黄輪雑貨本店 新館

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    琥珀暁・南都伝 7

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第124話。
    作戦立案。

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    7.
     デザートの皿が卓から下げられたところで、ハンがようやく口を開いた。
    「食事は終わりました。仕事の話をしましょう」
    「ええよ」
     エリザの了解を得て、ハンは立ち上がり、敬礼する。
    「実際に現地へ赴いて下さっていますし、陛下からもお話を伺っていることとは思いますが、改めて状況の確認から。
     現在、ノースポートは正体不明の集団によって占拠されており、元いた住民は近隣に避難しています。このままでは住民の生活がままならず、漁業を中心とした産業が停滞、壊滅的な被害を被ることとなります。そうなれば陛下の統治下にある者にも、多少なりとも影響が出るでしょう。
     そこで陛下は大隊を率い、敵性集団の討伐を行うよう、俺に命じました。ここまではご承知の通りかと思いますが」
    「うん、聞いとるで。で、アタシにも手伝わせようっちゅうコトやな」
    「ええ。エリザさんには副隊長として、俺と共に大隊を指揮していただきたいと考えています」
     そこでハンは言葉を切り、エリザの反応をうかがう。
     エリザは特に断るような素振りも無く、素直にうなずいた。
    「ええよ。ソコら辺はゼロさんと話付いとる。やらさせてもらうわ」
    「ありがとうございます」
     ハンは深々と頭を下げ、続いて討伐の具体的な作戦を話し合おうと、口を開きかけた。
    「では……」「ちなみにな」
     が、エリザはそれをさえぎり、にこっと笑ってきた。
    「肝心の作戦やけど、もう粗方まとめとるから」
    「……何ですって?」
     ハンの心の中に、驚きと苛立ちが同時に沸き起こる。
     それもまた、彼女に見透かされていたらしく、エリザは依然として笑みを崩さない。
    「何もアンタをびっくりさせようとか無視しとるとか、そんなんや無いで。
     アンタらがこっちに来るまでに、結構日にちあったやろ? ぼーっと待っとってもしゃあないし、そもそもアンタの言う通り、長いコト放っとったら影響も出て来る。でける限り早よ、討伐に行かなアカン。ソレは分かるやろ?」
    「そう、ですね。それは、まあ」
    「せやからアタシの方で、でけるトコまで作戦詰めといたんよ。勿論アンタが聞いてみて、『こらアカンやろ』ってトコがあったら、一緒に修正したらええしな。
     ちゅうワケで、説明するで」
    「ええ、はい」
     まだわだかまったものは残りつつも、ハンは仕方無く、素直にエリザの作戦を聞くことにした。
    「今回、ゼロさんが一番望んどるであろうコトは、敵やと見なしとるヤツらがノースポートからおらんようになるコトや。
     となれば無理に人を押しかけて、正面切って殴り合いになるんは得策や無い。そら上手く行けば相手を蹴散らせるやろけど、こっちかて被害出るしな。ソレより無力化させる方が、後々都合のええコトになるはずや」
    「以前、ノースポートからの帰路で先生が仰っていたお話ですね」
     ビートの発言に、エリザはうんうんとうなずいて返す。
    「そう言うコトやね。相手は単なるバケモノや無い、意思疎通のでける人間や。無闇に戦おうとしたら相手かて抗戦しよるやろし、そうなったら最悪、何ヶ月もやり合わなアカン羽目になる。そんなん、誰かて得しいひん。
     そんなアホなコトをダラダラ続けるより、一度相手を黙らせてから、こっちに『話し合おうと思てるんやけど』っちゅう態度見せて、話し合いに持って行った方が絶対ええわ」
    「それでエリザさん、無力化と仰いましたが、具体的には?」
     ハンの質問に、エリザは使用人に「アレ持ってきて」と指示を出しつつ、こう答える。
    「一番やる気無くさせるんは、『無力や』『どうしようもでけへん』と思わせるコトや。例えばや、ぎゅうぎゅうに縛られたら、どないもこないもならへんやろ?」
    「そりゃ、まあ」
    「ソレと同じ状況に持ってくんや。アイツら完全包囲して、あらゆる攻撃手段を封じたる。ソレやったらバタバタと野戦するより百倍楽やし、被害も出えへん。
     ソコで問題となるんが、2点や」

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    琥珀暁・南都伝 6

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第123話。
    エリザの食卓。

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    6.
     食堂に着くなり、ビートとシェロがこそこそと耳打ちし合う。
    (予想通りっちゃ予想通りだけどさ)
    (何が?)
    (やっぱデカいんだな。玄関といい、廊下といい、食堂といい)
    (そりゃ、エリザ先生の自宅だし)
    (こうなると、メシもものすごいぜ。どんだけ出て来るか)
    (そりゃもう、想像も付かないくらいに出て来るんじゃ?)
    (つっても、マリアさんが半分くらい平らげるんじゃね?)
    (まさか! ……まさかとは思うけど)
    「ちょっとー」
     と、マリアが二人の間に割って入る。
    「いくらあたしでも、そんなに食べられないってば」
    「またまたぁ」
     ニヤニヤ笑っているシェロに、マリアがぷくっとほおをふくらませる。
    「あたしのこと、何だと思ってんのよー」
    「大食いで落ち着きが無くて騒がしい」
    「ちょっと、それ女の子に言う台詞?」
     マリアが目を釣り上がらせ、シェロの短い両耳をぐいぐいとつねったところで、ハンが諌めに入った。
    「その辺でいいだろ。エリザさんが俺たちを待ってくれてるのに、いつまで遊んでるんだ」
    「あ、はーい」
     マリアたちがバタバタと席へ急ぎ、続いてハンも座ろうとする。
     が、既に席に着いていたエリザが、「ああ、ちょと」と声をかけてくる。
    「ハンくんはこっち来」
     そう言って自分のすぐ隣を指差したエリザに、ハンは肩をすくめて返す。
    「礼儀に反します。俺は対面に座りますよ」
    「あら、つれへんなぁ」
     全員が卓に着いたところで、エリザが立ち上がる。
    「ほな、遠路はるばるおつかれさんっちゅうコトで。
     皆さんごゆっくり、くつろいだって下さい」
    「ありがとうございます」

     食事を始めて間も無く、マリアが給仕に来た、猫獣人のメイドに声をかける。
    「お待たせいたしました。前菜の……」「ねー、あなたがスナちゃん?」
     名前を呼ばれ、その幼いメイドは目を白黒させた。
    「えっ? え、ええ。どうしてわたしの名前を?」
    「リンダちゃんから聞いたよー。猫獣人で料理上手いメイドさんがいるって」
    「は、はあ、左様ですか」
     面食らっているスナに、マリアは他のメイドを見比べつつ、こう続ける。
    「他の人、みんな『狐』とか『狼』とか短耳の人とかばっかりだけど、こっちで『猫』って珍しいのかな。あなた一人だけっぽいし」
    「え、あ、あのー」
     困った顔で周りをきょろきょろとうかがっていたスナに、エリザが「ええよ」と応じる。
    「お客さんの相手も勤めの一つやし、料理と給仕は他の子に任せたり」
    「恐れ入ります、女将さん。
     え、えっと、はい。わたしの父も『猫』なんですけど、20年ほど前、北から移住して来たんです。ほんでその後こっちで結婚して、わたしが産まれたんです」
    「20年前の移民って言ったら、討伐隊のやつ?」
    「あ、はい。実は父は、その副隊長やったんですが、『こっちが気に入った』言うて、当時飼ってた羊たちと一緒に、越してきはったんです。
     それで移ってきた後、母と出会いまして」
    「そうなんだ。じゃ、お父さんが討伐隊の副隊長だったってことは、それつながりでスナちゃん、エリザさんのとこに来たって感じ?」
    「ええ、2年前からこちらで働かせていただいとるんです。
     でも、……えっと、すみません。お名前は」
    「マリアだよ」
    「ありがとうございます。えっと、マリアさんも猫獣人なんですね」
    「うん、そうそう」
    「わたし、父以外の『猫』の方に会うのん、初めてなんです。妹は母の血引いたみたいで、『狐』ですし」
    「あ、そうなんだ。北の方にはいっぱいいるよー」
    「そうらしいですね。わたしもいっぺん、行ってみたいんですよ」
    「いつか来てよ、案内するよー」
    「はい、その時は是非」
     二人が楽しく話し始めたところで、ハンがそれを咎めかける。
    「おい、マリア……」「ハンくん、ちょと」
     が、寸前でエリザから声をかけられる。
    「なんです?」
     憮然としつつ返事したハンに、エリザがにこにこと笑みを向けてきた。
    「仕事の話は後や。うまいもん食いながら、そんな辛気臭いコトでけるかいな」
    「招待主がそう言うのであれば」
     そう返したハンに、エリザはまた別の笑顔を見せる。
    「言い訳多いなぁ、自分。
     二言めにはすぐ『規律が』『礼儀が』て。ちょっとはアタマ柔くしいや。いっつもそんなんしとったら、あっちこっちでガッツンガッツン角立つで」
    「……っ」
     その言葉に苛立ちを覚えたものの――彼女の言う通り、自分の感情より規律を重んじようとする性分である。
    (ここで声を荒げれば、それこそ場の空気を悪くするだろう。冷静になれ、ハンニバル)
     ハンはそれ以上何も言わず、黙々と食事に手を付けていた。

