黄輪雑貨本店 新館

蒼天剣 第6部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    • 442
      
    晴奈の話、第323話。
    ドミニクの「九」悩。

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    3.
     バート班、フォルナ班が到着した次の日に、ジュリア班も無事到着した。
    「みんな無事なようで、安心したわ」
     他2班が先に到着していたことを知り、ジュリアは1日前倒しで情報交換と作戦会議を行うことにした。
    「お元気そうで何よりですわ」
    「だな」
     ジュリアの労いに、フォルナとバートが応える。
    「休まれなくて良かったのですか?」
    「ええ、先にみんなと会っておきたかったから。……実は私たちの班、襲撃されたのよ」
    「えっ!?」
    「お前もか、ジュリア」
     フォルナの反応とバートの言葉に、ジュリアは小さくうなずいた。
    「やっぱりみんな襲われたようね。それが気になっていたから。ちなみに敵は、どんな構成だった?」
    「リーダー格が1名に、兵士が8名だった」
    「わたくしのところも同じでした。全員何かしら、強化されていたようですわ」
    「ふむ。……私のところはリーダー格が2名、恐らく兵士の数は16名と言うところね」
    「ジュリアのところだけ、2部隊が投入されてたのか?」
    「いえ、もしかしたら……」
     言いかけたジュリアは、フォルナの視線に気付いた。
    「……」
     その眼差しはまるで、これから言おうとしていたことを止めさせようとしているようだった。
    「……もしかしたら、何だ?」
    「……いえ。そうね、恐らくこの9名を総括している私のところだけ、重点的に攻めてきたのかも知れないわ。
     それで、何か情報は手に入った?」
     そう言って、ジュリアはソロンクリフで手に入れた小瓶をテーブルに置いた。
    「私たちは敵と接触した際に、この薬を手に入れたわ。何の薬かまでは分からないけれど」
    「わたくしのところは残念ながら、特に収穫なしですわ」
    「俺はかなりすごいものを手に入れたぜ」
     そう言ってバートは、得意げにノートをテーブルに置いた。
    「それは?」
     ジュリアが尋ねると、バートはニヤリと笑った。
    「殺刹峰の幹部と、出資者の情報だ」
     バートはノートを広げ、全員に見るよう促した。
    「RS作戦って聞いたことあるか?」
    「RS? いえ、存じ上げませんわ」
     フォルナは首を横に振る。ジュリアも知らないらしく、小首をかしげている。ここでシリンが、自信たっぷりに手を挙げた。
    「フェリオの名字? ほら、ロードセラーやし、RSって、ならへん、……かなー、なんて」
     あまりに的外れすぎたため全員に無視されてしまい、シリンはしょんぼりと肩を落とした。
     と、話題に挙げられたその当人が、ポンと手を挙げる。
    「聞いたことがあるような……。中央政府軍が昔、カツミを暗殺しようとしたとかしなかったとか、そんなうわさを聞いた覚えがあるっス。その時の作戦名の一つが、RSとか何とか」
    「そうだ。カラスのように真っ黒な悪魔、カツミを仕留める作戦――それがRaven Shoot、通称『RS作戦』だった」



     双月暦499年、秋。
    「ま、参った!」
     二人の男が、とある演習場で剣術の試合を行っていた。一方は、長髪を後ろで束ねた央南人。もう一人は央北人。口ヒゲと四角い顔が印象的な、筋骨隆々とした青年だった。
    「ふふふ……」
     勝負に負けたのは央南人の方だった。両手に一振りずつ持っていた刀を弾かれ、相手の剣が首に当てられており、そこからの逆転はもはや不可能だった。
    「勝負あったな、シマ」
    「参った、参った。……強すぎるぞ、ドミニク」
     ドミニクと呼ばれた口ヒゲの男は剣を納め、シマと呼んだ央南人に手を差し伸べた。
    「これで9戦9勝、私の圧勝だな」
    「……残念だ。これでおしまいとは」
     シマはドミニクの手を借り立ち上がりながら、小さくため息をついた。
    「おしまい?」
    「……実は俺、軍を抜けるつもりなんだ。故郷に戻って、剣術道場でもしようかと思う」
    「そうか。……9の呪いだな」
     ぼそっとつぶやいたドミニクに、シマは首をかしげる。
    「え? 何だ、9の呪いって」
    「私の宿命と言うか、何と言うか」
     ドミニクは地面に足で、「9」と書く。
    「私の生まれた日は9月9日。9歳の時に母が亡くなり、19歳の時に父も亡くなった。共に戦った者とは、十度相見えることが無い。そして君との対決も、9回目で幕切れだ」
    「それで9の呪い、か」
    「私は9が付くものに、呪われているのだろうな」
    「……じゃあ29歳の今年は、何かあったのか?」
     恐らくシマは、「もう年末も近い。何も起きなかったと言うことは、呪いなどなかったのだ」とでも言って、元気付けようとしたのだろう。だが、ドミニクはコクリとうなずいた。
    「……ある非公式チームに参加することになった。『黒い悪魔』を討つのだそうだ」
     それを聞いて、シマの顔がこわばった。
    「……そうか。……呪い、か」
     うつむいたシマに、ドミニクは「そうだ」とだけ返した。
     シマが落胆するのも無理はなかった。その任務は「冥府の土を集めてこい」と命令されるのと、何ら変わりないものだったからである。
    蒼天剣・九悩録 3
    »»  2009.07.04.
    晴奈の話、第324話。
    成り行きリーダー。

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    4.
     黒白戦争の直後から499年の今年までに、世界全体で大火の暗殺が試みられた回数は、中央政府軍が把握しているものだけでも50回以上に上る。
     理由は様々――名のある奸雄を倒して名声や栄光を得ようとする者、1兆もあると言われる莫大な財産を狙う者、秘術や神器を得ようとする者。
     そして――。
    「彼奴がこの白亜城に出入りする限り、官憲は、貴族たちは、そして我が軍は堕落し、思考停止を続け、今の腐敗はさらに根深くなるばかりだ!
     今こそ、あの『黒い悪魔』を排除すべし!」
    「排除!」「排除!」「排除!」
     この作戦を企画した少佐の扇動に、兵士たちが沸き立つ。その様子を一歩離れて見ていたドミニクは、他の兵士たちのように声を上げることなく、黙々と考えていた。
    (こんな集まりなど、麻薬と変わらん。あの悪魔に対する恐怖心を、無理矢理にごまかしているだけだ。
     まずするべきは、検討と思索だ。悪魔を倒すのだぞ? 自分たちの正当性だの意義だのを叫ぶ前に、考えねばならぬことはいくらでもあるはずだ。だのに隊長をはじめ、誰も彼も一切、触れようとしない。
     まさか、何も考えていないのか……?)
     ドミニクの予想通り、少佐はここで会議を切り上げようとした。
    「では各自、英気をよく養っておくように! 詳細は追って報せる! それでは、解散!」
    「待ってください、少佐殿」
     あまりに考え無しの振る舞いを見せる少佐に呆れ、ドミニクは手を挙げた。
    「何だ、ドミニク大尉」
    「作戦の概要は? さわりだけでも説明をいただけた方が、我々の意気・意欲も盛り上がると思うのですが」
    「何を言う? 悪魔を倒す、それだけでも意欲が沸くと……」「それだけではありません。この作戦に失敗すれば、我々全員の命が危ないのです。生きるか、死ぬかのどちらかしかない。
     あの悪魔は己に刃を向けた者を赦すような、温厚な性情はまったく持ち合わせていないと聞いています。負ければ確実に殺されます。逃げようとしても無駄でしょう」
     ドミニクの主張に、浮かれていた兵士たちは一転、不安げな表情を浮かべ始めた。
    「……そう、だよな」「悪魔だもんな」
     兵士たちは少佐に顔を向け、じっと見つめる。ドミニクもキッとにらみつけつつ、淡々とした口調を作って尋ねた。
    「まさか、何も考えずに立ち向かうおつもりですか? 我々の命を無謀な作戦に、無闇に放り込んで、それで安易に勝てるとお思いではありますまい?」
    「い、いやっ! 勝てるはずだ! 我々は正義のために立ち上がるのだ! 神が我々を助けぬはずが無い!」
     まだ愚かしいことを唱えようとする少佐に怒りを覚え、ドミニクは怒鳴りつけた。
    「何を馬鹿な! 今まで正義の名の下に負け、死んだ者はいくらでもいる! 正義や祈りは力ではない!
     神頼みで戦争に勝てると言うのならば何故、黒白戦争は天帝家の、すなわち天帝教の勝利で終わらなかったのだ!? 今までにカツミを狙った者が皆、一瞬たりとも神に祈らなかったと思うのか!?」
    「う、う……」
     ドミニクは怒りに任せ、少佐を突き飛ばした。
    「ぎゃっ!? な、何をする貴様っ!?」
    「お前では話にならん! お前の無謀な指揮では、例え10万の兵を以って戦ったとしても、カツミを討てるわけが無い!」
     場の雰囲気は完全に、ドミニクに呑まれていた。先程まで少佐に目を向けていた兵士たちは、今はドミニクに対し、熱い視線を送っている。
    「大尉、貴様……」
     まだ少佐が何か言おうとしたが、今度は兵士たちがそれを黙らせた。
    「うるさい!」「ひぎゃ」
     兵士たちに殴り飛ばされ、少佐は気絶した。どうやら頭でっかちの技術将校だったらしく、簡単に白目をむいてしまった。
    「大尉! 我々は皆、あなたに全権を任せます!」
    「……そうか」
     ドミニクは一瞬、逡巡した。元々この作戦には乗り気ではなかったし、何より自分の厄、「9」が付く時期である。
    (できるならこんな愚行は、やめさせたいのだが)
     しかし上官を殴り倒し、兵士たちからは今、絶対の信頼を寄せられている。
     ここで断れば上官は黙っていないだろうし、ここまで自分を信頼してくれた兵士たちを、ひどく落胆させてしまうことになる。
    (仕方なし、……か)
     ドミニクは深くうなずき、重々しく口を開いた。
    「ああ、やろう」
    蒼天剣・九悩録 4
    »»  2009.07.05.
    晴奈の話、第325話。
    RS作戦の全容。

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    5.
     非公式な作戦とは言え、軍は秘密裏にこの作戦をバックアップしてくれていた。
     ドミニクが上官を排除し、代わりに隊長となったことも容認し、改めて全面的支援を行うと通達してきた。それを受け、ドミニクは軍に次のような要請を送った。
     まず、標的である大火の情報。彼の経歴や関わった戦争・事件から、よく出没する場所、戦闘スタイル、嗜好、果ては彼を題材にしたおとぎ話まで、あらゆる情報を集めさせた。
     そして人員の増員。軍が誇る凄腕の魔術師を作戦部隊に追加させた。
     その上でさらに、情報を集め――。

    「すごい量ですね」
    「まあな」
     大量の文書に埋もれるドミニクを見て、部下が驚いた声を上げる。
    「これ全部、『黒い悪魔』の?」
    「そうだ」
    「あれから1ヶ月が経ったんですが」
    「ああ」
     部下は心配そうな目で、ドミニクを見つめてきた。
    「……その、行動しないのですか?」
    「まだだ。まだ万全ではない。今しばらく、訓練を続けてくれ」
     それを聞いて、部下はさらに心配そうな顔をする。
    「勝算はありそうですか?」
    「15%、いや、10%か」
     数字を聞かされ、部下はがっかりした顔をする。
    「たった、それだけなんですか?」「……だが」
     ドミニクは口ヒゲを触りながら、ニヤリと笑った。
    「もう1ヶ月の猶予を私にくれればそれを5倍、50%ほどにできる」
    「……分かりました。待ちます」
     その自信たっぷりな様子に安心したらしく、部下は敬礼し、ドミニクの部屋を出た。

     ドミニクは大火の情報を集めるうち、いくつかの有力な情報を得た。
    (318年、北方のブラックウッドで元反乱軍とカツミとの、最後の戦い。結果的には勿論、カツミの勝利。
     だが敵リーダーである『猫姫』ことサンドラ氏が戦闘中、正体不明の術を使用。これによりカツミは負傷したと、記録にはある。後の研究・検証によれば、サンドラ氏の使った術は恐らく、『雷』の術であったのではないか、……か。そうか、『雷』の術は有効なのだな。
     また、南海でのトライン導師との戦いで、カツミは一度敗れている。後に逆襲したとは言え、カツミが倒されたのは事実。……それも、『風』の術で。
     稀代の魔術師と称されるあの男が、魔術による戦いで二度も苦戦しているのか。ならば、魔術をメインに据えた布陣を敷けば、あるいは……?)
     ドミニクの頭の中に、大火を倒すシナリオが組み立てられていった。



     そして499年、12月19日深夜。
     ドミニクの部隊は、大火が央北の商業都市、サウストレードに滞在していることを突き止め、静かにその街へと向かった。
    《『弓』より『金矢1』へ、『鴉』の様子は?》
     散開し、あちこちで見張らせている部下たちとドミニクは、手信号で合図しあう。
    《『金矢1』より『弓』へ、現在『鴉』は大交渉記念ホール前の広場で停止しています》
    《了解。『弓』より『銀矢1~3』へ、包囲準備は万全か?》
     追加で部隊に編入させた魔術使いの兵士に、最終確認を行う。
    《『銀矢1』より『弓』へ、準備整いました》
    《了解。『金矢1~5』へ、強襲準備は万全か?》
     元から参加していた兵士たちからも、「準備が整った」と返事が返ってきた。
    《了解。……『矢』に告ぐ。作戦開始だ》
     ドミニクが手を挙げると同時に、大火がいる広場で炸裂音が響いた。
    (始まった……。いよいよ作戦が、始まってしまった。
     カツミは魔術攻撃に対して、相当無防備らしい。それは二度の苦戦で、明らかにされている。自身が優れた魔術師であるが故に、他人の術など評価にも値しないのだろう。
     だが、そこが何よりの隙なのだ――一瞬でも奴の魔力を上回る攻撃ができれば、奴の油断も重なって、かなりの打撃になる。そこで畳み掛けられれば、勝機は見出せる!
     そのために、軍へかなりの無理を注文した。魔力を引き上げるための装備拡充、瞬間的に術の威力を高めるブースト術の開発、3名の魔術兵の連携、さらには歩兵たちに対魔術用の重装備を――恐ろしく費用がかかった。この作戦が失敗すれば、私が軍を追い出されるのは必至だろう。
     ……ははは、それよりもカツミに殺される方が先か)
    「神に祈ってどうなる」と前任者に怒鳴りつけたドミニクだったが、今この瞬間、彼は懸命に祈りを捧げていた。
    (神よ、どうか私に明日の朝日を見させてください。
     どうかこの、『鴉狩り(レイブンシュート)』を成功させてください)
    蒼天剣・九悩録 5
    »»  2009.07.06.
    晴奈の話、第326話。
    ドミニクV.S.大火。

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    6.
     大火は何故、そこにいたのか? 一体何をしていたのか? それは分からない。
     しかしドミニク隊にとって、彼がそこで突っ立っていたのは千載一遇のチャンスに他ならなかった。
    「……」
     大火は目をつぶって腕を組み、一言も発さずにその建物の前に立っていた。
     そこは200年前、中央政府と金火狐財団が央中の利権についての交渉を行った議事堂である。「大交渉記念ホール」と名付けられ、歴史に名を残す建築物として、サウストレードの観光地の一つとなっていた。
    「……クク」
     大火が目を薄く開く。それと同時に、バリバリと言う耳をつんざくような爆音が響いた。

    「『サンダースピア』!」
     魔術兵3名が、三方から雷の槍で大火を貫く。三つの槍の交差点には凄まじい電気エネルギーが集まり、周囲の空気が一瞬でカラカラに乾いた。
    「……どうだ!?」
     魔力を高める装備に強化術、そして三人がかりの高出力魔術――並の人間ならば、この時点で跡形もなく燃え上がり、蒸発している威力である。
    「ク、ク……、な、る、ほど、なるほど」
     だが、笑いを押し殺したような声が聞こえてくる。魔術兵たちは一様にゴクリとのどを鳴らし、大火の様子を探る。
     と、まるで攻撃した者たちに講義するかのように、大火の声が返って来る。
    「通常の、……15、16倍と、言うところ、か。流石に少し効いた、な。悪くない戦法だ」
     大火の黒髪はまるで古びたほうきのようにうねり、真っ黒なコートもブスブスと煙を上げている。
     だが、大火が髪を撫でつけ、コートの裾を払うと、それらは何事もなかったかのように、元通りになってしまった。
    「無傷……!?」
    「まだだ! まだ、もう一発!」
     魔術兵たちはもう一度、雷の槍をぶつけようと呪文の詠唱を始めた。それと同時に、大火がユラリと動き出す。
    「動くな、カツミいいいぃッ!」
     すぐに強襲要員の兵士5名が広場に乗り出す。
    「む……」
     大火は素早く刀を抜き、逆手に構えて左からの初弾を防ぐ。だが反対方向から別の兵士の剣が、大火の右肩を狙って振り下ろされた。
    「覚悟おおおぉぉッ!」
    「『覚悟』だと?」
     しかし剣の刃はコートの表面で止まり、大火の肉や骨を断つには至らない。
    「でやあああッ!」
     続いて槍を持った兵士の、三撃目の刃が大火の腹を狙う。そして四人目、五人目となだれ込み、大火に集中攻撃を仕掛けていく。
     しかし――どの攻撃も大火の刀か、あるいは彼が着込んでいる「漆黒のコート」に阻まれ、まったく通らなかった。
    「俺がお前らに対して、何を覚悟すると言うのだ?」
     大火は初弾を入れた兵士にすっと近寄り――皮手袋をはめてはいるが――剣の先端を手で握る。
    「う……あ……」
     兵士の顔がみるみる青ざめる。
    「むしろお前の方に、覚悟がいるだろう? この俺に刃を向けたらどうなるか、知らぬわけではあるまい」
     大火がつかんでいた剣がギチギチと奇怪な音を立て始め、先端が大火の掌と指の形に変形していく。
    「お前ら全員、生きたまま明日の朝日を見られると思うな」
     みぢっ、と言う怖気の走る音とともに、剣が握り潰された。

     RS作戦の開始から2時間が経った。
     辺りには妙に鼻を突き、舌がしびれるようなきな臭い匂いが漂い、また極度の乾燥によって、大量の霰(あられ)が降り注いでいた。
    「か……っ」
     大火の刀が、強襲要員の一人を左右真っ二つに断ち割る。残っている兵士は、既に3名となっていた。
    「も、もう一回……、もう、一回、……」
     唯一大火にダメージらしいダメージを与えた雷の槍を、魔術兵たちは必死で唱え続けていた。だが何度も己の身に余る魔力を消費してきたためか、三人とも顔色は蒼白を越えて真っ白になり、鼻や目からポタポタと血を流している。
    「もう、一、……」
     ついに一人が耐え切れず、大量の吐血と共に倒れた。
     離れて様子を伺っていたドミニクは舌打ちし、剣を抜いた。
    (魔術攻撃もこれまでか……! 強襲要員の攻撃も、まるで効いていない。
     ……私が討たなければ!)
     ドミニクは広場へと駆け出し、一気に大火の元へと駆け込んだ。
    「カツミ・タイカ! 私が相手だ!」
    「フン……、離れて傍観していれば、命くらいは見逃してやったものを。よくもまあ、死にたがりばかり集まったものだな」
     大火はそう言いながら、横にいた兵士の頭を斬り落とす。
    「……ッ! やめろ、相手は私だッ!」
     ドミニクは大火の頭を目がけ、剣を振り下ろす。大火はそれを後ろに退いて避けようとしたが――。
    「む……?」
     避けたはずの大火の左頬に、すっと赤い筋が走る。ここでようやく、大火の目に驚きの色が浮かんだ。
    「避け切れなかった、……だと? ふむ」
    「見切ってみるがいい、カツミ!」
     ドミニクはもう一度、大火を斬り付ける。大火は先程と同様後ろに退き、ドミニクの剣をかわした。
     が――大火が、左肩を押さえている。
    「……ふむ。避け切れなかったわけではなく、避けた先にもう一太刀仕掛けていた、か」
     大火はもう一歩退き、逆手に握っていたままの刀を脇に構えた。
    「驚くべきは、それを一振りの刀でやってのけた点だな。この一瞬で二太刀か」
    「これはどうだッ!?」
     ドミニクは先の二回よりもさらに早く剣を払う。一太刀、二太刀目は刀に阻まれ、避けられたが、三太刀目は大火の右袖をビッと音を立てて引き裂いた。
    「……! 流石に『雷』を食らいすぎたか。『神器』の力が弱まっているようだ」
     大火は破れた右袖を一瞬チラ、と眺め、すぐにドミニクへ視線を戻す。
    「それだけではないか。お前自身の腕も相当優れている。……なかなか楽しめそうだ」
     大火はニヤリと笑い、ドミニクに斬りかかった。



     それから何時間が、いや、何日が経ったのか――ドミニクは中央軍本部の医務室で、目を覚ました。
    「……!?」
     起き上がろうとしたが、全身に刺すような痛みと耐えがたい倦怠感がまとわりつき、指すら動かせない。
    (私は……? 一体、どうなったのか……? カツミは、殺れたのか……?)
     その問いに応える代わりに、窓の外でカラスが笑うように鳴いていた。

     半月後、ドミニクはRS作戦に参加した部下が全員死んだこと、サウストレードから軍本部までは、標的の大火自身が彼の身柄を運んだこと――即ち、RS作戦が失敗したことを知った。
     ちなみに大火が何故、ドミニクを軍まで運んだのかは不明だった。
    蒼天剣・九悩録 6
    »»  2009.07.07.
    晴奈の話、第327話。
    二転、三転の人生。

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    7.
     部下を全員失った、満身創痍のドミニクに待っていたのは、軍の冷たい反応だった。
     軍の支援でやってきた「RS作戦」は、いつの間にかドミニクの独断専行、軍の命令を無視した勝手な行動とされていた。大火からの報復を恐れての、軍本営の工作である。
     自分にかけられていた期待は罪に変わり、それを咎められ、罰を受けることになった。刑は禁固9ヶ月、その後に強制除隊。
     また現れた「9」の呪いに、ついにドミニクの心は歪んだ。



     それからしばらく後、央北では「カツミ・タイカを称えると殺される」と言ううわさが流れるようになった。ドミニクが大火の信奉者を次々と襲撃し、殺害していたからである。

     ドミニクは強制除隊後、裏の世界へ墜ちた。軍を追い出され、札付きとなった男が活躍できる場は、そこしかなかったからである。
     いや、それ以上にドミニクの中に、大火に対する憤怒や恨みが強かったのだ。部下を殺され、さらに軍人であった自分に対してこれ以上無い辱めを与えた大火に、ドミニクは偏執的とも言っていい執着を感じていた。
     そしてその狂気は親大火派の貴族や官僚、大臣たちに向けられた。大火に取り入り、彼が握る利権や財産などを狙う者、または有事の際に守ってもらえるようにと画策している者たちをドミニクは執拗に狙い、暗殺し続けた。
     軍の方も、狙われた者たちの殺され方といくつかの情報網から、犯人はドミニクであると割り出していた。しかし、相手は大火に多少ながらも打撃を与えたほどの実力を持つ男である。警備に向かわせた兵士たちはまるで相手にならず、犠牲者が増えるばかりだった。

     そして、ドミニクが9件目の暗殺に向かった時――彼に人生の転機が訪れた。



     窓をぶち破り、ドミニクはその屋敷に侵入した。途端に辺りは騒がしくなり、屋敷中に灯りが灯される。だがドミニクは一向に意に介さず、標的の部屋へと足を進める。
    (この廊下を進み、右だったな)
     廊下の曲がり角から、先の様子を確認する。ところが予想に反し、警備兵も使用人もいない。
    (……?)
     後ろからも、人が来る様子は無い。妙な雰囲気を感じ取り、ドミニクは警戒していた。
     と――。
    「入ればーぁ?」
    「!?」
     誰もいなかったはずの背後から、妙に甘く伸ばした男の声が聞こえてきた。
    「だ、誰だ!?」
    「アタシ?」
     振り向くとそこには、白衣を着たオッドアイの猫獣人が立っていた。
    「アタシはシアン。アンタ、今世間を騒がせてる『阿修羅』よねーぇ?」
    「……お、女? それとも?」
     格好や仕草、背丈を見れば女なのだが、声と体型を考えれば男としか思えない。今まで出会ったことのないタイプの人間に出会い、ドミニクは困惑した。
    「どっちでもいいじゃなぁい。
     それよりもーぉ、アンタのコトずーっと待ってたのよぉ、アタシたち」
    「な、に?」
     シアンと名乗った猫獣人は、ドミニクの手を引いて奥の部屋へと進む。
    「旦那様――バニンガム卿がお待ちよーん」

     アドベント・バニンガム伯爵。彼は今日、ドミニクが狙っていた標的だった。だが、その本人がドミニクを待っていたと言うのだ。
    「……」
     バニンガム卿の部屋に通されたドミニクは、目の前に座る初老の短耳――バニンガム卿を奇異の目で見つめることしかできない。彼を前にしたドミニクの頭は、非常に混乱していた。
    「そんなに不思議かね?」
     バニンガム卿が口を開く。ドミニクは何も言わず、黙り込む。
    「いや、そう思うのも無理は無いだろうな。まさか暗殺しようとしていた相手から、こうして招待を受けるなど、誰も思わない」
     バニンガム卿はそう言って、紅茶に口を付ける。
    「さ、君も飲みたまえ。毒など入っていないから、安心していい」
    「……」
     ドミニクはなお、口を開かない。シアンから紅茶を渡されたが、手に持ったままだ。
    「シアン。周りに人の気配は?」
    「無いわぁ。さっき一人来たけど、追い払っておいたわぁ」
    「そうか。それなら、肚を割って話せるな。
     私の名と役職はご存知だろうから、君の知りえないことから紹介しよう。君は、私が親大火派と思っているのだろう。だからこの屋敷に侵入した。そうだね?」
    「……」
     ドミニクは短くうなずいた。その反応を見て、バニンガム卿はニヤッと笑う。
    「ところが実際は、まるで違うのだ」
    「違う?」
     ドミニクは思わず聞き返す。
    「私は実は、カツミを中央政府から排除しようと企んでいる。現在親大火派を装っているのは、擬装なのだ」
    「戯言を……」
     怒鳴りかけたドミニクの口に、シアンが指を当てる。
    「叫んじゃダ・メ。人が来ちゃうでしょーぉ?」
    「まあ、話を聞きたまえ。
     私の真意も君と同じなのだ。私も、カツミを中央政府から排除しようと画策している。そして――少し言い方は悪いかもしれないが――滅多やたらに動き回っている君よりも、もっと効果的で、もっと確実な方法で、カツミを倒そうとしている。
     そのために私は、秘密裏に人を集めている。カツミを倒すための、兵隊作りをしているのだ。その名も、秘密結社『殺刹峰』――カーテンロック山脈(峰)に集まる黒炎教団(刹)を、ひいてはカツミを倒す(殺)ための組織だ。
     そこで、だ。君に、その組織へ入ってもらいたい。どうかね?」
     突然の勧誘に、ドミニクは言葉を失った。
    「なっ……」
    「どうせ君も、カツミを倒そうとしているのだろう? 我々は、一騎当千の君が来てくれれば心強い。君も、単騎であの『黒い悪魔』に挑まずに済む。
     悪い話ではあるまい?」
     不敵に笑うバニンガム卿に気圧され、ドミニクは思わず紅茶をすすっていた。
    蒼天剣・九悩録 7
    »»  2009.07.08.
    晴奈の話、第328話。
    魔女と本の力。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     9件目の――バニンガム卿の暗殺が未遂に終わった辺りから、彼の「9の呪い」は引っくり返った。
     それまでずっと9が付くものに悩まされ続けていた彼は、この時から9が付くものにツキが向くようになったのだ。9件目の暗殺でバニンガム卿の組織、殺刹峰に加入することになり、あちこちの街で兵士を集めるための人身売買や誘拐を行うと、9度に1回、必ずと言っていいほど優秀な人材が手に入った。
     これまでの悩みが幸運の象徴になったことから、彼は何となく、こんな風に考えていた。

    「物事は皆、表裏一体なのだ」
    「そう……」
     殺刹峰のアジトで、ドミニクはこの組織をバニンガム卿から一任されている狐獣人の女性、通称「ウィッチ」と話をしていた。
    「これまで清廉潔白に生きてきた間、『9』は私にとって不幸の種だったのだ。ところがこうして悪の道に入った途端、『9』が付くと何もかもうまく行く。
     片方では災いとなるものも、もう片方では幸運を呼ぶものになる」
    「ふーん……」
     ウィッチはどうでもよさそうに返事したが、何かを思い出したように語り始めた。
    「それって、央南禅道の『陰陽』ね」
    「おんみょう?」
    「物事は『善』と『悪』の二つに分かれているわけではなく、『善悪』と言う一体のものなのだ、って。友人が良くそんなことを言っていたわ。
     ……その友人も、その考えにやられたようなものなのだけど」
    「ほう?」
     珍しく多弁になるウィッチに、ドミニクは興味を持った。
    「その友人とは?」
    「話さなきゃいけない?」
     途端に嫌そうな顔をしたので、ドミニクは話題を切り替えようとした。
    「あ、いや」「長耳の、央南人の女性で……」
     ところが、ウィッチは話し始めた。
    「古美術商をやっていたセッカと言う人で、とても聡明で美しい人だったわ。
     セッカもずっと独身で、長い間独り身だった。でも、ある時古い街で魔術書を見つけて……」
     そう言ってウィッチは、膝に抱えていた本を手に取った。
    「それが、その魔術書?」
    「ええ。現代語に約すと、『魔獣の本』。あらゆる生物や物質を怪物にできると言う、優れた魔術書よ。
     そうね……。見せてあげる、トーレンス」
     ウィッチはヨロヨロと立ち上がり、部屋で飼っていたカエルを手に取った。
    「***……、***……、*****……」
     何かをつぶやいているが、魔術知識の無いドミニクには何と言っているのかさっぱり分からない。
    「トーレンス、そこのティーカップを取ってちょうだい」
    「あ、うむ」
     ドミニクからティーカップを受け取ったウィッチは、もう一言何かをつぶやく。
    「***……」
     すると、ドミニクの目に信じがたい光景が飛び込んできた。
     ウィッチの右手に持っていたカエルの肌が、どんどんツルツルになっていく。その質感はまるで、ティーカップのようだった。
     そして左手に持っていたティーカップが、モコモコと変形していく。
    「あなたにあげるわ。大事に飼いなさい」
     ドミニクの手に戻されたティーカップは、真っ白なカエルになっていた。
    「な、な……!?」
    「これが『魔獣の呪』。物質に生命を与え、既存の生命を魔獣に変える。
     この術を、セッカは二つの人形に使ったの。人形は二人の赤ん坊になったわ。セッカはその子たちを、自分の子供として扱ったわ。
     でもその子たちを作った代償を――人形の代わりにするものを選ばなかったセッカは……」
    「……人形に、なってしまった、と?」
    「ええ……」
     ウィッチは陶器になったカエルを握りしめながら、席に戻った。
    「自分の子供たちのために、セッカは人形になった。
     これもまた『陰陽』。何かを選べば、何かを失うことになる。何かがプラスになれば、どこかでマイナスが生まれる。
     物事は各個独立したものではなく、すべてつながっているのよ」
    「……なるほど」
     ドミニクは深くうなずきながら、手の中のカエルを見つめていた。
    蒼天剣・九悩録 8
    »»  2009.07.09.
    晴奈の話、第329話。
    思いもよらない話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     ドミニクはいつからか、自分を「モノ」と呼ばせるようになった。
     ウィッチから聞いた「陰陽」の思想が余程気に入ったらしく、己を「混然一体の者」――「モノ(単一)」としたのだ。

     モノは大陸中を駆け回り、殺刹峰のために働いた。表面上は単なる犯罪者、単なるならず者として活動し、「大火を倒す」と言う本来の目的を覆い隠した。
     殺刹峰全体としても同様に本懐をぼかし、普通の犯罪組織、普通のならず者集団として、世間の目を欺いてきた。
     そしてモノが加入してから17年が経った、双月暦519年。大火襲撃の準備は、最終段階に来ていた。優れた素質を持つ者たちに訓練を付けさせ、魔術や薬品によって強化を施した超人たちの部隊、「プリズム」は9部隊編成となった。
    「9」を味方に付けたモノにとって、この時点でのプリズムはこれ以上無い、理想的な体制となっていた。

     だが、後一つだけ足りないものがある。それは「実戦の経験」である。
     一個の「戦士」にとって、経験はどんな武器や技術よりも重要な装備なのだ。仮に最終目標である大火とプリズムが、実力では伯仲していたとしても、大火には数百年もの戦闘経験がある。
     このままぶつかればどうなるか、モノには容易に予想が付いていた。
    (最終計画の実行までに、少しでも戦闘の経験を積ませなければ。
     プリズム9名の実力は既に、私のそれをはるかに凌駕するまでに至った。だが、彼らのほとんどは私に敵わない。経験も加味した上での総合力は、私に到底及んでいない。……それは即ち、大火にも及ばないことを示唆している。
     それではまったく無意味なのだ……! もし彼らがこのまま進化、成長しなければ、この17年はすべて無駄になる!
     もっとだ……! もっと皆に経験を積ませなければならない!
     これは最終訓練なのだ――プリズム9名にとっての)



    「……とまあ、これがヴァーチャスボックスで手に入れた情報と、俺たちが今まで集めてきた情報を合わせた上での、俺の仮説だ」
     バートの長い説明を聞き終え、ジュリアは深くうなずいた。(ちなみにシリンと小鈴は話が長すぎたため、眠ってしまっている)
    「殺刹峰の本当の狙いがカツミ、……ねぇ。
    『阿修羅』が起こしたと言う暗殺事件は、私も耳にしたことがあるわね。確かに私も、バニンガム伯の暗殺失敗以後、『阿修羅』が一時期姿を消したと聞いているわ。
     でも、その仮説は飛躍しすぎじゃないかしら。今も伯爵は、親大火派なわけだし」
    「それだけじゃない。他にもいくつか、『阿修羅』とバニンガム伯のつながりを示すものはある。ま、それに関しては議題と外れるからここでは論議しねーけど、ともかくこの仮説は俺なりに確信があるんだ。
     間違いなく、殺刹峰の最終目標はタイカ・カツミの暗殺にある。そして俺たちを襲ってくるのも、単に邪魔者ってだけじゃなく、大規模な実戦訓練の一環なんだろう。もし邪魔ってだけなら、ウエストポートに到着した時点で攻撃すりゃ良かったんだからな」
    「……うーん」
     まだ納得行かないらしく、ジュリアは視線をバートから、机上の資料に落とした。
     と、ここでフォルナが手を挙げる。
    「会議も長くなりましたし、少々本題から外れてきているご様子ですし、ここで一旦、休憩をとってはいかがかしら?」
    「……そうね、休憩しましょう。下でお茶でも飲みましょうか。
     ほらコスズ、起きて」
    「んえ?」
     ジュリアはすっかり爆睡していた小鈴を揺り起こす。フォルナはジュリアの横に立ち、微笑みかけた。
    「わたくしもご一緒しようかしら。ほら、シリンも起きて」
    「あ、じゃあ僕も」
     そう言って立ち上がりかけたエランに対し、フォルナはぷいと横を向いた。
    「女同士でお話したいことがありますの。殿方はご遠慮願いたいのですけれど」
    「あ、……はい」
     エランはしょんぼりした様子で、席に座り直した。

     フォルナはジュリア、小鈴、シリン、晴奈の4人を連れて1階の食堂に入った。
    「フォルナちゃん、何かあるんでしょう?」
     ジュリアは小声でフォルナに耳打ちする。
    「ええ、お察しの通りですわ」
    「一体何だ?」
     尋ねてきた晴奈を、フォルナはじっと見つめる。
    「セイナ、わたくしの質問に答えて?」
    「え?」
    「わたくしが今かぶっている、白いモコモコの帽子。これはいつ、どこで買ったものかしら?」
     晴奈は面食らった様子を見せるが、素直に答えてくれた。
    「え……と、それは確か、ゴールドコーストでロウに初めて会おうとした時、付いてきたお主が機嫌を損ねたことがあっただろう? その時、機嫌を直そうと思って買った品だった」
    「本物ですわね」
    「は?」
     晴奈は何が何だか分からない、と言う顔をしている。続いてフォルナは、小鈴に指示を送った。
    「コスズさん、『鈴林』さんに何か声をかけてくださらない?」
    「え、いーけど? ……『鈴林』、元気?」
     小鈴が椅子に立てかけていた「鈴林」が、ひとりでにしゃらんと鳴る。
    「こちらも、本物ですわね。……シリン、この字はなんと読むのかしら?」
     フォルナは紙に「鱈」「鰤」「鱸」と言う字を書く。
    「たら、ぶり、すずき」
    「本物ですわね」
    「……シリン、こんなの読めんの? 文字読めないっつってたじゃん。しかも央南語だし。アタシにも読めないわよ」
     横で見ていた小鈴が呆れた声を上げた。
    「へっへー、食べ物系はちょー得意やねん。アケミさんにも教えてもろたし」
    「逆に、シリンくらい興味が無ければ、なかなか読めませんわね」
    「それでフォルナちゃん、私には何を質問するのかしら?」
     察しのいいジュリアに、フォルナはにっこりと笑いかけた。
    「バートさんと知り合った場所はどちら?」
    「……そんなこと、教えたことあったかしら?」
    「ございませんわ。まあ、ジュリアさんも本物だと分かっておりましたけれど」
     そこでようやく、他の三人もフォルナの質問の意図が分かった。
    「偽者がいる、と?」
    「ええ。少なくとも今、上に1名偽者が紛れ込んでいらっしゃいますわ」
     フォルナの言葉に、晴奈たちは目を丸くした。

    蒼天剣・九悩録 終
    蒼天剣・九悩録 9
    »»  2009.07.10.
    晴奈の話、第330話。
    偽者は誰でしょう?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「偽者がいる、と?」
    「ええ。少なくとも今、上に1名偽者が紛れ込んでいらっしゃいますわ」
     フォルナの言葉に、晴奈たちは目を丸くした。
    「だ、誰だ?」
    「それを言う前に、……皆さん。フェリオさんとナラサキさん、バートさんが本物かどうか、確認していただきたいのですけれど」
    「エランは? 聞かへんの?」
     まだ事態が呑みこめていないシリンに、フォルナはにっこりと笑って首を振る。
    「わたくしが既に確認していますわ」
    「そっかー。……んじゃ、えーと、どないして聞いたらええんかな?」
    「そうですわね、二人の間でしか知りえないことを質問してくだされば」
    「あいあい」
     シリンはコクコクとうなずき、立ち上がろうとする。
    「待って、シリン」
    「ん?」
    「今聞いてはいけませんわ。偽者がいる、と言ったでしょう?」
    「うん」
    「偽者にそんな質問をしていることを知られたら、警戒させてしまいますわ。
     変に警戒され、行動でも起こされてしまえば、一緒にいらっしゃるフェリオさんにもご迷惑がかかってしまいますわ」
     フォルナに優しく説明され、シリンは素直にうなずいた。
    「あー、そーやんなー。そんならやー、後で二人っきりになった時とかの方がええんかな」
    「ええ、その時に」
     ジュリアは時計を見て、席を立ち上がる。
    「そろそろ休憩も終わりね。……気を付けて会議に臨むとしましょう」
    「ええ」
     会議の場に戻ると、横になっていたバートがゆっくりと身を起こした。
    「お……、戻ってきた」
    「ええ。さあ、会議の続きよ。
     敵の狙いらしきものは見えてきた。でも私たちはまだ、肝心なものを見つけていない」
    「敵の本拠地、だね?」
     楢崎の答えに、ジュリアはコクリとうなずく。
    「ええ、その通りよ。まだ私たちは、敵がどこから来ているのかも、どこで待ち構えているのかも分かっていない。これでは到底、敵を倒すのは不可能だわ。
     最優先事項は『敵の本拠地を探すこと』、この一点よ」
     その後も細々とした意見調整を行い、今回の会議は終わった。



     その夜、女性陣はもう一度食堂に集まった。
    「確認できたわ。バートは本物よ」
    「あたしと晴奈も確認してきたわ。瞬二さんも確かに本物だった」
    「フェリオも本物やったでー」
     それぞれの返答を聞き、フォルナを除く全員がけげんな顔をした。
    「……え?」
    「全員、本物?」
    「どう言うことかしら、フォルナさん?」
     口々に尋ねてくる四人に、フォルナはにっこりと笑って場を静めさせた。
    「落ち着いて、皆さん。……わたくしも、三人は本物だと思っておりましたもの」
    「……?」
     四人が静かになったところで、フォルナは説明を始めた。
    「まず、ジュリアさんの報告を聞いた時、皆さんもこう考えたことでしょう――『なぜジュリア班にだけ、敵が2部隊も現れたのか?』と」
    「ああ、それは確かに」
    「実のところ、わたくしたちとバート班にも、もう1部隊来ていたのでしょう」
    「え……?」
     フォルナは紙に、「フォルナ」「バート」「ジュリア」と名前を書き、丸で囲んだ。
    「わたくしが敵の司令官ならば、こう考えますわ。『相手は公安と、闘技場の闘士たちだ。半端な対処では、返り討ちもありうる』と」
     丸で囲んだ名前に、それぞれ長い矢印と短い矢印を書き込む。
    「ですから、始めから全ての班に2部隊ずつ送っていたのではないでしょうか? もし1部隊が打撃を受け、窮地に陥っても、もう1部隊が何らかのフォローをする。これならば、1部隊ずつ送るよりももっと、確実性が増しますわ」
    「そりゃま、確かにそーよね。でも他の班はいないって……」
     小鈴の指摘に、フォルナは短い矢印を消し、長い矢印と向かい合うように矢印を書き直した。
    「一方は本隊、もう一方は支援部隊と考えれば、説明が付けられますわ。
     ジュリア班の場合は本隊が窮地に陥ったので、やむなく支援部隊が姿を見せた。そしてバート班は、本隊からバートさんを逃がす形で、支援部隊が配置されていたのでは無いでしょうか?」
    「どう言うことかしら?」
     ジュリアの問いに、フォルナはノートの絵を描きながら答える。
    「あの情報――バートさんが老人から得たと言うノートが、敵に用意されたものだとは考えられませんかしら?」
    「……確かに、できすぎた話だとは思ったわね。敵から逃げるうちに転がり込んだ家で、敵の情報が手に入るなんて」
    「でしょう? その老人が、支援なのではないかと」
    「じゃあ、あの情報は偽物ってコト?」
     小鈴の考えを、ジュリアが否定する。
    「それは……、考えられなくは無い。でも、ノートの内容と過去に起こった事件の詳細を比較して考えれば、非常に信憑性があると思うわ。まるっきり偽物とは、言い切れないわね」
    「わたくしも本物だと思っておりますわ。……でなければ」
     次に出たフォルナの言葉に、ジュリアの背筋に冷たいものが走った。
    「罠に誘い込めませんでしょう? 『エサ』が本物だからこそ、魚が釣れると言うものですわ」
    蒼天剣・藍色録 1
    »»  2009.07.12.
    晴奈の話、第331話。
    解答。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「こんなお話がありますわ。
     子猫の歩く先に、小さなパンがあります。子猫はそれを、喜んで食べてしまいます。
     そして少し歩くと、またパンが。さらに歩くと、またパン。
     そうしてパンをずっと食べ歩くうち、子猫は今にも崩れそうな橋の真ん中に誘い込まれ、立ち往生してしまう、……と」
     フォルナの話を聞いたジュリアはのどの渇きを感じ、水を一気に飲み干す。
    (20にも満たないこんな女の子が、よくこんな怖いことを考えるわね……)
    「わたくしたちは恐らく、このお話の子猫の状態にありますわ。でなければバートさんの仰っていた通り、ウエストポートで襲撃を受けていたはず。なのにそれが無く、散発的な攻撃しかしてこない。……誘ってらっしゃるのでしょうね」
    「敵が、わざと自分たちのところへと? 何のために?」
    「確実に仕留めるためですわ――自分たちの目の前で、逃がすことなく、打ち損じることもなく、確実に死んでもらうために」
    「どうしてそこまですると思うの? 考えすぎじゃない?」
     フォルナも水を飲み、ジュリアの目をじっと見つめる。
    「殺刹峰で兵の指導、司令に当たっているのはドミニク元大尉と言う方でしょう? その方は確実にカツミを仕留めるため、一ヶ月以上に渡って策を練り、作戦中もご自分で戦っていたと聞きました。
     そこまでなさるような方が、自分の目の届かないような場所で、他人に任せきりになさるでしょうか?」
    「むう……」
     フォルナの言うことももっともである。四人はうなるしかなかった。
     と、ここでシリンが手を挙げる。
    「なー、フォルナ。結局偽者って、誰なん?
     フェリオも、バートも、ナラサキさんも、エランも、ウチらも本物ってコトやったら、もう残ってるのフォルナしかおらへんやん」
    「わたくしは本物ですわ。今までの話は、最後までだまし通さなければならないのが前提ですもの。なのにそれをばらしてしまうと言うのは、矛盾してしまうでしょう?」
    「疑心暗鬼にさせて内側から瓦解させる、ってのも手だと思うけどね」
     小鈴の指摘を受けたフォルナは、ふるふると首を振る。
    「それなら、ノートは偽物でも構わないと言うことになりますわ。書かれていた内容は本物でしたのでしょう?」
    「……ま、確かに」
    「じゃあ、一体誰が偽者なの?」
     異口同音に尋ねられ、フォルナはようやく真相を明かした。
    「……わたくしがはっきり『本物』と言っていない人物が、一名いらっしゃいますわ。
     それに、ジュリアさんとバートさんのところにも支援が来ているのに、わたくしのところに来ないと言うのは理屈に合いませんわ」
    「その偽者がつまり、支援なわけだな」
     そう言った晴奈は、首をかしげた。
    「……ん? ……まさか」
    「ええ、その通りですわ」



