい」
応じたエルスに、天原はたどたどしく、こう切り出した。
「そのー、えーと。何て言いますかねー、まあ、……契約、の話をしたいんですが」
「契約ですか?」
なぜかこの時、エルスの目が――相変わらず、ヘラヘラ笑いながらも――鋭く光った。
「グラッドさんが私の手助けをしていただく代わりに、そちらの要請――対黒炎用の人員をご用意させていただきます。そう言う話ならどうでしょうか?」
「……うーん」
この提案に、エルスが悩む様子を見せる。晴奈もこの提案を呑むことに、不安を覚えた。
(むう……。もし手伝うことになれば、きっとエルスは天玄に留まることになるだろう。その間の、黄海での指揮が不安ではあるが……)
この提案に対し、エルスはやんわりとした回答を返した。
「そうですね、そう言ったお話となると、僕一人では即決できません。持ち帰って検討させていただいても?」
「ふむ」
聖堂の梁の上で、大火は下にいる者たちを見下ろしていた。高く、明かりのない天井のため、大火がいることに下の者たちは気付いていない様子である。
「クク……、またあの小僧か」
聖堂の壇上ではウィルバーがだるそうに、かつて大火が記した書を読み上げている。
どうやら本日の音読の担当は彼であるようだが、明らかにやる気が見られない。
「であるからしてー、えー、魔術師とはー、えー、契約を重んじー、えーと、それを最大の術とするのである。はい、おしまい」
「クッ」
そのやる気の無い様子を見て、大火は噴き出す。
「おいおい、三流大学の呆けたじじいか、お前は」
大火のそんなつぶやきが聞こえるはずも無く、ウィルバーは経典を乱雑に書架へ投げ込み、皆に聖堂を出るよう促す。
「ほれ、終わったんだからさっさと出ろ。修行に行け、ほれ」
ウィルバーに言われるがまま、教団員たちはぞろぞろと聖堂を後にする。
と、最後に出ようとした尼僧を見て、ウィルバーは声をかける。
「おい、そこの」
「はい、何でしょうか?」
ウィルバーは助平そうに笑い、にじり寄ってくる。
「ふむふむ、なかなかの上玉……、もとい、鍛錬を積んでいるな。どうだ、オレと一緒に修行しないか?」
「え、ええ? あの、いえ、わたし、一人で……」
「いいじゃないか、な?」
口説こうとしているウィルバーを見て、大火は舌打ちした。
「……下衆め。ろくでもないことを」
すっと、大火が消える。その一瞬後、尼僧もウィルバーの目の前から、ポンと消えた。
「なあ、いい……だ、ろ? あれ? おい? おーい?」
「あの、やめて……、え?」
尼僧はいつの間にか聖堂の外に立っており、きょとんとしている。
「あれ?」
呆然としたままの尼僧の頭をぽんぽんと叩き、大火はこう諭した。
「今後は最後に出るのを控えておけ。あんな不埒者の小僧と関わりたくなければ、な」
「あ、はい、ありがとうござい……ます? あの……?」
依然、きょとんとした顔のまま、尼僧はぱち、とまばたきする。
その一瞬の間に、大火は姿を消していた。
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疑惑の「狐」との対面。
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央南には、厳密な意味での「国」が無く、州が集まってそれぞれ自治を行う「連邦制」を執っている。
かつては国王を主権とする国が、央南全土にわたって存在していたのだが、その国は暴虐の限りを尽くして人民を苦しめ、やがて人民との間で戦争が勃発。その結果、国は滅びた。
そして、その後に群雄割拠してできたいくつかの小国の間でも央南統一を掲げた戦いが起こり、長きにわたって戦乱が続いた。
その長い戦いの果てに、「誰か一人が王になろうとしても納まるまい」と悟った央南の権力者たちが話し合い、央南をいくつかの州に分けた。そしてその州をまとめる宗主たちが集まり、彼らを幹部として、央南の政治体制や州間の意見調整、域外との外交方針を取り決める組織を築き上げた。
これが央南連合の始まりである。
晴奈とエルス、紫明の3人は央南中部の街、天玄に到着し、連合の本拠となっている屋敷、天玄館へと向かった。
「父上」
「うん?」
屋敷内の様子を一瞥した晴奈が、紫明にそっと声をかける。
「何と言いますか、ここは黄屋敷とは大分、趣が異なっておりますね」
「ふむ、まあ、確かにな」
天玄館の中はどこも騒々しく、多くの人が書類や何かの機材を持って、バタバタと行き交っている。
「黄屋敷は静かな場所でしたが、こちらは何と言うか、……にぎやかな」
言葉をにごした晴奈に対し、エルスは正直に述べる。
「まあ、ぶっちゃけると騒々しいところだよね」
紫明も肩をすくめ、それに応じた。
「連合の本拠地であるからな。あちこちから嘆願や請願が押し寄せてくるから、この騒々しさも仕方の無いことだ。
とは言え、懸念はある。この繁忙からすると、主席も手一杯であるかも知れん。こちらの話を真摯に聞いてくれるかどうか」