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    琥珀暁・南都伝 5

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第122話。
    南の大豪邸。

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    5.
     山を降りてからさらに1日を過ぎて、シモン班は目的地であるエリザの街に到着した。
    「あの、尉官」
    「なんだ?」
    「ここがエリザ先生の本拠地なんですよね?」
    「そうだ」
    「エリザ先生はここの長と聞いてましたが」
    「ああ」
    「本当に?」
    「本当だ」
     ハンと二言、三言交わし、ビートはため息を付く。
    「本当にすごい人なんですね、エリザ先生って」
    「さあな」
     どこに目を向けても商店や露店、工房、その他諸々の施設が立ち並んでおり、一行の会話が度々さえぎられるほどの喧騒と活気に満ちている。
     と、リンダがくいくいと、ハンの服を引っ張る。
    「なーなー、早よ家行こーやー。歩き通しでウチ、めっちゃつかれたー」
    「そうだな。話し合いの件もあることだし、変にそこらの店で食事を採るより、エリザさんの家でご馳走になった方がいいだろう」
    「せやで。スナやんのご飯、めっちゃ上手いし。店で食べるより絶対そっちの方がええって」
     二人の話を聞いていたマリアが、そこでぴょこんと猫耳を揺らす。
    「ごはん? おいしい? あ、それより『スナやん』って?」
    「家で働いとるメイドさん。
     ウチと2つちがいの12やけど、バリバリ仕事でける子やねん。ご飯作るんだけやなくて、掃除とか洗濯とかもな。母やんの超お気にの子」
    「へぇー」
    「あ、せや。スナやんも『猫』やから、マリアちゃんと気ぃ合うかもやね」
    「そーなんだ。ね、ね、尉官っ。早く行きましょー」
     急かしてくるマリアに、ハンは肩をすくめる。
    「これは仕事だぞ。まさかメシにつられてるわけじゃ無いよな?」
    「……まさかー」
     ぺろっと舌を出してきたマリアに、ハンを含めた皆が苦笑していた。

     街を北東へと進み、やがて大きな屋敷に着く。
    「ここですか?」
    「そうだ。ちょっと待ってろ。開けてもらうから」
     ハンは皆を待たせ、門の向こうに立っていた使用人2人に声をかける。
    「よお。久しぶりだな、マルコ、フランク」
    「ん? ……ああ、ハンやないか!」
    「女将さんから来る言うんは聞いてたで。でも聞いとったより早かったなぁ」
     2人と会釈を交わし、ハンは背後の仲間と弟妹を指す。
    「聞いてるなら話が早い。ロイドとリンダ、連れて来たぞ。あと、俺の部下も」
    「おう、おつかれさん」
    「『俺の部下』やて。自分、カッコ付けやな」
    「それ以外に言い様が無いしな。愉快な仲間たちとでも言っとけば良かったか?」
    「いらんいらん、そんなボケ」
    「ま、今開けるから、ちょっと待っとき」
     すぐさま門が開かれ、2人は一転、恭しく頭を下げた。
    「ゴールドマン邸にようこそいらっしゃいました」
    「お帰りなさいませ、お坊ちゃま、お嬢様」
     と、すぐに元の口調に戻る。
    「ここだけはキチっとしとかんと、女将さんに怒られるからな」
    「せやから後ろの皆さんも、お気軽にしてもろて下さい」
     気さくな態度を執られ、マリアたち3人もほっとした表情を浮かべる。
    「あ、はーい」
    「では、お言葉に甘えて」
    「どもっス」
     屋敷の中に通されてすぐ、使用人ら十数名を背にしたエリザが出迎える。
    「どうも、皆さん。長旅おつかれさんでした」
    「どうも」
     先頭に立っていたハンがぺこっと頭を下げ、マリアたちもそれにならう。
    「労いのお言葉、痛み入ります」
    「恐縮っス」
    「お久しぶりでーす」
     が――その直後、ぐう、と腹の鳴る音が聞こえてきた。
    「……てへ」
     猫耳の内側まで真っ赤になったマリアを見て、エリザが大笑いした。
    「ぷっ……、ふ、ふっふ、アハハハ……、あー、うんうん、お腹ペコペコさんなんやね、うん。
     すぐご飯、用意させますわ。堅い話するんはその後で」
     そう提案したエリザに、マリアは嬉しそうな笑みを浮かべる。
    「賛成でーす! ね、尉官もそれで文句無いですよね?」
    「ああ」
     ハンは頭を抱えつつ、短くうなずいて返した。

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    琥珀暁・南都伝 4

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第121話。
    「常識」を語る。

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    4.
     初日に多少変わったことがあった以外、特筆すべきことも起こらず、ハンたちは半月ほどかけてウォールロック山脈を越えた。
    「なんか暑いねー」
     ふもとに近付くにつれ、マリアが旅装を次々解き、軽装になっていく。
    「山の南は温暖な気候だそうですからね。……あのー」
     その旅装を預かっていたビートが、ぼそぼそとした口ぶりでマリアを諭している。
    「暑いのは十分良く分かるんです。分かるんですけど、あの、あんまり、何と言うか、脱いじゃうのは、ちょっと……」
    「だって暑いじゃん。ビートも脱ぎなよ。顔真っ赤じゃん」
    「いや、これは、……いや、あのですね」
     一方、シェロも既にコートも上着も脱ぎ、上半身は肌着だけになっている。
    「あっちーわ……」
    「シェロさんもみんなも、北の人やもんね」
     一方、ロイドたち兄妹はコートこそ脱いではいるものの、マリアたちのように薄着になってはおらず、しっかり着込んでいる。
    「ウチらは逆に、『北の方寒いー』て思てたけど」
    「そう言うもんなのかな。って言うか、尉官も脱いだらどうっスか? んなガッチガチに着込まなくても。
     あれ? でも汗かいてないんスね」
    「訓練の賜物だ」
     一言、そう返したところでハンは立ち止まり、皆の方を向く。
    「さて、ようやく南側に着いたが、気を付けて欲しいことがいくつかある。
     まず――ロイドたちの話し方からして、ある程度分かっているとは思うが――言葉が若干違う。多少通じないこともあるかも知れないが、あのノースポートの奴らほど、わけが分からんと言うことは無い。ゆっくり話せば大体分かってもらえるはずだ。
     それから、……まあ、これも今までのことから、把握してるだろうと思う。こちらではエリザさん人気が強いが、その一方、陛下についてはさほど評判には上がっていないし、残念ながら俺たちほど崇敬してもいない。俺たちの中にそんなことをする奴はいないと信じているが、くれぐれも陛下の御威光を笠に着るような行動や発言は控えるようにしてくれ。
     あとは……」「なーなー」
     ハンの話をさえぎり、リンダが手を挙げる。
    「そんなん一々言わんでも、みんな分かっとると思うで」
    「その上で、念を押してるんだ。
     残念ながら人間って奴は、自分の常識が世界の常識だと思い込むところがある。それを把握せず異邦に飛び込むと、思わぬトラブルに見舞われることがある。
    『相手には相手の考えがある』と言うことは、絶対に忘れないでおいて欲しい。俺が言いたいのは、そう言うことだ」
    「うっす」
    「了解です」
    「はいはーい」
     部下たちが素直に敬礼する一方、リンダはニヤニヤしている。
    「母やんに怒られたコト、まんま言うてる」
    「……つまりこれは、俺の経験談でもあると言うことだ。皆も気を付けてくれ」
     ハンはそこで背を向けたが、部下が揃って笑いをこらえていることには、気配で気付いていた。