     次の日情報収集に出かけた三班は、ある一名をわざと人通りの多い通りで引き離した。
    「あ、あれ?」
     彼はきょろきょろと辺りを見回す。
    「セイナさーん? フォルナさーん? ど、どこ行っちゃったんですか?」
     それを隠れて見ていた晴奈とフォルナは、他の班にそっと指示を送る。ジュリア班、バート班はそれに応え、静かに彼を監視し続ける。
    「……」
     晴奈たちの姿を探す振りをしていた彼は、突然無表情になる。そして、突然走り出した。
    《追うわよ!》
     ジュリアの指示に全員が従い、彼に気付かれないよう追いかけた。
     彼は街外れまで走り、そこで立ち止まる。
    「いらっしゃいますか、『インディゴ』様」
    「はい、ここですけど」
     彼のその声は、どう聞いても「彼」の声ではない。
    「今日の報告です。奴ら、ヴァーチャスボックスで手に入れた情報を元に、捜査を始めたようです」
    「なるほど。他には?」
    「え? いえ、特には」
    「あると思いますけど。……後ろ」
    「……!」
     彼が振り向いた先には、晴奈たち8人が立っていた。
    「あなたは一体、誰ですの?」
     彼――エランの顔と格好をしたその人物は、その顔をこわばらせた。
    蒼天剣・藍色録 2
    »»  2009.07.13.
    晴奈の話、第332話。
    お調子者のカメレオン。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「エラン」と青い髪の猫獣人は、晴奈たちを前にして硬直している。
    「……何でばれたんだ?」
    「わたくしが良く見知っているエランは、左利きですわ」
     フォルナは左手を挙げ、説明する。
    「一昨日、一緒に食事をした時。わたくしの左に座っていたあなたと、手がぶつかりました。左利きのエランなら、手が当たるはずがありませんもの」
    「……そこか、くそっ」
    「エラン」は舌打ちし、帽子を地面に叩きつける。その素行の悪さは、どう考えてもエラン本人ではない。
    「もう一度聞かせていただきますわ。あなたは、誰?」
    「……そこの猫侍さんなら知ってるさ。昔、戦ったことがあるからな」
    「エラン」は地面に叩きつけた帽子を拾い直す。
    「何?」
     だが、晴奈にはその男の正体が分からない。
    「私と、戦ったと?」
    「そうだよ、忘れたのか? ……ああ、こんなハナタレ坊ちゃんの顔じゃあ、分かんねーよな」
     そう言って「エラン」は顔で帽子を隠した。
    「……ほらよ、これで思い出しただろ?」
     帽子をどけた顔は、央南人じみたエルフの顔だった。それを見た晴奈の脳裏に、古い記憶が蘇ってきた。
    「……見覚えがある。そうだ、確か篠原一派と戦った時に見た覚えがある。名前は、……柳、だったか」
    「ヒュー、覚えててくれたか。嬉しいねぇ。……でも、それも偽名だ」
    「エラン」はまた、顔を隠す。今度は篠原の顔になった。
    「なっ……」
    「俺は何者でも無い。誰でも無い」
     また顔を変える。今度は天原の顔になった。
    「……誰にでも化けられる。擬装(カモフラージュ)できる」
     天原の顔でニヤリと笑い、また顔を隠す。
    「人は俺を、『カモフ』と呼ぶ」
     今度は晴奈の顔になった。それを見た晴奈は憤り、声を荒げる。
    「ふざけるなッ! 私の顔でしゃべるな!」
    「ククク……。『ふざけるなッ! 私の顔でしゃべるな!』」
    「なに……!?」
     カモフが叫んだのは、つい先程晴奈が怒鳴ったのとまったく同じ言葉と声だった。
    「どうだ、驚いたろ? 俺は一度見た奴なら、誰にでも化けられるんだ」
     カモフは依然、晴奈の姿でニタニタと笑う。その仕草に、晴奈の怒りは頂点に達した。
    「ふざけるなと……、言っただろうがッ!」
     一足飛びに間合いを詰め、カモフに斬りかかろうとする。
     が、それまで傍観していた青い「猫」が、晴奈の前に立ちはだかった。
    「ここで動けば、ろくなことにならないと思いますけど」
    「何だと?」
     青猫は涼しげな青い瞳を晴奈に向け、静かになだめる。
    「エランさんは、まだ生きてらっしゃいます。けど、ここで下手なことをすれば、死んでしまうかも知れません。それでもいいと仰るなら、僕は退きますけど」
    「……くっ」
     晴奈は怒りを抑え、元の位置に戻る。その間も、カモフは晴奈の姿でくねくねと動き、挑発している。
    「『あたし、セイナ、とっても、かっこよくって、かわいい、サムライちゃん、みたいな』」
    「貴様ああ……ッ」
     晴奈は顔を真っ赤にして怒っている。流石に見かねたらしく、青猫がカモフを諭した。
    「カモフ、話が進みません。それ以上ふざけていたら、僕が怒ります。それでもいいなら、存分にセイナさんを挑発してもいいですけど」
    「……すんません」
     青猫が一言たしなめただけで、カモフはすぐに黙った(依然、晴奈の姿であるが)。
    「困りましたね、それにしても。まさかこんなに早く、カモフの正体がばれてしまうなんて思いませんでした。
     まさかこのまま、僕たちの計画に付き合ってもらうなんてできないでしょうし、かと言ってこのまま帰還すれば、ドミニク先生から怒られるでしょうし」
     青猫の独り言を聞き、バートが反応する。
    「ドミニク……! やっぱりいるんだな、ドミニク元大尉が」
    「……おっとと」
     青猫は困った顔で、口を隠した。
    「いけないいけない。ついしゃべりすぎました。……どうしましょうかね、本当に」
    「提案がありますわ」
     フォルナが一歩前に出て、青猫と対峙する。
    「何でしょうか?」
    「わたくしたちと手を組めば、解決しますわ」
    「え……?」
     フォルナは目を丸くする青猫に構わず、とうとうと語る。
    「わたくしたちはこのまま、あなた方の計画に乗せられた振りを続けます。それなら、ドミニク元大尉のお怒りを受けずに済むでしょう? その代わりに、エランの無事と情報提供をお願いしたいのですけれど」
    「……あの、確かお名前、ファイアテイルさんでしたよね。
     ファイアテイルさん、勘違いされては困ります。別に、あなた方の提案を呑まなければいけない、と言うことは無いんですけど」
     青猫は困った顔で、フォルナとの距離を詰め始めた。
    「だってやろうと思えば、あなた方をここで、3、4人殺すことも可能なんですから。下位の人間と交渉なんて、する意味がありませんよ」
     青猫はそっと、フォルナの顔に手を伸ばしてきた。
    蒼天剣・藍色録 3
    »»  2009.07.14.
    晴奈の話、第333話。
    毒男。

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    4.
     パン、パンと銃声が響く。
    「……痛いですよ」
     青猫はフォルナに伸ばしていた手を引っ込める。その甲には銃弾が突き刺さっていた。
     フェリオがいつの間にか、銃を構えている。
    「それ以上動くな、『猫』」
    「あなたも『猫』じゃないですか。……そう言えば、自己紹介がまだでしたね。
     僕の名前はネイビー・『インディゴ』・チョウと言います。殺刹峰特殊部隊『プリズム』の中では、ナンバー3に入る実力を持っています」
    「チョウ? ドクター・オッドと何か関係が?」
     尋ねてきたバートに、ネイビーは短くうなずいた。
    「ええ、実父……、って言えばいいのかな。それとも実母……? あの人、ややこしい性別ですからねぇ。
     ……いや、僕自身もややこしい人間ですし、どう言ったらいいのかな」
    「何をゴチャゴチャ言ってやがる。つまり、ドクターの息子なんだな」
    「あ、はい。そうですね、そう言った方が分かりやすかったですね、すみません」
     ネイビーは殺気立つ公安組に対し、はにかんでみせる。それがバートとフェリオの癇に障ったらしく、二人は晴奈と同様に憤る。
    「ふっざけんじゃ……」「ねえぞコラあぁ!」
     バートとフェリオは同時に銃を乱射するが――。
    「当たるわけないじゃないですか。言ったでしょう、ナンバー3だって」
     いつの間にか、二人のすぐ目の前にネイビーが立っていた。
    「いっ……」
     フェリオは慌てながらも、銃を構え直す。
    「それ以上撃っても無駄ですよ」
     ネイビーはフェリオの左手首を、そっと握った。
    「何すんだ! 離せ!」
    「分かりました」
     ネイビーは何故か素直に、握っていた手を離した。
    「くそっ……! 余裕見せやがって」
    「そりゃ、見せますよ。もうあなた、おしまいなんですから」
    「え……?」
     次の瞬間、フェリオは声にならない叫び声を上げる。
    「……~ッ!?」
     自分の左手が、ぼとっと落ちたからだ。
    「なっ、な……、なに、をっ……」
    「見ての通りです。腐って落ちたんです、僕の毒で」
     にっこりと笑ったネイビーに、フェリオはガチガチと歯を鳴らし、体を震わせていた。

     フェリオの手首が落ちたのを見て、その場にいた全員がぞっとする。ネイビーは依然ニコニコと笑いながら、自分の能力について説明し始めた。
    「実を言えば、厳密には僕、人間じゃないんですよ。ドクター・オッドの血と人形から生み出された、半人半人形の存在なんです。
     それでですね、半分人形ですから、体をある程度自由にいじれるんです。自分の両手に、強い腐敗性を持つ毒をしみこませ、それを使って戦う。それが僕の戦闘スタイルなんですよ」
    「あ……、あっ……」
     自分に起こった事態が呑み込めないらしく、フェリオはうずくまって自分の腐り落ちた手を呆然と眺めている。
    「だからですね……」
     ネイビーはそっと、フェリオの顔に手を伸ばす。
    「こうやって手を触れるだけで、誰でも一瞬で殺せるんです。
     あなたたちは武器や魔術を使わなきゃ人を殺せませんが、僕は素手で十分なんですよ。それがあなたたちと、僕との絶対的な差なんです」
    「やめろーッ!」
     シリンが駆け出し、あと少しでフェリオに触れるところだったネイビーに、ドロップキックを喰らわせた。
    「わっ」
     ネイビーは吹っ飛ばされ、ゴロゴロと転げ回る。
    「フェリオ、大丈夫か!? 気ぃ、しっかり持ちや! な!」
    「お、オレ、オレの、手、手が」
     フェリオの目は焦点が定まっていない。自分の手を失った異常な事態に、錯乱しかかっているらしい。
    「しっかりせえって!」
     シリンがバチ、と音を立ててフェリオの頬を叩く。
    「あ、あ……」
    「こんなん治る! 治るて! ほら、立ってって!」
    「治るわけないじゃないですか」
     転げ回っていたネイビーはフラフラと立ち上がり、いまだのんきな口調でしゃべっている。
    「腐ってるんですよ? くっつくわけが無い」
    「治る!」
    「あなた、本当に頭悪いんですね。くっつきようがないって、分かりそうなものですけど」
    「うるさい! 治る言うたら治るんや!」
     シリンは怒鳴りながら、ネイビーに襲いかかった。
    「……馬鹿すぎて呆れようがありませんけど」
     ネイビーは拳法の構えを取り、シリンの蹴りを受け流そうとする。
    「この手に触ったら、そこから腐り落ちます。僕がその脚を手で受けたら、どうなるか分かるでしょう?」
    「うるさいわボケぇぇぇッ!」
     シリンは飛び上がり、ソバット(空中回転蹴り)を繰り出した。ネイビーはため息をつきつつ、その脚をつかもうとした。
     ところが向かってきた右脚はそのまま前を通り過ぎ、軸足になっていた左脚が飛んでくる。
    「あっ」「だらっしゃあああッ!」
     ネイビーの両手をすり抜けて、シリンの太く大きな足が、ネイビーの顔面にめり込んだ。
    「う、が、か……ッ!」
     ネイビーはのけぞり、縦回転しながら、4回転ほどグルグルと回って地面に突き刺さった。
    「手がなんやっちゅうねんや、このゲス!」
    「あ、は……はは、油断、しました。……あれだ、け激昂し、てフェイ、ントをか、けるとは、恐れい、りました、よ」
     地面に突っ伏したまま、ネイビーがボソボソとしゃべっている。
    「帰れ! 消えろ!」
     シリンはフェリオのところに戻りつつ、ネイビーに向かって罵声を浴びせた。
    「……そうしま、す。ちょっ、と顔が、見せら、れないことに、なってしま、いましたから」
     ネイビーはヨロヨロと立ち上がる。確かにその顔は、筆舌に尽くしがたい「壊れ方」をしている。どうやら半分人形と言うのは、本当らしかった。
    「ああ……。あごが、半分なくなっ、ちゃって話しに、くい。それ、じゃ、失礼し、ます」
     ネイビーは顔を布で隠し、そのまま立ち去っていった。
    「え、ちょ、ちょっと『インディゴ』様!? 待ってくださいって! 俺、どうすれば!?
     ……あっ」
     いまだ晴奈に擬装していたカモフは、目の前にいる本物に気付いた。
    「さて、カモフとやら」
    「……はい」
    「まずは、私の顔と声で話すのをやめろ。話はそれからだ」
    蒼天剣・藍色録 4
    »»  2009.07.15.
    晴奈の話、第334話。
    ドS&ドS。

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    5.
     ネイビーとの戦いが終わってから、1時間後。
     フェリオとシリンは、まだ街外れにいた。いまだフェリオに、平静さが戻ってくる様子は無い。自分の体から離された左手を、呆然とした顔で見つめたままだ。
    「手……、手が……」
    「フェリオ……」
     シリンは泣きそうになり、フェリオの肩に手を置いた。
     と――。
    「はいはいはーい、賢者登場だね」
     先程のネイビーに勝るとも劣らない、のんきな声がかけられる。
    「誰や!?」
    「晴奈の知り合い。ほれ、手ぇ見せろってね」
     突然現れたモールは、ひょいとフェリオの左手を取った。
    「うわぁ……、グロいね」
    「何してんねんや、自分」
     シリンはモールの剣呑な振る舞いに怒りを覚え、つかみかかろうとした。
    「どけってね、デカ女」
     が、モールは杖をひょいとシリンに向ける。するとシリンはまるで鞠のように、斜め上へと飛んでいった。
    「うひゃああ!?」
    「治療してやるね。……『リザレクション』!」
     モールは腐り落ちた手とフェリオの手首とを持ち、呪文を唱える。すると腐りきっていた手に、いかにも健康そうな、桃色の肉が盛り上がり始めた。
    「あ……、あ……!?」
     その様子を見ていたフェリオの目にも、ようやく正気の色が戻ってくる。
    「手がまだ残ってて良かったね。じゃなきゃ、流石の私でも治せなかったね。あのデカ女が守ってくれてなきゃ、危ないところだった。感謝しときなよ」
     そう言ってモールは手を離す。完全に腐っていたフェリオの左手は、元通りに治っていた。
    「あ、……ありがとうっス、えっと」
    「私? 私の名はモール・リッチ、旅の賢者サマだね。……んで、それよりもだ。
     晴奈たち、ドコに行ったね?」

    「モール殿!」
     シリンたちと共に宿に向かったモールは、晴奈に歓迎された。
    「ちょうどいいところに! 私の仲間が、手首を落とされて……」
    「あー、コイツのコト? とっくに治しといたね」
    「あっ、……おお!」
     晴奈はフェリオの左手を取り、軽く握る。
    「いてて、痛いっス」
    「良かった、本当に……! かたじけない、モール殿!」
     頭を下げる晴奈に、モールは嬉しそうにはにかみながら手を振った。
    「いいっていいって、んなコト。いやぁ、ちょっとばかり手間取っちゃってね、こっちに来るのが遅れちゃってねぇ」
    「もしや、襲われたのですか?」
     晴奈にそう問われ、モールは肩をすくめて返す。
    「当たり。みょーな女でね、突然目の前に現れては魔術をバカスカ撃ってくる、かなりヤバ気なヤツだったね。……何とか撒いたけどさ」
     そう言ってモールは、「よっこいしょー」とため息をつきながら椅子に腰掛ける。
    「(所作は本当に老人だなぁ、この人は)モール殿でも倒せないような敵がいるとは」
     晴奈にそう言われ、モールは口をとがらせる。
    「だってね、いきなりポンって現れるんだよ!? あっちに出たかと思ったらこっち、こっちかと思ったらあっちって、んなもん相手しきれるワケないよね!?」
    「あ、し、失敬」
     余程執拗に狙われていたらしく、いつもに増してモールは、剣呑な態度を取ってくる。
    「んでさ、何があったのか教えてよ、晴奈」
    「あ、はい」
     晴奈は敵、カモフが仲間の一人に化けていたこと、カモフがネイビーと連絡を取ろうとしていたこと、そしてネイビーと戦って撃退し、残ったカモフを捕まえたことを説明した。
    「なるほどねー」
    「その敵が、あれです」
     晴奈は部屋の片隅を指差し、椅子に座るカモフを示した。
     目隠しと猿ぐつわをされ、縄で何重にも縛られているため、変身能力以外は普通の兵士と何ら変わりないカモフはまったく動けないでいる。
    「うぐー、うー」
    「コイツがその、カモフ?」
    「はい」
    「どんな顔してるね?」
     そう言ってモールは目隠しと猿ぐつわを外す。
    「……ふーん」
     見た途端、モールは非常に不機嫌になった。
     カモフはモールを見た途端、自分の顔をモールのものに変えたからである。
    「こーゆーふざけたヤツってさー、徹底的にいぢめ倒したくならないね?」
    「なるっ」
     モールの問いかけに、小鈴が即答する。その返事を聞き、モールはニヤッと笑った。
    「小鈴、キミは分かる子だねー」
    「モールさんもねっ」
     小鈴とモールはガッチリと握手を交わし、同時にカモフの方をにらんだ。
    「いいね? ……で、……して、……ね」
    「りょーかいっ。……で、……なって、……なるのね」
    「お、おい? 何する気だ?」
     まだモールの顔のままのカモフは、二人の異様な気配に震え出した。
    「よし、それじゃいっせーのせで」
    「いっせーの」「せ」「『シール』!」
     モールと小鈴は同時に呪文を唱える。
     するとカモフの顔がみるみる変形し、非常にのっぺりとした、特徴の無い男になった。
    「みっ……、見るなっ!」
    「へーぇ、見られたくないんだー、じゃーガン見しちゃうー」
    「見ろってコトだよねー、誘ってるよねー、変態さんだねー」
    「やめろおおおお!」
     カモフは顔を変えようとしているようだが、どうやっても術が発動できないらしく、顔は一向に平面のままで、何の変化も起こらない。
    「な、何で術が……!?」
    「『シール』は世間一般の術とは、ひと味違うからねー」
    「あたしたちが解除しようとしない限り、絶対術は使えないのよー」
    「そんな、バカな……っ! くそ、くそーッ!」
    「頑張ってる頑張ってる、絶対できないって言ってんのにー」
    「わー必死だ必死、ちょー焦ってるねー」
     はやし立てるモールたちに、能面のようになったカモフの顔が真っ青になっていく。
    「やめろ、やめてくれぇぇ! 俺の顔を見るなああぁ!」
    「きゃー叫んでるやだーきっもーい」
    「そんなに煽っちゃうと私ら本気出しちゃうよねー?」
    「ひいいいいいいっ……」
     その後小一時間、モールと小鈴のカモフいじりは続いた。
    蒼天剣・藍色録 5
    »»  2009.07.16.
    晴奈の話、第335話。
    急展開。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     モールと小鈴による「拷問」で抜け殻のようになったカモフから、晴奈たちはいくつかの情報を手に入れた。

     まず、プリズムの構成員について。
     プリズムは現在9名おり、どれも一騎当千の実力を持っていると言う。
    「飛ぶ剣術」を使うスカーフェイスの剣士、モエ・フジタ(藤田萌景)――バイオレット。
     風の魔術師で、晴奈に対して偏執的な恋愛感情を持つ、レンマ・アメミヤ(雨宮蓮馬)――マゼンタ。
     土の魔術師で、非常におっとりした天然っ子、ペルシェ・リモード――オレンジ。
     雷の魔術師で、プリズムの中では最も年の若い少年、ジュン・サジクサ(匙草純)――イエロー。
     兄妹の長物使い、ヘックス・シグマとキリア・シグマ――カーキとミント。
    「毒手」使い、ネイビー・チョウ――インディゴ。
     モールを襲ったと思われる変幻自在の暗殺者、ミューズ・アドラー――ブラック。
     そして彼らの頂点に立つ凄腕の女剣士、フローラ・ウエスト――ホワイト。
     特に上位三人、ネイビー、ミューズ、フローラの強さは別格で、ついさっきシリンに蹴倒されるまで、カモフは負ける姿を見たことが無かったそうだ。

     次に、いつ、どうやって、何故エランと入れ替わったのか。そして現在、エランはどうなっているのか。
     何にでも化けられる術、「メタモルフォーゼ」を使えるのは、殺刹峰では現在、カモフ一人だけである。だから対象者が一人きりの時にしか、入れ替わるチャンスは無かった。
     最初は最も非力なフォルナに化けようとしたのだが、フォルナはずっと晴奈と一緒にいたし、途中一度だけ別行動を取ったものの、それは人の集まるバーで酒を呑んだ時だけ。一人きりになることがまったく無く、カモフは彼女と入れ替わるのを諦めた。
     晴奈は毎朝一人で修行していたが、カモフの実力でどうこうできる相手ではない。こちらも諦めるしかなかった。
     そして残ったのがエランだった。幸いにもフォルナが呑みに、晴奈が朝の修行に行っている時、エランはのんきに眠っていた。他に代われる者もいなかったので、カモフはエランと入れ替わることにしたのだ。
     そして本物のエランは現在、殺刹峰のアジトに監禁されているとのことだ。
    「殺されたりせーへんかな?」
    「それは無いと思いますわ。だってカモフさんがこちらの手に落ちている以上、確実に本拠地へ向かわせるには……」
    「なるほど。エラン君がいなければまずい、と」
    「それでも早めに向かわないと、危ないかも知れませんわ。わたくしたちを急かすために、何らかの拷問にかけられるかも知れませんし」



     そして、最も知りたかった情報――殺刹峰の本拠地について。
    「それで、本拠地はどこにあるのだ?」
    「……知らない」
    「そんな訳が無いだろう。隠すとためにならぬぞ」
     凄んできた晴奈に怯えながらも、カモフは答えない。
    「本当に知らないんだ。いつも『移動法陣』で出入りしているから、どこにあるのかは……」
    「『移動法陣』? 黒炎教団の、か?」
     そこにモールが割り込み、補足説明をする。
    「『移動法陣』は別に克の専売特許じゃないね。私だってやろうと思えばできるね――ちょっと手間だけども――あいつは『魔獣の本』持ってるんだから、それくらいの魔法陣描くのはワケないね」
    「あいつ、だと? モール、まさか……」
     尋ねかけたカモフをモールがにらみつける。
    「あ? 呼び捨て?」
    「……モールさん、まさか、首領をご存知でいらっしゃいますので?」
    「ああ、知ってるね。……この40年近く、ずっと追いかけ続けた相手だしね」
     いつも人を食ったような態度のモールが、この時は妙に感傷的な雰囲気を見せた。
    「そんで能面、『移動法陣』はドコにあるね?」
    「俺たち下っ端兵士が良く使ってるのは、イーストフィールドの廃工場に隠してあるやつだ。それ以外は知らない」
    「なるほどね。……ま、こっちが来るのは読まれるだろうから、ガッチガチに迎撃準備されそうだね」
     モールは全員に向き直り、いつになく真剣な顔を見せた。
    「行く? 行かない?」
     その問いに、小鈴が小さく鼻を鳴らして答えた。
    「行くに決まってんでしょ」
     その言葉に、他の者たちも一様にうなずき、同意する。
    「よっしゃ決まりだ、早速行こうかね」
     モールは表情を崩し、またニヤニヤ笑い出した。

    蒼天剣・藍色録 終
    蒼天剣・藍色録 6
    »»  2009.07.17.
    晴奈の話、第336話。
    迎撃準備。

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    1.
    「ひっどいわねぇ……」
     オッドが困った顔で診察台の前に座っている。
    「すみま、せん、ドクター」
    「しゃべらなくていいってばぁ。怖いじゃないのぉ」
     診察台に横たわっているのはネイビーである。シリンの蹴りで顔を壊されたため、オッドの診察を受けている最中なのだ。
    「コレが人間だったら、顔面裂傷、右眼球欠損、頚椎・顎骨・頭蓋骨骨折……、頭が弾けてる致命傷よぉ? ……ホントにもう、潰れたトマトみたいになっちゃって。
     ともかくウィッチ呼んだから、安心しなさぁい」
    「はい」
     オッドはカルテを書きながら、ブツブツと愚痴をこぼす。
    「ミューズも腕吹っ飛ばされて帰ってくるし……。
     トーレンスがもっと積極的に集中攻撃やってくれれば、こんな風に大ケガ負うコト無かったのにねぇ」
    「心配し、てくれ、るんですね、ドクター」
    「しゃべんないでってばぁ」

    「知ってるー?」
    「プリズム」が集まる訓練場で、ペルシェとレンマ、そして黄色い僧兵服に身を包んだ短耳の少年が会話している。
    「何を?」
    「ネイビーさんとー、ミューズさんがー、大ケガ負っちゃったみたいー」
    「大ケガって、どのくらいの?」
     レンマが尋ねると、ペルシェは自分の顔に掌を乗せて説明する。
    「何て言うかー、ミューズさんはドミニク先生みたいになっちゃってー。それとネイビーさんはー、この辺りがぜーんぶ壊れちゃったってー」
    「どう言うこと?」
     聞き返してきたレンマに、少年が答える。
    「聞いたんですけど、何でもミーシャって女の人の、その、ソバットって言えばいいのかな、そんなのを顔に受けたみたいです」
    「へぇー。でもネイビーさん、半人半人形(ドランスロープ)だったよね? 確か8割くらい人形だって。それなりに体もいじってあるんじゃ」
    「それだけー、すっごい蹴りだったってコトだよねー」
    「敵も、強いんですね」
     少年が不安そうな顔をする。それを見たレンマがニヤニヤ笑って、少年の肩に手を置いた。
    「大丈夫だって、ジュンなら。まだ子供だし、手加減してもらえるよ」
    「こ、子供じゃないですよ。もう14です」
    「まーだ、14だよー」
    「もう、ペルシェさんまで……」
     ペルシェにからかわれ、少年――ジュンは口をとがらせてうつむいた。
     と、そこに彼らの教官であり総司令官でもあるあの片腕の男、モノが現れた。
    「皆、少し時間が取れるか?」
    「あ、ドミニク先生」
     三人は敬礼し、足早にモノの前に集まった。
    「どうしたんですかー?」
    「カモフ君が敵の手に落ちた」
    「何ですって?」
    「『インディゴ』への連絡の際、敵に襲撃されたのだ。現在『インディゴ』は……」「あ、聞いてますー。大ケガしたってー」
     ペルシェの言葉に、モノは小さくうなずく。
    「そうだ。その際にカモフ君は正体が割れ、敵に拘束されたと言う。現在は恐らく、敵に情報を渡しているだろう」
    「そんな……。カモフさんなら、そんなことしないと……」「レンマ君」
     モノはレンマに顔を向け、無言・無表情でじっと見つめる。
    「……はい」
    「敵に関する物事は、常に最低最悪を想定しなければならない。楽観的観測は単なる願いや希望であり、事実をぼかしているだけだ。
     状況が的確に判断できなければ、それはいずれ、己の足をすくうことになる」
    「すみませんでした」
     レンマが頭を下げたところで、モノは話を再開する。
    「敵は恐らく10日以内に、イーストフィールドの移動法陣を襲撃してくるだろう。
     敵が我々の陣地に近付いてくるのは結構だが、内部に踏み入られては困る。その一歩手前で倒すか、防がねばならない」
    「つまりー、イーストフィールドの移動法陣の前でー、敵さんを撃退しちゃえばいいんですよねー?」
    「そう言うことだ。
     今回出向いてもらうのは3部隊。『マゼンタ』、『カーキ』、そして『イエロー』だ。ヘックス君をサポートする形で、レンマ君とジュン君に働いてもらう」
    「了解しました!」
     意気揚々と敬礼するレンマに対し、ペルシェはぶすっとした顔をする。
    「えー、あたしは待機ですかー?」
    「ああ。ジュン君の術との相性を考え、今回の出動は無しだ」
    「……はーい、分かりましたー」
     ペルシェはがっかりした顔をしたが、素直に引き下がった。
     と、ここでモノはジュンの顔色が悪いことに気が付いた。
    「不安か、ジュン君」
    「は、はい」
    「大丈夫だ。今回の任務はあくまでサポート、後方支援であり、君が前面に出張って戦うようなことは無い。安心して臨みたまえ」
    「わ、分かりました」
     そのやり取りを聞いていたレンマが、茶々を入れてくる。
    「先生、最低最悪を想定しろって言ってませんでしたか?」
     それに対し、モノはにこっと笑って返した。
    「敵に関しては、だ。味方を信じなくてどうする?」
    蒼天剣・緑色録 1
    »»  2009.07.18.
    晴奈の話、第337話。
    敵の苦悩。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うーん……」
     モールがフェリオの左腕を見てうなっている。
    「私の術だけじゃ、完治しないか」
    「みたいっスね。……また手、取れたりするんスか?」
     モールが使った癒しの術によって完治したはずの左腕に、真っ青な手形が浮き出ている。紛れも無く、ネイビーの毒である。
    「取れるどころか、ほっといたら死んじゃうかも知れないね」
    「げ……」
     モールは指折りながら計算し、予想を伝える。
    「でも、最初の毒とは違うタイプかも」
    「そうなんスか?」
    「こっちは多分、ゆるやかに全身を蝕んでいくタイプ。手ぇ落とされてガックリ来たところに、二番目の毒で苦しんで死亡。えげつないにも程があるね。
     2日でそんだけ広がってるから、このペースで行くと数週間後にはその毒、全身に回るかも」
    「マジっスか……」
    「ともかく、だ。デカ目猫君はココで安静にしてなきゃダメだね。変に動き回ったらそれだけ、毒が早く回ってくる」
    「……そうっスか」
     フェリオはガックリとうなだれ、自分の腕をさすった。

     イーストフィールドに向かう直前になって、フェリオが体の異変を訴えてきた。モールの診察により、彼はクロスセントラルで待機することになった。
    「向こうのアジトに行けば、解毒剤も手に入るかも知れないからな。ここでカモフ見張りながら安静にしてろよ」
    「了解っス」
     意気消沈した顔で敬礼したフェリオを見て、シリンが手を挙げた。
    「はいはいはーい。ウチもこっちに残りまーす」
    「はぁ!? 何寝ぼけたこと言って……」「いいえ、バートさん」
     却下しようとしたバートをさえぎり、フォルナが口を開く。
    「シリンはこちらに残った方がよろしいでしょう」
    「何でだよ?」
    「考えてみなさい、バート」
     ジュリアもフォルナの意見に同意する。
    「敵がカモフを奪還しようと、ここに攻め入ってくる可能性もあるでしょう? そんな時に半病人のフェリオ君だけじゃ、心許ないわ」
    「……そっか。言われりゃ、確かにな」
    「ほな、そーゆーコトでよろしゅー」
     嬉しそうにニコニコしているシリンを見て、バートはやれやれと言う感じでうなずいた。
    「ま、しゃーねーか。……っと、そう言やセイナは?」
    「バート班の部屋にいらっしゃいますわ。カモフ氏と話がしたいそうなので」

     晴奈は椅子に縛り付けられ、布袋をかぶったカモフと二人きりで向かい合っていた。
     カモフから「自分の扁平な顔は誰にも見られたくない」と懇願されたので、布袋に目出し用の穴を開け、それを彼にかぶせてあるのだ。
    「俺に何を聞きたいんだ?」
    「篠原一派のことだ。お前はあの時ロウ……、ウィルバーに倒され、あのまま焼け死んだものと思っていたが」
    「ああ、何とか生きてた。で、その後来てくれたオッドさんとモノさんに助けてもらって、そのままアジトから脱出したんだ」
    「なるほど。……と言うことは、行方不明になっていた篠原一派の者たちは、お前たちが?」
     カモフはうつむきながら、その後のことを語った。
    「ああ。俺たちが運び出して洗脳し、半分は売った」
    「半分? 残りは?」
    「殺刹峰の兵士になってる。洗脳で記憶を消し、無意識的に従うように暗示をかけてあるんだ」
    「……反吐が出るな」
     晴奈は首を振り、短くうめいた。
    「人間を何だと思っているのか!」
    「上の奴に取っちゃ、ただの収穫品。ジャガイモや大根みたいなもんさ」
    「ふざけたことを……」
    「俺もそう思ってるよ。……俺も、記憶が無いんだ」
    「何?」
     下を向いていたカモフが顔を挙げ、晴奈をじっと見る。
    「俺は今24ってことになってるけど、12歳から前の記憶はまったく出てこないんだ。洗脳されたってことには20の時、アンタと戦う1年前に知ったんだ。
     でもそれを知って、殺刹峰に憤慨しても、決別しようとしても……」
     またカモフの頭が下がる。
    「……何も持ってないから、逃げ場も行くところも無いんだ。
     結局俺は真相を知ってからもずっと、殺刹峰にいる。俺も殺刹峰の、操り人形なんだ」
    「そうか……」
    「……そうだ、コウ。トモミのこと、覚えてるか?」
    「トモミ? 楓井巴美のことか?」
    「アンタ、記憶力いいなぁ。……そう、そのトモミだ。アイツも、殺刹峰の兵士になった」
    「なんと。では、巴美も記憶を消されて?」
    「ああ。しかも彼女、『プリズム』に選ばれた。今はモエと言う名前を与えられて、全然別の人間として存在している」
     晴奈はそれを聞き、椅子をガタッと揺らして立ち上がった。
    「何だと……!?」
    「ど、どしたんだよ、コウ」
    (ジュリア班が出会ったのは確か、モエ・フジタと言う女だったと聞いた。そしてその顔には、傷があったと……。
     まさかそれが、巴美だと言うのか……!?)
     晴奈の様子を見て、カモフはこんなことを言った。
    「はは……。アンタもつくづく、殺刹峰と縁があるなぁ」
    蒼天剣・緑色録 2
    »»  2009.07.19.
    晴奈の話、第338話。
    素直じゃないない。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     晴奈たちがイーストフィールドを目指し出発した後、フェリオとシリンは拘束と監視のため、カモフと同じ部屋で過ごしていた。
    「なーなー、カモフ」
     その間中、シリンはカモフに色々と質問をぶつけていた。
    「何だよ」
    「ホンマに誰にでもなれるん? 女の子とかも行ける?」
    「ああ。今はあの赤毛の長耳女と賢者とか抜かしてる野郎に封印されてるけど、老若男女誰にでもなれる」
    「へー。便利やなー」
     素直に感心するシリンに、フェリオも同意する。
    「確かにな。潜入捜査やモンタージュの時には役に立ちそうだ」
    「ま、潜入は俺の得意技だよ。お前らの中にも、すんなり入ったしな」
    「ウチ、全然気付かへんかったわー。すごいわー、ホンマ」
    「……へへ」
     べた褒めされればカモフも悪い気はしないらしく、口元を緩めている。
     一方、シリンの関心が向けられないので、フェリオは面白くない。
    「……ちぇ」
     すねたフェリオを見て、シリンがニヤッとした。
    「どしたん、フェリオ?」
    「何でもねーよ」
    「妬いた?」
    「妬いてねー」
    「えっへへー」
     シリンは尻尾をピョコピョコさせながら、フェリオに抱きついた。
    「な、何すんだよ」
    「心配せんでも、ダーリンちゃんはウチのもんやでー」
    「な、何だよ、それっ」
     その様子を見ていたカモフが、椅子を揺らして笑い出した。
    「はは、仲いーなぁ」
    「……んだよ、茶化すなよ」
     シリンに抱きしめられながら顔を真っ赤にするフェリオを見て、カモフはまた笑った。



     一方、晴奈一行は――。
    「大丈夫だろうか?」
    「え?」
     楢崎はクロスセントラルに残してきたシリンたちを心配し、周りに尋ねてみた。
    「もし大挙して襲われたら……」「その心配はございませんわ」
     楢崎の心配を、フォルナがにべもなく否定する。
    「何故かな?」
     フォルナの代わりに小鈴が答える。
    「秘密組織が中央政府の直轄下で暴れてたら、秘密も何もあったもんじゃないじゃん。大丈夫、だいじょーぶ」
    「ふむ、それもそうか」
    「来るとしてもごく少数でしょうから、シリンが困るような数にはならないと思いますわ。わざわざそんなこと、あなたがご心配なさらなくてもよろしいかと」
    「ああ、うんうん。余計な心配だったね、うん」
     相変わらず、フォルナと楢崎の反りは合わないらしい。普段から距離を取っているし、たまに会話してもこんな風に、非常にぎこちない空気を生む。
    (ねーねー晴奈)
     小鈴が小声で尋ねてくる。
    (何で瞬二さんとフォルナって、あんなに仲悪いの? 何かあった?)
    (いや、私にも何故だか……?)
    (ふーん)
     と、晴奈たちの会話にモールが割り込んできた。
    (多分だけどね、狐っ娘の方は筋肉の方を『説教してくるうざいおっさん』と思ってるね。
     んで、筋肉は筋肉で狐っ娘のコトを『ワガママで苦労知らずなお嬢サマ』って思ってるんだよ、きっと)
    (なーるほどねー)
    (双方、そーゆーのが気に食わない『お年頃』なんだろうねぇ)
    (ふむ……)
     と、ここで晴奈はモールに向き直った。
    「そう言えばモール殿、何故我々と同行を? これまでずっと、私たちの後をつけていたではないか。何故今回、姿を見せたのだ?」
    「ん? ああ、いやね。私も殺刹峰に用事があるから、忍び込む時は同行させてもらおうかと思ったんだよね」
    「ふむ。……はて? 今回カモフを運良く捕らえたことで、殺刹峰への道が拓けたわけで、……となると」
    「うん?」
     晴奈はけげんな顔をモールへ向ける。
    「妙に首尾よく現れたものだな、と。今回の捕獲は成功しない可能性も、ひいては殺刹峰への道が見つからない可能性もあったのだが」
    「そこはそれ、全張りってヤツだね。君らが行きそうな街でしれっと現れて、進捗状況を確かめていこうかなーって思ってたんだよね。そんで行く時になったら一緒に行こうと思ってたら、行き方が分かったって言うからね」
    「ほう、なるほど」
     このやり取りを聞いていた小鈴はクスクス笑っている。それを見たモールがジト目でにらんできた。
    「何がおかしいね、小鈴」
    「アハハ……、相変わらず素直じゃないなーと思って」
    「ドコが?」
    「ウエストポートからエンジェルタウンを通る道って、主要都市はソコだけじゃん。ソコから他の街道回ってたら超遠回りになるから、今あたしたちとこうやって同行できるわけないし、どー考えても晴奈の後追いかけてたってコトになるけど、ねー」
    「……ふんっ。偶然だね、偶然! 偶然、晴奈たちのチームを追ってただけだね」
    「そっかー。じゃ、偶然ってコトで」
    「そう、偶然!」
     モールはぷいと小鈴から顔を背けてしまう。
     その様子を見て、今度は晴奈がクスっと笑った。
    蒼天剣・緑色録 3
    »»  2009.07.20.
    晴奈の話、第339話。
    気のいい狼兄さん。

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    4.
     央北の都市、イーストフィールド。神代の昔からあると言われている街だが、その様相は時代によってコロコロと変わっている。
     天帝が降臨する前はのどかな放牧地帯だったが、降臨後は天帝の教えを受け、大規模な農業都市になった。天帝が崩御してから数年経つと他地域からの移民でにぎわい、人が集まったことで工業が活発化。そこに央中からの商人たちが目をつけて、大規模な工場を次々建設。ところが黒白戦争の間に起こったいざこざで彼らは一斉に撤退し、工業はあっと言う間に衰退してしまった。
     現在のイーストフィールドはそれらの栄枯盛衰が一周し、のどかな酪農都市に戻っている。

     その活気のあった頃の名残は、あちこちに残っている。旧市街には何棟もの住居や工場の跡地が連なっており、盛況だった当時はさぞ騒々しかっただろうと思われる。
     が、今はただの廃屋であり、不気味な静寂がその場を支配している。怪物が出ると言う噂もあり、街の者は皆近付こうとはしない。となると、こう言った場所には街に住めない犯罪者やごろつき、浮浪者などが集まるのが通例なのだが、そんな者もまったくいない。
     なぜなら「彼ら」が自分たちの秘匿性、秘密性を守るために、それらを追い払い、消してしまったからである。