紫明の予想通り――連合の主席、狐獣人の天原桂は両手を交差し、晴奈たちの目の前に「×」を作った。
「いやー無理です」
そのにべもない回答に、紫明は渋い顔をする。
「やはり難しいですか」
「いやいや。難しいじゃなく、無理。まったく無理なんです」
天原はもう一度、「×」を作る。
と、エルスはつぶさに情況を尋ね、天原主席に食い下がる。
「兵士は回せませんか?」
「はい。無理無理、無理なんです」
「一人も?」
「ええ。ダメ、絶対」
「何か今現在、問題を抱えていらっしゃるのですか?」
「ええ、あります。一杯。たくさん。目が回るほど」
「教えていただいても?」
「ん、まあ、はい。じゃ、こちらをご覧ください」
天原は机から書類を乱雑に取り出し、晴奈たちの前に並べていく。
「大きな問題としては、こちら。東部地域でですね、大規模な水害が起こっていまして、それを解消するために、2割ほど人員を送ってまして」
「残り8割は?」
「こちらに、1割。で、こっちにも。あと、これと、これと、これと……」
天原は次々に、書類を積み上げていく。そのあまりの量に、晴奈と紫明は唖然とする。
「ね? これじゃ、とてもとても……」「あのー」
ここでエルスが書類の束をつかみ、進言した。
「良ければご意見させていただいても、よろしいですか?」
「ね? ここの物資を使えば、わざわざここから輸送しなくても良くなります。恐らく作業日数は、3分の1以下に収まるかと」
「はあ……」
一見、乱雑で混沌とした状況でも、戦略家のエルスが見ればいくつかの活路、打開策が見つけられた。
(ふむ、これなら話もまとまるか……?)
晴奈は期待を持って紫明に目配せしたが、紫明は表情を曇らせている。
(いや……、やはり主席は断るつもりらしい)
(え……?)
紫明が示した通り、天原は仕事が片付いて喜ぶどころか、先ほどよりさらに憂鬱そうな――まるで言い訳ばかりする子供が言葉に詰まり、すねたような――顔をする。
「あ、のー」
そしてたまらずと言った様子で、天原が口を開いた。
「それでですね……、あ、はい」
応じたエルスに、天原はたどたどしく、こう切り出した。
「そのー、えーと。何て言いますかねー、まあ、……契約、の話をしたいんですが」
「契約ですか?」
なぜかこの時、エルスの目が――相変わらず、ヘラヘラ笑いながらも――鋭く光った。
「グラッドさんが私の手助けをしていただく代わりに、そちらの要請――対黒炎用の人員をご用意させていただきます。そう言う話ならどうでしょうか?」
「……うーん」
この提案に、エルスが悩む様子を見せる。晴奈もこの提案を呑むことに、不安を覚えた。
(むう……。もし手伝うことになれば、きっとエルスは天玄に留まることになるだろう。その間の、黄海での指揮が不安ではあるが……)
この提案に対し、エルスはやんわりとした回答を返した。
「そうですね、そう言ったお話となると、僕一人では即決できません。持ち帰って検討させていただいても?」
「ふむ」
聖堂の梁の上で、大火は下にいる者たちを見下ろしていた。高く、明かりのない天井のため、大火がいることに下の者たちは気付いていない様子である。
「クク……、またあの小僧か」
聖堂の壇上ではウィルバーがだるそうに、かつて大火が記した書を読み上げている。
どうやら本日の音読の担当は彼であるようだが、明らかにやる気が見られない。
「であるからしてー、えー、魔術師とはー、えー、契約を重んじー、えーと、それを最大の術とするのである。はい、おしまい」
「クッ」
そのやる気の無い様子を見て、大火は噴き出す。
「おいおい、三流大学の呆けたじじいか、お前は」
大火のそんなつぶやきが聞こえるはずも無く、ウィルバーは経典を乱雑に書架へ投げ込み、皆に聖堂を出るよう促す。
「ほれ、終わったんだからさっさと出ろ。修行に行け、ほれ」
ウィルバーに言われるがまま、教団員たちはぞろぞろと聖堂を後にする。
と、最後に出ようとした尼僧を見て、ウィルバーは声をかける。
「おい、そこの」
「はい、何でしょうか?」
ウィルバーは助平そうに笑い、にじり寄ってくる。
「ふむふむ、なかなかの上玉……、もとい、鍛錬を積んでいるな。どうだ、オレと一緒に修行しないか?」
「え、ええ? あの、いえ、わたし、一人で……」
「いいじゃないか、な?」
口説こうとしているウィルバーを見て、大火は舌打ちした。
「……下衆め。ろくでもないことを」
すっと、大火が消える。その一瞬後、尼僧もウィルバーの目の前から、ポンと消えた。
「なあ、いい……だ、ろ? あれ? おい? おーい?」
「あの、やめて……、え?」
尼僧はいつの間にか聖堂の外に立っており、きょとんとしている。
「あれ?」
呆然としたままの尼僧の頭をぽんぽんと叩き、大火はこう諭した。
「今後は最後に出るのを控えておけ。あんな不埒者の小僧と関わりたくなければ、な」
「あ、はい、ありがとうござい……ます? あの……?」
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