     山を降りて間も無く、一行は部分的ながらも、石畳で舗装された道に出た。
    「すぐ着きそうですね」
     その道路に視線を落としながらつぶやくビートに、リンダが「んーん」と答える。
    「あと3日くらいかかるで」
    「え? でも舗装路があるってことは……」
    「あるけど、それが何なん?」
    「え? いや、あるってことは、街があるってことに……」
     やり取りを聞いていたハンが、トントンとビートの肩を叩く。
    「さっき言ったばっかりだろ。自分の常識は決して、世界の常識じゃないんだ。
     俺たちのところじゃこんな舗装路は、クロスセントラルくらい大きな街の中とその周りにしか無いが、こっちじゃ大きな街同士を結ぶ街道にも、石畳がしっかり敷いてあるんだ。
     ここから東へ行けばエリザさんのいる街だが、西にも同じくらい大きな街がある。その両方を行き来する人間が多いから、こうして馬車や荷車が通りやすいように整備されてるんだ。
     残念ながら北と南を比較すると、北はまだ、整備に関しては遅れてる方だと言っていい」
    「そう……なんですか」
     説明を聞いたビートには、明らかに衝撃を受けている様子が見て取れる。
    (クロスセントラルが大きな街だからな、自分たちの住む地域が一番栄えてる、発展してると信じ切ってたんだろう。
     それもまた、『常識』の違いって奴だな)

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    琥珀暁・南都伝 3

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第120話。
    鳳凰の思い出;邱醍カコ縺ィ縺ョ蜃コ莨壹>縲 。

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    3.
    「えっと、……ゼロと、鳳凰?」
     そう尋ねてきた彼女に、ボクと、隣のゼロは揃って応じる。
    「うん。僕がゼロ。隣がホウオウ」
    「よろしくー」
     手を差し出してはみたものの、正直言ってボクは、握り返してもらえるか不安だった。
     いやね、彼女が見た感じヤバいって言うか、あ、ヤバいってのは怖いって意味合いもあるんだけど、マジな意味でのヤバさもあったんだよ。
     あー、コレじゃ説明になってないよね。つまり彼女は、健康的な見た目じゃなかったんだよ。そう言う意味のヤバさ。
     もしかしたら手を挙げる体力すら無いんじゃないかって思って、出会い頭に悪いコトしちゃったなと思ったんだけど……。
    「よろしく、鳳凰」
     でも彼女はすんなり、手を握ってくれた。ソレからゼロとも握手して。
     ソレを横目に見つつ、ボクは彼女に尋ねてみた。
    「他に人は? ***とか無い?」
    「無いね。そんな上等な設備、この病院にあるもんかね」
    「そっか」
     安心したところで、ボクは彼女にもう一つ聞いてみた。
    「えーと、緑綺(ロッキー)」
    「なに?」
     彼女は不機嫌そうな感じ半分、だるそうな感じ半分の目でにらんできた。
     もしかしたらこうして話をするコト自体、相当辛いのかも知れないなって思ったんだけど、やっぱり気になったから聞いてみたんだ。
    「何の病気なの?」
     聞いた途端、彼女は「何を分かったコトを聞いてるんだかね」って言いたげな表情をボクに見せて、こう返してきた。
    「不治の病。持って後3年だってさ」



    「ま、最初に会った時は怖いなー、ヤバそうな人だなーって思ってたんだけどね、色々話してみたら面白いお姉ちゃんだったんだよね」
    「そうか」
     目を合わせず、にべもない返事をしたハンに、男は苦笑いしている。
    「興味無さそうだね」
    「無いな」
     ハンもカップに茶を注ぎ、飲み始める。
    「あんたにも、あんたの昔話にも興味は無い。他人の病気がどうだとかって話なんてのも、わざわざ聞きたいもんじゃ無い。
     それ以上その話を続けたいって言うんなら、向こう向いて勝手にしゃべっててくれ」
    「辛辣だなぁ。じゃあ、話題変えるよ」
    「もういい。うんざりだ」
     ハンはそう返したが、男は意に介していないらしく、またも話しかけてくる。
    「ここ数年さ、この山も人の行き来が増えてきたよね」
    「ああ」
    「山の北と南の方で、ゼロとエリちゃんが色々頑張ってるって話もあちこちで聞いてるしね」
    「何だって?」
     ハンは苛立ちを覚え、男に食って掛かる。
    「随分馴れ馴れしい呼び方だな」
    「ん?」
    「『ゼロ』に『エリちゃん』だと? あんた一体、何様のつもりだ?」
    「何様って言われてもなぁ」
    「そもそも、さっきから思ってたんだが」
     ハンはカップを足元に置いて立ち上がり、男を見下ろす。
    「あんたは何なんだ? 妙に上からモノを見てるなって雰囲気が、ぷんぷんと臭ってくる。
     そんなに雲上人を気取りたいなら、俺がこの山から落っことしてやろうか」
    「物騒だなぁ、もう」
     男も立ち上がり、肩をすくめて返す。
    「喧嘩腰にならないでよ。単純に、話がしたいだけなんだ。ソレだけ」
    「生憎だが、俺の方には今、話をする気が全く無いんだ。正直に言えば、これ以上口を開きたくすらないって気分なんだよ。
     それでもまだ何か、俺に話しかけてくる気か? それなら俺は言葉じゃなく、暴力に訴えるぞ」
    「……分かった、分かったよ」
     男はくるりと背を向け、そのまま歩き出した。
    「まるで機嫌が悪い時のカズちゃんだよ。何言ったってキレるんだから、もう」
    「さっさと行け」
     ハンのダメ押しを背中にぶつけられながら、男はその場を去って行く。
     ようやく静けさが戻り、ハンはふう、とため息を付く。
    (何なんだ、今の奴は。……まあいい。これでようやく、落ち着いて茶が飲める)
     男が残していったカップの中身を撒いて捨て、ハンは再び、焚き火の前に座り込んだ。

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    琥珀暁・南都伝 2

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第119話。
    キャンプの夜。

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    2.
     夕食を済ませてすぐ、シモン班は眠りに就いた。
     無論――「危険は無い」とは言ったものの――念のために、交代で見張りを立てることにした。



    「……かん、尉官、起きてくーださーいよー」
     眠りに就いてから4時間ほどしたところで、ハンはマリアに起こされた。
    「ん……ああ」
     ぱっと起き上がり、ハンはテントから出る。
    「寒いな、流石に」
     出た途端、澄んだ星空と凍りつくような空気がハンを出迎える。
     一方、マリアは既にごろんと横になり、毛布にくるまっていた。
    「あったか~いねむ~いおやすみなさ~い、……ぐー」
    「寝るの早いなぁ。……ま、おやすみ」
     テントを閉め、ハンは焚き火の側に座り込む。
    (……さて)
     焚き火に乗っていたポットのふたを取り、中を確かめる。
    (中身は、……ただのお湯か? マリアのことだから、茶か何か沸かしてるかと思ったが)
     一旦ポットを地面に置き、辺りに散らかっていた鍋や食材の余りを確かめる。
     その中に茶葉があるのを見付け、ハンはそこから推理する。
    (使った形跡がある。自分で飲むのに一杯沸かして、それから多分、俺のために新しく火にかけてくれたってとこか。
     飯とか飲むものに関しては、マリアはこだわるからな。となると……)
     と、テントの中からもぞもぞと、マリアが顔を出す。
    「すみませーん、忘れてましたー……。お茶っ葉包んだの、カップの中に入れてますからー」
    「ああ、ありがとう。おやすみ」
    「おやすみなさーい」
     テントにぺら、と手を振りつつ、ハンはカップを手に取り、中に茶葉が入っていることを確認する。
    「やっぱりな。……さてと」
     一旦カップを足元に置き、ハンはポットを手に取ろうとした。