    「ふあ、あ……。もうそろそろかな?」
     待ちくたびれ、あくび混じりに尋ねてきたレンマに、ジュンは半ばおどおどとしつつ同意した。
    「え? あ、そうですね。多分もうすぐ来るんじゃないですか?」
    「ジュン、お前昨日も同じこと言ったじゃないか」
     レンマはニヤニヤ笑い、ジュンの額を小突く。
    「いたっ」
    「たまには『そうですね』じゃなくて、違うこと言えよー」
    「は、はい。すみません」
     と、草色の髪をした狼獣人が、二人のところにやって来る。
    「おーい、レンマ。あんまりジュン、いじめたらアカンでぇ」
    「いじめてないよ、ヘックス。からかってるんだよ」
    「やめとけって。ジュン、困った顔しとるやん」
     狼獣人、ヘックスは膝を屈め、ジュンと同じ目線になる。
    「ジュン、どや? 緊張しとる?」
    「え、は、はい。してます」
    「言うたら初陣やもんな、これ。でも心配せんでええで、兄ちゃんがついとるからな」
    「はっ、はいっ」
     ヘックスはジュンの反応を見て、ニコニコと顔を崩した。
    「せや、リラックスやでー」
    「ヘックス、あんまりそう言うのはよした方がいいと思うよ」
     二人のやり取りを見ていたレンマがケチをつけてくる。
    「なんで?」
    「ドミニク先生も、『戦場では友人や兄弟、家族と言ったしがらみを抱えていては、弱みに変わる』って言ってたし」
    「まあ、そーは言うてはったけどもな」
     ヘックスは肩をすくめ、のんきそうに返した。
    「オレは家族とか友達、大事にするタイプやねん。それに、いつでもどこでも先生が正しいって限らへんやん」
    「何だと!」
     ヘックスの言葉が癇に障ったらしく、レンマがヘックスにつかみかかる。
    「もう一度言ってみろ、ヘックス!」
    「おいおい、ちょい待ちいや。別にオレ、『先生は間違っとる』とか『先生はおかしい』とか言うてへんやろ?
     先生の言葉借りるとしたら、『戦況は常に変わる。通常最善とされる策も、時には最悪の手に変わることもある』って、そう言う感じの意味合いで言うたんや。
     先生やって聖人君子やあらへんのやし、言うこと言うこと一言一句、ギッチギチに信じとったらアカンと思うで」
    「……ッ!」
     レンマの顔に、さらに怒りの色が浮かぶ。それを見たヘックスは、「しまったな」と言いたげな表情を浮かべた。
    「あー、まあ、人の意見は色々やし、な?」
    「ふざけるなッ!」
     レンマが怒りに任せ、ヘックスの襟をつかんでいた手に力を込めた。
    「……ホンマ、悪いねんけどやー」
     次の瞬間、レンマは1メートルほど吹っ飛んだ。
    「うげ……っ!?」
     どうやらヘックスが突き飛ばしたらしく、ヘックスは両掌を挙げたまま、困ったような顔で諭した。
    「レンマよぉ、自分もうちょっと、冷静にならなアカンのちゃうん? 先生のだけやのうて、他の人の話も聞く耳持たんとアカンのちゃうん? それこそ先生やったらそう言うてきはると思うで」
    「くそ……」
     レンマは腹を押さえ、ヘックスを見上げている。
     両者をおろおろと見つめていたジュンに、ヘックスはニコニコと笑いかけた。
    「心配せんでええって。こんなん、じゃれ合いや」
    「は、はあ……」
     と、そこに兵士が現れた。
    「失礼します! 公安がイーストフィールド北口3キロのところまで接近しているとの情報が入りました!」
    「お、そろそろやな。……ほれ、レンマ。いつまでへたり込んでんねん」
     ヘックスは突き飛ばされ、座り込んだままのレンマに手を差し伸べた。
    蒼天剣・緑色録 4
    »»  2009.07.21.
    晴奈の話、第340話。
    九尾ホーミング弾。

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    5.
     イーストフィールドに到着した晴奈一行は、そのまま旧市街へと向かっていた。
    「この辺りに、カモフ氏から聞き出した移動法陣があるはずだけど……」
     ジュリアはそれらしい場所が無いか、あちこちを注意深く見渡している。バートも同じように周囲へ注意を向け、ジュリアに耳打ちする。
    「……嫌な気配がするぜ。どうやら待ち構えられてるみたいだ」
    「そうね。みんな、注意して」
     ジュリアがそう言うと同時に、パシュ、と言う音とともに何かが飛んできた。
    「危ないッ!」
     楢崎がいち早く気付き、小鈴を突き飛ばす。
    「つっ……」
     楢崎がうめき、肩を押さえる。そこには矢が突き刺さっていた。
    「瞬二さん!? だ、大丈夫!?」
    「も、問題無いよ。……くっ」
     楢崎は肩から矢を抜き、刀を構えた。
    「襲ってきたぞ! みんな、武器を!」
    「はいっ!」
     各自武器を構え、周囲を警戒する。と、また矢が飛んできた。
    「『ウロボロスポール:リバース』!」
     モールが飛んできた矢に向かって魔杖をかざし、矢を来た方向へと戻した。
    「ぎゃっ!?」
     その方向から、驚いたような悲鳴が返って来る。どうやら射手に当たったらしい。
    「あっちだ!」
    「囲まれる前に破るぞ!」
     晴奈たち一行は声のした方向へ、一斉に駆け出す。もう一本矢が飛んできたが、これも先程と同様にモールが跳ね返した。
    「うっ……」
     また敵のうめく声が返ってくる。
     それを聞いて、晴奈は「ふむ?」とうなった。
    「あれだけ硬い敵だったと言うのに、攻撃が効いているようだな」
    「敵の攻撃をそのまま跳ね返してるからじゃないかしら?」
     ジュリアの推察に、バートが付け加える。
    「それにもしかしたら、薬だの術だのも弱めになってるのかも知れねーな。前回効かせ過ぎて自爆したっぽいし」
    「なるほど。……ならば、前よりは倒しやすそうだな」
    「私もいるんだ。十二分にサポートしてやるね」
     ニヤリと笑うモールに、晴奈は振り向かずに応えた。
    「頼んだ、モール殿」

     ジュリアたちの推察は、概ね当たっていた。
     前回起こった、肉体の限界を超える負荷・負担による自滅を防ぐため、敵は最初に晴奈たちを襲った時よりも若干、投薬量と魔術強化を抑えていた。それでも一般的な兵士よりはるかに身体能力は高くなってはいるが、前回のような並外れた頑丈さは発揮できない。
     とは言え「前回よりもダメージが残りやすい」と言う状況は、敵兵にそれなりの緊張感を与えており、敵は慎重に動いていた。
     彼らは晴奈の目の前に堂々と現れるようなことはせず、廃屋の物陰に隠れて魔術や弓矢、銃と言った遠距離攻撃を仕掛けてくる。
    「いってぇ!」
     バートの狐耳を銃弾がかすめる。
    「もう少しずれてたら頭やられてたな。いい腕してやがる」
     地面に落ちた帽子を拾ってかぶり直し、弾が飛んできた方向へ銃を向けて撃ち返す。
    「……」
     また矢が飛んでくる。今度は小鈴が魔術で防ぎ、土の術で応戦する。
    「……いらっ」
     敵の姿が一向に目視できないまま、晴奈一行へ向けられる攻撃は、じわじわと勢いを増していく。
    「……いらいら」
     と、モールの横にいたフォルナが、モールの苛立った気配に気付いた。
    「モールさん?」
    「……あーッ! うざーッ! みんなしゃがめッ、一掃するね!」
     モールは魔杖を振り上げ、怒りの混じった声で呪文を唱えた。
    「『フォックスアロー』!」
     唱え終わると同時に魔杖が紫色に光り、9条の光線が放射状に飛んでいった。
    「うわっ!?」「ぎゃっ!」「わああっ!」
     潜んでいた敵が一斉に叫び声を上げ、静かになる。それでもまだ残っているらしく、矢がもう一本飛んできた。
    「しつこいッ! もういっちょ!」
     モールはもう一度杖を掲げ、光線を飛ばす。
    「念のためもう一回!」
     合計27条の光線が辺り一帯に飛んで行き、敵は完全に沈黙した。
    「な、何、今の?」
     小鈴が目を丸くして驚いている。
    「火? いや、雷か? 何系の術だったんだ? あんなの見たことねえ……」
     バートも呆然としている。モールは魔杖を下ろし、深呼吸した。
    「はー……。すっきりした」
    「モールさん? ……私たちの援護が、本当に必要なの?」
     ジュリアも憮然とした顔で、眼鏡を直していた。



    「報告します!」
     移動法陣前に陣取っていたヘックス、レンマ、ジュンのところに、伝令が慌てた様子で現れた。
    「どしたん?」
    「包囲部隊、全滅しました!」
     青ざめた顔で報告した伝令に、のんきに座り込んでいたヘックスは目を丸くして飛び上がった。
    「はぁ!? 2部隊で囲んどったはずやで!? ありえんやろ、そんなん!?」
    「それが、敵の術で一気に……。どうやら敵の中に、『旅の賢者』がいる模様です」
     それを聞いたレンマも立ち上がる。
    「モール・リッチが!? そう言えば、ミューズさんがモールを追っていて撃退されたって聞いたけど、まさか公安と合流してたのか?」
    「な、何ででしょう?」
     ジュンがおろおろした顔でヘックスに尋ねたが、ヘックスも首をかしげるばかりである。
    「分からへんけど、そんだけ強いヤツがおるんやったら、のんきに構えてる場合ちゃうわ。真面目にやらんとな」
     ヘックスは緊張した面持ちになり、壁に立てかけていた長槍を手に取った。
    蒼天剣・緑色録 5
    »»  2009.07.22.
    晴奈の話、第341話。
    対魔術物質。

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    6.
     モールの術で一掃され、襲ってくる敵の姿はまったくいなくなった。
     一行は廃屋の陰に回り、脚を光線に撃たれたらしい兵士が倒れているのを確認する。
    「おい」
    「う……」
     晴奈が敵の側に立ち、その脚を踏みつける。
    「ぎゃっ」
    「教えてもらおうか。移動法陣はどこだ?」
    「お、教えるもん……、うああああ」
     晴奈は足に力を入れ、きつく踏み込む。
    「素直に教えれば介抱してやる。が、言わぬと言うのならばもっと痛めつけるぞ」
     ここで力を抜き、兵士から足をどける。
    「ひーっ、ひーっ……」
    「教えるか? それとも……」
    「い、言います言います! ここから東にまっすぐ700メートル辺りのところです!」
    「よし」
     兵士を治療し、縛り上げて、晴奈たちは東へ進む。
    「あれかな?」
     一行の先に、周りの廃屋に比べて一際大きい廃工場が目に入ってくる。蔦だらけになった工場の壁には、黄色と赤で彩られ「G」字形に丸まった狐の紋章が、うっすら残っている。
    「金火狐マーク、ね。財団が昔所有していた工場かしら」
    「恐らくニコル3世時代以前に作られた軍事工場だな。ここら辺に建ってたって話は、どこかで聞いたことがある」
     警戒しつつ、一行は工場内に入る。中にあった作業機器や原料、資材の類はとっくに原形を留めておらず、広間になっていた。
    「これだけ広けりゃ、バカでかい移動法陣も楽に描けるだろうね」
    「ふむ。……ざっと見た限りでは、1階には無さそうだ」
     一通り見回り、一行が2階へ上がろうとしたその時だった。
    「セイナさーん!」
     2階へと続く階段から、レンマが駆け下りてきた。
    「……う」
     晴奈はレンマの姿を確認した途端、ざっと後ろへ下がった。
    「何で逃げるんですかぁ」
    「敵が向かってくるのだ。警戒するのが当然と言うものだろう」
     晴奈は下がりつつ、刀を構える。
    「つれないなぁ。……ねえ、仲間になりましょうよー」
     レンマが近寄ろうとしたところで、バート、ジュリア、楢崎が武器を構えた。
    「なるわけねーだろ、バカ」
    「それ以上近付けば、容赦なく撃つわよ」
    「大人しくしろ」
     途端にレンマは不機嫌そうな顔になり、杖を向ける。
    「邪魔しないでくださいよ。それとも、あなたたちも仲間に?」
    「話が聞けねーのか、そのちっちゃい耳はよ? ならねーっつってんだろうが」
     そのまま対峙していたところにもう二人、階段を下りてくる者が現れる。
     それと同時に、工場の入口や崩れた壁などからも、敵の兵士が進入してくる。
    「レンマ、その辺でええで」
    「ああ。包囲完了だな」
     レンマはすっと後退し、やってきた二人――ヘックスとジュンの側に向かう。楢崎は前後を見渡し、ふーっとため息をついた。
    「ふむ。敵は11人、こちらは7人。数の上では少々厳しいかな」
    「フン。後ろは雑魚だから、私の術で一掃してやるね。それよりもだ、問題は前の3人だね。あいつらは桁違いに強い」
     そう言われ、楢崎は前の敵3名に目を向ける。
    「ふむ。あの緑髪の『狼』は確かに強そうだ。それにさっき黄くんに声をかけていた魔術師も、強いと聞いている。……でも、あの黄色い服の子もかい?」
    「ココにいるんだ。強くないワケが無いね。……それにもう、攻撃準備は整ってる」
     モールがそう言うと同時に、その黄色い服の少年は杖を掲げた。
    「『サンダースピア』!」
     ジュンの目の前に電気の槍が形成され、モールに向かって飛んでくる。
    「甘いっ、『フォックスアロー』!」
     先程と同様の、9本の紫色に光る矢がモールの魔杖から発射され、8本は背後の兵士たちに、残り1本はジュンの放った槍とぶつかり合い、相殺される。
    「……りゃ?」
     ところが先程と違い、兵士たちにダメージを受けた気配は無い。皆、ほんのり青みを帯びて光る銀色の盾を構えており、モールの矢はそれに阻まれたらしい。
    「あの盾は?」
     その盾をいぶかしげに見つめるジュリアに、バートが答える。
    「ありゃ、ミスリル化銀ってヤツじゃねーか?」
    「ミスリル?」
    「魔術対策に良く使われる、魔力を帯びた金属の総称だ。加工次第で魔術の威力を増幅させる武器にも、逆に魔術を通さない防具にもなるらしい。
     レアメタルだし精錬や加工も難しいって話だから、滅多に出回らないって聞いてるが……」
    「全員持ってるわね。対策は万全、と言うことかしら」
     モールがため息をつき、ジュリアに向き直った。
    「ま、アレがさっき君が聞いてきたコトの答えさ。
     あーゆーの用意されたら、私だけじゃ対抗できないんだ。でも、あの手の防具は直接攻撃には弱い。矢が貫通するくらいだしね。
     だから、戦士タイプのヤツと一緒に来たかったんだよね」
     そう言ってモールは、晴奈の方に目を向けた。
     ところが既に、晴奈はヘックスと戦っている最中である。
    「……あちゃー、あっちはアテにできないか。んじゃ頼んだ、筋肉」
    「え? 筋肉って……、僕かい?」
     ぞんざいに呼ばれ、楢崎は多少憮然としたが、素直に刀を構え、兵士たちに向き直った。
    蒼天剣・緑色録 6
    »»  2009.07.23.
    晴奈の話、第342話。
    当惑する敵。

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    7.
     晴奈とヘックスは、激しい火花を散らして打ち合っている。
    「このッ!」
    「せいやッ!」
     ヘックスも相当の達人らしく、晴奈は一向にダメージを与えられない。
     とは言え晴奈も、今のところは一太刀も受けていない。
    「流石に腕が立つ……!」
    「アンタも相当やな。……名前、何て言うたっけ」
    「晴奈だ。セイナ・コウ」
    「オレはヘックス・シグマや。……ええなぁ、ワクワクしてきたわ!」
     ヘックスは後ろへ一歩飛びのき、槍を構え直した。
    「いっちょ本気見せたる――食らえッ!」
     ヘックスの体全体が大きくうねり、槍がゴウゴウとうなりをあげて向かってきた。
    「くッ!」
     晴奈は槍が迫るよりも一瞬早く動き、水平に薙いだ槍を真上に跳んでかわした。
    「……?」
     その時、晴奈は何か嫌な予感を覚え、空中に跳んだままで刀を正面に構える。
     次の瞬間、自分の真下にあったはずの槍に、刀ごと引っぱたかれた。
    「な……!?」
     工場の壁へ叩きつけられそうになったが、くるりと体勢を整え直して壁に張り付き、激突を避ける。
    「コレも見切りよるんか、コウ。すごいなぁ、自分」
     ヘックスは槍を構えたまま、驚きに満ちた目で晴奈を見つめている。
    「今のは何だ? 私は確かに、槍を上にかわしたはずだったが」
     晴奈が壁からすとんと床に降り立ち、刀を構え直しながらそう尋ねると、ヘックスは得意満面にこう返した。
    「オレらの師匠、ドミニク先生の秘伝、『三連閃』や。
     後ろにかわされたせいで三つ目は届かへんかったけど、決まっとったらバッサリいってたで」
    「なるほど。私が一太刀目を避けた時、既に二太刀目、三太刀目を避けた先へと放っていた、と言うことか。
     ……しかし」
     晴奈は刀を構えたまま、ヘックスと話をする。
    「私の友人にもいるのだが、お前は妙な話し方をするな? もしかして央中東部の出身か?」
    「へ?」
     ヘックスはきょとんとし、続いて困った顔をした。
    「えーと、うーん……。悪い、よー分からへん」
    「何?」
    「オレ、14から前の記憶無いねん。14の時、ドミニク先生に拾ってもろたんやけど、その前のことはさっぱり……」
    「ふむ。お前も記憶を奪われた口か」
    「……は?」
     晴奈の言葉に、ヘックスはけげんな顔をして槍を下げた。
    「ちょ、ちょっと!? ヘックスさん!?」
     横で二人の戦いを見ていたジュンが慌てて声をかけるが、ヘックスは応じない。
    「どう言う意味や、コウ?」
    「捕虜から聞いた話だが、お前たちは皆、中央大陸各地から誘拐され、記憶を消された上で、兵士となっているのだそうだ。その、ドミニクと言う男によってな」
    「何やと……」
     ヘックスもジュンも、信じられないと言う顔をする。
    「捕虜て、カモフさんか?」
    「そうだ。奴も記憶を奪われたと言っていた」
    「そんな……」
     ヘックスもジュンも唖然とするが、ヘックスは慌てて首を振る。
    「……ウソや! オレらを惑わせて、勝ち抜けようと思てんやろ!? だまされへんで!」
    「嘘ではない」
    「もうええ、話はしまいや!」
     ヘックスは槍を構え直し、晴奈に襲い掛かる。だが、晴奈の話に少なからず動揺しているらしく、その動きにはキレが無い。
     先程より大きくブレたヘックスの攻撃をかわし、晴奈は刀に火を灯す。
    「『火射』ッ!」
    「飛ぶ剣閃」がヘックスの槍を捉え、その柄を焼き切った。
    「しま……っ」
     晴奈の刀がヘックスの喉元に当てられ、ヘックスの顔にあきらめの色が浮かぶ。
     だが――晴奈もこの時、ヘックス以外への警戒を怠っており、ジュンからの攻撃を見落としていた。
    「『サンダーボルト』!」
    「う……っ!」
     ジュンの放った電撃が晴奈に当たり、彼女を弾き飛ばす。
     その隙に、ジュンはヘックスの側に駆け寄り、袖を引っ張る。
    「ヘックスさん! 退却しましょう!」
    「は……?」
    「僕にはコウさんの言葉が、嘘とは思えないんです」
    「アホ言うな、先生はオレらを助けて……」
     言いかけたヘックスの顔に、迷いの色が浮かぶ。
    「……せやな、槍も折られたし。みんなダメージ濃くなってきたし、頃合かも知れへん」
     その間に、電撃で間合いから遠く弾かれていた晴奈が起き上がる。
    「う、く……」
     よろよろとした足取りながらも、自分たちに迫ってくる晴奈を見て、ヘックスは折れた槍を捨てて、踵を返す。
    「レンマ! 退却……」
     ヘックスはレンマのいた方向を向き、舌打ちする。
    「……くそ」
     いつの間にかレンマは縛られており、その顔は憔悴しきっている。
     その横には小鈴とフォルナが、得意げに佇んでいた。
    蒼天剣・緑色録 7
    »»  2009.07.24.
    晴奈の話、第343話。
    痛み分け。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     楢崎、バート、ジュリア、モールの4人が兵士を蹴散らし、晴奈とヘックスが打ち合っていたちょうどその頃、小鈴とフォルナもレンマと戦っていた。
    「『ハルバードウイング』!」「『ホールドピラー』!」
     だが、風の魔術は土の魔術に対して相性が悪い。風使いのレンマは、土を得意とする小鈴とフォルナに苦戦していた。
     レンマの放った風の槍は、まずフォルナの作った石柱に阻まれて威力を削がれる。ただの強風になったところで、小鈴が土の槍を作って応戦する。
    「『グレイブファング』!」
     実体ある槍に対して、風の術では防ぐことも流すこともできない。
    「うわっ!」
     レンマはバタバタと転げ回り、小鈴の槍をかわす。
    「ハァ、ハァ……」「『ストーンボール』!」
     避けたところで、今度はフォルナが攻撃する。
    「ひえっ……」
     レンマは飛翔術「エアリアル」で上空に飛んでかわそうとしたが、ここは広いとは言え建物の中である。
     すぐ目の前に天井が迫り、焦っていたレンマはぶつかってしまう。
    「ぎゃっ!?」
     顔面から衝突し、バランスを失ったところで小鈴の第二撃が来る。
    「『ホールドピラー』!」
     地面からにょきにょきと生える石柱が、レンマの体を絡め取る。
    「く……、くそッ! 『ブレイズウォール』!」
     風の術では分が悪いと悟ったらしく、レンマは火の術を使い始めた。
     が、それも状況にそぐわず、レンマの足をガッチリとつかんでいた石柱は急速に熱され、バンと破裂音を立てて弾ける。
    「いた、たたた……、うぅ」
     破裂の衝撃で足を痛めたらしく、レンマは床にべちゃりと張り付くようにして倒れる。
    「くそ……、何でこんなに苦戦するんだ!?
     僕は、僕は『プリズム』の、レンマ・アメミヤだぞ……!」
     倒れ伏し、わめくレンマを見下ろし、小鈴はにんまりと笑った。
    「んふふ、相手が悪かったわね」

     楢崎たちも、兵士たちと応戦していた。
     兵士たちは魔術対策としてミスリル化合物製の盾を装備していたが、その純度は低く、主成分は柔らかい銀である。物理的な攻撃には弱く、ジュリアたちの弾丸や楢崎の腕力には耐えられなかった。
     一方、兵士自体は薬品や術によって強化されており、物理攻撃には十分に耐えられる。しかしそれに対してはモールの術が真価を発揮し、次々撃破していく。
     モールと楢崎たちの長所を活かし合った連携が功を奏し、小鈴たちがレンマを下したのとほぼ同じ頃に、楢崎たちも敵を制圧し終えていた。
     その状況を見て、ヘックスがうめく。
    「こらアカンわ……、プラン09や」
    「え……」
    「悔しいけど……、みんな助けてられる余裕、無い」
     ヘックスはそう言うなり、ジュンのベルトをつかんで2階への階段を走り始めた。
    「あ、待て! 『フォックスアロー』!」
     モールがヘックスに向かって魔術の矢を放つ。ヘックスに抱えられていたジュンが何発か弾くが、それでも1、2発命中し、ヘックスは短くうなる。
    「う、ぐう……っ」
     だが、ダメージを受けながらもヘックスは走り切り、そのまま2階へ駆け上がった。
    「りゃーッ!」
     ヘックスはまるでタックルでもするかのように、2階の床全体に描かれていた移動法陣に滑り込んだ。

    「ダメだね、反応しない。向こう側を消されたみたいだね」
     モールは足でペチペチと床を踏み叩き、移動法陣を指し示した。
    「こちらからつなぐことはできないの?」
     ジュリアの質問に、モールは馬鹿にしたような顔をしながら答える。
    「何言ってんの、赤毛眼鏡。
     向こう側から縄を切られた橋を、こっちがどうこうできるワケないじゃないね」
    「なるほど……」
     ジュリアががっかりした表情を浮かべている向こうでは、晴奈が頭をかきながら、床に座り込んでいる。
    「つまり、潜入失敗か」
    「そうなるな。くそ……」
     側にいたバートがいらだたしげな顔で煙草をくわえ、火を点けた。



    「……そうか。兵士13名が負傷し、そして残り11名とレンマ君も敵の手に落ちた、と」
     ヘックスとジュンからの報告を受けたモノはそれだけ言うと、机に視線を落とし黙り込んだ。
    「その、すんません……」
    「……」
     申し訳無さそうにするヘックスたちを前に、モノはじっと机を見たまま考え込む。
    「オレがヘタクソな指揮してしもたせいで……」
     謝るヘックスに、ジュンも頭を下げる。
    「い、いえ! 僕も、何もできなくて、その……」
    「ええんやジュン、お前は何も言わんで。あそこの責任者はオレやったんやから」
    「ヘックスさん……」
     二人のやり取りが続く中、ようやくモノが口を開いた。
    「いや、部隊編成を行ったのはこの私だ。これで十分と考えて、たった3部隊で撃退しようと甘く見ていた。その結果が、この体たらくだ。
     この大敗の責任は、私にある」
    「え……」「いや、そんな」
    「二人とも、もう下がっていい。ご苦労だった」
     モノはそれ以上何も言わず、あごに手を当てて黙り込んでしまった。
     重苦しい雰囲気のため、ヘックスもジュンも、晴奈から聞かされたこと――「モノが世界各地から誘拐により人員を集め、洗脳している」と言う話の真偽を、モノに確かめることはできなかった。

    蒼天剣・緑色録 終
    蒼天剣・緑色録 8
    »»  2009.07.25.
    晴奈の話、第344話。
    魔術電話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     イーストフィールドでの戦いで捕虜の数が増えたため、ジュリアとバートは本国、ゴールドコーストの金火狐財団と連絡を取り、央北のどこかに収容できないかどうか相談していた。
    「……そうです、……はい、……ええ」
     ジュリアたちの真剣な様子とは裏腹に、その相談の仕草はどこかユーモラスにも見える。
    「何と言うか……、珍妙な」
    「仕方無いじゃん、あーやんないと話せないんだから」
     二人は通信用の魔法陣が描かれた布を頭に巻きつけ、揃って独り言のように虚空を見つめながら、ぶつぶつとしゃべっている。
     その状態が5分ほど続いたところで、どうやら話がまとまったらしい。バートたちは布を頭からほどき、晴奈たちに向き直った。
    「ここから西南西のサウストレードから、財団の央北支部が迎えに来てくれることになった。それまで俺たちは、この街で捕虜を拘束することになった」
    「分かった。じゃあ迎えに来るまでの間、彼らはどこに閉じ込めておけばいい?」
     楢崎の質問に、ジュリアが答える。
    「この廃工場しか無いでしょうね。街中じゃ目立ちすぎるし」
    「なるほど」
     楢崎がうなずいたところで、バートが背伸びする。
    「しばらくはここで寝泊りだな。……すきま風入ってくるし、風邪引きそうだ」
    「気を付けてよ、バート」
    「へいへい」

     一方、1階では拘束した敵たちが、各個に縛られて座っている。
     勿論、全員の装備を解除した上、小鈴とモールが魔術封じ「シール」を施した後であり、唯一現場に置いて行かれた指揮官レンマも、きっちり無力化されていた。
    「……」
     レンマは敗北したことが相当ショックだったらしく、半ば呆然としている。
     ちなみに彼の側には敵、味方含め、誰もいない。晴奈からして彼を嫌悪しているし、彼女からエンジェルタウンでの破廉恥な行状を聞かされているため、彼女の仲間も近付こうとしない。そしてどうやら、敵の兵士たちも同様の評判を聞いているらしく、彼らまでもが「あの人に近付けないで下さい」と異口同音に願い出てきたため、距離を置かせている。
     殺刹峰の精鋭「プリズム」としての誇りと威厳を失い、人格的にも著しく問題のある彼に、好き好んで近寄る者など誰もいなかった。
     だから――レンマと、2階から降りてきた楢崎の目が合った時、楢崎は困った表情を浮かべたし、逆にレンマはほっとした顔になった。
    「あの……、すみません」
    「えっ? 何、かな?」
     あまり近寄りたくないとは言え、目を合わせておいて無視できるような楢崎ではない。仕方無く、レンマのそばに向かった。
    「どうかしたかい?」
    「あの、えっと……、お名前、何でしたっけ」
    「楢崎だ」
    「あ、央南の方なんですね。……僕にはよく分からないんですよね」
    「うん……? 分からない、と言うのは?」
     尋ねた楢崎に、レンマは意気消沈した顔で、ぼそぼそと話し始めた。
    「ドクター……、義父に央南風の名前をつけてもらったとは言え、僕は自分が何人で、どこの人間かさっぱり分かりません。央南の文化は好きですけど、ゼンとかジントクとか、何が何だか。央南人のセイナさんにアタックしたけど、どうして嫌われたのかも、全然。何で負けてしまったのかも、全然分からないんです。
     もう、頭の中が混乱して、何をどう言えばいいのかすら……」
    「そうか……まあ……その……うーん」
     レンマの話は要領を得ず、楢崎は戸惑い気味に応じている。
     しかし、そんな楢崎の様子に構う気配も無く、レンマは質問を重ねる。
    「この後、僕はどうなります?」
    「うん? ……ああ、聞いた話ではサウストレードにある財団の施設で拘留されるそうだ」
    「いや、そうじゃなくて」
    「え?」
    「拘留された、その後です。処刑されるんでしょうか」
    「それは、……うーん、どうなのかな」
     楢崎は返答に詰まり、きょろきょろと辺りを見回す。
    (キャロルくんとスピリットくんは……、2階か。どっちにしてもまだ話してるだろうし。
     黄くん、……は来てくれないだろうな。モール殿は……、いないみたいだ。どこへ行ったのかな……?
     お、橘くんはヒマそうだ)
     楢崎は手を振り、小鈴に助けを求めた。
    「んっ? ……んー」
     が、小鈴は気付いたらしいものの、両手で☓を作る。
    (お、おいおい)
    (ゴメーン)
     小鈴は困った顔を返し、ぷいっと身を翻して去ってしまった。
    (参ったなぁ。となると残るはファイアテイルくん、……だけど、あんまり頼りたくないな。
     仕方無いか……。とりあえず僕の予測って前提で話すしかないな)
    「えーと、まあ、多分と言うか、僕の私見でしか無いんだけど、そこまではされないだろうと思うよ」
     楢崎にそう返され、レンマはほっとしたような顔になる。
    「そうですか?」
    「確かに君たちは犯罪組織の一員だし、何も御咎め無しで釈放と言うことは無いだろうけど、だからと言って極刑にするほど、財団は乱暴な人たちじゃないからね」
    「え……」
     楢崎は極力やんわりと言ったつもりだったが、レンマはひどく驚いたような顔をする。
    「な、何ですか、それ?」
    「え? いや、だからひどいことはされないと……」「そ、そうじゃなくて!」
     レンマは両手を縛られたまま立ち上がろうとして、ぺたんと転んでしまった。
    「いたっ、たた……」
    「大丈夫かい?」
    「え、はい。……それよりも! 何なんですか、僕らが犯罪組織って!?」
    「……えっ?」
     思ってもいない相手の反応に、楢崎はまた、返答に詰まってしまった。
    蒼天剣・黄色録 1
    »»  2009.07.26.
    晴奈の話、第345話。
    敵・味方、両者の疲弊。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     楢崎はレンマの驚きと怒りに満ちた目を見つめながら、ゆっくりと応対する。
    「えーと、まず聞くけど」
    「……はい」
    「君は、殺刹峰の人間だよね?」
    「そうです」
    「殺刹峰が何をやって来たか、知らないわけじゃないだろう?」
    「ええ。『黒い悪魔』を倒すために、地下活動を続けている組織です」
     それを聞いて、楢崎はいつの間にか1階に降りてきていたバートをチラ、と見た。
    (ふむ……。キャロルくんの推測は当たっていたみたいだ。しかし……)
     頭の中を整理しつつ、楢崎は質問を続ける。
    「それだけかい? 他には何も?」
    「ええ。それ以外に目的があるなんて、聞いたこともありません」
    「そうか。……僕の話を、聞いてくれるかい?」
     楢崎は自分の息子が殺刹峰にさらわれ、以来10年間ずっと行方を追っていること、そしてゴールドコーストでクラウンに指示し、大量に誘拐させていたことなどを話した。
     話を聞かされたレンマは驚いているとも、怒っているとも取れる、複雑な表情をしている。
    「……それは、本当に殺刹峰なんですか? 他の、どこかの組織と間違えてるんじゃ」
    「じゃあ、君の上官だと言うモノ――ドミニク元大尉との関係はどうなるんだい? 彼自身が、僕の息子を連れ去ったんだよ。これも、別人だと?」
    「そんな、……そんなこと、あるわけ、……そんな」
     レンマの顔色は真っ青になっている。
    「だって、僕たちは悪魔を、……なんで、先生がそんなことを、……そんな」
    「それに……」
     楢崎はバートとジュリアを指差し、レンマに尋ねた。
    「君たちの組織が本当に『悪魔を倒すため』だけだったら、財団の人間を襲ったり、拘束したりする理由があるのかい?」
    「だって、それは先生が、……先生が、『我々の組織を脅かす者たち』だと」
    「本当に悪魔を倒すための組織なら、財団がその存在を脅かすだろうか?
     財団は良くも悪くも、利益至上主義だ。そんな財団が山の向こうの、悪魔を倒そうとしている組織なんか――自分たちとまったく無関係な組織に攻勢を仕掛ける理由なんか、無いじゃないか。財団が動いたのは、君たちの組織が市国に悪影響を及ぼしているからだし」
    「……先生は、でも……」
     レンマはうつむき、またぶつぶつとうめきだした。
     そんな彼の様子に気付いたらしく、小鈴がそーっと楢崎たちを覗き見していた。
    「……橘くん」
    「あっ」
     楢崎に声をかけられ、小鈴は「えへへ……」と苦笑いしながら近寄ってきた。
    「ひどいじゃないか、困っている人間を放っておくなんて」
    「だって、めんどくさそーなヤツだったんだもん」
    「……」
     レンマは一瞬小鈴を見上げ、また視線を落とした。
    「えーと、話ちょこっと聞いてたけどさ、アンタ自分が犯罪組織にいるって、全然気付かなかったの?」
     小鈴にそう問われ、レンマは顔を伏せたまま答える。
    「僕がやってきたことは、魔術の修行と、組織からの命令に従ったことだけです。犯罪があったことなんて、知りませんでした」
    「モノが意図的に隠していたんだろうね。恐らくは、自分たちがやっていることは正義だと信じさせるために、大部分の兵士たちには汚い部分を隠していたんじゃないかな。
    『自分のやっていることは正しい』と信じさせれば、誰だって勇敢に……」「やめてくださいよッ!」
     楢崎の推察を、レンマががばっと顔を挙げ、泣きながらさえぎった。
    「じゃあ何ですか、僕たちはみんな、大陸を荒らしまわるような犯罪組織に加担し、育てられたって言うんですか!? そこを、絶対的正義だと信じさせられて!」
    「同じ議論を続けるつもりは無いよ。ただ、少なくとも殺刹峰に所属し、指揮を務めるモノと言う男は僕の息子をさらい、そしてもう一方の指揮官オッドは間接的にせよ、僕の親友を殺させたんだ。
     それは確かなんだ」
    「信じない。僕は信じないぞッ!」
     レンマはまたうつむき、そのまま何も言わなくなった。



     数日後、晴奈一行は財団から派遣された職員たちと一緒に、サウストレードへと進んでいた。ちなみにクロスセントラルへも同様の使いが来ており、シリンたちも合流していた。
    「どうやら無事なようだな」
    「えっへへー」
     半月ぶりに会ったせいか、シリンはとても嬉しそうな顔で晴奈に懐いてきた。それを布袋越しに眺めていたカモフはぷっと吹き出した。
    「そりゃカレシと毎日イチャイチャしてたんだから、疲れるも何もねーよ」
    「や、やかましわっ」
     シリンは顔を真っ赤にしてカモフに突っ込む。
    「そう言えば、フェリオは無事なのか?」
    「うん。ちょっと、腕の青いのんが広がってるっぽいねんけど、元気やで」
    「そうか……」
     バートたちと話しているフェリオをシリンの背越しに見て、晴奈は心配になった。
    「……ふむ……」
    「……半月くらいで……」
    「……はい……っスけどね……」
     フェリオは左腕をめくって見せている。
     その腕、いや、その体は半月前に比べ、明らかに痩せていた。
    (毎日見ているから、逆に気付かないものなのかも知れぬな)
     晴奈の視線に気付いたシリンが、ひょいとフェリオの方を見る。
    「なーなー、フェリオ」
    「でですね……、あん?」
    「やっぱ痛いん?」
    「……いや、別に。痛みもかゆみもねーから、心配すんなって」
    「あいっ」
     シリンの意識がフェリオに向いている間に、晴奈はカモフに小声で尋ねてみた。
    (それで、フェリオの容態は?)
    (今も、シリンがいる時も問題無いって言ってたけどな、普段から慇懃無礼で陰険な『インディゴ』の使う毒だ。痛みを与えずに、楽に死なせるとは思えない。それに一回だけ、夜中にひでーうめき声が聞こえたことがある。
     痛くないってことは無いと思うぞ)
    (そうか)
     晴奈はもう一度、シリンとじゃれあっているフェリオの顔を見た。
     その顔には――極めて、うっすらとだったが――死相が浮かび始めていた。
    蒼天剣・黄色録 2
    »»  2009.07.27.
    晴奈の話、第346話。
    楢崎の懸念。

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    3.
     サウストレードに到着したところで、晴奈一行は改めてカモフを交え、レンマと話をした。
    「……」
     レンマの目に生気は無く、楢崎から聞かされた話が相当ショックだったことがうかがえる。カモフはそんなレンマの様子をチラ、と見て、ジュリアに向き直った。
    「それで、俺に聞きたいことってのは何だ?」
    「いえ、聞きたいと言うよりも、あなたの口から詳しく説明して欲しいのです。
     殺刹峰がどんな組織であるか、と言うことを」
    「ああ……、そうか。そう言えばみんな、知らないんだよな」
     カモフのその言葉に、レンマの顔色がさらにひどくなる。
    「……」
     レンマの様子をうかがう素振りを見せつつ、カモフは説明を始めた。
    「みんなには、『殺刹峰はタイカ・カツミ討伐のための地下組織』と言ってある。確かに、それはモノさんとオッドさん、そしてバニンガム伯の最終目標だ。
     でも、そのためにやっていることは、明らかに犯罪だ。兵士を集めるための誘拐は言うに及ばず、強化薬・魔術開発とその実験データ収集のために麻薬と不法な魔術を売り、『親カツミ派を討伐』と言う名目で略奪行為を行い……」「嘘だッ!」
     レンマは目を剥き、縛られた状態でカモフにタックルしようとした。だが周りにいた公安と財団職員たちに取り押さえられ、床に押し付けられる形で鎮めさせられる。
    「うぅ……、うっ……」
    「お前は『プリズム』の中でも素直でバカ正直で愚直なヤツだから、こんな話すぐには信じられないと思うけど、本当のことだ。
     殺刹峰はずっと、正義を偽って悪事を働いてきたんだ。それが真実なんだよ」
    「……ううぅぅぅ」
     レンマは床に突っ伏したまま、まさに地の底から響いてくるようなうめき声を上げ、泣き始めた。

     レンマは錯乱しかねない状態だったので、とりあえず彼だけが先に部屋から出され、そのまま軟禁されることになった。
     残ったカモフに、楢崎が質問をぶつける。
    「その、カモフくん。大変私的なことを聞いてしまって、みんなには恐縮だけど」
    「何だよ、回りくどいな……?」
    「君は殺刹峰の内情に詳しいみたいだけど、誘拐されてきた子供たちのことも詳しいかい?」
     カモフは楢崎の顔を見上げ、間を置いてから答えた。
    「ああ。全員を知ってるわけじゃないが、少なくともアンタの聞きたいことは分かる。
     シュンヤ・ナラサキ――アンタの息子さんのことだろ?」
    「そうだ。無事なのか?」
    「恐らくはな。運び込まれ、洗脳されたことは知ってる。
     だけど、当時は俺自身も殺刹峰に連れて来られて間も無い時だったし、内情に関われるような地位にいなかった。
     だからその後どうなったか、良く分からないんだ」
    「……そうか」
    「でも」
     カモフは一瞬目線を下に落とし、もう一度見上げる。
    「その……、変な言い方だけど、モノさんは結構気に入ってたみたいだぜ。だからもしかしたら、『プリズム』か、その候補の中にいるのかも知れねえ。ただ、確か今は14のはずだったよな?」
    「ああ」
    「『プリズム』の平均年齢は大体20代前半くらいだ。14だと入れるかどうかギリギリ、……!」
     カモフは何故か、話の途中で黙り込んでしまった。
    「どうかしたのかい?」
    「……もしかしたら」
    「もしかしたら?」
    「いや……、何でも無い。
     一つ聞くけどよ、アンタの息子さん、魔力はある方と思うか?」
     楢崎はけげんな顔をしながらも、返答する。
    「ああ。僕も焔剣士だし、妻にも魔術の心得がある。多分、あるんじゃないかな」
    「そうか……」
     カモフはその後何度か、何かを言おうとする様子を見せていたが、結局何も言わず、そのまま話は終わった。



     殺刹峰アジト。
     敗走のショックを引きずったまま、ジュンはぼんやりと魔術書を読んでいた。
    「……雷とは央南名『いかずち』、央中名『フルミン』、央北名『サンダー』と言い、その性質は槍や鎚に似る。岩を砕き、高い木々に落ちることから土の術に対しては優位とされる。生物には微量であれば薬となるが、多量であれば毒となる。……はぁ」
     どうにも考えがまとまらないので、魔術書の中でも最も基礎の部類に入るものを読んでいたが、それも口に出して読まなければ頭に入ってこない。
    「ダメだぁ」
     ジュンは本を閉じ、机に突っ伏した。
     と、そこへヒタヒタと言う、いかにも亡霊か何かが立てそうな足音が近付いてくる。だがジュンは別段怖がりもせず、その足音の主に声をかける。
    「ミューズさん、ですか?」
    「ああ」
     いつの間にかジュンのすぐ側に、褐色の肌に長い黒髪の、そして真っ黒なコートを羽織った、長耳の女性が立っていた。
    「もう体の方は……?」
    「問題無い。私は人形だから、な」
     そう言ってミューズはマントをめくり、腕を見せた。
    「それよりジュン、お前の方こそ大丈夫なのか?」
    「え?」
    「お前のオーラ……」
     そう言いながら、ミューズはジュンに顔を近づけた。
    「え、えっ?」
    「沈んだ紫色だ。とても落ち込んでいる」
    「紫色?」
     ミューズの言っていることが分からず、ジュンはミューズの真っ黒な、黒曜石のように光る瞳を見つめ返した。
    「オーラには色が付いている。私にはそれが見えるのだ」
    「は、あ……」
     ジュンはミューズの言動に戸惑い、目を白黒させる。
    (相変わらず、この人は突拍子も無いなぁ)
    「ク、ク……、そんなに困らなくてもいいだろう?」
     ミューズはジュンの顔を見て、鳥のように笑う。
    「あ、いえ……」
    「お前は疲れている。顔色も悪いし、オーラも黒ずんでいる」
    「……そうですね。ちょっと、気分が優れない感じはあります」
    「休め。そんな状態では参ってしまうぞ」
     そう言ってミューズはジュンの手を取る。
    「いえ、でも」
    「何度も言わせるな。休め」
     ミューズはその外見に似合わない腕力で、無理矢理にジュンを椅子から引きはがした。
    「わ、わ、ちょっと」
    「連れて行ってやろう」
     次の瞬間、ジュンは体が浮き上がる感覚を覚えた。
    「……っと、と?」
     気付いた時には、ジュンは自分の部屋にいた。
    「気分が落ち着いたら、また頑張ればいい。
     では、失礼する」
    「は、はい」
     目の前にいたミューズはまたククッと笑って、すっとジュンの前から姿を消した――比喩ではなく、本当に一瞬で、その姿は虚空に消えてしまった。
    「……本当に脈絡も突拍子も無い人だなぁ。言動も、行動も。……存在も」
     ジュンはため息をつきながら、ミューズの言葉に従ってベッドに入った。
    蒼天剣・黄色録 3
    »»  2009.07.28.
    晴奈の話、第347話。
    夢と悪寒。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ジュンは夢を見た。
     幼い頃、モノに手を引かれながらどこかの街道を歩いていた時の夢だ。
    「もうすぐ到着する」
    「うん」
     今でも、この時どんな状況にいたのか、「自分」には分からない。何故、モノが自分の手を引いているのか? 何故、彼と二人きりなのか? 何故、自分は家にいないのか?
     そして何故――父も母も、自分の側にいないのか?

