「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・権謀録 3
晴奈の話、第90話。
ほの見える、黒い政治戦略。
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3.
「ウィルバーについての調査結果だが、結論から言うならば、あれをウィルソン家の人間であるとは、容易には信じられん、な。とんだ愚物だ」
「ううむ……」
大火の評価に、教団の教主であり、ウィルバーの父親でもあるウィリアム・ウィルソン4世は悲しそうな顔をした。
「お前や兄弟、親類のいる前ではそれなりにへつらってはいたが、いざその目が届かぬ場に移れば、途端に態度が変わった。
不必要に家名や職位をかざして威張り散らし、女の尻を追いかけ、おまけに禁じていたはずの酒もどこからかくすねて、取り巻き共と酒盛りまでしている。
やりたい放題とはまさにこのことだろう」
「そうですか……」
報告を聞き終えた途端、ウィリアムは顔を覆い、がっくりとうなだれた。
「わざわざタイカ様御自らにご足労いただいて、この体たらくとは。全く情けない限りです。
では、契約の履行と……」「ああ、それについてだが」
もう一度頭を垂れかけたウィリアムを、大火が止める。
「せがれの不始末を、親のお前が尻拭いするのは解決にならんだろう? あいつ自身でその債務を払わなければ、反省には結びつくまい」
「と、言うと」
「自分のツケは、自分で支払わせるのが筋と言うものだ。
お前と交わした契約は、あいつに履行してもらうとしよう。何を支払ってもらうかはいずれ、本人に伝えておく」
「契約だなんだって言う言葉は、タイカ・カツミの語録や黒炎教団の経典なんかでよく用いられるそうです」
エルスは検討のために用意された個室で、話を切り出した。
「この『契約』と言う言葉に関しては、かなり多くの書物で言及されています。教義としても扱われていて、曰く『契約は公平にして対等の理』とか何とか。
今時そんな言い回しを使うのは、真面目な商人か、熱心な教団員くらいです。でもアマハラさんは、どう解釈しても前者ではありません」
「何の話をしている?」
けげんな顔を向けた紫明に、エルスは説明を続ける。
「結論から言えば、アマハラさんはどうも怪しいですね。
僕たちの要請なんか、連合軍の規模を考えれば簡単に受け付けられるはずです。でも彼はあれこれ言い訳して、応じる様子をまったく見せなかった。
それに仕事の仕方にも疑問があります。あれらはちょっと仕事のできる人なら、とっくに終わっているような簡単な作業でした。むしろアマハラさんは、連合の仕事を停滞させているかのように手を回している節さえあります。
おまけに対黒炎隊の中でブレーン、参謀となっている僕をいきなり引き抜くなんて話も、突飛な判断と思えます。そして何より、『契約』なんて言い回しをしたことも妙です。まるで教団員みたいですよ」
「エルス、まさかお主、天原主席が教団員だと言うのか?」
晴奈の言葉に、エルスはこくりとうなずいた。
「うん、可能性は非常に高い。教団員でなくとも、教団と何らかの強い関わりがあるだろう」
「ば、バカな!」
紫明がバンと卓を叩いて立ち上がり、エルスの意見を否定する。
「か、彼は連合の主席だぞ!? もしも彼が、教団と通じていると言うのならばっ」
「ええ、大変なことです。元々、央南連合は黒炎教団に対して否定的、敵対的な姿勢を執っていますからね。それに今回の、我々の戦いの件に即して考えてみても、挟撃の可能性が出てきますからね。
しかしそう考えると、あの件に対する連合の行動に、辻褄が合うんですよ」
「あの件とは?」
「昔、加盟州である黄海を教団によって占領された時、連合がまったく介入も軍派遣もしなかった、その理由です」
「あ……!」
エルスの論拠を聞き、紫明の顔が青ざめる。
「ま、まさか……、そんな」
「ともかく今日のところは、天原氏には『話がまとまらなかったのでもう一日、教義の時間を欲しい』と返答しておきましょう」