     その時だった。
    「お茶あるならボクにもくれない? キミが淹れた後のでいいから」
    「……!?」
     背後から突然声をかけられ、ハンはばっと立ち上がり、剣を抜きつつ振り向く。
     そこには――ぼんやりとした焚き火の灯りでも、はっきりと分かるくらいに――奇妙な耳と尻尾を持った獣人が立っていた。
    「あ、いやいや、待って待って待って」
     と、男はぱたぱたと手を振り、敵意が無いことを示す。
    「驚かせたのはゴメン。悪気は無いんだ。
     のど乾いちゃってさ、水場か何か近くに無いかなって探してたら、丁度キミがいたから。だから何か、飲むもの無いかなと思って。ソレだけなんだ」
    「……そうか」
     剣を収め、ハンは彼に座るよう促した。
    「立ったまま飲むのも変だろ? そこら辺、掛けてくれ」
    「ありがとね」
     彼はぺこっと頭を下げ、ハンの向かいに座り込んだ。
    「こんなトコで何してんの?」
     いきなりそう聞かれ、ハンは面食らう。
    「それはこちらの台詞だ。……俺たちは山の南側にある、とある街へ向かう途中だ。あんたは?」
    「気ままな一人旅ってトコかな」
    「呑気なもんだな」
    「あんまり人がいるトコにいたくない性分でね。こうして誰もいないトコをひっそり渡り歩いてるのさ」
    「なるほど。確かにこの辺り、人気がまったく無いな」
     そう返しつつ、ハンはカップに茶を注いで男に差し出す。
    「先に飲むか?」
    「いいの?」
    「のど、乾いてるんだろ?」
    「そりゃまあ」
    「俺はヒマつぶしに淹れてるだけだしな」
    「それじゃ、お言葉に甘えて」
     男はまたぺこっと頭を下げて、カップを受け取った。
    「見た感じキミ、軍人さんっぽいけど、あっちのテントで仲間が休んでる感じ?」
    「ああ。2時間おきに交代する予定になってる」
    「じゃ、ソレまでヒマってコト?」
    「そうだ。……何だ?」
     尋ねたハンに、男はきょとんとした目を向けてくる。
    「何が?」
    「俺がヒマだと、何かあるのか?」
    「ヒマつぶしに付き合ってあげようかって。お茶のお礼もしたいし」
    「いらん」
     ハンは素っ気無く返し、焚き火に視線を落とす。
    「ヒマのつぶし方なんていくらでもある。別にあんたに付き合ってもらう必要は無い」
    「つれないねぇ」
     男はニヤニヤ笑いながら、カップに口を付ける。
    「まあ、それでね」
    「いや、いらんって今言っただろ」
    「お構いなく。一人言みたいなもんだよ」
     飄々とした男の態度に、ハンはまともな会話を早々に諦めた。
    「……勝手にしゃべっててくれ」
    「うん」
     そのまま、男は話を始めてしまった。

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    琥珀暁・南都伝 1

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第118話。
    シモン班、山を進む。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     首都での休暇を終え、ハンたち一行はエリザに会うため、ウォールロック山脈を登っていた。
    「あ、尉官、尉官! あれ見て下さい!」
    「何だ?」
    「ほら、あれってクロスセントラルですよねー?」
    「ああ、そうだな。陛下のお屋敷も見えるし」
    「あのお家って本当、おっきいですよねー」
    「陛下のお住まいってだけじゃなく、政治や軍事の中枢でもあるからな」
     はしゃいでいるマリアに対し、ハンは淡々と受け答えしている。
    「大丈夫? 疲れたら言ってね」
    「うん、まだ平気やでー」
     ビートもリンダに優しく話しかけたりと、親しげに振る舞っている。
    「い、今のとこ、前方に敵影無しっス」
     一方でシェロは、前を見たり後ろを向いたりと、忙しなく動いている。
     それを見かね、ハンが声をかけた。
    「まず、いないだろう。この山で最後にバケモノが出たのは、もう20年以上前だ」
    「そうは言いますけど、尉官。この山ってまだ、全部探索され切ったワケじゃないって話じゃないっスか。
     もしっスよ、出くわしたりなんかしたら、エリザさんのお子さんたちが危険に……」
    「20年出現しなかったようなモノが、たまたま俺たちが通りがかったところにノコノコ姿を表すって言うのか? そんなことが起こるよりも、大魔法使いに出くわす方がまだ、確率が高いと思うがな、俺は。
     そんなこと気にするよりも、しっかり護衛を努めた方がエリザさんは喜ぶだろうさ」
    「……そっスかねー」

     本来の目的であるエリザとの話し合いに加え、エリザから自分の子供たちを連れて帰ってくるよう頼まれていたため、ハンは自分の班にロイドとリンダを同行させていた。
     マリアたち3人は、まだ13歳と10歳の二人が共に山道を進むことに不安を表していたが、ハンから頭を下げられ、渋々承知していた。

     とは言え――。
    「大分歩いたけど、二人とも大丈夫?」
    「あ、はい」「だいじょぶー」
     軍人4人が――多少は加減してはいるが――歩く速度に、ロイドもリンダも問題無く付いて来ていた。
     それに疑問を感じたらしく、ビートが尋ねてきた。
    「もしかして二人とも、魔術か何かを使ってるんですか?」
    「え?」
    「駄目ですよ、道のりは長いんですから。ずっと使ってたら、より疲労が溜まるし……」
    「んーん」
     が、リンダはぷるぷると首を横に振る。
    「使てへんでー。ロイド兄やんも使てへんよな?」
    「う、うん」
     兄妹に揃って否定され、ビートは戸惑う様子を見せる。
    「使ってないんですか? じゃあどうして……?」
    「聞いた話だが」
     話の輪に、ハンが加わる。
    「親のエリザさん自身、幼い頃に師匠と一緒に、この山を登ってたそうだ。修行のためにな」
    「幼い頃? いくつくらいの話なんですか?」
    「エリザさんは暦が作られる前の生まれだから、正確な歳は分からん。それでも多分、今のリンダくらいの歳だったろう。
     その血を受け継いでるってことだ」
    「……なるほど」
     わだかまった表情をしながらも、ビートはこくんとうなずいた。



     登り始めてから半日が過ぎ、太陽が自分たちより下へ降りてきたところで、ハンたちは足を止めた。
    「今日はここで休もう。ビートとシェロは、俺と一緒にテントを張るのを手伝ってくれ。マリアとロイド、リンダは薪を集めて、かまどを作ってくれ」
    「え? 尉官、いいんスか? お二人に仕事させて」
     そう返したシェロに、ハンは「いいんだ」と答える。
    「むしろ何もさせずに恭しく扱ってたら、エリザさんから『もうちょい鍛えたって』って小突かれるだろうさ。
     そうだろ、ロイド、リンダ?」
    「ま、まあ、そやろね。か、母さん、厳しいから」
    「ぜーったい言わはるねー」
     二人からもそう言われ、シェロも納得したらしい。
    「そんなら、……はい、ええ」
    「さあ、さっさと準備してさっさとメシ作るぞ。みんな、腹減っただろ?」
     ハンの言葉に、一同はうんうんとうなずき、それぞれの作業に就いた。

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    2018年4月携帯待受

    携帯待受

    ASTON MARTIN DB11

    ASTON MARTIN DB11

    ASTON MARTIN DB11  ASTON MARTIN DB11

    2018年4月の携帯待受。
    アストンマーティンのDB11。

    今年の携帯待受は、……何と言うか、色彩的にダイナミック。
    今回は今回で異様にゴージャスな雰囲気が出てる。
    確かに高価なクルマではあるし、こんな色でも合うのかも知れませんが。



    次回もカラーに関して、twitterにてアンケートを行う予定です。
    ブログトップページ、もしくはこちらから、私、黄輪のTLに飛ぶことができます。
    よろしければご参加下さい。