     そこは、どこかの温泉街のようだった。硫黄の匂いと湯煙があちこちに立ち込めていたから、そうだと分かった。
    「いらっしゃい、モノさん」
    「お久しぶりです、ヒュプノさん」
     モノは入浴場の一つに入り、店先で虎獣人の店主と二言三言交わし、それから自分を呼び寄せた。
    「こっちに来い」
    「うん」
     幼かった自分は、素直にモノの言葉に従った。
    「ここの温泉はとても気持ちがいい。ゆっくり浸かるといい」
    「うん」
     また素直に、自分は店の奥へと足を進めていく。
     温泉に入ると、確かに心地よかった。温めの湯と、ほこほことした空気、そして静かにざわめく木々が、幼い自分の心をさらに幼く、無に帰していく。
    「気持ちいいか?」
    「う、ん……」
     浸かっていると、段々眠気が押し寄せてくる。自分は湯船の中でうとうとと、舟をこぎ始めた。
     ここでまた、モノが声をかけてくる。
    「さて、……君の名前は?」
    「しゅ、ん……」
    「それは違う」
    「え……」
    「君の名前はジュンだ」
    「じゅん……?」
    「そう、ジュンだ。さあ、復唱するんだ」
    「ぼくの……、なまえは……、しゅん……」
    「それは違う」
    「え……」
     モノは延々と、同じ言葉を繰り返す。自分の頭の中が、くつくつと溶け始めた。
    「君の名前はジュンだ」
    「じゅん……?」
    「そう、ジュンだ。さあ、復唱するんだ」
    「ぼくの……、なまえは……」



    「僕の、名前は……」「ジュンやろ?」
     目を開けると、すぐ側にヘックスの顔があった。
    「……わっ!?」
    「よぉ、おはよーさん」
     ジュンはそこで、どろどろとした夢から覚めた。
    「先生が呼んでるで。……でもその前に、ちょっと話してええかな」
     ヘックスはジュンを寝かせたまま、小声で質問し始めた。
    「なあ、ジュン。お前、ドコまで記憶残っとる?」
    「え?」
    「記憶や、記憶。オレは14からやけど、お前は?」
    「……3歳、かな」
    「うーん、ちょっと微妙やな。『プリズム』の、他のヤツにもそれとなく聞いてみたらな、みんな記憶がブッツリ途切れとるらしいわ、一人残らず」
    「みんな、ですか」
     そこでヘックスは、さらに声をひそめてきた。
    「正確に言うとやな、ドランスロープの三人以外やな。あいつらは何ちゅーか、オレらとは違うんですって感じしよるしな」
    「そう、ですね……。確かに三人とも、僕らを見下してると言うか、格下扱いしてると言うか」
    「せやろ? そう言う態度からしてあいつら、ホンマのこと全部知ってるんやないかなって」
    「知ってる、って?」
    「オレらに記憶が無い理由――先生が、オレらの記憶を消してたっちゅう話がホンマにホンマのことで、あいつらは最初っからそれを知っとったんかもな」
    「……ありそうですね」
     ヘックスの推測に、ジュンもうなずく。
     ヘックスはそっとジュンから離れ、背中を向けてぽつりと漏らした。
    「コウと戦ってからオレ、嫌な予想が止まらへんねや。
     もしかしたら『プリズム』って、ドランスロープのためだけにあるんやないかってな」
    「それは、どう言う……?」
    「オレら全員、あいつらの引き立て役っちゅーか、踏み台っちゅーか……、そんな感じがな。もしかしたらオレら、肝心なトコで捨て駒にされるかも知れへん」
     考えすぎですよ、と言おうとしたが、その言葉はジュンの口から出て来なかった。
     ジュンも同じような嫌な予感を、心の中から拭い去れなかったからだ。



     そして、ドランスロープ以外の「プリズム」たちがモノの元に集められたところで、ヘックスの懸念が的中しているとも取れる指令が下された。
    「前回の作戦で、『マゼンタ』以下20余名の兵士が敵の手に落ちた。これは憂慮すべき事態だ。よって、これまでのように軍事演習目的と言うような、相手を軽視したような作戦は全面的に停止し、確実なる殲滅へと切り替える。
     これより『ホワイト』『ブラック』『インディゴ』を筆頭とした大規模作戦部隊を編成し、サウストレードに拘置されていると言う兵士たちを救い出すと共に、そこにおける財団支部を壊滅させる。
     また、前述の3名以外の『プリズム』諸君らは、彼女らの支援に回って欲しい」
     この指令を聞いた時、思わずヘックスとジュンは顔を見合わせた。
    (やっぱり……?)
    (かも、な)
     そして他にもヘックスたちと同様、モノの指示に戸惑った者が若干名いたのだが――長年の悲願を達成するべく、少なからず焦りの色を見せていたモノには、そのわずかなざわめき、不協和音を感じ取る余裕も無いようだった。
    蒼天剣・黄色録 4
    »»  2009.07.29.
    晴奈の話、第348話。
    内部崩壊の前兆。

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    5.
     当初、モノの描いた筋書きはこのようになっていた。
     まず軍事演習を続け、「プリズム」を訓練する。十分に経験を積んだところで、ドランスロープ三名を筆頭にした大規模部隊を編成しさらに演習を続け、そこでその三名のリーダーシップを育成するとともに、残り六名の連携を密にする。
     これにより優れた指揮官と将軍の関係が築かれ、最終目標の達成に大きく貢献する――と言うものだった。

     だが想定外の事態が、彼を惑わせてしまった。優れた兵士を大量に集めるために、央中ゴールドコーストの闘技場であまりにも多くの人間をさらいすぎたことで、金火狐財団の公安局が動き始めてしまったことだ。
     このまま公安の動きを放置・傍観すれば、折角今まで秘密裏に進めてきた一連の作戦・計画が明るみに出てしまうおそれがある。そうなれば標的である克大火の耳にその情報が入り、彼自ら、まだ準備の整いきっていない自分たちを強襲してくる可能性も出てくる。
     入念な準備を積み重ねなければ勝てない相手であることは、モノ自身が痛いほどよく分かっていることであるし、モノは早急に公安を封じなければならなくなった。

     そこで考えたのが、実地での軍事演習である。
     少数精鋭で央北に入ってきた公安の捜査チームを「手頃な敵」と見なし、「プリズム」たちを実戦投入させることで、予定していた軍事演習を前倒しで進めると同時に、金火狐財団の調査を「調査員全員の失踪」と言う形で強制的に打ち切らせ、うやむやにさせることができる――一挙両得の手段であると考えたモノは、早速実施してみた。
     ところが、ここでまた予想外の事態が起こってしまった。十二分に制圧・拘束できると考えて投入した3部隊が、賢者モールの介入により全滅してしまったのである。
     実は以前にも、モールを自分たちの側に引き入れる、もしくは魔術を奪うことができれば、確実に大火に対する有効な武器になるとして、央北中を巡って追い回したことがあった。
     モールは魔術こそ強力なのだが、身体能力に関しては人並み以下であり、屈強な兵士に囲まれれば脆い。その弱点を突いた人海戦術で、後一歩と言うところまで追い詰めることができていた。
     だが、一体どんな手を使ったのか――モールは央北、いや、中央大陸から忽然と姿を消し、結局捕らえることができなかった。
     それ以来両者とも近付かず、自然に相互不干渉となっていたところに、今回の助太刀である。単なる「狩り」の対象でしかなかった捜査チームが突然侮りがたい難敵へと変化し、モノの焦りはさらに強まっていた。
     その焦りが、彼の手をより早めさせた。もっとじっくり構えて進めようとしていた前述の計画を、さらに前倒しすることにしたのである。
     そしてまだ、彼は心のどこかで「これはチャンス――『プリズム』の能力を上げる、絶好の演習だ」と、あくまでもポジティブに考えていた。

     だが、モノが関知していなかった、もう一つの想定外の事態――モノがヘックスたちを初めとする、大勢の兵士たちの記憶を封じ、洗脳していると言う事実をヘックスたちが知ってしまったことに、モノはまだ気付いていなかった。
     この「ほころび」に気付いていれば、モノは手を早めることはせず、内部の情報統制を行って関係修復に努めただろう。
     何故ならこれは彼の組織と、彼の計画にとって非常に致命的と言える、重大な亀裂だったからである。



    「……って、オレはそう思てんねや」
     ヘックスとジュンはモノたち幹部とドランスロープたちに知られないよう、他の「プリズム」に声をかけ、自分たちの懸念を伝えた。
    「そう」
     モエからの反応は特に無く、興味なさげな返答が返ってきた。
     だが、残る2名は真剣な表情で、ヘックスを見つめている。
    「それがホントならー、あたしたちはいずれ死んじゃうってコトじゃないですかー……」
    「そうね、確かにドミニク先生は、フローラさんたちと私たちを区別しているように感じる。私も薄々、そう思っていたわ」
    「せやろ、キリア。ともかくこのまま素直に従っとったら、踏み台にされんのは確実や。
     で……、どうした方がええと思う?」
    「どう、って」
     ヘックスの言葉に、モエを除く全員が黙り込む。
     そしてモエから、こう尋ねられた。
    「何か問題があるの?」
    「何がって、お前はええのんか? あいつらの言いなりになるんやで?」
    「だから、それがどうしたの? 今だって、同じじゃない。ドミニク先生に使われるか、フローラさんたちに使われるかの違いでしょ? 不都合があるの?」
    「せやから、このままやったら……」
    「私たちは兵士よ。いつだって死ぬ可能性はゼロじゃないわ。
     なのに『このままここにいたら死んでしまう』って、バカじゃないの?」
    「んな……」
    「死ぬ時は死ぬのよ。……私、もう寝るわね」
     そう言って、モエは席を立ってしまった。
    「あ、おい! ……行ってもーた」
    「でも、兄さん」
     ヘックスの義妹であるキリアも、立ち上がった。
    「モエの言うことも、もっともだと思う。
     例え先生が私たちの記憶を封じて使役しているとしても、目的はカツミ暗殺と言う、大義のためよ。正義のために戦うのなら、私は迷い無く殉じるつもりよ」
    「そら、理屈はそうやけど……」
    「それじゃお休みなさい、兄さん」
    「あ、ちょ、待てって……」
     ヘックスの制止も聞かず、キリアも部屋を出て行ってしまった。
     残った三人は顔を見合わせ、黙り込む。
    「……僕は、それでも」
     しばらく経ってから、ジュンが口を開いた。
    「正義のためなら何をしてもいい、って言うのはおかしいと思います。
     もっともらしい理屈、大義のために悪事を働くなんて、本末転倒じゃないですか」
    「……オレも、そう思う。もう一回、キリアだけでも説得してみるわ」
     ヘックスも席を立ち、その場から離れる。
     二人きりになったペルシェとジュンは無言で向かい合っていたが、ペルシェの方から話し始めた。
    「あたしはー……、どうしたらいいのかなー?」
    「それ、は……」
    「こう言うのー、苦手なんだよねー。みんなバラバラになっちゃうとー、本当に不安になっちゃうのー」
     ペルシェは突然、ジュンを抱きしめてきた。
    「な、ペルシェさん!?」
    「本当に、本当に不安……」
     耳元でそうつぶやかれ、ジュンは心に痛いものを感じた。
    「一体、誰を信じたらいいのかなー……」
     この時のジュンにもう少し度量や経験があれば、「自分を信じろ」とでも言えたかも知れない。しかしまだ14歳で、心中が不安で一杯だった彼には、こんな風にしか言えなかった。
    「僕は……、その、……僕も、分からないです」
    蒼天剣・黄色録 5
    »»  2009.07.30.
    晴奈の話、第349話。
    蘇る「彼女」。

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    6.
     ヘックスはもう一度妹を説得し、自分たちが生き残る道を模索しようと試みた。
    「何度言っても無駄よ」
     だが、キリアと一緒にいたモエが強硬姿勢を執り、ヘックスの意見に突っかかってくる。
    「せやけどな……」
    「あなた、そんなに死にたくないの?」
    「そら、そうやろ」
    「じゃ、逃げればいいじゃない。いいわよ、逃げて。その分私の活躍が増えるし。むしろせいせいするわ、余計な人が減るから」
     にべも無い言い草に、ヘックスはカチンと来た。
    「……あ?」
    「あなたみたいな腰抜けなんていなくても、影響無いんじゃない?」
    「てめえ……」
    「二人とも落ち着いてよ」
     ヘックスとモエの空気が険悪になったところで、キリアが諌める。
    「兄さんも、今日はもう部屋に帰って。これ以上話すことは無いわ。私もモエも、考えが変わることは有り得ないもの」
    「キリア……」
    「モエも、いい加減にして。血はつながって無いけれど、ヘックスは私の兄よ。そんな風に侮辱されて、私が何も感じないと思う?」
    「ああ、ごめんなさいね。でも本当に、つまらないことを言うものだから」
    「つまらん?」
    「やめてって言ってるでしょう?」
     キリアがもう一度抑えようとするが、二人は言い争いを続ける。
    「私には、あなたが何をそんなに嫌がってるのか分からないもの。
     私たちは兵士、この組織においては一個の駒に過ぎない。生きるとか死ぬとか、そんなことを……」
     唐突に、モエが黙り込んだ。
    「……?」「モエ? どないした?」
     キリアも、言い争いをしていたヘックスも、いぶかしげに彼女を見つめる。
    「……そんなこと、を……」
     そして突然、モエは倒れた。
    「お、おい!?」「どうしたの、モエ!?」



    (……だれ……?)
     床に倒れ行く一瞬の間に、モエの頭の中で様々な光が明滅する。
    ――おかみさん、私たちに死ねと?――
     先程自分が放った言葉から、記憶がくるくると再生されていく。
    ――殿がうっかり放してしまった実験体たちを、屠って欲しいの――
    ――実験体? それはまさか、あの……――
    ――ええ、櫟様だったものをはじめとする、魔獣化実験の被験者たちよ――
    ――そんな! だって、殿は極めて凶暴だと――
    ――そうよ。それが、どうかしたの?――
    ――おかみさん、私たちに死ねと?――
    ――あのね、巴美ちゃん――
     脳裏に黒髪の、眼鏡をかけた猫獣人の姿が映る。
    ――あなたたちは兵士、私たちの一派においては一個の駒に過ぎない。だから生きるとか死ぬとか、そんなことを考える必要は無いわ――
    ――……――
     絶句した自分に、その猫獣人はやさしく声をかけた。
    ――でもね巴美ちゃん、わたしはあなたがこんな指令で死ぬなんて、微塵も思ってやしないわよ――
    ――え……?――
    ――兵士を生かすのも殺すのも、上官の役目であり責任よ。約束するわ、あなたがむざむざ死ぬような作戦は、わたしは絶対に与えたりしないから。
     大丈夫、これはあなたが十分にこなせる任務よ――
    ――おかみさん……!――



    「……い! おい! しっかりせえ、モエ!」
    「……」
     倒れこんだ自分に声をかけてくる者がいる。
    「モエ……?」
     顔を上げると、心配そうに見つめてくる狼の兄妹と目が合う。
    「あ、気が付いたか?」
    「大丈夫、モエ?」
    「モエ、って……?」
     思わず、そんな質問が自分の口から漏れた。
    「……は?」「何て?」
    「あ、……いいえ、何でもないわ。……ごめんなさい、私ちょっと、気分が悪くなっちゃって」
    「大丈夫か?」
     先程まで言い争っていたヘックスが心配そうに見つめてくる。
    「……大丈夫よ。悪いけど、今日はもうこれで休ませて」
    「あ、ああ。……その、……おやすみ、モエ」
    「ええ。お休みなさい、ヘックス、キリア」
     平静を装い、そのままそそくさと二人の元から去ることにした。

     歩きながら、自分の頭の中を整理する。
    (……モエ? モエ・フジタ? 藤田萌景? 誰、それ! 私はそんな名前じゃない!)
     歩けば歩くほど、硫黄臭い霞がかかっていた記憶が鮮明になっていく。
    (そう、そうよ! 全部思い出した! 私は篠原一派、新生焔流の精鋭だった女よ!)
     今までぬるま湯の中で漂っていた精神が、しっかりと地に足を着くのを実感する。
    (私の、私の本当の名前は――)
     彼女は立ち止まり、顔に当てていた布を剥ぎ取った。
    (――私は、楓井巴美よ!)
     彼女は、全てを思い出した。
    蒼天剣・黄色録 6
    »»  2009.07.31.
    晴奈の話、第350話。
    晴奈への復讐。

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    7.
     恐らく巴美が記憶を取り戻したのは、ここ最近の作戦行動による刺激と、ヘックスとの言い争いによる言葉の反駁、そしてまだ洗脳されて1年、2年程度と、それほど時間が経っていなかったからだろう。
     巴美は自分に与えられていた部屋に戻り、姿見で自分の顔を確かめる。
    (アハハ……、ひどい顔じゃない! そうよ、この傷も全部思い出した! あのいけ好かないクソ猫女がつけた、この醜い刀傷!
     ……そうよ! そうよ、そうよ! 何故私はこんなところにいるのよ! 私が何で、腕なしオヤジやカマ野郎や、人形共なんかの言いなりにならなきゃいけないのよ!? はっ、バッカじゃないの!?
     私がやらなきゃいけないことは、唯一つ……!)
     巴美は剣を抜き、姿見を叩き壊した。
    (あの女に復讐すること……! 黄晴奈をこの手で、殺すことよ!)

     その瞬間、晴奈はぞくりと寒気を感じた。
    「……っ?」
     横にいた小鈴がきょとんとした目を向けてくる。
    「どしたの、晴奈? 尻尾、ブワッてなってるけど」
    「あ、いや。……妙だな、怖気が走ったと言うか」
    「風邪でも引いた?」
    「いや、まさか。まだ夏の盛りだし」
    「でも央北って、夏が短いじゃん? ホラ、財団の人だって長袖だし」
     小鈴はひょいと席を立ち、晴奈に茶を渡す。
    「ここんとこあっちこっち動き回ったし、変に戦いもあったから、知らないうちに気疲れもしてんじゃない?」
    「いやいや、これしきのこと」
    「そー言わないでさ、今日はゆっくり休んじゃいなって」
    「……ああ、そうさせてもらうか。こんなところで風邪など引いていられないからな」
     晴奈は素直に茶を受け取り、ゆっくりと飲み下した。



    「何だと……?」
     報告を受けたモノはいぶかしげに聞き返した。
    「モエ君がいない?」
    「はい。今朝からずっと、姿が見えないんです。それで、彼女の部屋を覗いてみたら……」
    「覗いてみたら?」
     キリアは顔を青くしながら、淡々と説明した。
    「その、まるで何かが爆発したみたいに、ぐちゃぐちゃに引っ掻き回されていたんです。それから、私の部隊で部屋の様子を確認したところ、彼女の装備一式が丸ごと消えていました」
    「装備一式が? ふむ……」
     モノは椅子から立ち上がり、部屋の外に出る。
    「見に行こう。前日の彼女の様子など、もう少し詳しく説明できるか?」
    「はい」
     キリアはモノの後ろに付きながら、詳細を話した。
    「夕べ、兄さん……、ヘックスとモエが言い争いをしていまして」
    「言い争い? 内容は何だ?」
    「いえ、つまらないことですから。……それで言い争っているうちに、彼女が突然倒れたんです」
    「倒れた?」
    「はい。すぐに起き上がったんですが、『気分が悪くなったのでもう休む』と言って、そのまま部屋に……」
    「ふむ……」
     話しているうちに、モノたちは「モエ」に与えられていた部屋に到着した。
    「……なるほど。確かにこれは、爆発と言っても差し支えないな」
     部屋の中にあった家具は一つ残らずズタズタにされ、特に紫色をした服や布、姿見は原型を留めていなかった。
    「モエ君の姿を見たと言う報告は?」
    「現在『オレンジ』隊に捜索を手伝ってもらっていますが、まだ有力な報告はありません」
    「そうか……」
     と、背後から声が飛んでくる。
    「あっらー……、ひっどいわねぇ、コレ」
    「ドクター」
     騒ぎを聞きつけたオッドが、二人の間に割って入る。
    「まるで台風が通った後みたいねぇ」
    「ええ。一体何があったのか……」
     ここでオッドが、変なことを言い出した。
    「……まるで、じゃないわねぇ。ホントに、台風が通ったのねぇ」
    「え?」
    「部屋に付いてる傷跡、全部刀傷じゃなぁい。あの子が使う剣術、風の魔術剣でしょーぉ?」
     オッドに指摘され、モノは改めて部屋を見渡す。
    「確かに、それらしい跡ではある。……とするとこれは、全てモエ君が付けたと?」
    「多分そうらしいわねーぇ。もしかすると、まずいコトになってるかも知れないわよぉ」
    「まずいこと?」
     オッドはチョイチョイと手招きし、モノに小声でヒソヒソと話す。
    「特に壊され方がひどいのは、姿見と紫系の服。つまり、モエちゃんは自分の姿とか、コレまで自分を構成してたものを念入りに壊したってコトになるわ。
     ……まるで『モエ・フジタ』と言う人間を壊すかのように」
    「……! まさか、記憶が戻ったと!?」
    「その可能性は、ひじょーに高いわねぇ。……早く捕まえてもっかい洗脳しなきゃ、最悪、ココの位置が公安に発覚する可能性もゼロじゃないと思うわよぉ」
     モノは重々しくうなり、三度部屋を眺める。
    「……由々しき事態だな。早急に対策を講じなければ」



     壁に入った亀裂は、表面の見た目よりもずっと根深い。
     表面を釉薬や土などで覆っても、その内面は直っていない。奥でじわじわとその隙間を拡げ、やがては壁全体を崩すことになる。
     カモフの告発。ヘックスたちの、水面下での反発。そしてモエの離反――殺刹峰と言う壁に入った亀裂は、次第に根を深くしていた。

    蒼天剣・黄色録 終
    蒼天剣・黄色録 7
    »»  2009.08.01.
    晴奈の話、第351話。
    剣姫の半生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     黄晴奈が女傑、剣豪であるように、彼女もまた剣豪だった。

     その才能が開花したのは晴奈より8年も早い、6歳の時。今はもう、ほとんどその名を知る者もいない幻の大剣豪、楓井希一の孫であり、彼女の才能を見出したのも、焔流に入門したのもその祖父あってのことだった。
     幼い頃から類稀なる剣の才能を見せた彼女は、焔流家元・焔重蔵をして「この子は剣術の歴史に名を残すだけの才、素質を持っておる。将来、剣豪や剣聖、……あるいは剣鬼(けんき)と呼ばれるやも知れぬ」と言わしめたほどである。
     この発言と、その可憐な顔立ちから、誰とも無く彼女をこう呼ぶようになった――「剣姫(けんき)」楓井巴美と。

     その人生に不要な波風が立たなければ、後の歴史に名を残すのは晴奈ではなく、巴美だったかも知れない。



     はじめに彼女の人生が歪み出したのは7歳の春、焔流に入門して1年が過ぎるかと言う頃だった。
     巴美はこの頃、朔美と言う猫獣人の女性に懐いていた。彼女の話は非常に楽しく、そして新鮮で刺激的だったので、巴美は毎日のように彼女と遊んでいた。
     その日も楽しい話を聞かせてもらおうと、彼女のいる修行場に向かった。
    「しつれいしまーす」
     明るく声を出し、修行場の門を開く。
    「さくみさーん、きょうも……」
     今日もお話聞かせて、と言いかけて、巴美は口をつぐんだ。
    「……」「……」「……」
     修行場に集まっていた他の門下生たちが、一様に思いつめた顔をしている。その輪の中心には、朔美が座っている。
    「あら、巴美ちゃん。どうしたの?」
    「え、えっと」
     ただならぬ空気を感じ、巴美は修行場から離れようとした。しかし朔美は手招きをし、巴美を呼ぶ。
    「そんなところにいないで、こっちにいらっしゃい。今日もお話、聞かせてあげるから」
    「……はい」
     まだ7歳の巴美に、大人からの誘いを断れるような度胸は無い。非常に嫌な気配を感じながらも、巴美は朔美へと近付いた。
     巴美がすぐ前まで来たところで、朔美はポンポンと自分の膝を叩き、座るよう促す。
    「さ、こっちに」
    「は、はい」
     促されるまま、巴美は膝に座った。
    「今日のお話はね、とっても大事な話なの。よーく、聞いていてね」
    「はい……」
     朔美は巴美をぎゅっと抱きしめ、優しく、そして甘い猫撫で声で語り始めた。
    「今日のお話は、お姫さまのお話よ。剣術が上手で、正義のために戦う、『剣姫』ちゃんのお話」

     それから巴美は朔美によって、己が選ばれた者だ、正義の使者だと言い聞かされた。それは何日にも及び、幼い巴美の頭は朔美の佞言に汚染された。
     そして朔美は焔流家元である重蔵が悪の親玉、魔王であるとさえ言い放ち、巴美はこれも信じた。だからその後の新生焔流による反乱にも参加したし、離反した時も何の疑問も抱かずに付いていった。



     己が選ばれし者だと言う妄執・妄想は、彼女が22歳の頃までずっと付きまとっていた。
     実際、幼い頃から認められてきた剣の才能は篠原一派の中では随一、親方である篠原に次ぐ腕前にまで成長したし、彼女がいたからこそ新生焔流の真髄である「風の魔術剣」も完成に至ったのだ。
     この剣術は彼女が使えば、小屋くらいであれば一刀両断できたし、軽く振っただけでも大人の一人や二人、軽々と弾き飛ばすことができた。それがますます彼女を増長させ、「自分はこれほど強いのだから、何をしても正当化されるはず。自分こそが正義の顕現だ」とすら考えるようになっていた。

     そんな妄想が砕け散ったのは同じ女剣士、同じ焔流剣士である晴奈と戦った時だった。
    「貴様に刀を振るう資格など無い!」
     一瞬のうちに、自分の顔が斜めに引き裂かれた。油断していたとは言え、これまで一度もそんな深手を負ったことは無い。
    「ひ、ぎぃ……っ」
     熱と痛みが怒涛のように押し寄せ、巴美はボタボタと涙を流してうめいた。
    「かお、顔が……」
    「顔がどうしたッ! 貴様は顔と言わず手足と言わず、多くの者たちをぞんざいに斬り捨てただろうに! 己がそんなに可愛いか、この外道ッ!」
     怒りに燃える晴奈の攻撃は、彼女の顔だけではなく心まで深々と斬った。これまでに受けたことの無い、鋭く、かつ爆発するような猛攻に、彼女はまったく手も足も出なかった。
    「いや、やめて……っ」
     のどから勝手に悲鳴混じりの嘆願、哀願がこぼれ落ちる。だが、晴奈の攻撃は止まない。
    「ハァ、ハァ……」
     混乱と恐怖がようやく落ち着き始め、巴美は今一度刀を握り直して体勢を整えようとした。
    (こんな苦戦、予想しなかった……! 何なのよ、この女!? いきなり強くなった……!
     待って、待ってよ! 何でこの私が、こんな目に遭わなくちゃいけないの!? 私は選ばれた人間じゃ無かったの!?)
     だが、無理矢理に抑えつけようとしても、恐怖はグツグツと音を立てて煮え立ち、とめどなく噴き出し、あふれてくる。
    「楓井」
     そこに、晴奈の静かな、しかし怒りに満ちた声が聞こえてくる。
    「そろそろ、覚悟しろ」
    「……え?」
     晴奈が何を言っているのか分からず、巴美は半泣きで聞き返した。
    「お前は何人も殺したことだろう。だが、その逆を考えたことはあるか?」
     晴奈が上段に構えるのを見た巴美は、先ほどから焼け死にそうなほどにぶつけられていた殺気が、より一層強く吹き付けられるように感じた。
    「さあ……、行くぞ」
    「ひ、い……」
     巴美はもう、刀を持っていられないくらいに狼狽していた。
     既にこの時、巴美は「自分は選ばれた人間なんかじゃ無かった」と痛感していた。



     それだけの恐怖を味わったせいか、殺刹峰による洗脳も良く効いた。
     洗脳されてまだ1年、2年も経っていなかったが、彼女はモノやオッドと言った幹部たちに対し、非常に従順になっていた。
     それが結果的に、功を奏したのだろうか――慢心によって鈍り始めていた剣の腕は、殺刹峰にいた2年半で急成長を遂げた。

     彼女が記憶を取り戻し、自分に与えられていた部屋を破壊した時、彼女はその成長ぶりに気付いた。
    (これは……!)
     たった一振りで姿見、たんす、ベッド、床、壁、天井に至るまでバッサリと斬れた。前述の通り、彼女は以前にも小屋を斬ったことがあったのだが、その時とは桁違いに、切れ味が鋭くなっている。
     太刀筋にしても、以前はバリバリと裂けるような、荒削りなものだった。しかし今斬り払った家具は、綺麗に真っ二つに割れ、中の衣類も一切ボロボロになることなく、まるで良く研がれた裁ちバサミで斬ったように、すんなりと割れた。
    (何、これ? 私はいつの間に、これほど剣の腕を上げたの? まるで、自分が自分じゃないみたい。
     ……ああ、そうね。そうだったわ)
     もう一度、剣で部屋を払う。先程と同様、部屋は剃刀で紙を切ったように、すっぱりと割れた。
    (そう。私は、私じゃ無かった。今の私は、言うなれば『もう一人分』加わったようなもの――楓井巴美と藤田萌景の二人が、私の中で合わさったのね。
     今の私は巴美であり、萌景である。……言うなれば、『トモエ・ホウドウ(楓藤巴景)』かしら? ……クスクス、面白いわ。今からそう名乗りましょう。
     私は、楓藤巴景。『剣姫』、巴景。
     さあ、巴景。あの猫女のところに行きましょう。あの憎き仇敵、黄晴奈のところにね……!)
     巴美――いや、巴景は己の決意を刻み込むように、部屋がズタズタになるまで剣を振るい続けた。
    蒼天剣・剣姫録 1
    »»  2009.08.03.
    晴奈の話、第352話。
    小冬日和。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈たちがサウストレードに滞在してから一ヶ月近くが経過し、季節は既に、秋に移ろうとしていた。

     央北の夏は、央中に比べてさらに短い。流石に「北」と付くだけあって、夏よりも冬の割合の方が多いのだ。
    「うひょ……、寒いなぁ」
     とは言え、その日の気温は異様なほど低かった。まだ夏の装いが残る時期だと言うのに、吐く息が白いのだ。
    「本当、耳が痛くなるくらいね」
     サウストレードの街をぶらついていたバートとジュリアは、白い吐息をたなびかせながら街を眺めていた。
    「見ろよ、マフラーしてるヤツがいるぜ」
    「あら、本当」
     街角にはチラホラ、冬服を慌てて引っ張りだしたと思われる者が行き来していた。
    「本当に寒いよな、今日は」
     そう言ってバートはふーっと白い息を――こちらは吐息ではなく、紫煙だが――吐いて、ポケットに手を入れる。
    「冬の中で温かい日を『小春日和』と言うけれど、今日みたいな日は『小冬日和』とでも言うのかしらね」
     ジュリアがそっとバートの腕に寄り添い、暖を取ってきた。
    「はは……」
     バートは小さく笑いながら、街を見渡した。
    「ん? 何だ、あの露店?」
    「え?」
    「ほら、通りの反対側にある店。何かカラフルで目立ってる」
    「ああ……」
     バートがくわえ煙草で指し示した方に、やけに色彩豊かな露店が立っている。
    「何の店かしら?」
    「行ってみるか」
     店の近くまで行ってみると、こんな寒い日だと言うのに何人もの人が集まっていた。
    「ねぇねぇ、次はコレ付けてー」
    「はいはい」
     店主らしき短耳の女性が、小さい女の子の差し出した帽子に絹の付いた型紙を当て、ぺたぺたと染料を塗って星のマークを付けている。
    「ありがとー!」
    「はいはい、20クラムね」
     店主はニコニコ笑いながら、客の衣服に様々なマークを付けている。いわゆるシルクスクリーンのようだ。
    「へぇ、面白そうね。何かやってもらう?」
    「んー……」
     バートは自分の衣服を見回し、マークを付けても差し支えなさそうなものを探す。
    「……お?」
     と、いつの間にかジュリアが自分のベストとネクタイを店主に渡し、話をしている。
    「はいはい、カエデ模様ね。色は赤と橙いっこずつ、と」
    「お願いね」
    「はいはい」
    「……はは」
     バートは笑いながら、煙草を吸おうとする。それを見た店主が顔を上げ、口をとがらせた。
    「お客さん、近くで吸わないでよ。引火するから」
    「あ、おう。悪い悪い」
     バートは頭をかきながら煙草を口から離し、近くの灰皿まで歩いていった。
     その間に、ジュリアは店主と世間話をする。
    「にぎわってるのね」
    「うん、ボチボチ稼げてるよ」
     店主は手元に視線を落としながら、気さくに話をしてくれた。
    「一番人気があるのはどの柄?」
    「時期柄だからと思うけど、お客さんと同じカエデ模様だよ。秋って感じがするし」
    「そう」
     店主はここで思い出したように、また顔を上げた。
    「あ、そうそう。カエデって言えばさ、さっき一人変なお客さんがいたんだよね。
     短耳で、顔全体をマフラーで覆っててさ、のっぺりした仮面を差し出してきて、『これに藤色のカエデ模様を』って」
     妙な話に、ジュリアと、戻ってきたバートは興味を抱いた。
    「藤……、紫色の、カエデ?」
    「変でしょ? 普通カエデって言ったら、赤とか黄色とかの暖色系を選ぶのに。あたしも『何で藤色に?』って聞いたらさ、『私の色だから』だって。
     で、マーク付けてあげたらその仮面かぶって、ささっとどっか行っちゃったのよ。……それでさー」
     店主はここで、声色を変えた。
    「その女の人、仮面かぶる時にチラッと顔を見たんだけど、こーんな風に」
     店主は自分の左眉を指し、そこからすっと右頬にかけてなぞる。
    「すっごい傷跡が付いてたのよ。剣士さんっぽかったから、そう言う関係でケガしたのかも。ちょこっと、不気味な人だったなぁ」
    「……スカーフェイスの、女」
     それを聞いたジュリアの顔が、途端に険しくなった。
    「その人、央南人だった?」
    「え? ……うーん、そう言われればそうだったかも。あんまりこの辺では見たこと無い顔立ちだったし」
    「どうしたんだ、ジュリア?」
    「忘れたの、バート?」
     ジュリアは立ち上がり、バートの耳元でささやいた。
    「顔に傷のある、央南人風で短耳の女性。そして紫色が、彼女の『色』だと」
    「紫……、そうか、『バイオレット』か」
     バートもようやく、その人物に思い当たった。
    蒼天剣・剣姫録 2
    »»  2009.08.04.

    晴奈の話、第323話。
    ドミニクの「九」悩。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     バート班、フォルナ班が到着した次の日に、ジュリア班も無事到着した。
    「みんな無事なようで、安心したわ」
     他2班が先に到着していたことを知り、ジュリアは1日前倒しで情報交換と作戦会議を行うことにした。
    「お元気そうで何よりですわ」
    「だな」
     ジュリアの労いに、フォルナとバートが応える。
    「休まれなくて良かったのですか?」
    「ええ、先にみんなと会っておきたかったから。……実は私たちの班、襲撃されたのよ」
    「えっ!?」
    「お前もか、ジュリア」
     フォルナの反応とバートの言葉に、ジュリアは小さくうなずいた。
    「やっぱりみんな襲われたようね。それが気になっていたから。ちなみに敵は、どんな構成だった?」
    「リーダー格が1名に、兵士が8名だった」
    「わたくしのところも同じでした。全員何かしら、強化されていたようですわ」
    「ふむ。……私のところはリーダー格が2名、恐らく兵士の数は16名と言うところね」
    「ジュリアのところだけ、2部隊が投入されてたのか?」
    「いえ、もしかしたら……」
     言いかけたジュリアは、フォルナの視線に気付いた。
    「……」
     その眼差しはまるで、これから言おうとしていたことを止めさせようとしているようだった。
    「……もしかしたら、何だ?」
    「……いえ。そうね、恐らくこの9名を総括している私のところだけ、重点的に攻めてきたのかも知れないわ。
     それで、何か情報は手に入った?」
     そう言って、ジュリアはソロンクリフで手に入れた小瓶をテーブルに置いた。
    「私たちは敵と接触した際に、この薬を手に入れたわ。何の薬かまでは分からないけれど」
    「わたくしのところは残念ながら、特に収穫なしですわ」
    「俺はかなりすごいものを手に入れたぜ」
     そう言ってバートは、得意げにノートをテーブルに置いた。
    「それは?」
     ジュリアが尋ねると、バートはニヤリと笑った。
    「殺刹峰の幹部と、出資者の情報だ」
     バートはノートを広げ、全員に見るよう促した。
    「RS作戦って聞いたことあるか?」
    「RS? いえ、存じ上げませんわ」
     フォルナは首を横に振る。ジュリアも知らないらしく、小首をかしげている。ここでシリンが、自信たっぷりに手を挙げた。
    「フェリオの名字? ほら、ロードセラーやし、RSって、ならへん、……かなー、なんて」
     あまりに的外れすぎたため全員に無視されてしまい、シリンはしょんぼりと肩を落とした。
     と、話題に挙げられたその当人が、ポンと手を挙げる。
    「聞いたことがあるような……。中央政府軍が昔、カツミを暗殺しようとしたとかしなかったとか、そんなうわさを聞いた覚えがあるっス。その時の作戦名の一つが、RSとか何とか」
    「そうだ。カラスのように真っ黒な悪魔、カツミを仕留める作戦――それがRaven Shoot、通称『RS作戦』だった」



     双月暦499年、秋。
    「ま、参った!」
     二人の男が、とある演習場で剣術の試合を行っていた。一方は、長髪を後ろで束ねた央南人。もう一人は央北人。口ヒゲと四角い顔が印象的な、筋骨隆々とした青年だった。
    「ふふふ……」
     勝負に負けたのは央南人の方だった。両手に一振りずつ持っていた刀を弾かれ、相手の剣が首に当てられており、そこからの逆転はもはや不可能だった。
    「勝負あったな、シマ」
    「参った、参った。……強すぎるぞ、ドミニク」
     ドミニクと呼ばれた口ヒゲの男は剣を納め、シマと呼んだ央南人に手を差し伸べた。
    「これで9戦9勝、私の圧勝だな」
    「……残念だ。これでおしまいとは」
     シマはドミニクの手を借り立ち上がりながら、小さくため息をついた。
    「おしまい?」
    「……実は俺、軍を抜けるつもりなんだ。故郷に戻って、剣術道場でもしようかと思う」
    「そうか。……9の呪いだな」
     ぼそっとつぶやいたドミニクに、シマは首をかしげる。
    「え? 何だ、9の呪いって」
    「私の宿命と言うか、何と言うか」
     ドミニクは地面に足で、「9」と書く。
    「私の生まれた日は9月9日。9歳の時に母が亡くなり、19歳の時に父も亡くなった。共に戦った者とは、十度相見えることが無い。そして君との対決も、9回目で幕切れだ」
    「それで9の呪い、か」
    「私は9が付くものに、呪われているのだろうな」
    「……じゃあ29歳の今年は、何かあったのか?」
     恐らくシマは、「もう年末も近い。何も起きなかったと言うことは、呪いなどなかったのだ」とでも言って、元気付けようとしたのだろう。だが、ドミニクはコクリとうなずいた。
    「……ある非公式チームに参加することになった。『黒い悪魔』を討つのだそうだ」
     それを聞いて、シマの顔がこわばった。
    「……そうか。……呪い、か」
     うつむいたシマに、ドミニクは「そうだ」とだけ返した。
     シマが落胆するのも無理はなかった。その任務は「冥府の土を集めてこい」と命令されるのと、何ら変わりないものだったからである。

    蒼天剣・九悩録 3

    2009.07.04.[Edit]
    晴奈の話、第323話。 ドミニクの「九」悩。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. バート班、フォルナ班が到着した次の日に、ジュリア班も無事到着した。「みんな無事なようで、安心したわ」 他2班が先に到着していたことを知り、ジュリアは1日前倒しで情報交換と作戦会議を行うことにした。「お元気そうで何よりですわ」「だな」 ジュリアの労いに、フォルナとバートが応える。「休まれなくて良かったのですか?」「...