「……うむ」
苦い顔のまま、紫明がうなずき、立ち上がる。
晴奈も立ち上がったところで、エルスがつぶやいた。
「こんな回りくどい策を巡らす人間が教団にいるとすれば、ワルラス卿かな」
「誰だ? まさか教団に知り合いがいるのか?」
晴奈の問いに、エルスは手を振って否定する。
「いや、名前と評判くらいしか知らないけどね。
ワルラス・ウィルソン2世。黒炎教団教主の弟で、いま52、3くらいの狼獣人。央南方面の布教を任されてる大司教だよ。
かなり頭が良くて、非常に狡猾な性格だとか。いかにもこんなことを考えそうなタイプだよ」
「ふむ。……そう言えばワルラスと言えば昔、うちに送られた文で見た覚えのある名だな」
大火が帰った後――。
「兄上。何か隠しごとをなさっておいでですな」
ウィリアムは弟、ワルラスに問いつめられていた。
「な、何を言うんだ、ワルラス」
根が正直なウィリアムは、傍目に分かるほど動揺する。
「大方、ウィルバーのことで何か画策しているのでしょう。
確かに彼に対して、あまりいい評判を聞きません。それに最近では、黄州の戦いで何度か手痛い敗北を喫しているとも。最近の荒れ様もきっと、そこに原因があるのでしょう」
「まあ、そうだろうな。だが最近のあいつは、少々目に余るところが……」「まあ、まあ」
嘆くウィリアムを、ワルラスがなだめる。
「人間、時には勢いを落とし、愚かしく惑う時期もあるでしょう。大成する者なら、なおさら。きっとウィルバーも、そんな時期に入っているのですよ」
「そうだろうか」
「そうですとも! これは彼に与えられた試練、そう思って気長に見ておやりなさい」
「……うーむ」
ウィリアムは小さくうなずき、その場を後にした。
ウィリアムの姿が見えなくなったところで、ワルラスは静かに眼鏡を直しながら、ぼそっとつぶやいた。
「アンタは黙って、おろおろしていればいいんだ。どうせ平凡陳腐なアンタのことだ、大したなど何も、できやしないんだからな」
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ほの見える、黒い政治戦略。
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「ウィルバーについての調査結果だが、結論から言うならば、あれをウィルソン家の人間であるとは、容易には信じられん、な。とんだ愚物だ」
「ううむ……」
大火の評価に、教団の教主であり、ウィルバーの父親でもあるウィリアム・ウィルソン4世は悲しそうな顔をした。
「お前や兄弟、親類のいる前ではそれなりにへつらってはいたが、いざその目が届かぬ場に移れば、途端に態度が変わった。
不必要に家名や職位をかざして威張り散らし、女の尻を追いかけ、おまけに禁じていたはずの酒もどこからかくすねて、取り巻き共と酒盛りまでしている。
やりたい放題とはまさにこのことだろう」
「そうですか……」
報告を聞き終えた途端、ウィリアムは顔を覆い、がっくりとうなだれた。
「わざわざタイカ様御自らにご足労いただいて、この体たらくとは。全く情けない限りです。
では、契約の履行と……」「ああ、それについてだが」
もう一度頭を垂れかけたウィリアムを、大火が止める。
「せがれの不始末を、親のお前が尻拭いするのは解決にならんだろう? あいつ自身でその債務を払わなければ、反省には結びつくまい」
「と、言うと」
「自分のツケは、自分で支払わせるのが筋と言うものだ。
お前と交わした契約は、あいつに履行してもらうとしよう。何を支払ってもらうかはいずれ、本人に伝えておく」
「契約だなんだって言う言葉は、タイカ・カツミの語録や黒炎教団の経典なんかでよく用いられるそうです」
エルスは検討のために用意された個室で、話を切り出した。
「この『契約』と言う言葉に関しては、かなり多くの書物で言及されています。教義としても扱われていて、曰く『契約は公平にして対等の理』とか何とか。