    Calender picture application by Henry Le Chatelier

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    琥珀暁・彼心伝 9

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第117話。
    彼女は悪人なのか?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     夕方を過ぎ、クーも交えての食事を終えたところで、ゲートが自分の畑に来るよう、ハンを呼び出していた。
    「なんだよ、こんなとこまで……」
    「こんなとこって言うな。二人で話せるところなんて、他に無いだろ?」
     ゲートは畑の横に置いてある長椅子に座り、ハンにも座るよう促す。
    「まあ、何だ。色々俺に言いたいことあるだろ?」
    「無くはない」
     そう返しつつ、ハンも長椅子に腰掛ける。
    「だけどさ、答えてくれるのか? 昼にエリザさんのこと聞いたら、逃げただろ」
    「ん、いや、まあな。でもあの時は隣にロイドとリンダがいたからな。
     あんまり下手なこと言って、後で告げ口されちゃ敵わん」
    「ああ、確かにな。じゃあ今なら、肚割って話してくれるってことか?」
    「おう。ま、いつものアレだが」
    「『答えられることだけ答えとけ。答えたくないことは言うな』」
    「そう、ソレだ」
     胸を反らすゲートに、ハンは苦笑を返す。
    「はは……、まあ、じゃあ。
     エリザさんのことは、どう思ってるんだ? いや、好きとか嫌いとかの話じゃなく、……その、善人か、悪人かって話でさ」
    「ん……? どう言う意味だ、そりゃ?」
    「今日、陛下と話してた時、陛下はエリザさんのことを、『油断してると付け込んでくる悪人だ』って評されてたんだ。
     事実、20年前に親父が率いた討伐隊の何十人かを、エリザさんは向こうに持って行っちまったんだし。確かにそれを考えれば、かなりのワルなんじゃないかとは思う。
     だけど、俺本人はそこまで言うほど悪い人じゃないとは思ってるんだ。いや、確かに若干うっとうしいなって思うことはあるけど。
     でもあれだけ人のいい陛下が、珍しく悪し様に人を評されていたから、不安になってさ」
    「ふーむ……」
     ゲートは煙草に火を点け、ふーっと一息吹かす。
    「確かにゼロが他人を罵るなんてのは、俺は一度も見たこと無いな。夏に雪が降るくらいの珍事だ。
     とは言え、言いたくなる気持ちも分かる。向こう行っちまった奴らは、みんなゼロと苦楽を共にした仲間だったんだからな。一致団結して、厳しい戦いを4年も5年も凌いできた奴らが、突然『エリちゃんに付いて行く』っつって、一斉に離れて行ったんだ。そりゃヘコみもするさ。
     それに、アレだ。ゼロだって巷じゃ神様だ、聖人だって持てはやされちゃいるが、結局はやっぱり人間だってことなんだろう。歳取ったせいで、ちょっとくらい頑固になったり、寛容になれなくなったりするようになったってことだ。
     誰でも歳取りゃ、そうなるさ。だからゼロのそんな話なんて、『おっさんのたわごと』くらいに思ってりゃいいんだ。あいつが言うほど、エリちゃんは悪人なんかじゃないって。
     じゃなきゃ俺だって、エリちゃんと、その、……まあ、アレなことになったりなんてしないさ。マジでワルだ、自分の都合と利益しか考えないクズだったってんなら、押しに滅法弱い俺でも流石に、『勘弁してくれ』っつって逃げ帰ってるさ」
    「押しに弱い、ねえ」
     そう返したハンを、ゲートがニヤニヤしつつ、肘で突いてくる。
    「他人事じゃないぞ、ハン」
    「何だよ?」
    「お前も押しに弱い男だってことだよ。
     気ぃ付けろよ、クラムは母親似だからな。気が付けば、いつの間にやら、あれよあれよと言ううちに、……ってことになりかねんぞ。ゼロの場合がそうだったんだからな」
    「まさか」
     そう口では言ったものの、ハン自身も心の中で、「そうかも知れない」と納得してしまっていた。
     それを見透かしたように、ゲートは依然、ニヤニヤ笑っている。
    「ま、いっそ押されてみるのも、アリかも知れんがな。
     お前は自分からどうこうするって性格じゃないからな、放っときゃ一生ヨメさん無しで過ごしかねん」
    「勘弁してくれ」
     ハンは立ち上がり、ゲートに背を向ける。
    「折角もらった休みだし、今日はもう寝るよ。先に帰ってるぜ、親父」
    「おう。……ん?」
     と、ゲートも立ち上がったところで、首をかしげる。
    「そう言えば、ハン?」
    「どうした?」
    「クーは今日、うちに泊まるのか? 何にも聞いてないが」
    「あっ」
     二人で顔を見合わせ、やがてぽつぽつと言葉を交わす。
    「泊まると思って無かったが、……聞いた方がいいよな?」
    「そりゃそうだろ。歯止めかけとけ」
    「だな」
    「……ハン、お前マジで気を付けろよ。
     明日、朝になって横向いたら一緒に寝てたとか、そう言うことは絶対起こすなよ」
    「お、おう」
     二人は急いで、家まで駆けて行った。

    琥珀暁・彼心伝 終

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    琥珀暁・彼心伝 8

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第116話。
    部下三人組の休日。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     ハンが家にクーを招いていた頃、マリアたち3人は、揃って街の食堂を訪れていた。
    「うふふふー」
     料理を待つ間、嬉しそうな笑みを浮かべるマリアを見て、ビートとシェロも笑っている。
    「そんなに楽しみなんスか?」
    「そりゃそーよ。あたし、どんだけここの山海焼き食べたいなーって思ったことか」
    「食べるの趣味ですもんね、マリアさん。……こうして連れ回される度に僕たち、1キロは太るのに、マリアさん太らないんですか?」
    「女の子にそーゆーこと聞く? ま、太んないんだけどね」
     ちなみにハンの人付き合いの悪さについては、マリアたちも十分に承知している。
     そのため、こうして仲間同士で集まる際には、基本的にハンには声をかけてはいないのだが――。
    「でもさー、尉官、呼ばなくて良かったのかな?」
     そんなことを言い出したマリアに、二人が首を傾げる。
    「って言うと?」
    「なんか疲れてるっぽかったし。気晴らしにどこか連れてった方が良かったんじゃないかなーって。
     あ、『疲れてる』って言っても長旅で、ってことじゃなくて、何て言うか、気疲れ? って言うのかなー、そんな感じの。
     んでさ、原因って多分、……あの人のせいだよねー?」
     申し訳無さげに尋ねたマリアに、ビートもぎこちなくうなずいて返す。
    「ん、んー、……まあ、あの人ですよね。何となく分かります」
    「誰のコトだ? クー、……いや、クラム殿下のコトか?」
     そう返したシェロに、マリアとビートが同時に首を振る。
    「ちがうちがう」「そちらではなくて」
    「え? じゃあまさか、エリザ先生?」
    「うんそれ」「まあ、そうでしょうね」
     二人の反応に、シェロはけげんな表情を浮かべた。
    「なんでだよ? 陛下が言ってたアレか?」
    「それだけじゃ無いと思うよー」
     そう前置きし、マリアは小声で話を続ける。
    「だってさー、エリザさんってすっごくさー、何て言うか……。
     あ、や、確かにね、いい人だと思うよ? あたし個人としても、超いい人だと思ってるしさー。砦でのことにしても、自分の予定切り詰めて、わざわざ助けに来てくれたんだし。
     そりゃま、陛下が昔のこと、色々気にされてるってことはあるけど、それを踏まえてもあたしは、エリザさんのことは普通に好きだよー。
     たださー、尉官ってやっぱ、ベタベタされるの嫌なタイプじゃん?」
    「あー、なるほど」
    「砦ん時にエリザさん、尉官がいるとこ、あっちこっち付きまとって色々しゃべり倒してたし。あれ、尉官にしてみたらすっごく、うっとーしかったんじゃないかなーって」
    「そう言われりゃ、確かにな。だけどなー……」
     シェロは首をかしげつつ、こんなことを言い出した。
    「俺からしてみたら、あんな美人に言い寄られて悪い気なんか、絶対しないけど」
    「まあ、その点はうなずける。僕だってエリザ先生と色々お話できたらな、と思ってるしね。
     ただ、尉官はあの性格だから……」
    「ソコが俺には分からんトコなんだよな」
     シェロは肩をすくめつつ、ハンについて不満を漏らす。
    「何であんなに人嫌いなのに、軍に入ったり班長やったりしてんだろうなって。嫌ならやめろよって思うんだけどな、俺としては。
     そりゃ尉官から直に『俺は他人が嫌いだ』なんてふざけた台詞聞いたりしたコト無いし、俺たちを邪険にしたってコトも無いけど、実際、報告やら連絡やら終わって、俺たちが世間話とかし始めたら、すぐに席を離れるよな、あの人」
    「あー、それはあるねー」
    「そんなに話したくないなら……」「いや、それは多分違う」
     シェロの話をさえぎり、ビートがこう返す。
    「尉官が人付き合いしないってのは確かに事実だけど、人嫌いだとか、話をしたくないってわけじゃないと思う。
     だってもし本当にそう言うのが嫌いなら、シェロの言う通り、軍なんて言う団体行動の極みみたいなところに入るわけが無いし」
    「じゃ、実際どうだって言うんだ?」
    「多分、他人にあんまり干渉したくないんだと思う。
     これは多分なんだけど、尉官って昔から、エリザ先生と面識があったんじゃないかなって」
    「そうなのか?」
     尋ねたシェロに、ビートはぷるぷると首を振る。
    「いや、あくまで僕の予想だよ。実際どうなのかは知らない。でも二人が話してる感じからすると、昔から付き合いがある感じだし。
     で、エリザ先生って――今、マリアさんが言ってた通り――すごく積極的と言うか、ぐいぐい押してくるタイプだから、その反動で尉官、押さないタイプになったんじゃないかなって」
    「あー、そうかもねー、……もぐもぐ」
     運ばれてきた料理に手を付けつつ、マリアがうなずく。
    「んぐ……、確かに尉官って、こっちから話しかけたり誘ったりしたら、応じてくれるよね。
     もしかしたらここにも、誘ったら来てくれたかなー?」
    「多分、来たと思いますよ」
    「んじゃさ、今から誘おっか?」
     そう提案したマリアに、ビートは素直にうなずく。
    「そうですね、たまには仕事抜きで話してみたいですしね」
    「え、マジで呼ぶんスか?」
     反面、シェロはうっとうしがるような表情を浮かべる。
    「折角の休暇にわざわざ上司の顔なんか見たくないっスよ、俺」
    「……何かさー」
     それを聞いて、マリアはほおをぷくっと膨らませた。
    「人間嫌いとか何とか言ってたの、あたしにしてみたら、尉官よりあんたの方がそうなんじゃないかって思うんだよね。
     ま、呼びたくないって言うならやめとくけどさっ」
     マリアはそれ以上ハンのことを話題に挙げず、黙々と食事に手を付けた。