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    晴奈の話、第324話。
    成り行きリーダー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     黒白戦争の直後から499年の今年までに、世界全体で大火の暗殺が試みられた回数は、中央政府軍が把握しているものだけでも50回以上に上る。
     理由は様々――名のある奸雄を倒して名声や栄光を得ようとする者、1兆もあると言われる莫大な財産を狙う者、秘術や神器を得ようとする者。
     そして――。
    「彼奴がこの白亜城に出入りする限り、官憲は、貴族たちは、そして我が軍は堕落し、思考停止を続け、今の腐敗はさらに根深くなるばかりだ!
     今こそ、あの『黒い悪魔』を排除すべし!」
    「排除!」「排除!」「排除!」
     この作戦を企画した少佐の扇動に、兵士たちが沸き立つ。その様子を一歩離れて見ていたドミニクは、他の兵士たちのように声を上げることなく、黙々と考えていた。
    (こんな集まりなど、麻薬と変わらん。あの悪魔に対する恐怖心を、無理矢理にごまかしているだけだ。
     まずするべきは、検討と思索だ。悪魔を倒すのだぞ? 自分たちの正当性だの意義だのを叫ぶ前に、考えねばならぬことはいくらでもあるはずだ。だのに隊長をはじめ、誰も彼も一切、触れようとしない。
     まさか、何も考えていないのか……?)
     ドミニクの予想通り、少佐はここで会議を切り上げようとした。
    「では各自、英気をよく養っておくように! 詳細は追って報せる! それでは、解散!」
    「待ってください、少佐殿」
     あまりに考え無しの振る舞いを見せる少佐に呆れ、ドミニクは手を挙げた。
    「何だ、ドミニク大尉」
    「作戦の概要は? さわりだけでも説明をいただけた方が、我々の意気・意欲も盛り上がると思うのですが」
    「何を言う? 悪魔を倒す、それだけでも意欲が沸くと……」「それだけではありません。この作戦に失敗すれば、我々全員の命が危ないのです。生きるか、死ぬかのどちらかしかない。
     あの悪魔は己に刃を向けた者を赦すような、温厚な性情はまったく持ち合わせていないと聞いています。負ければ確実に殺されます。逃げようとしても無駄でしょう」
     ドミニクの主張に、浮かれていた兵士たちは一転、不安げな表情を浮かべ始めた。
    「……そう、だよな」「悪魔だもんな」
     兵士たちは少佐に顔を向け、じっと見つめる。ドミニクもキッとにらみつけつつ、淡々とした口調を作って尋ねた。
    「まさか、何も考えずに立ち向かうおつもりですか? 我々の命を無謀な作戦に、無闇に放り込んで、それで安易に勝てるとお思いではありますまい?」
    「い、いやっ! 勝てるはずだ! 我々は正義のために立ち上がるのだ! 神が我々を助けぬはずが無い!」
     まだ愚かしいことを唱えようとする少佐に怒りを覚え、ドミニクは怒鳴りつけた。
    「何を馬鹿な! 今まで正義の名の下に負け、死んだ者はいくらでもいる! 正義や祈りは力ではない!
     神頼みで戦争に勝てると言うのならば何故、黒白戦争は天帝家の、すなわち天帝教の勝利で終わらなかったのだ!? 今までにカツミを狙った者が皆、一瞬たりとも神に祈らなかったと思うのか!?」
    「う、う……」
     ドミニクは怒りに任せ、少佐を突き飛ばした。
    「ぎゃっ!? な、何をする貴様っ!?」
    「お前では話にならん! お前の無謀な指揮では、例え10万の兵を以って戦ったとしても、カツミを討てるわけが無い!」
     場の雰囲気は完全に、ドミニクに呑まれていた。先程まで少佐に目を向けていた兵士たちは、今はドミニクに対し、熱い視線を送っている。
    「大尉、貴様……」
     まだ少佐が何か言おうとしたが、今度は兵士たちがそれを黙らせた。
    「うるさい!」「ひぎゃ」
     兵士たちに殴り飛ばされ、少佐は気絶した。どうやら頭でっかちの技術将校だったらしく、簡単に白目をむいてしまった。
    「大尉! 我々は皆、あなたに全権を任せます!」
    「……そうか」
     ドミニクは一瞬、逡巡した。元々この作戦には乗り気ではなかったし、何より自分の厄、「9」が付く時期である。
    (できるならこんな愚行は、やめさせたいのだが)
     しかし上官を殴り倒し、兵士たちからは今、絶対の信頼を寄せられている。
     ここで断れば上官は黙っていないだろうし、ここまで自分を信頼してくれた兵士たちを、ひどく落胆させてしまうことになる。
    (仕方なし、……か)
     ドミニクは深くうなずき、重々しく口を開いた。
    「ああ、やろう」

    蒼天剣・九悩録 4

    2009.07.05.[Edit]
    晴奈の話、第324話。 成り行きリーダー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 黒白戦争の直後から499年の今年までに、世界全体で大火の暗殺が試みられた回数は、中央政府軍が把握しているものだけでも50回以上に上る。 理由は様々――名のある奸雄を倒して名声や栄光を得ようとする者、1兆もあると言われる莫大な財産を狙う者、秘術や神器を得ようとする者。 そして――。「彼奴がこの白亜城に出入りする限り、官憲...

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    晴奈の話、第325話。
    RS作戦の全容。

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    5.
     非公式な作戦とは言え、軍は秘密裏にこの作戦をバックアップしてくれていた。
     ドミニクが上官を排除し、代わりに隊長となったことも容認し、改めて全面的支援を行うと通達してきた。それを受け、ドミニクは軍に次のような要請を送った。
     まず、標的である大火の情報。彼の経歴や関わった戦争・事件から、よく出没する場所、戦闘スタイル、嗜好、果ては彼を題材にしたおとぎ話まで、あらゆる情報を集めさせた。
     そして人員の増員。軍が誇る凄腕の魔術師を作戦部隊に追加させた。
     その上でさらに、情報を集め――。

    「すごい量ですね」
    「まあな」
     大量の文書に埋もれるドミニクを見て、部下が驚いた声を上げる。
    「これ全部、『黒い悪魔』の?」
    「そうだ」
    「あれから1ヶ月が経ったんですが」
    「ああ」
     部下は心配そうな目で、ドミニクを見つめてきた。
    「……その、行動しないのですか?」
    「まだだ。まだ万全ではない。今しばらく、訓練を続けてくれ」
     それを聞いて、部下はさらに心配そうな顔をする。
    「勝算はありそうですか?」
    「15%、いや、10%か」
     数字を聞かされ、部下はがっかりした顔をする。
    「たった、それだけなんですか?」「……だが」
     ドミニクは口ヒゲを触りながら、ニヤリと笑った。
    「もう1ヶ月の猶予を私にくれればそれを5倍、50%ほどにできる」
    「……分かりました。待ちます」
     その自信たっぷりな様子に安心したらしく、部下は敬礼し、ドミニクの部屋を出た。

     ドミニクは大火の情報を集めるうち、いくつかの有力な情報を得た。
    (318年、北方のブラックウッドで元反乱軍とカツミとの、最後の戦い。結果的には勿論、カツミの勝利。
     だが敵リーダーである『猫姫』ことサンドラ氏が戦闘中、正体不明の術を使用。これによりカツミは負傷したと、記録にはある。後の研究・検証によれば、サンドラ氏の使った術は恐らく、『雷』の術であったのではないか、……か。そうか、『雷』の術は有効なのだな。
     また、南海でのトライン導師との戦いで、カツミは一度敗れている。後に逆襲したとは言え、カツミが倒されたのは事実。……それも、『風』の術で。
     稀代の魔術師と称されるあの男が、魔術による戦いで二度も苦戦しているのか。ならば、魔術をメインに据えた布陣を敷けば、あるいは……?)
     ドミニクの頭の中に、大火を倒すシナリオが組み立てられていった。



     そして499年、12月19日深夜。
     ドミニクの部隊は、大火が央北の商業都市、サウストレードに滞在していることを突き止め、静かにその街へと向かった。
    《『弓』より『金矢1』へ、『鴉』の様子は?》
     散開し、あちこちで見張らせている部下たちとドミニクは、手信号で合図しあう。
    《『金矢1』より『弓』へ、現在『鴉』は大交渉記念ホール前の広場で停止しています》
    《了解。『弓』より『銀矢1~3』へ、包囲準備は万全か?》
     追加で部隊に編入させた魔術使いの兵士に、最終確認を行う。
    《『銀矢1』より『弓』へ、準備整いました》
    《了解。『金矢1~5』へ、強襲準備は万全か?》
     元から参加していた兵士たちからも、「準備が整った」と返事が返ってきた。
    《了解。……『矢』に告ぐ。作戦開始だ》
     ドミニクが手を挙げると同時に、大火がいる広場で炸裂音が響いた。
    (始まった……。いよいよ作戦が、始まってしまった。
     カツミは魔術攻撃に対して、相当無防備らしい。それは二度の苦戦で、明らかにされている。自身が優れた魔術師であるが故に、他人の術など評価にも値しないのだろう。
     だが、そこが何よりの隙なのだ――一瞬でも奴の魔力を上回る攻撃ができれば、奴の油断も重なって、かなりの打撃になる。そこで畳み掛けられれば、勝機は見出せる!
     そのために、軍へかなりの無理を注文した。魔力を引き上げるための装備拡充、瞬間的に術の威力を高めるブースト術の開発、3名の魔術兵の連携、さらには歩兵たちに対魔術用の重装備を――恐ろしく費用がかかった。この作戦が失敗すれば、私が軍を追い出されるのは必至だろう。
     ……ははは、それよりもカツミに殺される方が先か)
    「神に祈ってどうなる」と前任者に怒鳴りつけたドミニクだったが、今この瞬間、彼は懸命に祈りを捧げていた。
    (神よ、どうか私に明日の朝日を見させてください。
     どうかこの、『鴉狩り(レイブンシュート)』を成功させてください)

    蒼天剣・九悩録 5

    2009.07.06.[Edit]
    晴奈の話、第325話。 RS作戦の全容。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 非公式な作戦とは言え、軍は秘密裏にこの作戦をバックアップしてくれていた。 ドミニクが上官を排除し、代わりに隊長となったことも容認し、改めて全面的支援を行うと通達してきた。それを受け、ドミニクは軍に次のような要請を送った。 まず、標的である大火の情報。彼の経歴や関わった戦争・事件から、よく出没する場所、戦闘スタイル、嗜...

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    晴奈の話、第326話。
    ドミニクV.S.大火。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     大火は何故、そこにいたのか? 一体何をしていたのか? それは分からない。
     しかしドミニク隊にとって、彼がそこで突っ立っていたのは千載一遇のチャンスに他ならなかった。
    「……」
     大火は目をつぶって腕を組み、一言も発さずにその建物の前に立っていた。
     そこは200年前、中央政府と金火狐財団が央中の利権についての交渉を行った議事堂である。「大交渉記念ホール」と名付けられ、歴史に名を残す建築物として、サウストレードの観光地の一つとなっていた。
    「……クク」
     大火が目を薄く開く。それと同時に、バリバリと言う耳をつんざくような爆音が響いた。

    「『サンダースピア』!」
     魔術兵3名が、三方から雷の槍で大火を貫く。三つの槍の交差点には凄まじい電気エネルギーが集まり、周囲の空気が一瞬でカラカラに乾いた。
    「……どうだ!?」
     魔力を高める装備に強化術、そして三人がかりの高出力魔術――並の人間ならば、この時点で跡形もなく燃え上がり、蒸発している威力である。
    「ク、ク……、な、る、ほど、なるほど」
     だが、笑いを押し殺したような声が聞こえてくる。魔術兵たちは一様にゴクリとのどを鳴らし、大火の様子を探る。
     と、まるで攻撃した者たちに講義するかのように、大火の声が返って来る。
    「通常の、……15、16倍と、言うところ、か。流石に少し効いた、な。悪くない戦法だ」
     大火の黒髪はまるで古びたほうきのようにうねり、真っ黒なコートもブスブスと煙を上げている。
     だが、大火が髪を撫でつけ、コートの裾を払うと、それらは何事もなかったかのように、元通りになってしまった。
    「無傷……!?」
    「まだだ! まだ、もう一発!」
     魔術兵たちはもう一度、雷の槍をぶつけようと呪文の詠唱を始めた。それと同時に、大火がユラリと動き出す。
    「動くな、カツミいいいぃッ!」
     すぐに強襲要員の兵士5名が広場に乗り出す。
    「む……」
     大火は素早く刀を抜き、逆手に構えて左からの初弾を防ぐ。だが反対方向から別の兵士の剣が、大火の右肩を狙って振り下ろされた。
    「覚悟おおおぉぉッ!」
    「『覚悟』だと?」
     しかし剣の刃はコートの表面で止まり、大火の肉や骨を断つには至らない。
    「でやあああッ!」
     続いて槍を持った兵士の、三撃目の刃が大火の腹を狙う。そして四人目、五人目となだれ込み、大火に集中攻撃を仕掛けていく。
     しかし――どの攻撃も大火の刀か、あるいは彼が着込んでいる「漆黒のコート」に阻まれ、まったく通らなかった。
    「俺がお前らに対して、何を覚悟すると言うのだ?」
     大火は初弾を入れた兵士にすっと近寄り――皮手袋をはめてはいるが――剣の先端を手で握る。
    「う……あ……」
     兵士の顔がみるみる青ざめる。
    「むしろお前の方に、覚悟がいるだろう? この俺に刃を向けたらどうなるか、知らぬわけではあるまい」
     大火がつかんでいた剣がギチギチと奇怪な音を立て始め、先端が大火の掌と指の形に変形していく。
    「お前ら全員、生きたまま明日の朝日を見られると思うな」
     みぢっ、と言う怖気の走る音とともに、剣が握り潰された。

     RS作戦の開始から2時間が経った。
     辺りには妙に鼻を突き、舌がしびれるようなきな臭い匂いが漂い、また極度の乾燥によって、大量の霰(あられ)が降り注いでいた。
    「か……っ」
     大火の刀が、強襲要員の一人を左右真っ二つに断ち割る。残っている兵士は、既に3名となっていた。
    「も、もう一回……、もう、一回、……」
     唯一大火にダメージらしいダメージを与えた雷の槍を、魔術兵たちは必死で唱え続けていた。だが何度も己の身に余る魔力を消費してきたためか、三人とも顔色は蒼白を越えて真っ白になり、鼻や目からポタポタと血を流している。
    「もう、一、……」
     ついに一人が耐え切れず、大量の吐血と共に倒れた。
     離れて様子を伺っていたドミニクは舌打ちし、剣を抜いた。
    (魔術攻撃もこれまでか……! 強襲要員の攻撃も、まるで効いていない。
     ……私が討たなければ!)
     ドミニクは広場へと駆け出し、一気に大火の元へと駆け込んだ。
    「カツミ・タイカ! 私が相手だ!」
    「フン……、離れて傍観していれば、命くらいは見逃してやったものを。よくもまあ、死にたがりばかり集まったものだな」
     大火はそう言いながら、横にいた兵士の頭を斬り落とす。
    「……ッ! やめろ、相手は私だッ!」
     ドミニクは大火の頭を目がけ、剣を振り下ろす。大火はそれを後ろに退いて避けようとしたが――。
    「む……?」
     避けたはずの大火の左頬に、すっと赤い筋が走る。ここでようやく、大火の目に驚きの色が浮かんだ。
    「避け切れなかった、……だと? ふむ」
    「見切ってみるがいい、カツミ!」
     ドミニクはもう一度、大火を斬り付ける。大火は先程と同様後ろに退き、ドミニクの剣をかわした。
     が――大火が、左肩を押さえている。
    「……ふむ。避け切れなかったわけではなく、避けた先にもう一太刀仕掛けていた、か」
     大火はもう一歩退き、逆手に握っていたままの刀を脇に構えた。
    「驚くべきは、それを一振りの刀でやってのけた点だな。この一瞬で二太刀か」
    「これはどうだッ!?」
     ドミニクは先の二回よりもさらに早く剣を払う。一太刀、二太刀目は刀に阻まれ、避けられたが、三太刀目は大火の右袖をビッと音を立てて引き裂いた。
    「……! 流石に『雷』を食らいすぎたか。『神器』の力が弱まっているようだ」
     大火は破れた右袖を一瞬チラ、と眺め、すぐにドミニクへ視線を戻す。
    「それだけではないか。お前自身の腕も相当優れている。……なかなか楽しめそうだ」
     大火はニヤリと笑い、ドミニクに斬りかかった。



     それから何時間が、いや、何日が経ったのか――ドミニクは中央軍本部の医務室で、目を覚ました。
    「……!?」
     起き上がろうとしたが、全身に刺すような痛みと耐えがたい倦怠感がまとわりつき、指すら動かせない。
    (私は……? 一体、どうなったのか……? カツミは、殺れたのか……?)
     その問いに応える代わりに、窓の外でカラスが笑うように鳴いていた。

     半月後、ドミニクはRS作戦に参加した部下が全員死んだこと、サウストレードから軍本部までは、標的の大火自身が彼の身柄を運んだこと――即ち、RS作戦が失敗したことを知った。
     ちなみに大火が何故、ドミニクを軍まで運んだのかは不明だった。

    蒼天剣・九悩録 6

    2009.07.07.[Edit]
    晴奈の話、第326話。 ドミニクV.S.大火。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 大火は何故、そこにいたのか? 一体何をしていたのか? それは分からない。 しかしドミニク隊にとって、彼がそこで突っ立っていたのは千載一遇のチャンスに他ならなかった。「……」 大火は目をつぶって腕を組み、一言も発さずにその建物の前に立っていた。 そこは200年前、中央政府と金火狐財団が央中の利権についての交渉を行った議...

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    晴奈の話、第327話。
    二転、三転の人生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     部下を全員失った、満身創痍のドミニクに待っていたのは、軍の冷たい反応だった。
     軍の支援でやってきた「RS作戦」は、いつの間にかドミニクの独断専行、軍の命令を無視した勝手な行動とされていた。大火からの報復を恐れての、軍本営の工作である。
     自分にかけられていた期待は罪に変わり、それを咎められ、罰を受けることになった。刑は禁固9ヶ月、その後に強制除隊。
     また現れた「9」の呪いに、ついにドミニクの心は歪んだ。



     それからしばらく後、央北では「カツミ・タイカを称えると殺される」と言ううわさが流れるようになった。ドミニクが大火の信奉者を次々と襲撃し、殺害していたからである。

     ドミニクは強制除隊後、裏の世界へ墜ちた。軍を追い出され、札付きとなった男が活躍できる場は、そこしかなかったからである。
     いや、それ以上にドミニクの中に、大火に対する憤怒や恨みが強かったのだ。部下を殺され、さらに軍人であった自分に対してこれ以上無い辱めを与えた大火に、ドミニクは偏執的とも言っていい執着を感じていた。
     そしてその狂気は親大火派の貴族や官僚、大臣たちに向けられた。大火に取り入り、彼が握る利権や財産などを狙う者、または有事の際に守ってもらえるようにと画策している者たちをドミニクは執拗に狙い、暗殺し続けた。
     軍の方も、狙われた者たちの殺され方といくつかの情報網から、犯人はドミニクであると割り出していた。しかし、相手は大火に多少ながらも打撃を与えたほどの実力を持つ男である。警備に向かわせた兵士たちはまるで相手にならず、犠牲者が増えるばかりだった。

     そして、ドミニクが9件目の暗殺に向かった時――彼に人生の転機が訪れた。



     窓をぶち破り、ドミニクはその屋敷に侵入した。途端に辺りは騒がしくなり、屋敷中に灯りが灯される。だがドミニクは一向に意に介さず、標的の部屋へと足を進める。
    (この廊下を進み、右だったな)
     廊下の曲がり角から、先の様子を確認する。ところが予想に反し、警備兵も使用人もいない。
    (……?)
     後ろからも、人が来る様子は無い。妙な雰囲気を感じ取り、ドミニクは警戒していた。
     と――。
    「入ればーぁ?」
    「!?」
     誰もいなかったはずの背後から、妙に甘く伸ばした男の声が聞こえてきた。
    「だ、誰だ!?」
    「アタシ?」
     振り向くとそこには、白衣を着たオッドアイの猫獣人が立っていた。
    「アタシはシアン。アンタ、今世間を騒がせてる『阿修羅』よねーぇ?」
    「……お、女? それとも?」
     格好や仕草、背丈を見れば女なのだが、声と体型を考えれば男としか思えない。今まで出会ったことのないタイプの人間に出会い、ドミニクは困惑した。
    「どっちでもいいじゃなぁい。
     それよりもーぉ、アンタのコトずーっと待ってたのよぉ、アタシたち」
    「な、に?」
     シアンと名乗った猫獣人は、ドミニクの手を引いて奥の部屋へと進む。
    「旦那様――バニンガム卿がお待ちよーん」

     アドベント・バニンガム伯爵。彼は今日、ドミニクが狙っていた標的だった。だが、その本人がドミニクを待っていたと言うのだ。
    「……」
     バニンガム卿の部屋に通されたドミニクは、目の前に座る初老の短耳――バニンガム卿を奇異の目で見つめることしかできない。彼を前にしたドミニクの頭は、非常に混乱していた。
    「そんなに不思議かね?」
     バニンガム卿が口を開く。ドミニクは何も言わず、黙り込む。
    「いや、そう思うのも無理は無いだろうな。まさか暗殺しようとしていた相手から、こうして招待を受けるなど、誰も思わない」
     バニンガム卿はそう言って、紅茶に口を付ける。
    「さ、君も飲みたまえ。毒など入っていないから、安心していい」
    「……」
     ドミニクはなお、口を開かない。シアンから紅茶を渡されたが、手に持ったままだ。
    「シアン。周りに人の気配は?」
    「無いわぁ。さっき一人来たけど、追い払っておいたわぁ」
    「そうか。それなら、肚を割って話せるな。
     私の名と役職はご存知だろうから、君の知りえないことから紹介しよう。君は、私が親大火派と思っているのだろう。だからこの屋敷に侵入した。そうだね?」
    「……」
     ドミニクは短くうなずいた。その反応を見て、バニンガム卿はニヤッと笑う。
    「ところが実際は、まるで違うのだ」
    「違う?」
     ドミニクは思わず聞き返す。
    「私は実は、カツミを中央政府から排除しようと企んでいる。現在親大火派を装っているのは、擬装なのだ」
    「戯言を……」
     怒鳴りかけたドミニクの口に、シアンが指を当てる。
    「叫んじゃダ・メ。人が来ちゃうでしょーぉ?」
    「まあ、話を聞きたまえ。
     私の真意も君と同じなのだ。私も、カツミを中央政府から排除しようと画策している。そして――少し言い方は悪いかもしれないが――滅多やたらに動き回っている君よりも、もっと効果的で、もっと確実な方法で、カツミを倒そうとしている。
     そのために私は、秘密裏に人を集めている。カツミを倒すための、兵隊作りをしているのだ。その名も、秘密結社『殺刹峰』――カーテンロック山脈(峰)に集まる黒炎教団(刹)を、ひいてはカツミを倒す(殺)ための組織だ。
     そこで、だ。君に、その組織へ入ってもらいたい。どうかね?」
     突然の勧誘に、ドミニクは言葉を失った。
    「なっ……」
    「どうせ君も、カツミを倒そうとしているのだろう? 我々は、一騎当千の君が来てくれれば心強い。君も、単騎であの『黒い悪魔』に挑まずに済む。
     悪い話ではあるまい?」
     不敵に笑うバニンガム卿に気圧され、ドミニクは思わず紅茶をすすっていた。

    蒼天剣・九悩録 7

    2009.07.08.[Edit]
    晴奈の話、第327話。 二転、三転の人生。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 部下を全員失った、満身創痍のドミニクに待っていたのは、軍の冷たい反応だった。 軍の支援でやってきた「RS作戦」は、いつの間にかドミニクの独断専行、軍の命令を無視した勝手な行動とされていた。大火からの報復を恐れての、軍本営の工作である。 自分にかけられていた期待は罪に変わり、それを咎められ、罰を受けることになった。刑...

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    晴奈の話、第328話。
    魔女と本の力。

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    8.
     9件目の――バニンガム卿の暗殺が未遂に終わった辺りから、彼の「9の呪い」は引っくり返った。
     それまでずっと9が付くものに悩まされ続けていた彼は、この時から9が付くものにツキが向くようになったのだ。9件目の暗殺でバニンガム卿の組織、殺刹峰に加入することになり、あちこちの街で兵士を集めるための人身売買や誘拐を行うと、9度に1回、必ずと言っていいほど優秀な人材が手に入った。
     これまでの悩みが幸運の象徴になったことから、彼は何となく、こんな風に考えていた。

    「物事は皆、表裏一体なのだ」
    「そう……」
     殺刹峰のアジトで、ドミニクはこの組織をバニンガム卿から一任されている狐獣人の女性、通称「ウィッチ」と話をしていた。
    「これまで清廉潔白に生きてきた間、『9』は私にとって不幸の種だったのだ。ところがこうして悪の道に入った途端、『9』が付くと何もかもうまく行く。
     片方では災いとなるものも、もう片方では幸運を呼ぶものになる」
    「ふーん……」
     ウィッチはどうでもよさそうに返事したが、何かを思い出したように語り始めた。
    「それって、央南禅道の『陰陽』ね」
    「おんみょう?」
    「物事は『善』と『悪』の二つに分かれているわけではなく、『善悪』と言う一体のものなのだ、って。友人が良くそんなことを言っていたわ。
     ……その友人も、その考えにやられたようなものなのだけど」
    「ほう?」
     珍しく多弁になるウィッチに、ドミニクは興味を持った。
    「その友人とは?」
    「話さなきゃいけない?」
     途端に嫌そうな顔をしたので、ドミニクは話題を切り替えようとした。
    「あ、いや」「長耳の、央南人の女性で……」
     ところが、ウィッチは話し始めた。
    「古美術商をやっていたセッカと言う人で、とても聡明で美しい人だったわ。
     セッカもずっと独身で、長い間独り身だった。でも、ある時古い街で魔術書を見つけて……」
     そう言ってウィッチは、膝に抱えていた本を手に取った。
    「それが、その魔術書?」
    「ええ。現代語に約すと、『魔獣の本』。あらゆる生物や物質を怪物にできると言う、優れた魔術書よ。
     そうね……。見せてあげる、トーレンス」
     ウィッチはヨロヨロと立ち上がり、部屋で飼っていたカエルを手に取った。
    「***……、***……、*****……」
     何かをつぶやいているが、魔術知識の無いドミニクには何と言っているのかさっぱり分からない。
    「トーレンス、そこのティーカップを取ってちょうだい」
    「あ、うむ」
     ドミニクからティーカップを受け取ったウィッチは、もう一言何かをつぶやく。
    「***……」
     すると、ドミニクの目に信じがたい光景が飛び込んできた。
     ウィッチの右手に持っていたカエルの肌が、どんどんツルツルになっていく。その質感はまるで、ティーカップのようだった。
     そして左手に持っていたティーカップが、モコモコと変形していく。
    「あなたにあげるわ。大事に飼いなさい」
     ドミニクの手に戻されたティーカップは、真っ白なカエルになっていた。
    「な、な……!?」
    「これが『魔獣の呪』。物質に生命を与え、既存の生命を魔獣に変える。
     この術を、セッカは二つの人形に使ったの。人形は二人の赤ん坊になったわ。セッカはその子たちを、自分の子供として扱ったわ。
     でもその子たちを作った代償を――人形の代わりにするものを選ばなかったセッカは……」
    「……人形に、なってしまった、と?」
    「ええ……」
     ウィッチは陶器になったカエルを握りしめながら、席に戻った。
    「自分の子供たちのために、セッカは人形になった。
     これもまた『陰陽』。何かを選べば、何かを失うことになる。何かがプラスになれば、どこかでマイナスが生まれる。
     物事は各個独立したものではなく、すべてつながっているのよ」
    「……なるほど」
     ドミニクは深くうなずきながら、手の中のカエルを見つめていた。

    蒼天剣・九悩録 8

    2009.07.09.[Edit]
    晴奈の話、第328話。 魔女と本の力。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 9件目の――バニンガム卿の暗殺が未遂に終わった辺りから、彼の「9の呪い」は引っくり返った。 それまでずっと9が付くものに悩まされ続けていた彼は、この時から9が付くものにツキが向くようになったのだ。9件目の暗殺でバニンガム卿の組織、殺刹峰に加入することになり、あちこちの街で兵士を集めるための人身売買や誘拐を行うと、9度に1...

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    晴奈の話、第329話。
    思いもよらない話。

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    9.
     ドミニクはいつからか、自分を「モノ」と呼ばせるようになった。
     ウィッチから聞いた「陰陽」の思想が余程気に入ったらしく、己を「混然一体の者」――「モノ(単一)」としたのだ。

     モノは大陸中を駆け回り、殺刹峰のために働いた。表面上は単なる犯罪者、単なるならず者として活動し、「大火を倒す」と言う本来の目的を覆い隠した。
     殺刹峰全体としても同様に本懐をぼかし、普通の犯罪組織、普通のならず者集団として、世間の目を欺いてきた。
     そしてモノが加入してから17年が経った、双月暦519年。大火襲撃の準備は、最終段階に来ていた。優れた素質を持つ者たちに訓練を付けさせ、魔術や薬品によって強化を施した超人たちの部隊、「プリズム」は9部隊編成となった。
    「9」を味方に付けたモノにとって、この時点でのプリズムはこれ以上無い、理想的な体制となっていた。

     だが、後一つだけ足りないものがある。それは「実戦の経験」である。
     一個の「戦士」にとって、経験はどんな武器や技術よりも重要な装備なのだ。仮に最終目標である大火とプリズムが、実力では伯仲していたとしても、大火には数百年もの戦闘経験がある。
     このままぶつかればどうなるか、モノには容易に予想が付いていた。
    (最終計画の実行までに、少しでも戦闘の経験を積ませなければ。
     プリズム9名の実力は既に、私のそれをはるかに凌駕するまでに至った。だが、彼らのほとんどは私に敵わない。経験も加味した上での総合力は、私に到底及んでいない。……それは即ち、大火にも及ばないことを示唆している。
     それではまったく無意味なのだ……! もし彼らがこのまま進化、成長しなければ、この17年はすべて無駄になる!
     もっとだ……! もっと皆に経験を積ませなければならない!
     これは最終訓練なのだ――プリズム9名にとっての)



    「……とまあ、これがヴァーチャスボックスで手に入れた情報と、俺たちが今まで集めてきた情報を合わせた上での、俺の仮説だ」
     バートの長い説明を聞き終え、ジュリアは深くうなずいた。(ちなみにシリンと小鈴は話が長すぎたため、眠ってしまっている)
    「殺刹峰の本当の狙いがカツミ、……ねぇ。
    『阿修羅』が起こしたと言う暗殺事件は、私も耳にしたことがあるわね。確かに私も、バニンガム伯の暗殺失敗以後、『阿修羅』が一時期姿を消したと聞いているわ。
     でも、その仮説は飛躍しすぎじゃないかしら。今も伯爵は、親大火派なわけだし」
    「それだけじゃない。他にもいくつか、『阿修羅』とバニンガム伯のつながりを示すものはある。ま、それに関しては議題と外れるからここでは論議しねーけど、ともかくこの仮説は俺なりに確信があるんだ。
     間違いなく、殺刹峰の最終目標はタイカ・カツミの暗殺にある。そして俺たちを襲ってくるのも、単に邪魔者ってだけじゃなく、大規模な実戦訓練の一環なんだろう。もし邪魔ってだけなら、ウエストポートに到着した時点で攻撃すりゃ良かったんだからな」
    「……うーん」
     まだ納得行かないらしく、ジュリアは視線をバートから、机上の資料に落とした。
     と、ここでフォルナが手を挙げる。
    「会議も長くなりましたし、少々本題から外れてきているご様子ですし、ここで一旦、休憩をとってはいかがかしら?」
    「……そうね、休憩しましょう。下でお茶でも飲みましょうか。
     ほらコスズ、起きて」
    「んえ?」
     ジュリアはすっかり爆睡していた小鈴を揺り起こす。フォルナはジュリアの横に立ち、微笑みかけた。
    「わたくしもご一緒しようかしら。ほら、シリンも起きて」
    「あ、じゃあ僕も」
     そう言って立ち上がりかけたエランに対し、フォルナはぷいと横を向いた。
    「女同士でお話したいことがありますの。殿方はご遠慮願いたいのですけれど」
    「あ、……はい」
     エランはしょんぼりした様子で、席に座り直した。

     フォルナはジュリア、小鈴、シリン、晴奈の4人を連れて1階の食堂に入った。
    「フォルナちゃん、何かあるんでしょう?」
     ジュリアは小声でフォルナに耳打ちする。
    「ええ、お察しの通りですわ」
    「一体何だ?」
     尋ねてきた晴奈を、フォルナはじっと見つめる。
    「セイナ、わたくしの質問に答えて?」
    「え?」
    「わたくしが今かぶっている、白いモコモコの帽子。これはいつ、どこで買ったものかしら?」
     晴奈は面食らった様子を見せるが、素直に答えてくれた。
    「え……と、それは確か、ゴールドコーストでロウに初めて会おうとした時、付いてきたお主が機嫌を損ねたことがあっただろう? その時、機嫌を直そうと思って買った品だった」
    「本物ですわね」
    「は?」
     晴奈は何が何だか分からない、と言う顔をしている。続いてフォルナは、小鈴に指示を送った。
    「コスズさん、『鈴林』さんに何か声をかけてくださらない?」
    「え、いーけど? ……『鈴林』、元気?」
     小鈴が椅子に立てかけていた「鈴林」が、ひとりでにしゃらんと鳴る。
    「こちらも、本物ですわね。……シリン、この字はなんと読むのかしら?」
     フォルナは紙に「鱈」「鰤」「鱸」と言う字を書く。
    「たら、ぶり、すずき」
    「本物ですわね」
    「……シリン、こんなの読めんの? 文字読めないっつってたじゃん。しかも央南語だし。アタシにも読めないわよ」
     横で見ていた小鈴が呆れた声を上げた。
    「へっへー、食べ物系はちょー得意やねん。アケミさんにも教えてもろたし」
    「逆に、シリンくらい興味が無ければ、なかなか読めませんわね」
    「それでフォルナちゃん、私には何を質問するのかしら?」
     察しのいいジュリアに、フォルナはにっこりと笑いかけた。
    「バートさんと知り合った場所はどちら?」
    「……そんなこと、教えたことあったかしら?」
    「ございませんわ。まあ、ジュリアさんも本物だと分かっておりましたけれど」
     そこでようやく、他の三人もフォルナの質問の意図が分かった。
    「偽者がいる、と?」
    「ええ。少なくとも今、上に1名偽者が紛れ込んでいらっしゃいますわ」
     フォルナの言葉に、晴奈たちは目を丸くした。

    蒼天剣・九悩録 終

    蒼天剣・九悩録 9

    2009.07.10.[Edit]
    晴奈の話、第329話。 思いもよらない話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. ドミニクはいつからか、自分を「モノ」と呼ばせるようになった。 ウィッチから聞いた「陰陽」の思想が余程気に入ったらしく、己を「混然一体の者」――「モノ(単一)」としたのだ。 モノは大陸中を駆け回り、殺刹峰のために働いた。表面上は単なる犯罪者、単なるならず者として活動し、「大火を倒す」と言う本来の目的を覆い隠した。 殺刹...

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    晴奈の話、第330話。
    偽者は誰でしょう?

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    1.
    「偽者がいる、と?」
    「ええ。少なくとも今、上に1名偽者が紛れ込んでいらっしゃいますわ」
     フォルナの言葉に、晴奈たちは目を丸くした。
    「だ、誰だ?」
    「それを言う前に、……皆さん。フェリオさんとナラサキさん、バートさんが本物かどうか、確認していただきたいのですけれど」
    「エランは? 聞かへんの?」
     まだ事態が呑みこめていないシリンに、フォルナはにっこりと笑って首を振る。
    「わたくしが既に確認していますわ」
    「そっかー。……んじゃ、えーと、どないして聞いたらええんかな?」
    「そうですわね、二人の間でしか知りえないことを質問してくだされば」
    「あいあい」
     シリンはコクコクとうなずき、立ち上がろうとする。
    「待って、シリン」
    「ん?」
    「今聞いてはいけませんわ。偽者がいる、と言ったでしょう?」
    「うん」
    「偽者にそんな質問をしていることを知られたら、警戒させてしまいますわ。
     変に警戒され、行動でも起こされてしまえば、一緒にいらっしゃるフェリオさんにもご迷惑がかかってしまいますわ」
     フォルナに優しく説明され、シリンは素直にうなずいた。
    「あー、そーやんなー。そんならやー、後で二人っきりになった時とかの方がええんかな」
    「ええ、その時に」
     ジュリアは時計を見て、席を立ち上がる。
    「そろそろ休憩も終わりね。……気を付けて会議に臨むとしましょう」
    「ええ」
     会議の場に戻ると、横になっていたバートがゆっくりと身を起こした。
    「お……、戻ってきた」
    「ええ。さあ、会議の続きよ。
     敵の狙いらしきものは見えてきた。でも私たちはまだ、肝心なものを見つけていない」
    「敵の本拠地、だね?」
     楢崎の答えに、ジュリアはコクリとうなずく。
    「ええ、その通りよ。まだ私たちは、敵がどこから来ているのかも、どこで待ち構えているのかも分かっていない。これでは到底、敵を倒すのは不可能だわ。
     最優先事項は『敵の本拠地を探すこと』、この一点よ」
     その後も細々とした意見調整を行い、今回の会議は終わった。



     その夜、女性陣はもう一度食堂に集まった。
    「確認できたわ。バートは本物よ」
    「あたしと晴奈も確認してきたわ。瞬二さんも確かに本物だった」
    「フェリオも本物やったでー」
     それぞれの返答を聞き、フォルナを除く全員がけげんな顔をした。
    「……え?」
    「全員、本物?」
    「どう言うことかしら、フォルナさん?」
     口々に尋ねてくる四人に、フォルナはにっこりと笑って場を静めさせた。
    「落ち着いて、皆さん。……わたくしも、三人は本物だと思っておりましたもの」
    「……?」
     四人が静かになったところで、フォルナは説明を始めた。
    「まず、ジュリアさんの報告を聞いた時、皆さんもこう考えたことでしょう――『なぜジュリア班にだけ、敵が2部隊も現れたのか?』と」
    「ああ、それは確かに」
    「実のところ、わたくしたちとバート班にも、もう1部隊来ていたのでしょう」
    「え……?」
     フォルナは紙に、「フォルナ」「バート」「ジュリア」と名前を書き、丸で囲んだ。
    「わたくしが敵の司令官ならば、こう考えますわ。『相手は公安と、闘技場の闘士たちだ。半端な対処では、返り討ちもありうる』と」
     丸で囲んだ名前に、それぞれ長い矢印と短い矢印を書き込む。
    「ですから、始めから全ての班に2部隊ずつ送っていたのではないでしょうか? もし1部隊が打撃を受け、窮地に陥っても、もう1部隊が何らかのフォローをする。これならば、1部隊ずつ送るよりももっと、確実性が増しますわ」
    「そりゃま、確かにそーよね。でも他の班はいないって……」
     小鈴の指摘に、フォルナは短い矢印を消し、長い矢印と向かい合うように矢印を書き直した。
    「一方は本隊、もう一方は支援部隊と考えれば、説明が付けられますわ。
     ジュリア班の場合は本隊が窮地に陥ったので、やむなく支援部隊が姿を見せた。そしてバート班は、本隊からバートさんを逃がす形で、支援部隊が配置されていたのでは無いでしょうか?」
    「どう言うことかしら?」
     ジュリアの問いに、フォルナはノートの絵を描きながら答える。
    「あの情報――バートさんが老人から得たと言うノートが、敵に用意されたものだとは考えられませんかしら?」
    「……確かに、できすぎた話だとは思ったわね。敵から逃げるうちに転がり込んだ家で、敵の情報が手に入るなんて」
    「でしょう? その老人が、支援なのではないかと」
    「じゃあ、あの情報は偽物ってコト?」
     小鈴の考えを、ジュリアが否定する。
    「それは……、考えられなくは無い。でも、ノートの内容と過去に起こった事件の詳細を比較して考えれば、非常に信憑性があると思うわ。まるっきり偽物とは、言い切れないわね」
    「わたくしも本物だと思っておりますわ。……でなければ」
     次に出たフォルナの言葉に、ジュリアの背筋に冷たいものが走った。
    「罠に誘い込めませんでしょう? 『エサ』が本物だからこそ、魚が釣れると言うものですわ」

    蒼天剣・藍色録 1

    2009.07.12.[Edit]
    晴奈の話、第330話。 偽者は誰でしょう?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「偽者がいる、と?」「ええ。少なくとも今、上に1名偽者が紛れ込んでいらっしゃいますわ」 フォルナの言葉に、晴奈たちは目を丸くした。「だ、誰だ?」「それを言う前に、……皆さん。フェリオさんとナラサキさん、バートさんが本物かどうか、確認していただきたいのですけれど」「エランは? 聞かへんの?」 まだ事態が呑みこめていないシ...

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    晴奈の話、第331話。
    解答。

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    2.
    「こんなお話がありますわ。
     子猫の歩く先に、小さなパンがあります。子猫はそれを、喜んで食べてしまいます。
     そして少し歩くと、またパンが。さらに歩くと、またパン。
     そうしてパンをずっと食べ歩くうち、子猫は今にも崩れそうな橋の真ん中に誘い込まれ、立ち往生してしまう、……と」
     フォルナの話を聞いたジュリアはのどの渇きを感じ、水を一気に飲み干す。
    (20にも満たないこんな女の子が、よくこんな怖いことを考えるわね……)
    「わたくしたちは恐らく、このお話の子猫の状態にありますわ。でなければバートさんの仰っていた通り、ウエストポートで襲撃を受けていたはず。なのにそれが無く、散発的な攻撃しかしてこない。……誘ってらっしゃるのでしょうね」
    「敵が、わざと自分たちのところへと? 何のために?」
    「確実に仕留めるためですわ――自分たちの目の前で、逃がすことなく、打ち損じることもなく、確実に死んでもらうために」
    「どうしてそこまですると思うの? 考えすぎじゃない?」
     フォルナも水を飲み、ジュリアの目をじっと見つめる。
    「殺刹峰で兵の指導、司令に当たっているのはドミニク元大尉と言う方でしょう? その方は確実にカツミを仕留めるため、一ヶ月以上に渡って策を練り、作戦中もご自分で戦っていたと聞きました。
     そこまでなさるような方が、自分の目の届かないような場所で、他人に任せきりになさるでしょうか?」
    「むう……」
     フォルナの言うことももっともである。四人はうなるしかなかった。
     と、ここでシリンが手を挙げる。
    「なー、フォルナ。結局偽者って、誰なん?
     フェリオも、バートも、ナラサキさんも、エランも、ウチらも本物ってコトやったら、もう残ってるのフォルナしかおらへんやん」
    「わたくしは本物ですわ。今までの話は、最後までだまし通さなければならないのが前提ですもの。なのにそれをばらしてしまうと言うのは、矛盾してしまうでしょう?」
    「疑心暗鬼にさせて内側から瓦解させる、ってのも手だと思うけどね」
     小鈴の指摘を受けたフォルナは、ふるふると首を振る。
    「それなら、ノートは偽物でも構わないと言うことになりますわ。書かれていた内容は本物でしたのでしょう?」
    「……ま、確かに」
    「じゃあ、一体誰が偽者なの?」
     異口同音に尋ねられ、フォルナはようやく真相を明かした。
    「……わたくしがはっきり『本物』と言っていない人物が、一名いらっしゃいますわ。
     それに、ジュリアさんとバートさんのところにも支援が来ているのに、わたくしのところに来ないと言うのは理屈に合いませんわ」
    「その偽者がつまり、支援なわけだな」
     そう言った晴奈は、首をかしげた。
    「……ん? ……まさか」
    「ええ、その通りですわ」



     次の日情報収集に出かけた三班は、ある一名をわざと人通りの多い通りで引き離した。
    「あ、あれ?」
     彼はきょろきょろと辺りを見回す。
    「セイナさーん? フォルナさーん? ど、どこ行っちゃったんですか?」
     それを隠れて見ていた晴奈とフォルナは、他の班にそっと指示を送る。ジュリア班、バート班はそれに応え、静かに彼を監視し続ける。
    「……」
     晴奈たちの姿を探す振りをしていた彼は、突然無表情になる。そして、突然走り出した。
    《追うわよ!》
     ジュリアの指示に全員が従い、彼に気付かれないよう追いかけた。
     彼は街外れまで走り、そこで立ち止まる。
    「いらっしゃいますか、『インディゴ』様」
    「はい、ここですけど」
     彼のその声は、どう聞いても「彼」の声ではない。
    「今日の報告です。奴ら、ヴァーチャスボックスで手に入れた情報を元に、捜査を始めたようです」
    「なるほど。他には?」
    「え? いえ、特には」
    「あると思いますけど。……後ろ」
    「……!」
     彼が振り向いた先には、晴奈たち8人が立っていた。
    「あなたは一体、誰ですの?」
     彼――エランの顔と格好をしたその人物は、その顔をこわばらせた。

    蒼天剣・藍色録 2

    2009.07.13.[Edit]
    晴奈の話、第331話。 解答。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「こんなお話がありますわ。 子猫の歩く先に、小さなパンがあります。子猫はそれを、喜んで食べてしまいます。 そして少し歩くと、またパンが。さらに歩くと、またパン。 そうしてパンをずっと食べ歩くうち、子猫は今にも崩れそうな橋の真ん中に誘い込まれ、立ち往生してしまう、……と」 フォルナの話を聞いたジュリアはのどの渇きを感じ、水を一気に飲...