今時そんな言い回しを使うのは、真面目な商人か、熱心な教団員くらいです。でもアマハラさんは、どう解釈しても前者ではありません」
「何の話をしている?」
けげんな顔を向けた紫明に、エルスは説明を続ける。
「結論から言えば、アマハラさんはどうも怪しいですね。
僕たちの要請なんか、連合軍の規模を考えれば簡単に受け付けられるはずです。でも彼はあれこれ言い訳して、応じる様子をまったく見せなかった。
それに仕事の仕方にも疑問があります。あれらはちょっと仕事のできる人なら、とっくに終わっているような簡単な作業でした。むしろアマハラさんは、連合の仕事を停滞させているかのように手を回している節さえあります。
おまけに対黒炎隊の中でブレーン、参謀となっている僕をいきなり引き抜くなんて話も、突飛な判断と思えます。そして何より、『契約』なんて言い回しをしたことも妙です。まるで教団員みたいですよ」
「エルス、まさかお主、天原主席が教団員だと言うのか?」
晴奈の言葉に、エルスはこくりとうなずいた。
「うん、可能性は非常に高い。教団員でなくとも、教団と何らかの強い関わりがあるだろう」
「ば、バカな!」
紫明がバンと卓を叩いて立ち上がり、エルスの意見を否定する。
「か、彼は連合の主席だぞ!? もしも彼が、教団と通じていると言うのならばっ」
「ええ、大変なことです。元々、央南連合は黒炎教団に対して否定的、敵対的な姿勢を執っていますからね。それに今回の、我々の戦いの件に即して考えてみても、挟撃の可能性が出てきますからね。
しかしそう考えると、あの件に対する連合の行動に、辻褄が合うんですよ」
「あの件とは?」
「昔、加盟州である黄海を教団によって占領された時、連合がまったく介入も軍派遣もしなかった、その理由です」
「あ……!」
エルスの論拠を聞き、紫明の顔が青ざめる。
「ま、まさか……、そんな」
「ともかく今日のところは、天原氏には『話がまとまらなかったのでもう一日、教義の時間を欲しい』と返答しておきましょう」
「……うむ」
苦い顔のまま、紫明がうなずき、立ち上がる。
晴奈も立ち上がったところで、エルスがつぶやいた。
「こんな回りくどい策を巡らす人間が教団にいるとすれば、ワルラス卿かな」
「誰だ? まさか教団に知り合いがいるのか?」
晴奈の問いに、エルスは手を振って否定する。
「いや、名前と評判くらいしか知らないけどね。
ワルラス・ウィルソン2世。黒炎教団教主の弟で、いま52、3くらいの狼獣人。央南方面の布教を任されてる大司教だよ。
かなり頭が良くて、非常に狡猾な性格だとか。いかにもこんなことを考えそうなタイプだよ」
「ふむ。……そう言えばワルラスと言えば昔、うちに送られた文で見た覚えのある名だな」
大火が帰った後――。
「兄上。何か隠しごとをなさっておいでですな」
ウィリアムは弟、ワルラスに問いつめられていた。
「な、何を言うんだ、ワルラス」
根が正直なウィリアムは、傍目に分かるほど動揺する。
「大方、ウィルバーのことで何か画策しているのでしょう。
確かに彼に対して、あまりいい評判を聞きません。それに最近では、黄州の戦いで何度か手痛い敗北を喫しているとも。最近の荒れ様もきっと、そこに原因があるのでしょう」
「まあ、そうだろうな。だが最近のあいつは、少々目に余るところが……」「まあ、まあ」
嘆くウィリアムを、ワルラスがなだめる。
「人間、時には勢いを落とし、愚かしく惑う時期もあるでしょう。大成する者なら、なおさら。きっとウィルバーも、そんな時期に入っているのですよ」
「そうだろうか」
「そうですとも! これは彼に与えられた試練、そう思って気長に見ておやりなさい」
「……うーむ」
ウィリアムは小さくうなずき、その場を後にした。
ウィリアムの姿が見えなくなったところで、ワルラスは静かに眼鏡を直しながら、ぼそっとつぶやいた。
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