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    琥珀暁・彼心伝 7

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第115話。
    父と子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     クーと妹たちが談笑し始めたところで、ハンはその場を離れ、一人黙々と本を読んでいるロイドに声をかけた。
    「ロイド、久しぶりだな」
    「えっ、あっ、うん」
    「前に会ったのって、いつくらいだったっけ」
    「えーと、確か半年くらい前。今回のんみたいに、母さんとリンダと一緒にこっち来た」
    「何の用だったんだっけ」
    「何か、母さんがタイムズさんと話し合いある言うて」
    「そっか。……何の本読んでるんだ?」
    「書いとる」
    「あ、うん。何書いてるんだ?」
    「母さんから言われたこと、まとめとるとこ」
    「どんなこと言われたんだ?」
    「色々。魔術とか、彫金とか」
    「大変だな」
    「うん」
     色々と声をかけてみるが、どれも一方通行気味で、ハンがやめれば話は止まってしまう。
     会話を諦め、ハンはもう一度、妹たちとクーの様子を眺めてみる。
    (……ま、俺がいなくても良さそうだな、あっちは。
     これでようやく、一息付けるってところか)
     ハンは誰にも気付かれないようにそっと居間を離れ、自分の部屋に向かおうとした。
     と――。
    「ハン、帰って来てたのか」
     廊下に出たところで、背後から声がかけられる。
     ハンが振り向くと、そこには自分の父、ゲート・シモンの姿があった。
    「いたのか、親父?」
    「そりゃいるさ。自分の家でくつろいで何が悪い」
    「いや、悪くないけどさ。今まで全然姿見せなかったし、いないのかと思ってた」
    「家の中が騒がしいからな。庭の畑いじってた」
     そう返した父に、ハンは苦笑いする。
    「将軍様が畑いじりかよ。相変わらずだなぁ」
    「俺の趣味だからな。
     それよりハン、ゼロから聞いたけども、大変な目に遭ったんだってな」
    「ああ。どこまで聞いてる?」
    「お前が現地から報告した内容は、全部こっちにも伝わってる。
     で、こっちの対応についてだが、もうゼロから聞いてるか?」
    「ああ。びっくりしたよ、俺が大隊指揮官なんて」
    「ま、多少若いのは心配っちゃ心配だが」
     ゲートは肩をすくめ、こう続ける。
    「それ以外に不満点は無い。他の将軍連中にも、そう言って説得したしな」
     これを聞いて、ハンは憮然とした気持ちになる。
    「って、親父が俺を推薦したのか?」
    「ああ。だが、理由もゼロから聞いたろ?」
    「一応な」
    「そんなら、ひいきしたんじゃないってことは分かってくれるな?
     これは父親の欲目じゃなく、将軍としての、公平な判断だからな」
    「うーん……」
     釈然としない気分ではあったものの、ハンはこれ以上、この話題について話すことを避けた。
    (今更俺が何言ったって、決定は変わらないだろうしな。
     それに軍からの正式な辞令でもあるし、いち軍人が断るわけに行かない。……まあ、断る理由もつもりも無いしな)
    「あー、と。それから、ハン」
     と、ゲートがどこか遠慮がちな声色で、こんなことを尋ねてきた。
    「そのー……、エリちゃんに遭ったって?」
    「ああ、うん。いつも通りだったよ」
    「そうか。……毎回、すまんな」
    「いいよ、もう。あの人はああ言う人だって、諦めてるから」
    「まあ、なんだ。せめて南へ行く時は、ある程度便宜するから。装備とか費用とか」
    「気にしないでいいって」
    「……あと、もう一つな」
     ゲートが神妙な顔になり、居間をチラ、と覗き見つつ尋ねてくる。
    「なんで家にクラムがいるんだ?」
    「家に来たいってお願いされたんだよ。随行断ったから、その埋め合わせってことで」
    「お前、まさか手を出してないよな」
    「親父じゃあるまいし」
     そう返したところで、ゲートの顔色が目に見えて悪くなる。
    「い、いや、エリちゃんのことは不可抗力なんだって、マジで」
    「不可抗力で2人も子供ができるのか?」
    「……ま、まあ、なんだ。この話はもう、やめにしよう」
    「ああ。クー、……いや、クラム殿下のことだけど、一応、ジニーたちには身分明かしてないから、そのつもりで接してくれれば」
    「そうか、うん、分かった。
     ……あー、と。忘れ物したかも知れんから、畑戻るわ」
    「ああ」
     そそくさとその場を離れていくゲートの背を眺めつつ、ハンはため息をついた。
    (このことさえ無かったら、あんたのことは、そこそこ尊敬できるんだけどな)

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    琥珀暁・彼心伝 6

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第114話。
    シモン家。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ゼロが便宜を図ってくれた通り、ハンたちの班には3日間の休暇が与えられ、各々自由に過ごしていた。
     ハンはクーからの「おねがい」を断った穴埋めをするため、彼女を自分の実家に招待していたのだが――。