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    晴奈の話、第332話。
    お調子者のカメレオン。

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    3.
    「エラン」と青い髪の猫獣人は、晴奈たちを前にして硬直している。
    「……何でばれたんだ?」
    「わたくしが良く見知っているエランは、左利きですわ」
     フォルナは左手を挙げ、説明する。
    「一昨日、一緒に食事をした時。わたくしの左に座っていたあなたと、手がぶつかりました。左利きのエランなら、手が当たるはずがありませんもの」
    「……そこか、くそっ」
    「エラン」は舌打ちし、帽子を地面に叩きつける。その素行の悪さは、どう考えてもエラン本人ではない。
    「もう一度聞かせていただきますわ。あなたは、誰?」
    「……そこの猫侍さんなら知ってるさ。昔、戦ったことがあるからな」
    「エラン」は地面に叩きつけた帽子を拾い直す。
    「何?」
     だが、晴奈にはその男の正体が分からない。
    「私と、戦ったと?」
    「そうだよ、忘れたのか? ……ああ、こんなハナタレ坊ちゃんの顔じゃあ、分かんねーよな」
     そう言って「エラン」は顔で帽子を隠した。
    「……ほらよ、これで思い出しただろ?」
     帽子をどけた顔は、央南人じみたエルフの顔だった。それを見た晴奈の脳裏に、古い記憶が蘇ってきた。
    「……見覚えがある。そうだ、確か篠原一派と戦った時に見た覚えがある。名前は、……柳、だったか」
    「ヒュー、覚えててくれたか。嬉しいねぇ。……でも、それも偽名だ」
    「エラン」はまた、顔を隠す。今度は篠原の顔になった。
    「なっ……」
    「俺は何者でも無い。誰でも無い」
     また顔を変える。今度は天原の顔になった。
    「……誰にでも化けられる。擬装(カモフラージュ)できる」
     天原の顔でニヤリと笑い、また顔を隠す。
    「人は俺を、『カモフ』と呼ぶ」
     今度は晴奈の顔になった。それを見た晴奈は憤り、声を荒げる。
    「ふざけるなッ! 私の顔でしゃべるな!」
    「ククク……。『ふざけるなッ! 私の顔でしゃべるな!』」
    「なに……!?」
     カモフが叫んだのは、つい先程晴奈が怒鳴ったのとまったく同じ言葉と声だった。
    「どうだ、驚いたろ? 俺は一度見た奴なら、誰にでも化けられるんだ」
     カモフは依然、晴奈の姿でニタニタと笑う。その仕草に、晴奈の怒りは頂点に達した。
    「ふざけるなと……、言っただろうがッ!」
     一足飛びに間合いを詰め、カモフに斬りかかろうとする。
     が、それまで傍観していた青い「猫」が、晴奈の前に立ちはだかった。
    「ここで動けば、ろくなことにならないと思いますけど」
    「何だと?」
     青猫は涼しげな青い瞳を晴奈に向け、静かになだめる。
    「エランさんは、まだ生きてらっしゃいます。けど、ここで下手なことをすれば、死んでしまうかも知れません。それでもいいと仰るなら、僕は退きますけど」
    「……くっ」
     晴奈は怒りを抑え、元の位置に戻る。その間も、カモフは晴奈の姿でくねくねと動き、挑発している。
    「『あたし、セイナ、とっても、かっこよくって、かわいい、サムライちゃん、みたいな』」
    「貴様ああ……ッ」
     晴奈は顔を真っ赤にして怒っている。流石に見かねたらしく、青猫がカモフを諭した。
    「カモフ、話が進みません。それ以上ふざけていたら、僕が怒ります。それでもいいなら、存分にセイナさんを挑発してもいいですけど」
    「……すんません」
     青猫が一言たしなめただけで、カモフはすぐに黙った(依然、晴奈の姿であるが)。
    「困りましたね、それにしても。まさかこんなに早く、カモフの正体がばれてしまうなんて思いませんでした。
     まさかこのまま、僕たちの計画に付き合ってもらうなんてできないでしょうし、かと言ってこのまま帰還すれば、ドミニク先生から怒られるでしょうし」
     青猫の独り言を聞き、バートが反応する。
    「ドミニク……! やっぱりいるんだな、ドミニク元大尉が」
    「……おっとと」
     青猫は困った顔で、口を隠した。
    「いけないいけない。ついしゃべりすぎました。……どうしましょうかね、本当に」
    「提案がありますわ」
     フォルナが一歩前に出て、青猫と対峙する。
    「何でしょうか?」
    「わたくしたちと手を組めば、解決しますわ」
    「え……?」
     フォルナは目を丸くする青猫に構わず、とうとうと語る。
    「わたくしたちはこのまま、あなた方の計画に乗せられた振りを続けます。それなら、ドミニク元大尉のお怒りを受けずに済むでしょう? その代わりに、エランの無事と情報提供をお願いしたいのですけれど」
    「……あの、確かお名前、ファイアテイルさんでしたよね。
     ファイアテイルさん、勘違いされては困ります。別に、あなた方の提案を呑まなければいけない、と言うことは無いんですけど」
     青猫は困った顔で、フォルナとの距離を詰め始めた。
    「だってやろうと思えば、あなた方をここで、3、4人殺すことも可能なんですから。下位の人間と交渉なんて、する意味がありませんよ」
     青猫はそっと、フォルナの顔に手を伸ばしてきた。

    蒼天剣・藍色録 3

    2009.07.14.[Edit]
    晴奈の話、第332話。 お調子者のカメレオン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「エラン」と青い髪の猫獣人は、晴奈たちを前にして硬直している。「……何でばれたんだ?」「わたくしが良く見知っているエランは、左利きですわ」 フォルナは左手を挙げ、説明する。「一昨日、一緒に食事をした時。わたくしの左に座っていたあなたと、手がぶつかりました。左利きのエランなら、手が当たるはずがありませんもの」「……そこ...

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    晴奈の話、第333話。
    毒男。

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    4.
     パン、パンと銃声が響く。
    「……痛いですよ」
     青猫はフォルナに伸ばしていた手を引っ込める。その甲には銃弾が突き刺さっていた。
     フェリオがいつの間にか、銃を構えている。
    「それ以上動くな、『猫』」
    「あなたも『猫』じゃないですか。……そう言えば、自己紹介がまだでしたね。
     僕の名前はネイビー・『インディゴ』・チョウと言います。殺刹峰特殊部隊『プリズム』の中では、ナンバー3に入る実力を持っています」
    「チョウ? ドクター・オッドと何か関係が?」
     尋ねてきたバートに、ネイビーは短くうなずいた。
    「ええ、実父……、って言えばいいのかな。それとも実母……? あの人、ややこしい性別ですからねぇ。
     ……いや、僕自身もややこしい人間ですし、どう言ったらいいのかな」
    「何をゴチャゴチャ言ってやがる。つまり、ドクターの息子なんだな」
    「あ、はい。そうですね、そう言った方が分かりやすかったですね、すみません」
     ネイビーは殺気立つ公安組に対し、はにかんでみせる。それがバートとフェリオの癇に障ったらしく、二人は晴奈と同様に憤る。
    「ふっざけんじゃ……」「ねえぞコラあぁ!」
     バートとフェリオは同時に銃を乱射するが――。
    「当たるわけないじゃないですか。言ったでしょう、ナンバー3だって」
     いつの間にか、二人のすぐ目の前にネイビーが立っていた。
    「いっ……」
     フェリオは慌てながらも、銃を構え直す。
    「それ以上撃っても無駄ですよ」
     ネイビーはフェリオの左手首を、そっと握った。
    「何すんだ! 離せ!」
    「分かりました」
     ネイビーは何故か素直に、握っていた手を離した。
    「くそっ……! 余裕見せやがって」
    「そりゃ、見せますよ。もうあなた、おしまいなんですから」
    「え……?」
     次の瞬間、フェリオは声にならない叫び声を上げる。
    「……~ッ!?」
     自分の左手が、ぼとっと落ちたからだ。
    「なっ、な……、なに、をっ……」
    「見ての通りです。腐って落ちたんです、僕の毒で」
     にっこりと笑ったネイビーに、フェリオはガチガチと歯を鳴らし、体を震わせていた。

     フェリオの手首が落ちたのを見て、その場にいた全員がぞっとする。ネイビーは依然ニコニコと笑いながら、自分の能力について説明し始めた。
    「実を言えば、厳密には僕、人間じゃないんですよ。ドクター・オッドの血と人形から生み出された、半人半人形の存在なんです。
     それでですね、半分人形ですから、体をある程度自由にいじれるんです。自分の両手に、強い腐敗性を持つ毒をしみこませ、それを使って戦う。それが僕の戦闘スタイルなんですよ」
    「あ……、あっ……」
     自分に起こった事態が呑み込めないらしく、フェリオはうずくまって自分の腐り落ちた手を呆然と眺めている。
    「だからですね……」
     ネイビーはそっと、フェリオの顔に手を伸ばす。
    「こうやって手を触れるだけで、誰でも一瞬で殺せるんです。
     あなたたちは武器や魔術を使わなきゃ人を殺せませんが、僕は素手で十分なんですよ。それがあなたたちと、僕との絶対的な差なんです」
    「やめろーッ!」
     シリンが駆け出し、あと少しでフェリオに触れるところだったネイビーに、ドロップキックを喰らわせた。
    「わっ」
     ネイビーは吹っ飛ばされ、ゴロゴロと転げ回る。
    「フェリオ、大丈夫か!? 気ぃ、しっかり持ちや! な!」
    「お、オレ、オレの、手、手が」
     フェリオの目は焦点が定まっていない。自分の手を失った異常な事態に、錯乱しかかっているらしい。
    「しっかりせえって!」
     シリンがバチ、と音を立ててフェリオの頬を叩く。
    「あ、あ……」
    「こんなん治る! 治るて! ほら、立ってって!」
    「治るわけないじゃないですか」
     転げ回っていたネイビーはフラフラと立ち上がり、いまだのんきな口調でしゃべっている。
    「腐ってるんですよ? くっつくわけが無い」
    「治る!」
    「あなた、本当に頭悪いんですね。くっつきようがないって、分かりそうなものですけど」
    「うるさい! 治る言うたら治るんや!」
     シリンは怒鳴りながら、ネイビーに襲いかかった。
    「……馬鹿すぎて呆れようがありませんけど」
     ネイビーは拳法の構えを取り、シリンの蹴りを受け流そうとする。
    「この手に触ったら、そこから腐り落ちます。僕がその脚を手で受けたら、どうなるか分かるでしょう?」
    「うるさいわボケぇぇぇッ!」
     シリンは飛び上がり、ソバット(空中回転蹴り)を繰り出した。ネイビーはため息をつきつつ、その脚をつかもうとした。
     ところが向かってきた右脚はそのまま前を通り過ぎ、軸足になっていた左脚が飛んでくる。
    「あっ」「だらっしゃあああッ!」
     ネイビーの両手をすり抜けて、シリンの太く大きな足が、ネイビーの顔面にめり込んだ。
    「う、が、か……ッ!」
     ネイビーはのけぞり、縦回転しながら、4回転ほどグルグルと回って地面に突き刺さった。
    「手がなんやっちゅうねんや、このゲス!」
    「あ、は……はは、油断、しました。……あれだ、け激昂し、てフェイ、ントをか、けるとは、恐れい、りました、よ」
     地面に突っ伏したまま、ネイビーがボソボソとしゃべっている。
    「帰れ! 消えろ!」
     シリンはフェリオのところに戻りつつ、ネイビーに向かって罵声を浴びせた。
    「……そうしま、す。ちょっ、と顔が、見せら、れないことに、なってしま、いましたから」
     ネイビーはヨロヨロと立ち上がる。確かにその顔は、筆舌に尽くしがたい「壊れ方」をしている。どうやら半分人形と言うのは、本当らしかった。
    「ああ……。あごが、半分なくなっ、ちゃって話しに、くい。それ、じゃ、失礼し、ます」
     ネイビーは顔を布で隠し、そのまま立ち去っていった。
    「え、ちょ、ちょっと『インディゴ』様!? 待ってくださいって! 俺、どうすれば!?
     ……あっ」
     いまだ晴奈に擬装していたカモフは、目の前にいる本物に気付いた。
    「さて、カモフとやら」
    「……はい」
    「まずは、私の顔と声で話すのをやめろ。話はそれからだ」

    蒼天剣・藍色録 4

    2009.07.15.[Edit]
    晴奈の話、第333話。 毒男。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. パン、パンと銃声が響く。「……痛いですよ」 青猫はフォルナに伸ばしていた手を引っ込める。その甲には銃弾が突き刺さっていた。 フェリオがいつの間にか、銃を構えている。「それ以上動くな、『猫』」「あなたも『猫』じゃないですか。……そう言えば、自己紹介がまだでしたね。 僕の名前はネイビー・『インディゴ』・チョウと言います。殺刹峰特殊部隊...

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    晴奈の話、第334話。
    ドS&ドS。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ネイビーとの戦いが終わってから、1時間後。
     フェリオとシリンは、まだ街外れにいた。いまだフェリオに、平静さが戻ってくる様子は無い。自分の体から離された左手を、呆然とした顔で見つめたままだ。
    「手……、手が……」
    「フェリオ……」
     シリンは泣きそうになり、フェリオの肩に手を置いた。
     と――。
    「はいはいはーい、賢者登場だね」
     先程のネイビーに勝るとも劣らない、のんきな声がかけられる。
    「誰や!?」
    「晴奈の知り合い。ほれ、手ぇ見せろってね」
     突然現れたモールは、ひょいとフェリオの左手を取った。
    「うわぁ……、グロいね」
    「何してんねんや、自分」
     シリンはモールの剣呑な振る舞いに怒りを覚え、つかみかかろうとした。
    「どけってね、デカ女」
     が、モールは杖をひょいとシリンに向ける。するとシリンはまるで鞠のように、斜め上へと飛んでいった。
    「うひゃああ!?」
    「治療してやるね。……『リザレクション』!」
     モールは腐り落ちた手とフェリオの手首とを持ち、呪文を唱える。すると腐りきっていた手に、いかにも健康そうな、桃色の肉が盛り上がり始めた。
    「あ……、あ……!?」
     その様子を見ていたフェリオの目にも、ようやく正気の色が戻ってくる。
    「手がまだ残ってて良かったね。じゃなきゃ、流石の私でも治せなかったね。あのデカ女が守ってくれてなきゃ、危ないところだった。感謝しときなよ」
     そう言ってモールは手を離す。完全に腐っていたフェリオの左手は、元通りに治っていた。
    「あ、……ありがとうっス、えっと」
    「私? 私の名はモール・リッチ、旅の賢者サマだね。……んで、それよりもだ。
     晴奈たち、ドコに行ったね?」

    「モール殿!」
     シリンたちと共に宿に向かったモールは、晴奈に歓迎された。
    「ちょうどいいところに! 私の仲間が、手首を落とされて……」
    「あー、コイツのコト? とっくに治しといたね」
    「あっ、……おお!」
     晴奈はフェリオの左手を取り、軽く握る。
    「いてて、痛いっス」
    「良かった、本当に……! かたじけない、モール殿!」
     頭を下げる晴奈に、モールは嬉しそうにはにかみながら手を振った。
    「いいっていいって、んなコト。いやぁ、ちょっとばかり手間取っちゃってね、こっちに来るのが遅れちゃってねぇ」
    「もしや、襲われたのですか?」
     晴奈にそう問われ、モールは肩をすくめて返す。
    「当たり。みょーな女でね、突然目の前に現れては魔術をバカスカ撃ってくる、かなりヤバ気なヤツだったね。……何とか撒いたけどさ」
     そう言ってモールは、「よっこいしょー」とため息をつきながら椅子に腰掛ける。
    「(所作は本当に老人だなぁ、この人は)モール殿でも倒せないような敵がいるとは」
     晴奈にそう言われ、モールは口をとがらせる。
    「だってね、いきなりポンって現れるんだよ!? あっちに出たかと思ったらこっち、こっちかと思ったらあっちって、んなもん相手しきれるワケないよね!?」
    「あ、し、失敬」
     余程執拗に狙われていたらしく、いつもに増してモールは、剣呑な態度を取ってくる。
    「んでさ、何があったのか教えてよ、晴奈」
    「あ、はい」
     晴奈は敵、カモフが仲間の一人に化けていたこと、カモフがネイビーと連絡を取ろうとしていたこと、そしてネイビーと戦って撃退し、残ったカモフを捕まえたことを説明した。
    「なるほどねー」
    「その敵が、あれです」
     晴奈は部屋の片隅を指差し、椅子に座るカモフを示した。
     目隠しと猿ぐつわをされ、縄で何重にも縛られているため、変身能力以外は普通の兵士と何ら変わりないカモフはまったく動けないでいる。
    「うぐー、うー」
    「コイツがその、カモフ?」
    「はい」
    「どんな顔してるね?」
     そう言ってモールは目隠しと猿ぐつわを外す。
    「……ふーん」
     見た途端、モールは非常に不機嫌になった。
     カモフはモールを見た途端、自分の顔をモールのものに変えたからである。
    「こーゆーふざけたヤツってさー、徹底的にいぢめ倒したくならないね?」
    「なるっ」
     モールの問いかけに、小鈴が即答する。その返事を聞き、モールはニヤッと笑った。
    「小鈴、キミは分かる子だねー」
    「モールさんもねっ」
     小鈴とモールはガッチリと握手を交わし、同時にカモフの方をにらんだ。
    「いいね? ……で、……して、……ね」
    「りょーかいっ。……で、……なって、……なるのね」
    「お、おい? 何する気だ?」
     まだモールの顔のままのカモフは、二人の異様な気配に震え出した。
    「よし、それじゃいっせーのせで」
    「いっせーの」「せ」「『シール』!」
     モールと小鈴は同時に呪文を唱える。
     するとカモフの顔がみるみる変形し、非常にのっぺりとした、特徴の無い男になった。
    「みっ……、見るなっ!」
    「へーぇ、見られたくないんだー、じゃーガン見しちゃうー」
    「見ろってコトだよねー、誘ってるよねー、変態さんだねー」
    「やめろおおおお!」
     カモフは顔を変えようとしているようだが、どうやっても術が発動できないらしく、顔は一向に平面のままで、何の変化も起こらない。
    「な、何で術が……!?」
    「『シール』は世間一般の術とは、ひと味違うからねー」
    「あたしたちが解除しようとしない限り、絶対術は使えないのよー」
    「そんな、バカな……っ! くそ、くそーッ!」
    「頑張ってる頑張ってる、絶対できないって言ってんのにー」
    「わー必死だ必死、ちょー焦ってるねー」
     はやし立てるモールたちに、能面のようになったカモフの顔が真っ青になっていく。
    「やめろ、やめてくれぇぇ! 俺の顔を見るなああぁ!」
    「きゃー叫んでるやだーきっもーい」
    「そんなに煽っちゃうと私ら本気出しちゃうよねー?」
    「ひいいいいいいっ……」
     その後小一時間、モールと小鈴のカモフいじりは続いた。

    蒼天剣・藍色録 5

    2009.07.16.[Edit]
    晴奈の話、第334話。 ドS&ドS。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ネイビーとの戦いが終わってから、1時間後。 フェリオとシリンは、まだ街外れにいた。いまだフェリオに、平静さが戻ってくる様子は無い。自分の体から離された左手を、呆然とした顔で見つめたままだ。「手……、手が……」「フェリオ……」 シリンは泣きそうになり、フェリオの肩に手を置いた。 と――。「はいはいはーい、賢者登場だね」 先程のネイ...

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    晴奈の話、第335話。
    急展開。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     モールと小鈴による「拷問」で抜け殻のようになったカモフから、晴奈たちはいくつかの情報を手に入れた。

     まず、プリズムの構成員について。
     プリズムは現在9名おり、どれも一騎当千の実力を持っていると言う。
    「飛ぶ剣術」を使うスカーフェイスの剣士、モエ・フジタ(藤田萌景)――バイオレット。
     風の魔術師で、晴奈に対して偏執的な恋愛感情を持つ、レンマ・アメミヤ(雨宮蓮馬)――マゼンタ。
     土の魔術師で、非常におっとりした天然っ子、ペルシェ・リモード――オレンジ。
     雷の魔術師で、プリズムの中では最も年の若い少年、ジュン・サジクサ(匙草純)――イエロー。
     兄妹の長物使い、ヘックス・シグマとキリア・シグマ――カーキとミント。
    「毒手」使い、ネイビー・チョウ――インディゴ。
     モールを襲ったと思われる変幻自在の暗殺者、ミューズ・アドラー――ブラック。
     そして彼らの頂点に立つ凄腕の女剣士、フローラ・ウエスト――ホワイト。
     特に上位三人、ネイビー、ミューズ、フローラの強さは別格で、ついさっきシリンに蹴倒されるまで、カモフは負ける姿を見たことが無かったそうだ。

     次に、いつ、どうやって、何故エランと入れ替わったのか。そして現在、エランはどうなっているのか。
     何にでも化けられる術、「メタモルフォーゼ」を使えるのは、殺刹峰では現在、カモフ一人だけである。だから対象者が一人きりの時にしか、入れ替わるチャンスは無かった。
     最初は最も非力なフォルナに化けようとしたのだが、フォルナはずっと晴奈と一緒にいたし、途中一度だけ別行動を取ったものの、それは人の集まるバーで酒を呑んだ時だけ。一人きりになることがまったく無く、カモフは彼女と入れ替わるのを諦めた。
     晴奈は毎朝一人で修行していたが、カモフの実力でどうこうできる相手ではない。こちらも諦めるしかなかった。
     そして残ったのがエランだった。幸いにもフォルナが呑みに、晴奈が朝の修行に行っている時、エランはのんきに眠っていた。他に代われる者もいなかったので、カモフはエランと入れ替わることにしたのだ。
     そして本物のエランは現在、殺刹峰のアジトに監禁されているとのことだ。
    「殺されたりせーへんかな?」
    「それは無いと思いますわ。だってカモフさんがこちらの手に落ちている以上、確実に本拠地へ向かわせるには……」
    「なるほど。エラン君がいなければまずい、と」
    「それでも早めに向かわないと、危ないかも知れませんわ。わたくしたちを急かすために、何らかの拷問にかけられるかも知れませんし」



     そして、最も知りたかった情報――殺刹峰の本拠地について。
    「それで、本拠地はどこにあるのだ?」
    「……知らない」
    「そんな訳が無いだろう。隠すとためにならぬぞ」
     凄んできた晴奈に怯えながらも、カモフは答えない。
    「本当に知らないんだ。いつも『移動法陣』で出入りしているから、どこにあるのかは……」
    「『移動法陣』? 黒炎教団の、か?」
     そこにモールが割り込み、補足説明をする。
    「『移動法陣』は別に克の専売特許じゃないね。私だってやろうと思えばできるね――ちょっと手間だけども――あいつは『魔獣の本』持ってるんだから、それくらいの魔法陣描くのはワケないね」
    「あいつ、だと? モール、まさか……」
     尋ねかけたカモフをモールがにらみつける。
    「あ? 呼び捨て?」
    「……モールさん、まさか、首領をご存知でいらっしゃいますので?」
    「ああ、知ってるね。……この40年近く、ずっと追いかけ続けた相手だしね」
     いつも人を食ったような態度のモールが、この時は妙に感傷的な雰囲気を見せた。
    「そんで能面、『移動法陣』はドコにあるね?」
    「俺たち下っ端兵士が良く使ってるのは、イーストフィールドの廃工場に隠してあるやつだ。それ以外は知らない」
    「なるほどね。……ま、こっちが来るのは読まれるだろうから、ガッチガチに迎撃準備されそうだね」
     モールは全員に向き直り、いつになく真剣な顔を見せた。
    「行く? 行かない?」
     その問いに、小鈴が小さく鼻を鳴らして答えた。
    「行くに決まってんでしょ」
     その言葉に、他の者たちも一様にうなずき、同意する。
    「よっしゃ決まりだ、早速行こうかね」
     モールは表情を崩し、またニヤニヤ笑い出した。

    蒼天剣・藍色録 終

    蒼天剣・藍色録 6

    2009.07.17.[Edit]
    晴奈の話、第335話。 急展開。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. モールと小鈴による「拷問」で抜け殻のようになったカモフから、晴奈たちはいくつかの情報を手に入れた。 まず、プリズムの構成員について。 プリズムは現在9名おり、どれも一騎当千の実力を持っていると言う。「飛ぶ剣術」を使うスカーフェイスの剣士、モエ・フジタ(藤田萌景)――バイオレット。 風の魔術師で、晴奈に対して偏執的な恋愛感情を持...

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    晴奈の話、第336話。
    迎撃準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「ひっどいわねぇ……」
     オッドが困った顔で診察台の前に座っている。
    「すみま、せん、ドクター」
    「しゃべらなくていいってばぁ。怖いじゃないのぉ」
     診察台に横たわっているのはネイビーである。シリンの蹴りで顔を壊されたため、オッドの診察を受けている最中なのだ。
    「コレが人間だったら、顔面裂傷、右眼球欠損、頚椎・顎骨・頭蓋骨骨折……、頭が弾けてる致命傷よぉ? ……ホントにもう、潰れたトマトみたいになっちゃって。
     ともかくウィッチ呼んだから、安心しなさぁい」
    「はい」
     オッドはカルテを書きながら、ブツブツと愚痴をこぼす。
    「ミューズも腕吹っ飛ばされて帰ってくるし……。
     トーレンスがもっと積極的に集中攻撃やってくれれば、こんな風に大ケガ負うコト無かったのにねぇ」
    「心配し、てくれ、るんですね、ドクター」
    「しゃべんないでってばぁ」

    「知ってるー?」
    「プリズム」が集まる訓練場で、ペルシェとレンマ、そして黄色い僧兵服に身を包んだ短耳の少年が会話している。
    「何を?」
    「ネイビーさんとー、ミューズさんがー、大ケガ負っちゃったみたいー」
    「大ケガって、どのくらいの?」
     レンマが尋ねると、ペルシェは自分の顔に掌を乗せて説明する。
    「何て言うかー、ミューズさんはドミニク先生みたいになっちゃってー。それとネイビーさんはー、この辺りがぜーんぶ壊れちゃったってー」
    「どう言うこと?」
     聞き返してきたレンマに、少年が答える。
    「聞いたんですけど、何でもミーシャって女の人の、その、ソバットって言えばいいのかな、そんなのを顔に受けたみたいです」
    「へぇー。でもネイビーさん、半人半人形(ドランスロープ)だったよね? 確か8割くらい人形だって。それなりに体もいじってあるんじゃ」
    「それだけー、すっごい蹴りだったってコトだよねー」
    「敵も、強いんですね」
     少年が不安そうな顔をする。それを見たレンマがニヤニヤ笑って、少年の肩に手を置いた。
    「大丈夫だって、ジュンなら。まだ子供だし、手加減してもらえるよ」
    「こ、子供じゃないですよ。もう14です」
    「まーだ、14だよー」
    「もう、ペルシェさんまで……」
     ペルシェにからかわれ、少年――ジュンは口をとがらせてうつむいた。
     と、そこに彼らの教官であり総司令官でもあるあの片腕の男、モノが現れた。
    「皆、少し時間が取れるか?」
    「あ、ドミニク先生」
     三人は敬礼し、足早にモノの前に集まった。
    「どうしたんですかー?」
    「カモフ君が敵の手に落ちた」
    「何ですって?」
    「『インディゴ』への連絡の際、敵に襲撃されたのだ。現在『インディゴ』は……」「あ、聞いてますー。大ケガしたってー」
     ペルシェの言葉に、モノは小さくうなずく。
    「そうだ。その際にカモフ君は正体が割れ、敵に拘束されたと言う。現在は恐らく、敵に情報を渡しているだろう」
    「そんな……。カモフさんなら、そんなことしないと……」「レンマ君」
     モノはレンマに顔を向け、無言・無表情でじっと見つめる。
    「……はい」
    「敵に関する物事は、常に最低最悪を想定しなければならない。楽観的観測は単なる願いや希望であり、事実をぼかしているだけだ。
     状況が的確に判断できなければ、それはいずれ、己の足をすくうことになる」
    「すみませんでした」
     レンマが頭を下げたところで、モノは話を再開する。
    「敵は恐らく10日以内に、イーストフィールドの移動法陣を襲撃してくるだろう。
     敵が我々の陣地に近付いてくるのは結構だが、内部に踏み入られては困る。その一歩手前で倒すか、防がねばならない」
    「つまりー、イーストフィールドの移動法陣の前でー、敵さんを撃退しちゃえばいいんですよねー?」
    「そう言うことだ。
     今回出向いてもらうのは3部隊。『マゼンタ』、『カーキ』、そして『イエロー』だ。ヘックス君をサポートする形で、レンマ君とジュン君に働いてもらう」
    「了解しました!」
     意気揚々と敬礼するレンマに対し、ペルシェはぶすっとした顔をする。
    「えー、あたしは待機ですかー?」
    「ああ。ジュン君の術との相性を考え、今回の出動は無しだ」
    「……はーい、分かりましたー」
     ペルシェはがっかりした顔をしたが、素直に引き下がった。
     と、ここでモノはジュンの顔色が悪いことに気が付いた。
    「不安か、ジュン君」
    「は、はい」
    「大丈夫だ。今回の任務はあくまでサポート、後方支援であり、君が前面に出張って戦うようなことは無い。安心して臨みたまえ」
    「わ、分かりました」
     そのやり取りを聞いていたレンマが、茶々を入れてくる。
    「先生、最低最悪を想定しろって言ってませんでしたか?」
     それに対し、モノはにこっと笑って返した。
    「敵に関しては、だ。味方を信じなくてどうする?」

    蒼天剣・緑色録 1

    2009.07.18.[Edit]
    晴奈の話、第336話。 迎撃準備。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「ひっどいわねぇ……」 オッドが困った顔で診察台の前に座っている。「すみま、せん、ドクター」「しゃべらなくていいってばぁ。怖いじゃないのぉ」 診察台に横たわっているのはネイビーである。シリンの蹴りで顔を壊されたため、オッドの診察を受けている最中なのだ。「コレが人間だったら、顔面裂傷、右眼球欠損、頚椎・顎骨・頭蓋骨骨折……、頭が弾...

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    晴奈の話、第337話。
    敵の苦悩。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うーん……」
     モールがフェリオの左腕を見てうなっている。
    「私の術だけじゃ、完治しないか」
    「みたいっスね。……また手、取れたりするんスか?」
     モールが使った癒しの術によって完治したはずの左腕に、真っ青な手形が浮き出ている。紛れも無く、ネイビーの毒である。
    「取れるどころか、ほっといたら死んじゃうかも知れないね」
    「げ……」
     モールは指折りながら計算し、予想を伝える。
    「でも、最初の毒とは違うタイプかも」
    「そうなんスか?」
    「こっちは多分、ゆるやかに全身を蝕んでいくタイプ。手ぇ落とされてガックリ来たところに、二番目の毒で苦しんで死亡。えげつないにも程があるね。
     2日でそんだけ広がってるから、このペースで行くと数週間後にはその毒、全身に回るかも」
    「マジっスか……」
    「ともかく、だ。デカ目猫君はココで安静にしてなきゃダメだね。変に動き回ったらそれだけ、毒が早く回ってくる」
    「……そうっスか」
     フェリオはガックリとうなだれ、自分の腕をさすった。

     イーストフィールドに向かう直前になって、フェリオが体の異変を訴えてきた。モールの診察により、彼はクロスセントラルで待機することになった。
    「向こうのアジトに行けば、解毒剤も手に入るかも知れないからな。ここでカモフ見張りながら安静にしてろよ」
    「了解っス」
     意気消沈した顔で敬礼したフェリオを見て、シリンが手を挙げた。
    「はいはいはーい。ウチもこっちに残りまーす」
    「はぁ!? 何寝ぼけたこと言って……」「いいえ、バートさん」
     却下しようとしたバートをさえぎり、フォルナが口を開く。
    「シリンはこちらに残った方がよろしいでしょう」
    「何でだよ?」
    「考えてみなさい、バート」
     ジュリアもフォルナの意見に同意する。
    「敵がカモフを奪還しようと、ここに攻め入ってくる可能性もあるでしょう? そんな時に半病人のフェリオ君だけじゃ、心許ないわ」
    「……そっか。言われりゃ、確かにな」
    「ほな、そーゆーコトでよろしゅー」
     嬉しそうにニコニコしているシリンを見て、バートはやれやれと言う感じでうなずいた。
    「ま、しゃーねーか。……っと、そう言やセイナは?」
    「バート班の部屋にいらっしゃいますわ。カモフ氏と話がしたいそうなので」

     晴奈は椅子に縛り付けられ、布袋をかぶったカモフと二人きりで向かい合っていた。
     カモフから「自分の扁平な顔は誰にも見られたくない」と懇願されたので、布袋に目出し用の穴を開け、それを彼にかぶせてあるのだ。
    「俺に何を聞きたいんだ?」
    「篠原一派のことだ。お前はあの時ロウ……、ウィルバーに倒され、あのまま焼け死んだものと思っていたが」
    「ああ、何とか生きてた。で、その後来てくれたオッドさんとモノさんに助けてもらって、そのままアジトから脱出したんだ」
    「なるほど。……と言うことは、行方不明になっていた篠原一派の者たちは、お前たちが?」
     カモフはうつむきながら、その後のことを語った。
    「ああ。俺たちが運び出して洗脳し、半分は売った」
    「半分? 残りは?」
    「殺刹峰の兵士になってる。洗脳で記憶を消し、無意識的に従うように暗示をかけてあるんだ」
    「……反吐が出るな」
     晴奈は首を振り、短くうめいた。
    「人間を何だと思っているのか!」
    「上の奴に取っちゃ、ただの収穫品。ジャガイモや大根みたいなもんさ」
    「ふざけたことを……」
    「俺もそう思ってるよ。……俺も、記憶が無いんだ」
    「何?」
     下を向いていたカモフが顔を挙げ、晴奈をじっと見る。
    「俺は今24ってことになってるけど、12歳から前の記憶はまったく出てこないんだ。洗脳されたってことには20の時、アンタと戦う1年前に知ったんだ。
     でもそれを知って、殺刹峰に憤慨しても、決別しようとしても……」
     またカモフの頭が下がる。
    「……何も持ってないから、逃げ場も行くところも無いんだ。
     結局俺は真相を知ってからもずっと、殺刹峰にいる。俺も殺刹峰の、操り人形なんだ」
    「そうか……」
    「……そうだ、コウ。トモミのこと、覚えてるか?」
    「トモミ? 楓井巴美のことか?」
    「アンタ、記憶力いいなぁ。……そう、そのトモミだ。アイツも、殺刹峰の兵士になった」
    「なんと。では、巴美も記憶を消されて?」
    「ああ。しかも彼女、『プリズム』に選ばれた。今はモエと言う名前を与えられて、全然別の人間として存在している」
     晴奈はそれを聞き、椅子をガタッと揺らして立ち上がった。
    「何だと……!?」
    「ど、どしたんだよ、コウ」
    (ジュリア班が出会ったのは確か、モエ・フジタと言う女だったと聞いた。そしてその顔には、傷があったと……。
     まさかそれが、巴美だと言うのか……!?)
     晴奈の様子を見て、カモフはこんなことを言った。
    「はは……。アンタもつくづく、殺刹峰と縁があるなぁ」

    蒼天剣・緑色録 2

    2009.07.19.[Edit]
    晴奈の話、第337話。 敵の苦悩。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「うーん……」 モールがフェリオの左腕を見てうなっている。「私の術だけじゃ、完治しないか」「みたいっスね。……また手、取れたりするんスか?」 モールが使った癒しの術によって完治したはずの左腕に、真っ青な手形が浮き出ている。紛れも無く、ネイビーの毒である。「取れるどころか、ほっといたら死んじゃうかも知れないね」「げ……」 モールは指...

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    晴奈の話、第338話。
    素直じゃないない。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     晴奈たちがイーストフィールドを目指し出発した後、フェリオとシリンは拘束と監視のため、カモフと同じ部屋で過ごしていた。
    「なーなー、カモフ」
     その間中、シリンはカモフに色々と質問をぶつけていた。
    「何だよ」
    「ホンマに誰にでもなれるん? 女の子とかも行ける?」
    「ああ。今はあの赤毛の長耳女と賢者とか抜かしてる野郎に封印されてるけど、老若男女誰にでもなれる」
    「へー。便利やなー」
     素直に感心するシリンに、フェリオも同意する。
    「確かにな。潜入捜査やモンタージュの時には役に立ちそうだ」
    「ま、潜入は俺の得意技だよ。お前らの中にも、すんなり入ったしな」
    「ウチ、全然気付かへんかったわー。すごいわー、ホンマ」
    「……へへ」
     べた褒めされればカモフも悪い気はしないらしく、口元を緩めている。
     一方、シリンの関心が向けられないので、フェリオは面白くない。
    「……ちぇ」
     すねたフェリオを見て、シリンがニヤッとした。
    「どしたん、フェリオ?」
    「何でもねーよ」
    「妬いた?」
    「妬いてねー」
    「えっへへー」
     シリンは尻尾をピョコピョコさせながら、フェリオに抱きついた。
    「な、何すんだよ」
    「心配せんでも、ダーリンちゃんはウチのもんやでー」
    「な、何だよ、それっ」
     その様子を見ていたカモフが、椅子を揺らして笑い出した。
    「はは、仲いーなぁ」
    「……んだよ、茶化すなよ」
     シリンに抱きしめられながら顔を真っ赤にするフェリオを見て、カモフはまた笑った。



     一方、晴奈一行は――。
    「大丈夫だろうか?」
    「え?」
     楢崎はクロスセントラルに残してきたシリンたちを心配し、周りに尋ねてみた。
    「もし大挙して襲われたら……」「その心配はございませんわ」
     楢崎の心配を、フォルナがにべもなく否定する。
    「何故かな?」
     フォルナの代わりに小鈴が答える。
    「秘密組織が中央政府の直轄下で暴れてたら、秘密も何もあったもんじゃないじゃん。大丈夫、だいじょーぶ」
    「ふむ、それもそうか」
    「来るとしてもごく少数でしょうから、シリンが困るような数にはならないと思いますわ。わざわざそんなこと、あなたがご心配なさらなくてもよろしいかと」
    「ああ、うんうん。余計な心配だったね、うん」
     相変わらず、フォルナと楢崎の反りは合わないらしい。普段から距離を取っているし、たまに会話してもこんな風に、非常にぎこちない空気を生む。
    (ねーねー晴奈)
     小鈴が小声で尋ねてくる。
    (何で瞬二さんとフォルナって、あんなに仲悪いの? 何かあった?)
    (いや、私にも何故だか……?)
    (ふーん)
     と、晴奈たちの会話にモールが割り込んできた。
    (多分だけどね、狐っ娘の方は筋肉の方を『説教してくるうざいおっさん』と思ってるね。
     んで、筋肉は筋肉で狐っ娘のコトを『ワガママで苦労知らずなお嬢サマ』って思ってるんだよ、きっと)
    (なーるほどねー)
    (双方、そーゆーのが気に食わない『お年頃』なんだろうねぇ)
    (ふむ……)
     と、ここで晴奈はモールに向き直った。
    「そう言えばモール殿、何故我々と同行を? これまでずっと、私たちの後をつけていたではないか。何故今回、姿を見せたのだ?」
    「ん? ああ、いやね。私も殺刹峰に用事があるから、忍び込む時は同行させてもらおうかと思ったんだよね」
    「ふむ。……はて? 今回カモフを運良く捕らえたことで、殺刹峰への道が拓けたわけで、……となると」
    「うん?」
     晴奈はけげんな顔をモールへ向ける。
    「妙に首尾よく現れたものだな、と。今回の捕獲は成功しない可能性も、ひいては殺刹峰への道が見つからない可能性もあったのだが」
    「そこはそれ、全張りってヤツだね。君らが行きそうな街でしれっと現れて、進捗状況を確かめていこうかなーって思ってたんだよね。そんで行く時になったら一緒に行こうと思ってたら、行き方が分かったって言うからね」
    「ほう、なるほど」
     このやり取りを聞いていた小鈴はクスクス笑っている。それを見たモールがジト目でにらんできた。
    「何がおかしいね、小鈴」
    「アハハ……、相変わらず素直じゃないなーと思って」
    「ドコが?」
    「ウエストポートからエンジェルタウンを通る道って、主要都市はソコだけじゃん。ソコから他の街道回ってたら超遠回りになるから、今あたしたちとこうやって同行できるわけないし、どー考えても晴奈の後追いかけてたってコトになるけど、ねー」
    「……ふんっ。偶然だね、偶然! 偶然、晴奈たちのチームを追ってただけだね」
    「そっかー。じゃ、偶然ってコトで」
    「そう、偶然!」
     モールはぷいと小鈴から顔を背けてしまう。
     その様子を見て、今度は晴奈がクスっと笑った。

    蒼天剣・緑色録 3

    2009.07.20.[Edit]
    晴奈の話、第338話。 素直じゃないない。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 晴奈たちがイーストフィールドを目指し出発した後、フェリオとシリンは拘束と監視のため、カモフと同じ部屋で過ごしていた。「なーなー、カモフ」 その間中、シリンはカモフに色々と質問をぶつけていた。「何だよ」「ホンマに誰にでもなれるん? 女の子とかも行ける?」「ああ。今はあの赤毛の長耳女と賢者とか抜かしてる野郎に封印されて...