    「まず、弁明させて欲しい」
    「どうぞ」
    「随行を断った件だが、君には本当に済まないと思っている。だからこれは本来、お詫びも兼ねてのことだったんだ」
    「ええ。十分に承知しておりますわ」
    「だが、……その、……彼らがいることは、その考えとは関係が無いことなんだ。
     無論、君に対していたずらをするだとか、不快にさせようなんて気は、毛頭無い。
     知っていたら勿論、教えた」
    「はあ」
    「つまり、その、想定外の事態と言うのも、何と言うか、時に起こってしまうことは、仕方無い。それを理解してくれると、とても助かるし、ありがたい」
    「ええ。この状況がハンの想定し得ないものであることは、十分に理解しておりますわ」
     クーは室内を一瞥し、父親譲りの穏やかな笑顔で応える。
    「流石に『お母様』の方はいらっしゃらないようですわね。お忙しいとご自身で仰っていたし、父上も帰ったものとお考えのようでしたし。
     もしいらっしゃったら、ハンたちのお手間が省けたでしょうに、……とは申せませんわね」
    「ああ。正直、俺と彼女の2人で膝を詰めて話をするのは、考えただけで相当辛い」
    「ことごとく、ハンの神経を休ませない方ですこと」
     ハンとクーが並んでため息を付いたところで、居間にいた狐獣人が声をかける。
    「あ、あのー、僕と、あの、リンダおるけど、な、何か、アカンかった?」
    「いや、そんなことは無い。単にびっくりしただけだ」
    「あ、う、うん。えっと、えー、兄さ、あ、いや、あのー……」
     狐獣人はチラチラとクーを見ながら、困ったような顔をハンに向ける。彼の聞きたいことを察し、ハンは先に答えた。
    「この子はクー。俺たちの家の事情については知ってる。いつも通りでいい」
    「あ、うん」
    「それで、ロイド。エリザさんに連れられて来たのか?」
     ハンに尋ねられ、その気弱そうな狐獣人――エリザの息子、ロイド・ゴールドマンは小さくうなずいた。
    「う、うん。帰りは、あ、えっと、母さんから『どうせハンくんら、近いうちにウチんトコ来はるやろから、一緒に連れてってもらい』って言われて、あの、母さん、先に帰ってしもたんやけど、その、予定って、兄さん、あったり、する?」
     ロイドの言葉に、ハンとクーは揃って目を丸くした。
    「マジかよ」
    「ご明察にも程がございますわね」
     二人は顔を見合わせ、エリザの考えを推測する。
    「そこまで読んでるってことは、陛下がエリザさんを招聘(しょうへい)しようとしてることも、俺たちがその使いに行くことも、予想済みだってことになる」
    「もしかしたらハンが大隊の指揮官になることも、察していらっしゃるかも知れませんわね」
    「まさか、とは思うけどな」
     互いに苦笑いを浮かべたところで、ハンが尋ねる。
    「しかし、本当にこれで良かったのか? 俺の家なんて、何も見るものなんか無いぞ」
    「ええ、これで結構ですわ。ご家族にもお会いしたいと思っておりましたし、以前に『妹さんに魔術指導する』と約束しておりましたし。
     ……とは申しましても、エリザ女史が度々いらっしゃっているのでしたら、わたくしが教えることは皆無かも知れませんけれど」
    「いや、そんなこと無いさ。……と言っても、俺は魔術については全然だから、妹たちがどれくらい使えるか知らないけど」
     二人で話していたところに、ハンの妹たちが寄ってくる。
    「お帰りなさい、兄さん。そっちの子は?」
    「あー、と」
     正直に話すか迷い、ハンはクーに目をやる。クーも目線を合わせ、小さくうなずいて自己紹介した。
    「わたくしは魔術師のクーと申します。ハンの友人ですわ」
    「ゆうじん?」
     妹3人が揃って目を丸くし、異口同音に尋ねてくる。
    「兄やん、友達おったん?」
    「そりゃいるさ。俺を何だと思ってるんだ」
    「でもあたし、お兄ちゃんが家に友達連れてきたの、見たこと無いよ」
    「そうだっけ?」
    「私も見た覚え無いわね。家でだって、基本外から帰って来てご飯食べてお風呂入ったら、そのまま朝まで部屋に籠もってるし。
     たまに外へ一緒に出かけても、何も買わないし、ご飯おごってくれても露店のサンドイッチくらいだし」
    「つまんないよね」
    「ねー」
     目の前でかしましく騒がれ、ハンは苦笑いする。
    「俺の話はいいだろ? それより……」
    「あ、そうだった。
     はじめまして、クーさん。私はヴァージニア・シモン。ジニーって呼んでね」
    「あたしはテレサ。こっちの耳ふわふわしてるのはリンダ」
    「もー、自分で言うてー。先に言わんといてーやー」
     二言、三言話す度にきゃっきゃっとじゃれる妹たちを前に、クーも楽しそうに、クスクスと笑っていた。
    「とても仲がよろしいのね、皆さん」

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    琥珀暁・彼心伝 5

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第113話。
    眠れるカリスマ。

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    5.
    「そんな……!」
     ゼロの口から、明確にエリザを非難する言葉が出てきたことに、ハンを含め、その場にいた全員が驚いた様子を見せている。
     しかしゼロは、わずかに首を振りつつ、こう続ける。
    「無論、エリザが明確に、私たちに対して危害を加えただとか、盗みを働いただとか、そんな悪質な事実は一度も無い。
     この20年の間、何度となく技術や資源を提供してくれているし、判断の難しい問題が起こった時には彼女に助言を仰ぎ、それが役に立ったことも度々あった。頼りになる存在だと言うことは、確かだ。
     だけど彼女が20年前、私が送らせた討伐隊を50人以上引き抜き、自分の配下に置いてしまったこともまた、事実だ。経緯や引き抜かれた当人たちの思惑はどうであれ、私の元から多くの人材を奪ったことは、紛れも無い事実なんだ。
     それだけじゃない。彼女は幾度となく山を越えて、このクロスセントラルやその他の大きな街に赴き、己の『スゴさ』を誇示している。それは自分の商売のためであるのか、こっちに私兵を築くことが目的なのか、それは何とも断言できない。彼女が自分から吹聴しているわけじゃないからね。
     だけど事実として、彼女はこの街でも、他の街でも、並々ならぬ人気を集めている。仮に彼女が『ちょっと助けて欲しいコトあるんよ』と言い出したら、一体どれだけの人間が、手を貸そうとするだろうか?
     例えばビート、君も彼女にそう言われたら、手伝おうと思うんじゃないか?」
    「それは、……その、勿論、軍務があれば、それを優先しますが、……でも、その、手が空いてたら、もしかしたら、協力するかも、……知れません」
    「そう、誰だってそう考えるだろう。親切で優しい、誠実な人間なら、自然なことだ。
     だけど私が懸念するのは、もし君が重要な軍務に就いているにもかかわらず、彼女から『どうしても手伝って欲しいんよ。アンタやないとアカンねん』と説き伏せられることだ。
     君はその『お願い』を、断ることができるだろうか? 断るにしても、どうにかして手伝おう、少しだけでも都合を付けられないか、と考えはしないだろうか」
    「それは……、考えるでしょうね」
    「さっきも言ったことだが、彼女に少しでも手を差し伸べれば、彼女はその根本、肩はおろか、胸、首に至るまで食らいつく。5%だけでも手伝ってあげようと考えていたことが、いつしか10%になり、20%に増え、50%に届き――いつしか、100%を超える。
     そんなことが、あちこちの街で起こったらどうなる? 人々が皆、手にかけていた職務、任務を放り出し、彼女の命じるままに動き、一斉に街を離れ、彼女の命令に殉じたとしたら?
     恐ろしいことに、彼女はそれをさせられるだけの力と才能を持っている。今はまだ、彼女にその気が無いのかも知れないし、そもそも自分の潜在能力に気付いていないのかも知れない。だが彼女がその気になり、力を行使し始めれば、私の、いや、我々の統治と秩序は大きく揺らぎ、狂い、いつか崩れ去ることとなるだろう。
     こんなことを考えるのは、私の傲慢なのかも知れないが――もしそんなことが起こったら、今まで築いてきた我々の社会、生活、もっと大きく言えば歴史そのものが、彼女に食われてしまうのではないか? 我々がしてきたこと全てが彼女の業績に塗り替えられ、後世には、我々の存在そのものが、最初から『無かったこと』にされてしまいはしないだろうか?
     ……と、それを恐れずにはいられないのだ」
    「……」
     ゼロの、普段見せない不安げな表情と、いかにも恐れているようなその声色に、ハンも、他の4名も、口をつぐむしか無かった。
     と、ゼロはいつもの、穏やかな笑顔になる。
    「すまない、怖がらせてしまったね。
     今のは私が考えられる中でも、最悪の事態を想定したにすぎない。さっきも言った通り、今は彼女にそんな気は無いだろうし、実際には起こっていないことだ。
     だけど可能性は0じゃない。彼女がいる限り起こり得ることだと言うことを、認識しておいて欲しい。それを承知した上で、任務に当たって欲しい。
     そんなわけで、次に君たちに与える任務だけど――山の南へ向かい、エリザ・ゴールドマンを訪ねてくれ。君たちが向かっている間に、私の方からエリザに打診しておく。君たちが到着するまでに話は付けるつもりだから、着いたら彼女と共に奪還作戦を検討・協議し、その結果を私に報告すること。
     皆、大分疲れてるだろうから、出発は3日後でいい。……さあ、ご飯の続きを食べようか」