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    晴奈の話、第339話。
    気のいい狼兄さん。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     央北の都市、イーストフィールド。神代の昔からあると言われている街だが、その様相は時代によってコロコロと変わっている。
     天帝が降臨する前はのどかな放牧地帯だったが、降臨後は天帝の教えを受け、大規模な農業都市になった。天帝が崩御してから数年経つと他地域からの移民でにぎわい、人が集まったことで工業が活発化。そこに央中からの商人たちが目をつけて、大規模な工場を次々建設。ところが黒白戦争の間に起こったいざこざで彼らは一斉に撤退し、工業はあっと言う間に衰退してしまった。
     現在のイーストフィールドはそれらの栄枯盛衰が一周し、のどかな酪農都市に戻っている。

     その活気のあった頃の名残は、あちこちに残っている。旧市街には何棟もの住居や工場の跡地が連なっており、盛況だった当時はさぞ騒々しかっただろうと思われる。
     が、今はただの廃屋であり、不気味な静寂がその場を支配している。怪物が出ると言う噂もあり、街の者は皆近付こうとはしない。となると、こう言った場所には街に住めない犯罪者やごろつき、浮浪者などが集まるのが通例なのだが、そんな者もまったくいない。
     なぜなら「彼ら」が自分たちの秘匿性、秘密性を守るために、それらを追い払い、消してしまったからである。



    「ふあ、あ……。もうそろそろかな?」
     待ちくたびれ、あくび混じりに尋ねてきたレンマに、ジュンは半ばおどおどとしつつ同意した。
    「え? あ、そうですね。多分もうすぐ来るんじゃないですか?」
    「ジュン、お前昨日も同じこと言ったじゃないか」
     レンマはニヤニヤ笑い、ジュンの額を小突く。
    「いたっ」
    「たまには『そうですね』じゃなくて、違うこと言えよー」
    「は、はい。すみません」
     と、草色の髪をした狼獣人が、二人のところにやって来る。
    「おーい、レンマ。あんまりジュン、いじめたらアカンでぇ」
    「いじめてないよ、ヘックス。からかってるんだよ」
    「やめとけって。ジュン、困った顔しとるやん」
     狼獣人、ヘックスは膝を屈め、ジュンと同じ目線になる。
    「ジュン、どや? 緊張しとる?」
    「え、は、はい。してます」
    「言うたら初陣やもんな、これ。でも心配せんでええで、兄ちゃんがついとるからな」
    「はっ、はいっ」
     ヘックスはジュンの反応を見て、ニコニコと顔を崩した。
    「せや、リラックスやでー」
    「ヘックス、あんまりそう言うのはよした方がいいと思うよ」
     二人のやり取りを見ていたレンマがケチをつけてくる。
    「なんで?」
    「ドミニク先生も、『戦場では友人や兄弟、家族と言ったしがらみを抱えていては、弱みに変わる』って言ってたし」
    「まあ、そーは言うてはったけどもな」
     ヘックスは肩をすくめ、のんきそうに返した。
    「オレは家族とか友達、大事にするタイプやねん。それに、いつでもどこでも先生が正しいって限らへんやん」
    「何だと!」
     ヘックスの言葉が癇に障ったらしく、レンマがヘックスにつかみかかる。
    「もう一度言ってみろ、ヘックス!」
    「おいおい、ちょい待ちいや。別にオレ、『先生は間違っとる』とか『先生はおかしい』とか言うてへんやろ?
     先生の言葉借りるとしたら、『戦況は常に変わる。通常最善とされる策も、時には最悪の手に変わることもある』って、そう言う感じの意味合いで言うたんや。
     先生やって聖人君子やあらへんのやし、言うこと言うこと一言一句、ギッチギチに信じとったらアカンと思うで」
    「……ッ!」
     レンマの顔に、さらに怒りの色が浮かぶ。それを見たヘックスは、「しまったな」と言いたげな表情を浮かべた。
    「あー、まあ、人の意見は色々やし、な?」
    「ふざけるなッ!」
     レンマが怒りに任せ、ヘックスの襟をつかんでいた手に力を込めた。
    「……ホンマ、悪いねんけどやー」
     次の瞬間、レンマは1メートルほど吹っ飛んだ。
    「うげ……っ!?」
     どうやらヘックスが突き飛ばしたらしく、ヘックスは両掌を挙げたまま、困ったような顔で諭した。
    「レンマよぉ、自分もうちょっと、冷静にならなアカンのちゃうん? 先生のだけやのうて、他の人の話も聞く耳持たんとアカンのちゃうん? それこそ先生やったらそう言うてきはると思うで」
    「くそ……」
     レンマは腹を押さえ、ヘックスを見上げている。
     両者をおろおろと見つめていたジュンに、ヘックスはニコニコと笑いかけた。
    「心配せんでええって。こんなん、じゃれ合いや」
    「は、はあ……」
     と、そこに兵士が現れた。
    「失礼します! 公安がイーストフィールド北口3キロのところまで接近しているとの情報が入りました!」
    「お、そろそろやな。……ほれ、レンマ。いつまでへたり込んでんねん」
     ヘックスは突き飛ばされ、座り込んだままのレンマに手を差し伸べた。

    蒼天剣・緑色録 4

    2009.07.21.[Edit]
    晴奈の話、第339話。 気のいい狼兄さん。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 央北の都市、イーストフィールド。神代の昔からあると言われている街だが、その様相は時代によってコロコロと変わっている。 天帝が降臨する前はのどかな放牧地帯だったが、降臨後は天帝の教えを受け、大規模な農業都市になった。天帝が崩御してから数年経つと他地域からの移民でにぎわい、人が集まったことで工業が活発化。そこに央中から...

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    晴奈の話、第340話。
    九尾ホーミング弾。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     イーストフィールドに到着した晴奈一行は、そのまま旧市街へと向かっていた。
    「この辺りに、カモフ氏から聞き出した移動法陣があるはずだけど……」
     ジュリアはそれらしい場所が無いか、あちこちを注意深く見渡している。バートも同じように周囲へ注意を向け、ジュリアに耳打ちする。
    「……嫌な気配がするぜ。どうやら待ち構えられてるみたいだ」
    「そうね。みんな、注意して」
     ジュリアがそう言うと同時に、パシュ、と言う音とともに何かが飛んできた。
    「危ないッ!」
     楢崎がいち早く気付き、小鈴を突き飛ばす。
    「つっ……」
     楢崎がうめき、肩を押さえる。そこには矢が突き刺さっていた。
    「瞬二さん!? だ、大丈夫!?」
    「も、問題無いよ。……くっ」
     楢崎は肩から矢を抜き、刀を構えた。
    「襲ってきたぞ! みんな、武器を!」
    「はいっ!」
     各自武器を構え、周囲を警戒する。と、また矢が飛んできた。
    「『ウロボロスポール:リバース』!」
     モールが飛んできた矢に向かって魔杖をかざし、矢を来た方向へと戻した。
    「ぎゃっ!?」
     その方向から、驚いたような悲鳴が返って来る。どうやら射手に当たったらしい。
    「あっちだ!」
    「囲まれる前に破るぞ!」
     晴奈たち一行は声のした方向へ、一斉に駆け出す。もう一本矢が飛んできたが、これも先程と同様にモールが跳ね返した。
    「うっ……」
     また敵のうめく声が返ってくる。
     それを聞いて、晴奈は「ふむ?」とうなった。
    「あれだけ硬い敵だったと言うのに、攻撃が効いているようだな」
    「敵の攻撃をそのまま跳ね返してるからじゃないかしら?」
     ジュリアの推察に、バートが付け加える。
    「それにもしかしたら、薬だの術だのも弱めになってるのかも知れねーな。前回効かせ過ぎて自爆したっぽいし」
    「なるほど。……ならば、前よりは倒しやすそうだな」
    「私もいるんだ。十二分にサポートしてやるね」
     ニヤリと笑うモールに、晴奈は振り向かずに応えた。
    「頼んだ、モール殿」

     ジュリアたちの推察は、概ね当たっていた。
     前回起こった、肉体の限界を超える負荷・負担による自滅を防ぐため、敵は最初に晴奈たちを襲った時よりも若干、投薬量と魔術強化を抑えていた。それでも一般的な兵士よりはるかに身体能力は高くなってはいるが、前回のような並外れた頑丈さは発揮できない。
     とは言え「前回よりもダメージが残りやすい」と言う状況は、敵兵にそれなりの緊張感を与えており、敵は慎重に動いていた。
     彼らは晴奈の目の前に堂々と現れるようなことはせず、廃屋の物陰に隠れて魔術や弓矢、銃と言った遠距離攻撃を仕掛けてくる。
    「いってぇ!」
     バートの狐耳を銃弾がかすめる。
    「もう少しずれてたら頭やられてたな。いい腕してやがる」
     地面に落ちた帽子を拾ってかぶり直し、弾が飛んできた方向へ銃を向けて撃ち返す。
    「……」
     また矢が飛んでくる。今度は小鈴が魔術で防ぎ、土の術で応戦する。
    「……いらっ」
     敵の姿が一向に目視できないまま、晴奈一行へ向けられる攻撃は、じわじわと勢いを増していく。
    「……いらいら」
     と、モールの横にいたフォルナが、モールの苛立った気配に気付いた。
    「モールさん?」
    「……あーッ! うざーッ! みんなしゃがめッ、一掃するね!」
     モールは魔杖を振り上げ、怒りの混じった声で呪文を唱えた。
    「『フォックスアロー』!」
     唱え終わると同時に魔杖が紫色に光り、9条の光線が放射状に飛んでいった。
    「うわっ!?」「ぎゃっ!」「わああっ!」
     潜んでいた敵が一斉に叫び声を上げ、静かになる。それでもまだ残っているらしく、矢がもう一本飛んできた。
    「しつこいッ! もういっちょ!」
     モールはもう一度杖を掲げ、光線を飛ばす。
    「念のためもう一回!」
     合計27条の光線が辺り一帯に飛んで行き、敵は完全に沈黙した。
    「な、何、今の?」
     小鈴が目を丸くして驚いている。
    「火? いや、雷か? 何系の術だったんだ? あんなの見たことねえ……」
     バートも呆然としている。モールは魔杖を下ろし、深呼吸した。
    「はー……。すっきりした」
    「モールさん? ……私たちの援護が、本当に必要なの?」
     ジュリアも憮然とした顔で、眼鏡を直していた。



    「報告します!」
     移動法陣前に陣取っていたヘックス、レンマ、ジュンのところに、伝令が慌てた様子で現れた。
    「どしたん?」
    「包囲部隊、全滅しました!」
     青ざめた顔で報告した伝令に、のんきに座り込んでいたヘックスは目を丸くして飛び上がった。
    「はぁ!? 2部隊で囲んどったはずやで!? ありえんやろ、そんなん!?」
    「それが、敵の術で一気に……。どうやら敵の中に、『旅の賢者』がいる模様です」
     それを聞いたレンマも立ち上がる。
    「モール・リッチが!? そう言えば、ミューズさんがモールを追っていて撃退されたって聞いたけど、まさか公安と合流してたのか?」
    「な、何ででしょう?」
     ジュンがおろおろした顔でヘックスに尋ねたが、ヘックスも首をかしげるばかりである。
    「分からへんけど、そんだけ強いヤツがおるんやったら、のんきに構えてる場合ちゃうわ。真面目にやらんとな」
     ヘックスは緊張した面持ちになり、壁に立てかけていた長槍を手に取った。

    蒼天剣・緑色録 5

    2009.07.22.[Edit]
    晴奈の話、第340話。 九尾ホーミング弾。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. イーストフィールドに到着した晴奈一行は、そのまま旧市街へと向かっていた。「この辺りに、カモフ氏から聞き出した移動法陣があるはずだけど……」 ジュリアはそれらしい場所が無いか、あちこちを注意深く見渡している。バートも同じように周囲へ注意を向け、ジュリアに耳打ちする。「……嫌な気配がするぜ。どうやら待ち構えられてるみたいだ...

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    晴奈の話、第341話。
    対魔術物質。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     モールの術で一掃され、襲ってくる敵の姿はまったくいなくなった。
     一行は廃屋の陰に回り、脚を光線に撃たれたらしい兵士が倒れているのを確認する。
    「おい」
    「う……」
     晴奈が敵の側に立ち、その脚を踏みつける。
    「ぎゃっ」
    「教えてもらおうか。移動法陣はどこだ?」
    「お、教えるもん……、うああああ」
     晴奈は足に力を入れ、きつく踏み込む。
    「素直に教えれば介抱してやる。が、言わぬと言うのならばもっと痛めつけるぞ」
     ここで力を抜き、兵士から足をどける。
    「ひーっ、ひーっ……」
    「教えるか? それとも……」
    「い、言います言います! ここから東にまっすぐ700メートル辺りのところです!」
    「よし」
     兵士を治療し、縛り上げて、晴奈たちは東へ進む。
    「あれかな?」
     一行の先に、周りの廃屋に比べて一際大きい廃工場が目に入ってくる。蔦だらけになった工場の壁には、黄色と赤で彩られ「G」字形に丸まった狐の紋章が、うっすら残っている。
    「金火狐マーク、ね。財団が昔所有していた工場かしら」
    「恐らくニコル3世時代以前に作られた軍事工場だな。ここら辺に建ってたって話は、どこかで聞いたことがある」
     警戒しつつ、一行は工場内に入る。中にあった作業機器や原料、資材の類はとっくに原形を留めておらず、広間になっていた。
    「これだけ広けりゃ、バカでかい移動法陣も楽に描けるだろうね」
    「ふむ。……ざっと見た限りでは、1階には無さそうだ」
     一通り見回り、一行が2階へ上がろうとしたその時だった。
    「セイナさーん!」
     2階へと続く階段から、レンマが駆け下りてきた。
    「……う」
     晴奈はレンマの姿を確認した途端、ざっと後ろへ下がった。
    「何で逃げるんですかぁ」
    「敵が向かってくるのだ。警戒するのが当然と言うものだろう」
     晴奈は下がりつつ、刀を構える。
    「つれないなぁ。……ねえ、仲間になりましょうよー」
     レンマが近寄ろうとしたところで、バート、ジュリア、楢崎が武器を構えた。
    「なるわけねーだろ、バカ」
    「それ以上近付けば、容赦なく撃つわよ」
    「大人しくしろ」
     途端にレンマは不機嫌そうな顔になり、杖を向ける。
    「邪魔しないでくださいよ。それとも、あなたたちも仲間に?」
    「話が聞けねーのか、そのちっちゃい耳はよ? ならねーっつってんだろうが」
     そのまま対峙していたところにもう二人、階段を下りてくる者が現れる。
     それと同時に、工場の入口や崩れた壁などからも、敵の兵士が進入してくる。
    「レンマ、その辺でええで」
    「ああ。包囲完了だな」
     レンマはすっと後退し、やってきた二人――ヘックスとジュンの側に向かう。楢崎は前後を見渡し、ふーっとため息をついた。
    「ふむ。敵は11人、こちらは7人。数の上では少々厳しいかな」
    「フン。後ろは雑魚だから、私の術で一掃してやるね。それよりもだ、問題は前の3人だね。あいつらは桁違いに強い」
     そう言われ、楢崎は前の敵3名に目を向ける。
    「ふむ。あの緑髪の『狼』は確かに強そうだ。それにさっき黄くんに声をかけていた魔術師も、強いと聞いている。……でも、あの黄色い服の子もかい?」
    「ココにいるんだ。強くないワケが無いね。……それにもう、攻撃準備は整ってる」
     モールがそう言うと同時に、その黄色い服の少年は杖を掲げた。
    「『サンダースピア』!」
     ジュンの目の前に電気の槍が形成され、モールに向かって飛んでくる。
    「甘いっ、『フォックスアロー』!」
     先程と同様の、9本の紫色に光る矢がモールの魔杖から発射され、8本は背後の兵士たちに、残り1本はジュンの放った槍とぶつかり合い、相殺される。
    「……りゃ?」
     ところが先程と違い、兵士たちにダメージを受けた気配は無い。皆、ほんのり青みを帯びて光る銀色の盾を構えており、モールの矢はそれに阻まれたらしい。
    「あの盾は?」
     その盾をいぶかしげに見つめるジュリアに、バートが答える。
    「ありゃ、ミスリル化銀ってヤツじゃねーか?」
    「ミスリル?」
    「魔術対策に良く使われる、魔力を帯びた金属の総称だ。加工次第で魔術の威力を増幅させる武器にも、逆に魔術を通さない防具にもなるらしい。
     レアメタルだし精錬や加工も難しいって話だから、滅多に出回らないって聞いてるが……」
    「全員持ってるわね。対策は万全、と言うことかしら」
     モールがため息をつき、ジュリアに向き直った。
    「ま、アレがさっき君が聞いてきたコトの答えさ。
     あーゆーの用意されたら、私だけじゃ対抗できないんだ。でも、あの手の防具は直接攻撃には弱い。矢が貫通するくらいだしね。
     だから、戦士タイプのヤツと一緒に来たかったんだよね」
     そう言ってモールは、晴奈の方に目を向けた。
     ところが既に、晴奈はヘックスと戦っている最中である。
    「……あちゃー、あっちはアテにできないか。んじゃ頼んだ、筋肉」
    「え? 筋肉って……、僕かい?」
     ぞんざいに呼ばれ、楢崎は多少憮然としたが、素直に刀を構え、兵士たちに向き直った。

    蒼天剣・緑色録 6

    2009.07.23.[Edit]
    晴奈の話、第341話。 対魔術物質。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. モールの術で一掃され、襲ってくる敵の姿はまったくいなくなった。 一行は廃屋の陰に回り、脚を光線に撃たれたらしい兵士が倒れているのを確認する。「おい」「う……」 晴奈が敵の側に立ち、その脚を踏みつける。「ぎゃっ」「教えてもらおうか。移動法陣はどこだ?」「お、教えるもん……、うああああ」 晴奈は足に力を入れ、きつく踏み込む。「素...

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    晴奈の話、第342話。
    当惑する敵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     晴奈とヘックスは、激しい火花を散らして打ち合っている。
    「このッ!」
    「せいやッ!」
     ヘックスも相当の達人らしく、晴奈は一向にダメージを与えられない。
     とは言え晴奈も、今のところは一太刀も受けていない。
    「流石に腕が立つ……!」
    「アンタも相当やな。……名前、何て言うたっけ」
    「晴奈だ。セイナ・コウ」
    「オレはヘックス・シグマや。……ええなぁ、ワクワクしてきたわ!」
     ヘックスは後ろへ一歩飛びのき、槍を構え直した。
    「いっちょ本気見せたる――食らえッ!」
     ヘックスの体全体が大きくうねり、槍がゴウゴウとうなりをあげて向かってきた。
    「くッ!」
     晴奈は槍が迫るよりも一瞬早く動き、水平に薙いだ槍を真上に跳んでかわした。
    「……?」
     その時、晴奈は何か嫌な予感を覚え、空中に跳んだままで刀を正面に構える。
     次の瞬間、自分の真下にあったはずの槍に、刀ごと引っぱたかれた。
    「な……!?」
     工場の壁へ叩きつけられそうになったが、くるりと体勢を整え直して壁に張り付き、激突を避ける。
    「コレも見切りよるんか、コウ。すごいなぁ、自分」
     ヘックスは槍を構えたまま、驚きに満ちた目で晴奈を見つめている。
    「今のは何だ? 私は確かに、槍を上にかわしたはずだったが」
     晴奈が壁からすとんと床に降り立ち、刀を構え直しながらそう尋ねると、ヘックスは得意満面にこう返した。
    「オレらの師匠、ドミニク先生の秘伝、『三連閃』や。
     後ろにかわされたせいで三つ目は届かへんかったけど、決まっとったらバッサリいってたで」
    「なるほど。私が一太刀目を避けた時、既に二太刀目、三太刀目を避けた先へと放っていた、と言うことか。
     ……しかし」
     晴奈は刀を構えたまま、ヘックスと話をする。
    「私の友人にもいるのだが、お前は妙な話し方をするな? もしかして央中東部の出身か?」
    「へ?」
     ヘックスはきょとんとし、続いて困った顔をした。
    「えーと、うーん……。悪い、よー分からへん」
    「何?」
    「オレ、14から前の記憶無いねん。14の時、ドミニク先生に拾ってもろたんやけど、その前のことはさっぱり……」
    「ふむ。お前も記憶を奪われた口か」
    「……は?」
     晴奈の言葉に、ヘックスはけげんな顔をして槍を下げた。
    「ちょ、ちょっと!? ヘックスさん!?」
     横で二人の戦いを見ていたジュンが慌てて声をかけるが、ヘックスは応じない。
    「どう言う意味や、コウ?」
    「捕虜から聞いた話だが、お前たちは皆、中央大陸各地から誘拐され、記憶を消された上で、兵士となっているのだそうだ。その、ドミニクと言う男によってな」
    「何やと……」
     ヘックスもジュンも、信じられないと言う顔をする。
    「捕虜て、カモフさんか?」
    「そうだ。奴も記憶を奪われたと言っていた」
    「そんな……」
     ヘックスもジュンも唖然とするが、ヘックスは慌てて首を振る。
    「……ウソや! オレらを惑わせて、勝ち抜けようと思てんやろ!? だまされへんで!」
    「嘘ではない」
    「もうええ、話はしまいや!」
     ヘックスは槍を構え直し、晴奈に襲い掛かる。だが、晴奈の話に少なからず動揺しているらしく、その動きにはキレが無い。
     先程より大きくブレたヘックスの攻撃をかわし、晴奈は刀に火を灯す。
    「『火射』ッ!」
    「飛ぶ剣閃」がヘックスの槍を捉え、その柄を焼き切った。
    「しま……っ」
     晴奈の刀がヘックスの喉元に当てられ、ヘックスの顔にあきらめの色が浮かぶ。
     だが――晴奈もこの時、ヘックス以外への警戒を怠っており、ジュンからの攻撃を見落としていた。
    「『サンダーボルト』!」
    「う……っ!」
     ジュンの放った電撃が晴奈に当たり、彼女を弾き飛ばす。
     その隙に、ジュンはヘックスの側に駆け寄り、袖を引っ張る。
    「ヘックスさん! 退却しましょう!」
    「は……?」
    「僕にはコウさんの言葉が、嘘とは思えないんです」
    「アホ言うな、先生はオレらを助けて……」
     言いかけたヘックスの顔に、迷いの色が浮かぶ。
    「……せやな、槍も折られたし。みんなダメージ濃くなってきたし、頃合かも知れへん」
     その間に、電撃で間合いから遠く弾かれていた晴奈が起き上がる。
    「う、く……」
     よろよろとした足取りながらも、自分たちに迫ってくる晴奈を見て、ヘックスは折れた槍を捨てて、踵を返す。
    「レンマ! 退却……」
     ヘックスはレンマのいた方向を向き、舌打ちする。
    「……くそ」
     いつの間にかレンマは縛られており、その顔は憔悴しきっている。
     その横には小鈴とフォルナが、得意げに佇んでいた。

    蒼天剣・緑色録 7

    2009.07.24.[Edit]
    晴奈の話、第342話。 当惑する敵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 晴奈とヘックスは、激しい火花を散らして打ち合っている。「このッ!」「せいやッ!」 ヘックスも相当の達人らしく、晴奈は一向にダメージを与えられない。 とは言え晴奈も、今のところは一太刀も受けていない。「流石に腕が立つ……!」「アンタも相当やな。……名前、何て言うたっけ」「晴奈だ。セイナ・コウ」「オレはヘックス・シグマや。……ええ...

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    晴奈の話、第343話。
    痛み分け。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     楢崎、バート、ジュリア、モールの4人が兵士を蹴散らし、晴奈とヘックスが打ち合っていたちょうどその頃、小鈴とフォルナもレンマと戦っていた。
    「『ハルバードウイング』!」「『ホールドピラー』!」
     だが、風の魔術は土の魔術に対して相性が悪い。風使いのレンマは、土を得意とする小鈴とフォルナに苦戦していた。
     レンマの放った風の槍は、まずフォルナの作った石柱に阻まれて威力を削がれる。ただの強風になったところで、小鈴が土の槍を作って応戦する。
    「『グレイブファング』!」
     実体ある槍に対して、風の術では防ぐことも流すこともできない。
    「うわっ!」
     レンマはバタバタと転げ回り、小鈴の槍をかわす。
    「ハァ、ハァ……」「『ストーンボール』!」
     避けたところで、今度はフォルナが攻撃する。
    「ひえっ……」
     レンマは飛翔術「エアリアル」で上空に飛んでかわそうとしたが、ここは広いとは言え建物の中である。
     すぐ目の前に天井が迫り、焦っていたレンマはぶつかってしまう。
    「ぎゃっ!?」
     顔面から衝突し、バランスを失ったところで小鈴の第二撃が来る。
    「『ホールドピラー』!」
     地面からにょきにょきと生える石柱が、レンマの体を絡め取る。
    「く……、くそッ! 『ブレイズウォール』!」
     風の術では分が悪いと悟ったらしく、レンマは火の術を使い始めた。
     が、それも状況にそぐわず、レンマの足をガッチリとつかんでいた石柱は急速に熱され、バンと破裂音を立てて弾ける。
    「いた、たたた……、うぅ」
     破裂の衝撃で足を痛めたらしく、レンマは床にべちゃりと張り付くようにして倒れる。
    「くそ……、何でこんなに苦戦するんだ!?
     僕は、僕は『プリズム』の、レンマ・アメミヤだぞ……!」
     倒れ伏し、わめくレンマを見下ろし、小鈴はにんまりと笑った。
    「んふふ、相手が悪かったわね」

     楢崎たちも、兵士たちと応戦していた。
     兵士たちは魔術対策としてミスリル化合物製の盾を装備していたが、その純度は低く、主成分は柔らかい銀である。物理的な攻撃には弱く、ジュリアたちの弾丸や楢崎の腕力には耐えられなかった。
     一方、兵士自体は薬品や術によって強化されており、物理攻撃には十分に耐えられる。しかしそれに対してはモールの術が真価を発揮し、次々撃破していく。
     モールと楢崎たちの長所を活かし合った連携が功を奏し、小鈴たちがレンマを下したのとほぼ同じ頃に、楢崎たちも敵を制圧し終えていた。
     その状況を見て、ヘックスがうめく。
    「こらアカンわ……、プラン09や」
    「え……」
    「悔しいけど……、みんな助けてられる余裕、無い」
     ヘックスはそう言うなり、ジュンのベルトをつかんで2階への階段を走り始めた。
    「あ、待て! 『フォックスアロー』!」
     モールがヘックスに向かって魔術の矢を放つ。ヘックスに抱えられていたジュンが何発か弾くが、それでも1、2発命中し、ヘックスは短くうなる。
    「う、ぐう……っ」
     だが、ダメージを受けながらもヘックスは走り切り、そのまま2階へ駆け上がった。
    「りゃーッ!」
     ヘックスはまるでタックルでもするかのように、2階の床全体に描かれていた移動法陣に滑り込んだ。

    「ダメだね、反応しない。向こう側を消されたみたいだね」
     モールは足でペチペチと床を踏み叩き、移動法陣を指し示した。
    「こちらからつなぐことはできないの?」
     ジュリアの質問に、モールは馬鹿にしたような顔をしながら答える。
    「何言ってんの、赤毛眼鏡。
     向こう側から縄を切られた橋を、こっちがどうこうできるワケないじゃないね」
    「なるほど……」
     ジュリアががっかりした表情を浮かべている向こうでは、晴奈が頭をかきながら、床に座り込んでいる。
    「つまり、潜入失敗か」
    「そうなるな。くそ……」
     側にいたバートがいらだたしげな顔で煙草をくわえ、火を点けた。



    「……そうか。兵士13名が負傷し、そして残り11名とレンマ君も敵の手に落ちた、と」
     ヘックスとジュンからの報告を受けたモノはそれだけ言うと、机に視線を落とし黙り込んだ。
    「その、すんません……」
    「……」
     申し訳無さそうにするヘックスたちを前に、モノはじっと机を見たまま考え込む。
    「オレがヘタクソな指揮してしもたせいで……」
     謝るヘックスに、ジュンも頭を下げる。
    「い、いえ! 僕も、何もできなくて、その……」
    「ええんやジュン、お前は何も言わんで。あそこの責任者はオレやったんやから」
    「ヘックスさん……」
     二人のやり取りが続く中、ようやくモノが口を開いた。
    「いや、部隊編成を行ったのはこの私だ。これで十分と考えて、たった3部隊で撃退しようと甘く見ていた。その結果が、この体たらくだ。
     この大敗の責任は、私にある」
    「え……」「いや、そんな」
    「二人とも、もう下がっていい。ご苦労だった」
     モノはそれ以上何も言わず、あごに手を当てて黙り込んでしまった。
     重苦しい雰囲気のため、ヘックスもジュンも、晴奈から聞かされたこと――「モノが世界各地から誘拐により人員を集め、洗脳している」と言う話の真偽を、モノに確かめることはできなかった。

    蒼天剣・緑色録 終

    蒼天剣・緑色録 8

    2009.07.25.[Edit]
    晴奈の話、第343話。 痛み分け。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 楢崎、バート、ジュリア、モールの4人が兵士を蹴散らし、晴奈とヘックスが打ち合っていたちょうどその頃、小鈴とフォルナもレンマと戦っていた。「『ハルバードウイング』!」「『ホールドピラー』!」 だが、風の魔術は土の魔術に対して相性が悪い。風使いのレンマは、土を得意とする小鈴とフォルナに苦戦していた。 レンマの放った風の槍は、ま...

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    晴奈の話、第344話。
    魔術電話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     イーストフィールドでの戦いで捕虜の数が増えたため、ジュリアとバートは本国、ゴールドコーストの金火狐財団と連絡を取り、央北のどこかに収容できないかどうか相談していた。
    「……そうです、……はい、……ええ」
     ジュリアたちの真剣な様子とは裏腹に、その相談の仕草はどこかユーモラスにも見える。
    「何と言うか……、珍妙な」
    「仕方無いじゃん、あーやんないと話せないんだから」
     二人は通信用の魔法陣が描かれた布を頭に巻きつけ、揃って独り言のように虚空を見つめながら、ぶつぶつとしゃべっている。
     その状態が5分ほど続いたところで、どうやら話がまとまったらしい。バートたちは布を頭からほどき、晴奈たちに向き直った。
    「ここから西南西のサウストレードから、財団の央北支部が迎えに来てくれることになった。それまで俺たちは、この街で捕虜を拘束することになった」
    「分かった。じゃあ迎えに来るまでの間、彼らはどこに閉じ込めておけばいい?」
     楢崎の質問に、ジュリアが答える。
    「この廃工場しか無いでしょうね。街中じゃ目立ちすぎるし」
    「なるほど」
     楢崎がうなずいたところで、バートが背伸びする。
    「しばらくはここで寝泊りだな。……すきま風入ってくるし、風邪引きそうだ」
    「気を付けてよ、バート」
    「へいへい」

     一方、1階では拘束した敵たちが、各個に縛られて座っている。
     勿論、全員の装備を解除した上、小鈴とモールが魔術封じ「シール」を施した後であり、唯一現場に置いて行かれた指揮官レンマも、きっちり無力化されていた。
    「……」
     レンマは敗北したことが相当ショックだったらしく、半ば呆然としている。
     ちなみに彼の側には敵、味方含め、誰もいない。晴奈からして彼を嫌悪しているし、彼女からエンジェルタウンでの破廉恥な行状を聞かされているため、彼女の仲間も近付こうとしない。そしてどうやら、敵の兵士たちも同様の評判を聞いているらしく、彼らまでもが「あの人に近付けないで下さい」と異口同音に願い出てきたため、距離を置かせている。
     殺刹峰の精鋭「プリズム」としての誇りと威厳を失い、人格的にも著しく問題のある彼に、好き好んで近寄る者など誰もいなかった。
     だから――レンマと、2階から降りてきた楢崎の目が合った時、楢崎は困った表情を浮かべたし、逆にレンマはほっとした顔になった。
    「あの……、すみません」
    「えっ? 何、かな?」
     あまり近寄りたくないとは言え、目を合わせておいて無視できるような楢崎ではない。仕方無く、レンマのそばに向かった。
    「どうかしたかい?」
    「あの、えっと……、お名前、何でしたっけ」
    「楢崎だ」
    「あ、央南の方なんですね。……僕にはよく分からないんですよね」
    「うん……? 分からない、と言うのは?」
     尋ねた楢崎に、レンマは意気消沈した顔で、ぼそぼそと話し始めた。
    「ドクター……、義父に央南風の名前をつけてもらったとは言え、僕は自分が何人で、どこの人間かさっぱり分かりません。央南の文化は好きですけど、ゼンとかジントクとか、何が何だか。央南人のセイナさんにアタックしたけど、どうして嫌われたのかも、全然。何で負けてしまったのかも、全然分からないんです。
     もう、頭の中が混乱して、何をどう言えばいいのかすら……」
    「そうか……まあ……その……うーん」
     レンマの話は要領を得ず、楢崎は戸惑い気味に応じている。
     しかし、そんな楢崎の様子に構う気配も無く、レンマは質問を重ねる。
    「この後、僕はどうなります?」
    「うん? ……ああ、聞いた話ではサウストレードにある財団の施設で拘留されるそうだ」
    「いや、そうじゃなくて」
    「え?」
    「拘留された、その後です。処刑されるんでしょうか」
    「それは、……うーん、どうなのかな」
     楢崎は返答に詰まり、きょろきょろと辺りを見回す。
    (キャロルくんとスピリットくんは……、2階か。どっちにしてもまだ話してるだろうし。
     黄くん、……は来てくれないだろうな。モール殿は……、いないみたいだ。どこへ行ったのかな……?
     お、橘くんはヒマそうだ)
     楢崎は手を振り、小鈴に助けを求めた。
    「んっ? ……んー」
     が、小鈴は気付いたらしいものの、両手で☓を作る。
    (お、おいおい)
    (ゴメーン)
     小鈴は困った顔を返し、ぷいっと身を翻して去ってしまった。
    (参ったなぁ。となると残るはファイアテイルくん、……だけど、あんまり頼りたくないな。
     仕方無いか……。とりあえず僕の予測って前提で話すしかないな)
    「えーと、まあ、多分と言うか、僕の私見でしか無いんだけど、そこまではされないだろうと思うよ」
     楢崎にそう返され、レンマはほっとしたような顔になる。
    「そうですか?」
    「確かに君たちは犯罪組織の一員だし、何も御咎め無しで釈放と言うことは無いだろうけど、だからと言って極刑にするほど、財団は乱暴な人たちじゃないからね」
    「え……」
     楢崎は極力やんわりと言ったつもりだったが、レンマはひどく驚いたような顔をする。
    「な、何ですか、それ?」
    「え? いや、だからひどいことはされないと……」「そ、そうじゃなくて!」
     レンマは両手を縛られたまま立ち上がろうとして、ぺたんと転んでしまった。
    「いたっ、たた……」
    「大丈夫かい?」
    「え、はい。……それよりも! 何なんですか、僕らが犯罪組織って!?」
    「……えっ?」
     思ってもいない相手の反応に、楢崎はまた、返答に詰まってしまった。

    蒼天剣・黄色録 1

    2009.07.26.[Edit]
    晴奈の話、第344話。 魔術電話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. イーストフィールドでの戦いで捕虜の数が増えたため、ジュリアとバートは本国、ゴールドコーストの金火狐財団と連絡を取り、央北のどこかに収容できないかどうか相談していた。「……そうです、……はい、……ええ」 ジュリアたちの真剣な様子とは裏腹に、その相談の仕草はどこかユーモラスにも見える。「何と言うか……、珍妙な」「仕方無いじゃん、あーや...

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    晴奈の話、第345話。
    敵・味方、両者の疲弊。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     楢崎はレンマの驚きと怒りに満ちた目を見つめながら、ゆっくりと応対する。
    「えーと、まず聞くけど」
    「……はい」
    「君は、殺刹峰の人間だよね?」
    「そうです」
    「殺刹峰が何をやって来たか、知らないわけじゃないだろう?」
    「ええ。『黒い悪魔』を倒すために、地下活動を続けている組織です」
     それを聞いて、楢崎はいつの間にか1階に降りてきていたバートをチラ、と見た。
    (ふむ……。キャロルくんの推測は当たっていたみたいだ。しかし……)
     頭の中を整理しつつ、楢崎は質問を続ける。
    「それだけかい? 他には何も?」
    「ええ。それ以外に目的があるなんて、聞いたこともありません」
    「そうか。……僕の話を、聞いてくれるかい?」
     楢崎は自分の息子が殺刹峰にさらわれ、以来10年間ずっと行方を追っていること、そしてゴールドコーストでクラウンに指示し、大量に誘拐させていたことなどを話した。
     話を聞かされたレンマは驚いているとも、怒っているとも取れる、複雑な表情をしている。
    「……それは、本当に殺刹峰なんですか? 他の、どこかの組織と間違えてるんじゃ」
    「じゃあ、君の上官だと言うモノ――ドミニク元大尉との関係はどうなるんだい? 彼自身が、僕の息子を連れ去ったんだよ。これも、別人だと?」
    「そんな、……そんなこと、あるわけ、……そんな」
     レンマの顔色は真っ青になっている。
    「だって、僕たちは悪魔を、……なんで、先生がそんなことを、……そんな」
    「それに……」
     楢崎はバートとジュリアを指差し、レンマに尋ねた。
    「君たちの組織が本当に『悪魔を倒すため』だけだったら、財団の人間を襲ったり、拘束したりする理由があるのかい?」
    「だって、それは先生が、……先生が、『我々の組織を脅かす者たち』だと」
    「本当に悪魔を倒すための組織なら、財団がその存在を脅かすだろうか?
     財団は良くも悪くも、利益至上主義だ。そんな財団が山の向こうの、悪魔を倒そうとしている組織なんか――自分たちとまったく無関係な組織に攻勢を仕掛ける理由なんか、無いじゃないか。財団が動いたのは、君たちの組織が市国に悪影響を及ぼしているからだし」
    「……先生は、でも……」
     レンマはうつむき、またぶつぶつとうめきだした。
     そんな彼の様子に気付いたらしく、小鈴がそーっと楢崎たちを覗き見していた。
    「……橘くん」
    「あっ」
     楢崎に声をかけられ、小鈴は「えへへ……」と苦笑いしながら近寄ってきた。
    「ひどいじゃないか、困っている人間を放っておくなんて」
    「だって、めんどくさそーなヤツだったんだもん」
    「……」
     レンマは一瞬小鈴を見上げ、また視線を落とした。
    「えーと、話ちょこっと聞いてたけどさ、アンタ自分が犯罪組織にいるって、全然気付かなかったの?」
     小鈴にそう問われ、レンマは顔を伏せたまま答える。
    「僕がやってきたことは、魔術の修行と、組織からの命令に従ったことだけです。犯罪があったことなんて、知りませんでした」
    「モノが意図的に隠していたんだろうね。恐らくは、自分たちがやっていることは正義だと信じさせるために、大部分の兵士たちには汚い部分を隠していたんじゃないかな。
    『自分のやっていることは正しい』と信じさせれば、誰だって勇敢に……」「やめてくださいよッ!」
     楢崎の推察を、レンマががばっと顔を挙げ、泣きながらさえぎった。
    「じゃあ何ですか、僕たちはみんな、大陸を荒らしまわるような犯罪組織に加担し、育てられたって言うんですか!? そこを、絶対的正義だと信じさせられて!」
    「同じ議論を続けるつもりは無いよ。ただ、少なくとも殺刹峰に所属し、指揮を務めるモノと言う男は僕の息子をさらい、そしてもう一方の指揮官オッドは間接的にせよ、僕の親友を殺させたんだ。
     それは確かなんだ」
    「信じない。僕は信じないぞッ!」
     レンマはまたうつむき、そのまま何も言わなくなった。



     数日後、晴奈一行は財団から派遣された職員たちと一緒に、サウストレードへと進んでいた。ちなみにクロスセントラルへも同様の使いが来ており、シリンたちも合流していた。
    「どうやら無事なようだな」
    「えっへへー」
     半月ぶりに会ったせいか、シリンはとても嬉しそうな顔で晴奈に懐いてきた。それを布袋越しに眺めていたカモフはぷっと吹き出した。
    「そりゃカレシと毎日イチャイチャしてたんだから、疲れるも何もねーよ」
    「や、やかましわっ」
     シリンは顔を真っ赤にしてカモフに突っ込む。
    「そう言えば、フェリオは無事なのか?」
    「うん。ちょっと、腕の青いのんが広がってるっぽいねんけど、元気やで」
    「そうか……」
     バートたちと話しているフェリオをシリンの背越しに見て、晴奈は心配になった。
    「……ふむ……」
    「……半月くらいで……」
    「……はい……っスけどね……」
     フェリオは左腕をめくって見せている。
     その腕、いや、その体は半月前に比べ、明らかに痩せていた。
    (毎日見ているから、逆に気付かないものなのかも知れぬな)
     晴奈の視線に気付いたシリンが、ひょいとフェリオの方を見る。
    「なーなー、フェリオ」
    「でですね……、あん?」
    「やっぱ痛いん?」
    「……いや、別に。痛みもかゆみもねーから、心配すんなって」
    「あいっ」
     シリンの意識がフェリオに向いている間に、晴奈はカモフに小声で尋ねてみた。
    (それで、フェリオの容態は?)
    (今も、シリンがいる時も問題無いって言ってたけどな、普段から慇懃無礼で陰険な『インディゴ』の使う毒だ。痛みを与えずに、楽に死なせるとは思えない。それに一回だけ、夜中にひでーうめき声が聞こえたことがある。
     痛くないってことは無いと思うぞ)
    (そうか)
     晴奈はもう一度、シリンとじゃれあっているフェリオの顔を見た。
     その顔には――極めて、うっすらとだったが――死相が浮かび始めていた。

    蒼天剣・黄色録 2

    2009.07.27.[Edit]
    晴奈の話、第345話。 敵・味方、両者の疲弊。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 楢崎はレンマの驚きと怒りに満ちた目を見つめながら、ゆっくりと応対する。「えーと、まず聞くけど」「……はい」「君は、殺刹峰の人間だよね?」「そうです」「殺刹峰が何をやって来たか、知らないわけじゃないだろう?」「ええ。『黒い悪魔』を倒すために、地下活動を続けている組織です」 それを聞いて、楢崎はいつの間にか1階に降り...

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    晴奈の話、第346話。
    楢崎の懸念。

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    3.
     サウストレードに到着したところで、晴奈一行は改めてカモフを交え、レンマと話をした。
    「……」
     レンマの目に生気は無く、楢崎から聞かされた話が相当ショックだったことがうかがえる。カモフはそんなレンマの様子をチラ、と見て、ジュリアに向き直った。
    「それで、俺に聞きたいことってのは何だ?」
    「いえ、聞きたいと言うよりも、あなたの口から詳しく説明して欲しいのです。
     殺刹峰がどんな組織であるか、と言うことを」
    「ああ……、そうか。そう言えばみんな、知らないんだよな」
     カモフのその言葉に、レンマの顔色がさらにひどくなる。
    「……」
     レンマの様子をうかがう素振りを見せつつ、カモフは説明を始めた。
    「みんなには、『殺刹峰はタイカ・カツミ討伐のための地下組織』と言ってある。確かに、それはモノさんとオッドさん、そしてバニンガム伯の最終目標だ。
     でも、そのためにやっていることは、明らかに犯罪だ。兵士を集めるための誘拐は言うに及ばず、強化薬・魔術開発とその実験データ収集のために麻薬と不法な魔術を売り、『親カツミ派を討伐』と言う名目で略奪行為を行い……」「嘘だッ!」
     レンマは目を剥き、縛られた状態でカモフにタックルしようとした。だが周りにいた公安と財団職員たちに取り押さえられ、床に押し付けられる形で鎮めさせられる。
    「うぅ……、うっ……」
    「お前は『プリズム』の中でも素直でバカ正直で愚直なヤツだから、こんな話すぐには信じられないと思うけど、本当のことだ。
     殺刹峰はずっと、正義を偽って悪事を働いてきたんだ。それが真実なんだよ」
    「……ううぅぅぅ」
     レンマは床に突っ伏したまま、まさに地の底から響いてくるようなうめき声を上げ、泣き始めた。

     レンマは錯乱しかねない状態だったので、とりあえず彼だけが先に部屋から出され、そのまま軟禁されることになった。
     残ったカモフに、楢崎が質問をぶつける。
    「その、カモフくん。大変私的なことを聞いてしまって、みんなには恐縮だけど」
    「何だよ、回りくどいな……?」
    「君は殺刹峰の内情に詳しいみたいだけど、誘拐されてきた子供たちのことも詳しいかい?」
     カモフは楢崎の顔を見上げ、間を置いてから答えた。
    「ああ。全員を知ってるわけじゃないが、少なくともアンタの聞きたいことは分かる。
     シュンヤ・ナラサキ――アンタの息子さんのことだろ?」
    「そうだ。無事なのか?」
    「恐らくはな。運び込まれ、洗脳されたことは知ってる。
     だけど、当時は俺自身も殺刹峰に連れて来られて間も無い時だったし、内情に関われるような地位にいなかった。
     だからその後どうなったか、良く分からないんだ」
    「……そうか」
    「でも」
     カモフは一瞬目線を下に落とし、もう一度見上げる。
    「その……、変な言い方だけど、モノさんは結構気に入ってたみたいだぜ。だからもしかしたら、『プリズム』か、その候補の中にいるのかも知れねえ。ただ、確か今は14のはずだったよな?」
    「ああ」
    「『プリズム』の平均年齢は大体20代前半くらいだ。14だと入れるかどうかギリギリ、……!」
     カモフは何故か、話の途中で黙り込んでしまった。
    「どうかしたのかい?」
    「……もしかしたら」
    「もしかしたら?」
    「いや……、何でも無い。
     一つ聞くけどよ、アンタの息子さん、魔力はある方と思うか?」
     楢崎はけげんな顔をしながらも、返答する。
    「ああ。僕も焔剣士だし、妻にも魔術の心得がある。多分、あるんじゃないかな」
    「そうか……」
     カモフはその後何度か、何かを言おうとする様子を見せていたが、結局何も言わず、そのまま話は終わった。



     殺刹峰アジト。
     敗走のショックを引きずったまま、ジュンはぼんやりと魔術書を読んでいた。
    「……雷とは央南名『いかずち』、央中名『フルミン』、央北名『サンダー』と言い、その性質は槍や鎚に似る。岩を砕き、高い木々に落ちることから土の術に対しては優位とされる。生物には微量であれば薬となるが、多量であれば毒となる。……はぁ」
     どうにも考えがまとまらないので、魔術書の中でも最も基礎の部類に入るものを読んでいたが、それも口に出して読まなければ頭に入ってこない。
    「ダメだぁ」
     ジュンは本を閉じ、机に突っ伏した。
     と、そこへヒタヒタと言う、いかにも亡霊か何かが立てそうな足音が近付いてくる。だがジュンは別段怖がりもせず、その足音の主に声をかける。
    「ミューズさん、ですか?」
    「ああ」
     いつの間にかジュンのすぐ側に、褐色の肌に長い黒髪の、そして真っ黒なコートを羽織った、長耳の女性が立っていた。
    「もう体の方は……?」
    「問題無い。私は人形だから、な」
     そう言ってミューズはマントをめくり、腕を見せた。
    「それよりジュン、お前の方こそ大丈夫なのか?」
    「え?」
    「お前のオーラ……」
     そう言いながら、ミューズはジュンに顔を近づけた。
    「え、えっ?」
    「沈んだ紫色だ。とても落ち込んでいる」
    「紫色?」
     ミューズの言っていることが分からず、ジュンはミューズの真っ黒な、黒曜石のように光る瞳を見つめ返した。
    「オーラには色が付いている。私にはそれが見えるのだ」
    「は、あ……」
     ジュンはミューズの言動に戸惑い、目を白黒させる。
    (相変わらず、この人は突拍子も無いなぁ)
    「ク、ク……、そんなに困らなくてもいいだろう?」
     ミューズはジュンの顔を見て、鳥のように笑う。
    「あ、いえ……」
    「お前は疲れている。顔色も悪いし、オーラも黒ずんでいる」
    「……そうですね。ちょっと、気分が優れない感じはあります」
    「休め。そんな状態では参ってしまうぞ」
     そう言ってミューズはジュンの手を取る。
    「いえ、でも」
    「何度も言わせるな。休め」
     ミューズはその外見に似合わない腕力で、無理矢理にジュンを椅子から引きはがした。
    「わ、わ、ちょっと」
    「連れて行ってやろう」
     次の瞬間、ジュンは体が浮き上がる感覚を覚えた。
    「……っと、と?」
     気付いた時には、ジュンは自分の部屋にいた。
    「気分が落ち着いたら、また頑張ればいい。
     では、失礼する」
    「は、はい」
     目の前にいたミューズはまたククッと笑って、すっとジュンの前から姿を消した――比喩ではなく、本当に一瞬で、その姿は虚空に消えてしまった。
    「……本当に脈絡も突拍子も無い人だなぁ。言動も、行動も。……存在も」
     ジュンはため息をつきながら、ミューズの言葉に従ってベッドに入った。

    蒼天剣・黄色録 3

    2009.07.28.[Edit]
    晴奈の話、第346話。 楢崎の懸念。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. サウストレードに到着したところで、晴奈一行は改めてカモフを交え、レンマと話をした。「……」 レンマの目に生気は無く、楢崎から聞かされた話が相当ショックだったことがうかがえる。カモフはそんなレンマの様子をチラ、と見て、ジュリアに向き直った。「それで、俺に聞きたいことってのは何だ?」「いえ、聞きたいと言うよりも、あなたの口から...

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    晴奈の話、第347話。
    夢と悪寒。

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    4.
     ジュンは夢を見た。
     幼い頃、モノに手を引かれながらどこかの街道を歩いていた時の夢だ。
    「もうすぐ到着する」
    「うん」
     今でも、この時どんな状況にいたのか、「自分」には分からない。何故、モノが自分の手を引いているのか? 何故、彼と二人きりなのか? 何故、自分は家にいないのか?
     そして何故――父も母も、自分の側にいないのか?

     そこは、どこかの温泉街のようだった。硫黄の匂いと湯煙があちこちに立ち込めていたから、そうだと分かった。
    「いらっしゃい、モノさん」
    「お久しぶりです、ヒュプノさん」
     モノは入浴場の一つに入り、店先で虎獣人の店主と二言三言交わし、それから自分を呼び寄せた。
    「こっちに来い」
    「うん」
     幼かった自分は、素直にモノの言葉に従った。
    「ここの温泉はとても気持ちがいい。ゆっくり浸かるといい」
    「うん」
     また素直に、自分は店の奥へと足を進めていく。
     温泉に入ると、確かに心地よかった。温めの湯と、ほこほことした空気、そして静かにざわめく木々が、幼い自分の心をさらに幼く、無に帰していく。
    「気持ちいいか?」
    「う、ん……」
     浸かっていると、段々眠気が押し寄せてくる。自分は湯船の中でうとうとと、舟をこぎ始めた。
     ここでまた、モノが声をかけてくる。
    「さて、……君の名前は?」
    「しゅ、ん……」
    「それは違う」
    「え……」
    「君の名前はジュンだ」
    「じゅん……?」
    「そう、ジュンだ。さあ、復唱するんだ」
    「ぼくの……、なまえは……、しゅん……」
    「それは違う」
    「え……」
     モノは延々と、同じ言葉を繰り返す。自分の頭の中が、くつくつと溶け始めた。
    「君の名前はジュンだ」
    「じゅん……?」
    「そう、ジュンだ。さあ、復唱するんだ」
    「ぼくの……、なまえは……」



    「僕の、名前は……」「ジュンやろ?」
     目を開けると、すぐ側にヘックスの顔があった。
    「……わっ!?」
    「よぉ、おはよーさん」
     ジュンはそこで、どろどろとした夢から覚めた。
    「先生が呼んでるで。……でもその前に、ちょっと話してええかな」
     ヘックスはジュンを寝かせたまま、小声で質問し始めた。
    「なあ、ジュン。お前、ドコまで記憶残っとる?」
    「え?」
    「記憶や、記憶。オレは14からやけど、お前は?」
    「……3歳、かな」
    「うーん、ちょっと微妙やな。『プリズム』の、他のヤツにもそれとなく聞いてみたらな、みんな記憶がブッツリ途切れとるらしいわ、一人残らず」
    「みんな、ですか」
     そこでヘックスは、さらに声をひそめてきた。
    「正確に言うとやな、ドランスロープの三人以外やな。あいつらは何ちゅーか、オレらとは違うんですって感じしよるしな」
    「そう、ですね……。確かに三人とも、僕らを見下してると言うか、格下扱いしてると言うか」
    「せやろ? そう言う態度からしてあいつら、ホンマのこと全部知ってるんやないかなって」
    「知ってる、って?」
    「オレらに記憶が無い理由――先生が、オレらの記憶を消してたっちゅう話がホンマにホンマのことで、あいつらは最初っからそれを知っとったんかもな」
    「……ありそうですね」
     ヘックスの推測に、ジュンもうなずく。
     ヘックスはそっとジュンから離れ、背中を向けてぽつりと漏らした。
    「コウと戦ってからオレ、嫌な予想が止まらへんねや。
     もしかしたら『プリズム』って、ドランスロープのためだけにあるんやないかってな」
    「それは、どう言う……?」
    「オレら全員、あいつらの引き立て役っちゅーか、踏み台っちゅーか……、そんな感じがな。もしかしたらオレら、肝心なトコで捨て駒にされるかも知れへん」
     考えすぎですよ、と言おうとしたが、その言葉はジュンの口から出て来なかった。
     ジュンも同じような嫌な予感を、心の中から拭い去れなかったからだ。



     そして、ドランスロープ以外の「プリズム」たちがモノの元に集められたところで、ヘックスの懸念が的中しているとも取れる指令が下された。
    「前回の作戦で、『マゼンタ』以下20余名の兵士が敵の手に落ちた。これは憂慮すべき事態だ。よって、これまでのように軍事演習目的と言うような、相手を軽視したような作戦は全面的に停止し、確実なる殲滅へと切り替える。
     これより『ホワイト』『ブラック』『インディゴ』を筆頭とした大規模作戦部隊を編成し、サウストレードに拘置されていると言う兵士たちを救い出すと共に、そこにおける財団支部を壊滅させる。
     また、前述の3名以外の『プリズム』諸君らは、彼女らの支援に回って欲しい」
     この指令を聞いた時、思わずヘックスとジュンは顔を見合わせた。
    (やっぱり……?)
    (かも、な)
     そして他にもヘックスたちと同様、モノの指示に戸惑った者が若干名いたのだが――長年の悲願を達成するべく、少なからず焦りの色を見せていたモノには、そのわずかなざわめき、不協和音を感じ取る余裕も無いようだった。

    蒼天剣・黄色録 4

    2009.07.29.[Edit]
    晴奈の話、第347話。 夢と悪寒。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ジュンは夢を見た。 幼い頃、モノに手を引かれながらどこかの街道を歩いていた時の夢だ。「もうすぐ到着する」「うん」 今でも、この時どんな状況にいたのか、「自分」には分からない。何故、モノが自分の手を引いているのか? 何故、彼と二人きりなのか? 何故、自分は家にいないのか? そして何故――父も母も、自分の側にいないのか? そこは...

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    晴奈の話、第348話。
    内部崩壊の前兆。

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    5.
     当初、モノの描いた筋書きはこのようになっていた。
     まず軍事演習を続け、「プリズム」を訓練する。十分に経験を積んだところで、ドランスロープ三名を筆頭にした大規模部隊を編成しさらに演習を続け、そこでその三名のリーダーシップを育成するとともに、残り六名の連携を密にする。
     これにより優れた指揮官と将軍の関係が築かれ、最終目標の達成に大きく貢献する――と言うものだった。

     だが想定外の事態が、彼を惑わせてしまった。優れた兵士を大量に集めるために、央中ゴールドコーストの闘技場であまりにも多くの人間をさらいすぎたことで、金火狐財団の公安局が動き始めてしまったことだ。
     このまま公安の動きを放置・傍観すれば、折角今まで秘密裏に進めてきた一連の作戦・計画が明るみに出てしまうおそれがある。そうなれば標的である克大火の耳にその情報が入り、彼自ら、まだ準備の整いきっていない自分たちを強襲してくる可能性も出てくる。
     入念な準備を積み重ねなければ勝てない相手であることは、モノ自身が痛いほどよく分かっていることであるし、モノは早急に公安を封じなければならなくなった。

     そこで考えたのが、実地での軍事演習である。
     少数精鋭で央北に入ってきた公安の捜査チームを「手頃な敵」と見なし、「プリズム」たちを実戦投入させることで、予定していた軍事演習を前倒しで進めると同時に、金火狐財団の調査を「調査員全員の失踪」と言う形で強制的に打ち切らせ、うやむやにさせることができる――一挙両得の手段であると考えたモノは、早速実施してみた。
     ところが、ここでまた予想外の事態が起こってしまった。十二分に制圧・拘束できると考えて投入した3部隊が、賢者モールの介入により全滅してしまったのである。
     実は以前にも、モールを自分たちの側に引き入れる、もしくは魔術を奪うことができれば、確実に大火に対する有効な武器になるとして、央北中を巡って追い回したことがあった。
     モールは魔術こそ強力なのだが、身体能力に関しては人並み以下であり、屈強な兵士に囲まれれば脆い。その弱点を突いた人海戦術で、後一歩と言うところまで追い詰めることができていた。
     だが、一体どんな手を使ったのか――モールは央北、いや、中央大陸から忽然と姿を消し、結局捕らえることができなかった。
     それ以来両者とも近付かず、自然に相互不干渉となっていたところに、今回の助太刀である。単なる「狩り」の対象でしかなかった捜査チームが突然侮りがたい難敵へと変化し、モノの焦りはさらに強まっていた。
     その焦りが、彼の手をより早めさせた。もっとじっくり構えて進めようとしていた前述の計画を、さらに前倒しすることにしたのである。
     そしてまだ、彼は心のどこかで「これはチャンス――『プリズム』の能力を上げる、絶好の演習だ」と、あくまでもポジティブに考えていた。

     だが、モノが関知していなかった、もう一つの想定外の事態――モノがヘックスたちを初めとする、大勢の兵士たちの記憶を封じ、洗脳していると言う事実をヘックスたちが知ってしまったことに、モノはまだ気付いていなかった。
     この「ほころび」に気付いていれば、モノは手を早めることはせず、内部の情報統制を行って関係修復に努めただろう。
     何故ならこれは彼の組織と、彼の計画にとって非常に致命的と言える、重大な亀裂だったからである。



    「……って、オレはそう思てんねや」
     ヘックスとジュンはモノたち幹部とドランスロープたちに知られないよう、他の「プリズム」に声をかけ、自分たちの懸念を伝えた。
    「そう」
     モエからの反応は特に無く、興味なさげな返答が返ってきた。
     だが、残る2名は真剣な表情で、ヘックスを見つめている。
    「それがホントならー、あたしたちはいずれ死んじゃうってコトじゃないですかー……」
    「そうね、確かにドミニク先生は、フローラさんたちと私たちを区別しているように感じる。私も薄々、そう思っていたわ」
    「せやろ、キリア。ともかくこのまま素直に従っとったら、踏み台にされんのは確実や。
     で……、どうした方がええと思う?」
    「どう、って」
     ヘックスの言葉に、モエを除く全員が黙り込む。
     そしてモエから、こう尋ねられた。
    「何か問題があるの?」
    「何がって、お前はええのんか? あいつらの言いなりになるんやで?」
    「だから、それがどうしたの? 今だって、同じじゃない。ドミニク先生に使われるか、フローラさんたちに使われるかの違いでしょ? 不都合があるの?」
    「せやから、このままやったら……」
    「私たちは兵士よ。いつだって死ぬ可能性はゼロじゃないわ。
     なのに『このままここにいたら死んでしまう』って、バカじゃないの?」
    「んな……」
    「死ぬ時は死ぬのよ。……私、もう寝るわね」
     そう言って、モエは席を立ってしまった。
    「あ、おい! ……行ってもーた」
    「でも、兄さん」
     ヘックスの義妹であるキリアも、立ち上がった。
    「モエの言うことも、もっともだと思う。
     例え先生が私たちの記憶を封じて使役しているとしても、目的はカツミ暗殺と言う、大義のためよ。正義のために戦うのなら、私は迷い無く殉じるつもりよ」
    「そら、理屈はそうやけど……」
    「それじゃお休みなさい、兄さん」
    「あ、ちょ、待てって……」
     ヘックスの制止も聞かず、キリアも部屋を出て行ってしまった。
     残った三人は顔を見合わせ、黙り込む。
    「……僕は、それでも」
     しばらく経ってから、ジュンが口を開いた。
    「正義のためなら何をしてもいい、って言うのはおかしいと思います。
     もっともらしい理屈、大義のために悪事を働くなんて、本末転倒じゃないですか」
    「……オレも、そう思う。もう一回、キリアだけでも説得してみるわ」
     ヘックスも席を立ち、その場から離れる。
     二人きりになったペルシェとジュンは無言で向かい合っていたが、ペルシェの方から話し始めた。
    「あたしはー……、どうしたらいいのかなー?」
    「それ、は……」
    「こう言うのー、苦手なんだよねー。みんなバラバラになっちゃうとー、本当に不安になっちゃうのー」
     ペルシェは突然、ジュンを抱きしめてきた。
    「な、ペルシェさん!?」
    「本当に、本当に不安……」
     耳元でそうつぶやかれ、ジュンは心に痛いものを感じた。
    「一体、誰を信じたらいいのかなー……」
     この時のジュンにもう少し度量や経験があれば、「自分を信じろ」とでも言えたかも知れない。しかしまだ14歳で、心中が不安で一杯だった彼には、こんな風にしか言えなかった。
    「僕は……、その、……僕も、分からないです」

    蒼天剣・黄色録 5

    2009.07.30.[Edit]
    晴奈の話、第348話。 内部崩壊の前兆。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 当初、モノの描いた筋書きはこのようになっていた。 まず軍事演習を続け、「プリズム」を訓練する。十分に経験を積んだところで、ドランスロープ三名を筆頭にした大規模部隊を編成しさらに演習を続け、そこでその三名のリーダーシップを育成するとともに、残り六名の連携を密にする。 これにより優れた指揮官と将軍の関係が築かれ、最終目標...

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    晴奈の話、第349話。
    蘇る「彼女」。

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    6.
     ヘックスはもう一度妹を説得し、自分たちが生き残る道を模索しようと試みた。
    「何度言っても無駄よ」
     だが、キリアと一緒にいたモエが強硬姿勢を執り、ヘックスの意見に突っかかってくる。
    「せやけどな……」
    「あなた、そんなに死にたくないの?」
    「そら、そうやろ」
    「じゃ、逃げればいいじゃない。いいわよ、逃げて。その分私の活躍が増えるし。むしろせいせいするわ、余計な人が減るから」
     にべも無い言い草に、ヘックスはカチンと来た。
    「……あ?」
    「あなたみたいな腰抜けなんていなくても、影響無いんじゃない?」
    「てめえ……」
    「二人とも落ち着いてよ」
     ヘックスとモエの空気が険悪になったところで、キリアが諌める。
    「兄さんも、今日はもう部屋に帰って。これ以上話すことは無いわ。私もモエも、考えが変わることは有り得ないもの」
    「キリア……」
    「モエも、いい加減にして。血はつながって無いけれど、ヘックスは私の兄よ。そんな風に侮辱されて、私が何も感じないと思う?」
    「ああ、ごめんなさいね。でも本当に、つまらないことを言うものだから」
    「つまらん?」
    「やめてって言ってるでしょう?」
     キリアがもう一度抑えようとするが、二人は言い争いを続ける。
    「私には、あなたが何をそんなに嫌がってるのか分からないもの。
     私たちは兵士、この組織においては一個の駒に過ぎない。生きるとか死ぬとか、そんなことを……」
     唐突に、モエが黙り込んだ。
    「……?」「モエ? どないした?」
     キリアも、言い争いをしていたヘックスも、いぶかしげに彼女を見つめる。
    「……そんなこと、を……」
     そして突然、モエは倒れた。
    「お、おい!?」「どうしたの、モエ!?」



    (……だれ……?)
     床に倒れ行く一瞬の間に、モエの頭の中で様々な光が明滅する。
    ――おかみさん、私たちに死ねと?――
     先程自分が放った言葉から、記憶がくるくると再生されていく。
    ――殿がうっかり放してしまった実験体たちを、屠って欲しいの――
    ――実験体? それはまさか、あの……――
    ――ええ、櫟様だったものをはじめとする、魔獣化実験の被験者たちよ――
    ――そんな! だって、殿は極めて凶暴だと――
    ――そうよ。それが、どうかしたの?――
    ――おかみさん、私たちに死ねと?――
    ――あのね、巴美ちゃん――
     脳裏に黒髪の、眼鏡をかけた猫獣人の姿が映る。
    ――あなたたちは兵士、私たちの一派においては一個の駒に過ぎない。だから生きるとか死ぬとか、そんなことを考える必要は無いわ――
    ――……――
     絶句した自分に、その猫獣人はやさしく声をかけた。
    ――でもね巴美ちゃん、わたしはあなたがこんな指令で死ぬなんて、微塵も思ってやしないわよ――
    ――え……?――
    ――兵士を生かすのも殺すのも、上官の役目であり責任よ。約束するわ、あなたがむざむざ死ぬような作戦は、わたしは絶対に与えたりしないから。
     大丈夫、これはあなたが十分にこなせる任務よ――
    ――おかみさん……!――



    「……い! おい! しっかりせえ、モエ!」
    「……」
     倒れこんだ自分に声をかけてくる者がいる。
    「モエ……?」
     顔を上げると、心配そうに見つめてくる狼の兄妹と目が合う。
    「あ、気が付いたか?」
    「大丈夫、モエ?」
    「モエ、って……?」
     思わず、そんな質問が自分の口から漏れた。
    「……は?」「何て?」
    「あ、……いいえ、何でもないわ。……ごめんなさい、私ちょっと、気分が悪くなっちゃって」
    「大丈夫か?」
     先程まで言い争っていたヘックスが心配そうに見つめてくる。
    「……大丈夫よ。悪いけど、今日はもうこれで休ませて」
    「あ、ああ。……その、……おやすみ、モエ」
    「ええ。お休みなさい、ヘックス、キリア」
     平静を装い、そのままそそくさと二人の元から去ることにした。

     歩きながら、自分の頭の中を整理する。
    (……モエ? モエ・フジタ? 藤田萌景? 誰、それ! 私はそんな名前じゃない!)
     歩けば歩くほど、硫黄臭い霞がかかっていた記憶が鮮明になっていく。
    (そう、そうよ! 全部思い出した! 私は篠原一派、新生焔流の精鋭だった女よ!)
     今までぬるま湯の中で漂っていた精神が、しっかりと地に足を着くのを実感する。
    (私の、私の本当の名前は――)
     彼女は立ち止まり、顔に当てていた布を剥ぎ取った。
    (――私は、楓井巴美よ!)
     彼女は、全てを思い出した。

    蒼天剣・黄色録 6

    2009.07.31.[Edit]
    晴奈の話、第349話。 蘇る「彼女」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ヘックスはもう一度妹を説得し、自分たちが生き残る道を模索しようと試みた。「何度言っても無駄よ」 だが、キリアと一緒にいたモエが強硬姿勢を執り、ヘックスの意見に突っかかってくる。「せやけどな……」「あなた、そんなに死にたくないの?」「そら、そうやろ」「じゃ、逃げればいいじゃない。いいわよ、逃げて。その分私の活躍が増えるし。...

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    晴奈の話、第350話。
    晴奈への復讐。

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    7.
     恐らく巴美が記憶を取り戻したのは、ここ最近の作戦行動による刺激と、ヘックスとの言い争いによる言葉の反駁、そしてまだ洗脳されて1年、2年程度と、それほど時間が経っていなかったからだろう。
     巴美は自分に与えられていた部屋に戻り、姿見で自分の顔を確かめる。
    (アハハ……、ひどい顔じゃない! そうよ、この傷も全部思い出した! あのいけ好かないクソ猫女がつけた、この醜い刀傷!
     ……そうよ! そうよ、そうよ! 何故私はこんなところにいるのよ! 私が何で、腕なしオヤジやカマ野郎や、人形共なんかの言いなりにならなきゃいけないのよ!? はっ、バッカじゃないの!?
     私がやらなきゃいけないことは、唯一つ……!)
     巴美は剣を抜き、姿見を叩き壊した。
    (あの女に復讐すること……! 黄晴奈をこの手で、殺すことよ!)

     その瞬間、晴奈はぞくりと寒気を感じた。
    「……っ?」
     横にいた小鈴がきょとんとした目を向けてくる。
    「どしたの、晴奈? 尻尾、ブワッてなってるけど」
    「あ、いや。……妙だな、怖気が走ったと言うか」
    「風邪でも引いた?」
    「いや、まさか。まだ夏の盛りだし」
    「でも央北って、夏が短いじゃん? ホラ、財団の人だって長袖だし」
     小鈴はひょいと席を立ち、晴奈に茶を渡す。
    「ここんとこあっちこっち動き回ったし、変に戦いもあったから、知らないうちに気疲れもしてんじゃない?」
    「いやいや、これしきのこと」
    「そー言わないでさ、今日はゆっくり休んじゃいなって」
    「……ああ、そうさせてもらうか。こんなところで風邪など引いていられないからな」
     晴奈は素直に茶を受け取り、ゆっくりと飲み下した。



    「何だと……?」
     報告を受けたモノはいぶかしげに聞き返した。
    「モエ君がいない?」
    「はい。今朝からずっと、姿が見えないんです。それで、彼女の部屋を覗いてみたら……」
    「覗いてみたら?」
     キリアは顔を青くしながら、淡々と説明した。
    「その、まるで何かが爆発したみたいに、ぐちゃぐちゃに引っ掻き回されていたんです。それから、私の部隊で部屋の様子を確認したところ、彼女の装備一式が丸ごと消えていました」
    「装備一式が? ふむ……」
     モノは椅子から立ち上がり、部屋の外に出る。
    「見に行こう。前日の彼女の様子など、もう少し詳しく説明できるか?」
    「はい」
     キリアはモノの後ろに付きながら、詳細を話した。
    「夕べ、兄さん……、ヘックスとモエが言い争いをしていまして」
    「言い争い? 内容は何だ?」
    「いえ、つまらないことですから。……それで言い争っているうちに、彼女が突然倒れたんです」
    「倒れた?」
    「はい。すぐに起き上がったんですが、『気分が悪くなったのでもう休む』と言って、そのまま部屋に……」
    「ふむ……」
     話しているうちに、モノたちは「モエ」に与えられていた部屋に到着した。
    「……なるほど。確かにこれは、爆発と言っても差し支えないな」
     部屋の中にあった家具は一つ残らずズタズタにされ、特に紫色をした服や布、姿見は原型を留めていなかった。
    「モエ君の姿を見たと言う報告は?」
    「現在『オレンジ』隊に捜索を手伝ってもらっていますが、まだ有力な報告はありません」
    「そうか……」
     と、背後から声が飛んでくる。
    「あっらー……、ひっどいわねぇ、コレ」
    「ドクター」
     騒ぎを聞きつけたオッドが、二人の間に割って入る。
    「まるで台風が通った後みたいねぇ」
    「ええ。一体何があったのか……」
     ここでオッドが、変なことを言い出した。
    「……まるで、じゃないわねぇ。ホントに、台風が通ったのねぇ」
    「え?」
    「部屋に付いてる傷跡、全部刀傷じゃなぁい。あの子が使う剣術、風の魔術剣でしょーぉ?」
     オッドに指摘され、モノは改めて部屋を見渡す。
    「確かに、それらしい跡ではある。……とするとこれは、全てモエ君が付けたと?」
    「多分そうらしいわねーぇ。もしかすると、まずいコトになってるかも知れないわよぉ」
    「まずいこと?」
     オッドはチョイチョイと手招きし、モノに小声でヒソヒソと話す。
    「特に壊され方がひどいのは、姿見と紫系の服。つまり、モエちゃんは自分の姿とか、コレまで自分を構成してたものを念入りに壊したってコトになるわ。
     ……まるで『モエ・フジタ』と言う人間を壊すかのように」
    「……! まさか、記憶が戻ったと!?」
    「その可能性は、ひじょーに高いわねぇ。……早く捕まえてもっかい洗脳しなきゃ、最悪、ココの位置が公安に発覚する可能性もゼロじゃないと思うわよぉ」
     モノは重々しくうなり、三度部屋を眺める。
    「……由々しき事態だな。早急に対策を講じなければ」



     壁に入った亀裂は、表面の見た目よりもずっと根深い。
     表面を釉薬や土などで覆っても、その内面は直っていない。奥でじわじわとその隙間を拡げ、やがては壁全体を崩すことになる。
     カモフの告発。ヘックスたちの、水面下での反発。そしてモエの離反――殺刹峰と言う壁に入った亀裂は、次第に根を深くしていた。

    蒼天剣・黄色録 終

    蒼天剣・黄色録 7

    2009.08.01.[Edit]
    晴奈の話、第350話。 晴奈への復讐。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 恐らく巴美が記憶を取り戻したのは、ここ最近の作戦行動による刺激と、ヘックスとの言い争いによる言葉の反駁、そしてまだ洗脳されて1年、2年程度と、それほど時間が経っていなかったからだろう。 巴美は自分に与えられていた部屋に戻り、姿見で自分の顔を確かめる。(アハハ……、ひどい顔じゃない! そうよ、この傷も全部思い出した! あの...

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    晴奈の話、第351話。
    剣姫の半生。

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    1.
     黄晴奈が女傑、剣豪であるように、彼女もまた剣豪だった。

     その才能が開花したのは晴奈より8年も早い、6歳の時。今はもう、ほとんどその名を知る者もいない幻の大剣豪、楓井希一の孫であり、彼女の才能を見出したのも、焔流に入門したのもその祖父あってのことだった。
     幼い頃から類稀なる剣の才能を見せた彼女は、焔流家元・焔重蔵をして「この子は剣術の歴史に名を残すだけの才、素質を持っておる。将来、剣豪や剣聖、……あるいは剣鬼(けんき)と呼ばれるやも知れぬ」と言わしめたほどである。
     この発言と、その可憐な顔立ちから、誰とも無く彼女をこう呼ぶようになった――「剣姫(けんき)」楓井巴美と。

     その人生に不要な波風が立たなければ、後の歴史に名を残すのは晴奈ではなく、巴美だったかも知れない。



     はじめに彼女の人生が歪み出したのは7歳の春、焔流に入門して1年が過ぎるかと言う頃だった。
     巴美はこの頃、朔美と言う猫獣人の女性に懐いていた。彼女の話は非常に楽しく、そして新鮮で刺激的だったので、巴美は毎日のように彼女と遊んでいた。
     その日も楽しい話を聞かせてもらおうと、彼女のいる修行場に向かった。
    「しつれいしまーす」
     明るく声を出し、修行場の門を開く。
    「さくみさーん、きょうも……」
     今日もお話聞かせて、と言いかけて、巴美は口をつぐんだ。
    「……」「……」「……」
     修行場に集まっていた他の門下生たちが、一様に思いつめた顔をしている。その輪の中心には、朔美が座っている。
    「あら、巴美ちゃん。どうしたの?」
    「え、えっと」
     ただならぬ空気を感じ、巴美は修行場から離れようとした。しかし朔美は手招きをし、巴美を呼ぶ。
    「そんなところにいないで、こっちにいらっしゃい。今日もお話、聞かせてあげるから」
    「……はい」
     まだ7歳の巴美に、大人からの誘いを断れるような度胸は無い。非常に嫌な気配を感じながらも、巴美は朔美へと近付いた。
     巴美がすぐ前まで来たところで、朔美はポンポンと自分の膝を叩き、座るよう促す。
    「さ、こっちに」
    「は、はい」
     促されるまま、巴美は膝に座った。
    「今日のお話はね、とっても大事な話なの。よーく、聞いていてね」
    「はい……」
     朔美は巴美をぎゅっと抱きしめ、優しく、そして甘い猫撫で声で語り始めた。
    「今日のお話は、お姫さまのお話よ。剣術が上手で、正義のために戦う、『剣姫』ちゃんのお話」

     それから巴美は朔美によって、己が選ばれた者だ、正義の使者だと言い聞かされた。それは何日にも及び、幼い巴美の頭は朔美の佞言に汚染された。
     そして朔美は焔流家元である重蔵が悪の親玉、魔王であるとさえ言い放ち、巴美はこれも信じた。だからその後の新生焔流による反乱にも参加したし、離反した時も何の疑問も抱かずに付いていった。



     己が選ばれし者だと言う妄執・妄想は、彼女が22歳の頃までずっと付きまとっていた。
     実際、幼い頃から認められてきた剣の才能は篠原一派の中では随一、親方である篠原に次ぐ腕前にまで成長したし、彼女がいたからこそ新生焔流の真髄である「風の魔術剣」も完成に至ったのだ。
     この剣術は彼女が使えば、小屋くらいであれば一刀両断できたし、軽く振っただけでも大人の一人や二人、軽々と弾き飛ばすことができた。それがますます彼女を増長させ、「自分はこれほど強いのだから、何をしても正当化されるはず。自分こそが正義の顕現だ」とすら考えるようになっていた。

     そんな妄想が砕け散ったのは同じ女剣士、同じ焔流剣士である晴奈と戦った時だった。
    「貴様に刀を振るう資格など無い!」
     一瞬のうちに、自分の顔が斜めに引き裂かれた。油断していたとは言え、これまで一度もそんな深手を負ったことは無い。
    「ひ、ぎぃ……っ」
     熱と痛みが怒涛のように押し寄せ、巴美はボタボタと涙を流してうめいた。
    「かお、顔が……」
    「顔がどうしたッ! 貴様は顔と言わず手足と言わず、多くの者たちをぞんざいに斬り捨てただろうに! 己がそんなに可愛いか、この外道ッ!」
     怒りに燃える晴奈の攻撃は、彼女の顔だけではなく心まで深々と斬った。これまでに受けたことの無い、鋭く、かつ爆発するような猛攻に、彼女はまったく手も足も出なかった。
    「いや、やめて……っ」
     のどから勝手に悲鳴混じりの嘆願、哀願がこぼれ落ちる。だが、晴奈の攻撃は止まない。
    「ハァ、ハァ……」
     混乱と恐怖がようやく落ち着き始め、巴美は今一度刀を握り直して体勢を整えようとした。
    (こんな苦戦、予想しなかった……! 何なのよ、この女!? いきなり強くなった……!
     待って、待ってよ! 何でこの私が、こんな目に遭わなくちゃいけないの!? 私は選ばれた人間じゃ無かったの!?)
     だが、無理矢理に抑えつけようとしても、恐怖はグツグツと音を立てて煮え立ち、とめどなく噴き出し、あふれてくる。
    「楓井」
     そこに、晴奈の静かな、しかし怒りに満ちた声が聞こえてくる。
    「そろそろ、覚悟しろ」
    「……え?」
     晴奈が何を言っているのか分からず、巴美は半泣きで聞き返した。
    「お前は何人も殺したことだろう。だが、その逆を考えたことはあるか?」
     晴奈が上段に構えるのを見た巴美は、先ほどから焼け死にそうなほどにぶつけられていた殺気が、より一層強く吹き付けられるように感じた。
    「さあ……、行くぞ」
    「ひ、い……」
     巴美はもう、刀を持っていられないくらいに狼狽していた。
     既にこの時、巴美は「自分は選ばれた人間なんかじゃ無かった」と痛感していた。



     それだけの恐怖を味わったせいか、殺刹峰による洗脳も良く効いた。
     洗脳されてまだ1年、2年も経っていなかったが、彼女はモノやオッドと言った幹部たちに対し、非常に従順になっていた。
     それが結果的に、功を奏したのだろうか――慢心によって鈍り始めていた剣の腕は、殺刹峰にいた2年半で急成長を遂げた。

     彼女が記憶を取り戻し、自分に与えられていた部屋を破壊した時、彼女はその成長ぶりに気付いた。
    (これは……!)
     たった一振りで姿見、たんす、ベッド、床、壁、天井に至るまでバッサリと斬れた。前述の通り、彼女は以前にも小屋を斬ったことがあったのだが、その時とは桁違いに、切れ味が鋭くなっている。
     太刀筋にしても、以前はバリバリと裂けるような、荒削りなものだった。しかし今斬り払った家具は、綺麗に真っ二つに割れ、中の衣類も一切ボロボロになることなく、まるで良く研がれた裁ちバサミで斬ったように、すんなりと割れた。
    (何、これ? 私はいつの間に、これほど剣の腕を上げたの? まるで、自分が自分じゃないみたい。
     ……ああ、そうね。そうだったわ)
     もう一度、剣で部屋を払う。先程と同様、部屋は剃刀で紙を切ったように、すっぱりと割れた。
    (そう。私は、私じゃ無かった。今の私は、言うなれば『もう一人分』加わったようなもの――楓井巴美と藤田萌景の二人が、私の中で合わさったのね。
     今の私は巴美であり、萌景である。……言うなれば、『トモエ・ホウドウ(楓藤巴景)』かしら? ……クスクス、面白いわ。今からそう名乗りましょう。
     私は、楓藤巴景。『剣姫』、巴景。
     さあ、巴景。あの猫女のところに行きましょう。あの憎き仇敵、黄晴奈のところにね……!)
     巴美――いや、巴景は己の決意を刻み込むように、部屋がズタズタになるまで剣を振るい続けた。

    蒼天剣・剣姫録 1

    2009.08.03.[Edit]
    晴奈の話、第351話。 剣姫の半生。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 黄晴奈が女傑、剣豪であるように、彼女もまた剣豪だった。 その才能が開花したのは晴奈より8年も早い、6歳の時。今はもう、ほとんどその名を知る者もいない幻の大剣豪、楓井希一の孫であり、彼女の才能を見出したのも、焔流に入門したのもその祖父あってのことだった。 幼い頃から類稀なる剣の才能を見せた彼女は、焔流家元・焔重蔵をして「こ...

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    晴奈の話、第352話。
    小冬日和。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈たちがサウストレードに滞在してから一ヶ月近くが経過し、季節は既に、秋に移ろうとしていた。

     央北の夏は、央中に比べてさらに短い。流石に「北」と付くだけあって、夏よりも冬の割合の方が多いのだ。
    「うひょ……、寒いなぁ」
     とは言え、その日の気温は異様なほど低かった。まだ夏の装いが残る時期だと言うのに、吐く息が白いのだ。
    「本当、耳が痛くなるくらいね」
     サウストレードの街をぶらついていたバートとジュリアは、白い吐息をたなびかせながら街を眺めていた。
    「見ろよ、マフラーしてるヤツがいるぜ」
    「あら、本当」
     街角にはチラホラ、冬服を慌てて引っ張りだしたと思われる者が行き来していた。
    「本当に寒いよな、今日は」
     そう言ってバートはふーっと白い息を――こちらは吐息ではなく、紫煙だが――吐いて、ポケットに手を入れる。
    「冬の中で温かい日を『小春日和』と言うけれど、今日みたいな日は『小冬日和』とでも言うのかしらね」
     ジュリアがそっとバートの腕に寄り添い、暖を取ってきた。
    「はは……」
     バートは小さく笑いながら、街を見渡した。
    「ん? 何だ、あの露店?」
    「え?」
    「ほら、通りの反対側にある店。何かカラフルで目立ってる」
    「ああ……」
     バートがくわえ煙草で指し示した方に、やけに色彩豊かな露店が立っている。
    「何の店かしら?」
    「行ってみるか」
     店の近くまで行ってみると、こんな寒い日だと言うのに何人もの人が集まっていた。
    「ねぇねぇ、次はコレ付けてー」
    「はいはい」
     店主らしき短耳の女性が、小さい女の子の差し出した帽子に絹の付いた型紙を当て、ぺたぺたと染料を塗って星のマークを付けている。
    「ありがとー!」
    「はいはい、20クラムね」
     店主はニコニコ笑いながら、客の衣服に様々なマークを付けている。いわゆるシルクスクリーンのようだ。
    「へぇ、面白そうね。何かやってもらう?」
    「んー……」
     バートは自分の衣服を見回し、マークを付けても差し支えなさそうなものを探す。
    「……お?」
     と、いつの間にかジュリアが自分のベストとネクタイを店主に渡し、話をしている。
    「はいはい、カエデ模様ね。色は赤と橙いっこずつ、と」
    「お願いね」
    「はいはい」
    「……はは」
     バートは笑いながら、煙草を吸おうとする。それを見た店主が顔を上げ、口をとがらせた。
    「お客さん、近くで吸わないでよ。引火するから」
    「あ、おう。悪い悪い」
     バートは頭をかきながら煙草を口から離し、近くの灰皿まで歩いていった。
     その間に、ジュリアは店主と世間話をする。
    「にぎわってるのね」
    「うん、ボチボチ稼げてるよ」
     店主は手元に視線を落としながら、気さくに話をしてくれた。
    「一番人気があるのはどの柄?」
    「時期柄だからと思うけど、お客さんと同じカエデ模様だよ。秋って感じがするし」
    「そう」
     店主はここで思い出したように、また顔を上げた。
    「あ、そうそう。カエデって言えばさ、さっき一人変なお客さんがいたんだよね。
     短耳で、顔全体をマフラーで覆っててさ、のっぺりした仮面を差し出してきて、『これに藤色のカエデ模様を』って」
     妙な話に、ジュリアと、戻ってきたバートは興味を抱いた。
    「藤……、紫色の、カエデ?」
    「変でしょ? 普通カエデって言ったら、赤とか黄色とかの暖色系を選ぶのに。あたしも『何で藤色に?』って聞いたらさ、『私の色だから』だって。
     で、マーク付けてあげたらその仮面かぶって、ささっとどっか行っちゃったのよ。……それでさー」
     店主はここで、声色を変えた。
    「その女の人、仮面かぶる時にチラッと顔を見たんだけど、こーんな風に」
     店主は自分の左眉を指し、そこからすっと右頬にかけてなぞる。
    「すっごい傷跡が付いてたのよ。剣士さんっぽかったから、そう言う関係でケガしたのかも。ちょこっと、不気味な人だったなぁ」
    「……スカーフェイスの、女」
     それを聞いたジュリアの顔が、途端に険しくなった。
    「その人、央南人だった?」
    「え? ……うーん、そう言われればそうだったかも。あんまりこの辺では見たこと無い顔立ちだったし」
    「どうしたんだ、ジュリア?」
    「忘れたの、バート?」
     ジュリアは立ち上がり、バートの耳元でささやいた。
    「顔に傷のある、央南人風で短耳の女性。そして紫色が、彼女の『色』だと」
    「紫……、そうか、『バイオレット』か」
     バートもようやく、その人物に思い当たった。

    蒼天剣・剣姫録 2

    2009.08.04.[Edit]
    晴奈の話、第352話。 小冬日和。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 晴奈たちがサウストレードに滞在してから一ヶ月近くが経過し、季節は既に、秋に移ろうとしていた。 央北の夏は、央中に比べてさらに短い。流石に「北」と付くだけあって、夏よりも冬の割合の方が多いのだ。「うひょ……、寒いなぁ」 とは言え、その日の気温は異様なほど低かった。まだ夏の装いが残る時期だと言うのに、吐く息が白いのだ。「本当、耳...

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