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    琥珀暁・彼心伝 4

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第112話。
    抜擢と懸念。

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    4.
     ゼロの要請に、ハンは面食らった。
    「俺に、……いや、私にですか?」
    「そうだ。結論から言えば、君以上の適任はいないだろう。
     まず第一に、敵と考えられる相手をその目で確認し、人数や特徴、戦術なんかも、多少なりとも把握している。間違い無く、我々の中で最も相手を熟知しているはずだ。
     第二に、君の指揮官としての実力と、君自身の経験を評価しているからだ。
     勿論、過去には君よりも大人数を率い、バケモノたちを退治、駆逐してきた実績のある者はまだ、何人も軍に残っている。だけどあくまで『バケモノ相手』だ。軍はこの20年、バケモノ退治はしても、人を相手にしたことは一度も無い。
     なまじそうした類の実戦経験がある故に、初となる対人戦闘においては、大きく誤った判断を下す可能性がある。だが君は、人に対してバケモノ扱いだとか、ただ討ち滅ぼすだけの存在だなんて、考えたりはしないはずだ。
     君ほどその短い人生で他人から執拗に悩まされ、他人との距離や関係に細心の注意を払ってきた人間は、そうはいないからね」
    「……!」
     ゼロの言葉に、ハンは心をぎゅっとつかまれたかのような感覚を覚えた。
    (俺と、エリザさんのことを言ってるのかな……。いや、それだけじゃないな。
     この人はずっと観察していたんだろう。俺の言動や態度から、俺がどんな人間かを)
     ハンの動揺に気付いた様子を少しも見せず、ゼロは話を続ける。
    「そして第三だけど、君はエリザと縁が深いからね」
    「え……?」
    「彼女にも協力を仰ごうと思っているんだ。
     彼女も他人を攻撃するだけの存在と考えてばいないはずだ。恐らくは『交渉できるだろう相手』と見ている。
     それに彼女の知恵と技術は信頼のおけるものだ。今回の作戦に投入されれば、並々ならぬ効果を上げてくれるはずだ。
     と言って、彼女を隊長に据えようと言うことは考えていない」
    「何故です? 経験なら彼女の方が豊富でしょう?」
    「確かにそうだ。でも彼女は軍の人間じゃないし、私の管轄下にもいない。あくまで提携関係にあるだけだからね。
     そもそも彼女に隊を任せると、後で色々困りそうなんだ。20年前にも、彼女に要請されて送った部隊が、向こうに50名以上も残ってしまったからね。
     他にも現在に至るまで、彼女に関する遺恨が色々と残っている。君にも思い当たる節があるだろう?」
    「……ええ。確かに」
     ハンがぎこちなくうなずく一方で、ゼロも苦々しい笑みを浮かべている。
    「あまりこう言うことを言いたくないけれど、エリザは危険物と言うか、劇薬と言うか、……有用極まりない人物である一方、扱いがすごく難しい人だ。
     あまり好意的にしすぎるとどっぷり付け入られるし、敵対したらしたで、徹底的に攻撃してくる。味方に付けても敵に回してもまったく油断のできない、本当に怖い人だよ。正直に言えば、あまり関係を持ちたくない相手ではある。
     とは言え、今回の作戦は何としてでも成功させなければならない。失敗すれば今後、より大きな問題へと発展するかも知れないからね。だからこそ、彼女の協力は必須だ。
     そして協力が得られたとして、他の人間が隊長だと、彼女に主導権を握られて隊を私兵化され、そのままノースポートに居座られでもされかねない。
     君が隊長であれば、いくら彼女でも、そこまでの暴走はしないだろう」
    「そうだといいんですが」
    「君を隊長に据えた場合が、一番その可能性が低い。
     万が一、隊が彼女の手に渡ってしまったとしても、君までもが彼女の手に落ちるとは考えられない。最悪の状況に陥ることはまず、無い」
     と、唐突にビートが立ち上がる。
    「し、失礼ながら、陛下!」
    「ビート!」
     ハンがたしなめようとしたが、ゼロはにこっと微笑み、それをなだめる。
    「いや、いい。聞こう、ビート」
    「で、では。……その、陛下。仰り方がまるで、ゴールドマン先生が悪人であるかのような、そのように聞こえるのですが」
    「残念ながら、ビート」
     ビートの質問に、ゼロは苦笑しつつ、こう答えた。
    「私は、そのつもりで話している。あまり人のことを悪く言いたくはないけれど、はっきり言おう。
     エリザ・ゴールドマンと言う女性は、残念ながら、悪人の部類に入る人間だ」

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    琥珀暁・彼心伝 3

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第111話。
    ハンの抗弁。

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    3.
    「まあ、ハン! 今更何を……」「クラム」
     声を荒げかけたクーを、ゼロがやんわりと制する。
    「他人の話は声を荒げて止めるべきものじゃない。最後まで、落ち着いて耳を傾けるべきだ。そうだろう?」
    「……はい」
     クーが黙り込んだところで、ゼロはハンに向き直る。
    「ごめんね、話の腰を折ってしまって。聞かせてくれないか、ハン」
    「では、3点ほど。
     まず第一に、殿下が使う魔術は非常に強力かつ高い効果を生ずるものですが、反面――そうした高威力・高効果の宿命として――詠唱や発動において、多少なりとも時間を有します。
     彼女の支援を必要とする状況が発生した際、その『多少の時間』を稼ぐために、我々が援護ないしは防御に徹しなければならなくなります。
     それは即ち、我々4名、あるいは彼女を含めた5名全員が危険にさらされる時間が増えると言うことでもあります。その危険と、彼女を随行させる必要性のどちらが大きいか、現状では判断しにくいところです。
     要素の不確実性を解消できない以上、その要素は――可能であれば――最初から排除すべきではないでしょうか」
    「一理あるね。2つ目は?」
    「殿下は兵士としての訓練を受けていらっしゃいません。
     我々4名の、これまでの作戦行動はすべて野外で行っております。無訓練・無経験の身で殿下が随行されるとなれば、必ず我々の側が、何かしらの配慮・便宜を図らねばなりません。
     そのような措置を取らねばならないと言うことは、率直に申せば、我々の足を引っ張ることに他なりません」
    「確かに」
    「そして3つ目ですが、先程陛下にご評価いただきましたように、我々の班としての実力の高さは、私の統率と部下たちの連携に起因するものです。
     しかるに殿下は、ご自身の魔術の練度故か、多分に自信家でいらっしゃいます。そうした人間ほど、上の命令を聞かず、下の意見を軽んじる傾向にあることは事実ではないでしょうか。
     団体行動において、そうした自分勝手で他人の話を聞かない人間が1名でもいれば、その団体全体の破綻につながりかねません。
     殿下が随行することによって、我々の班の実力の低下、いや、班の瓦解・崩壊につながる事態も有り得るのでは無いかと、私は懸念しております」
    「ふむ」
     ハンの意見を聞き終え、ゼロはチラ、とクーに目をやる。
    「確かにこの子は、団体行動に向くタイプじゃない。我を通そうとする性格だ。実際、『無理矢理にでも付いて行くぞ』と、君にゴリ押ししていたらしいしね。
     もし本当に随行させれば、この子がワガママばかり言って、君や班の皆を困らせてしまうことは、想像に難くない。
     それに最初、君は『3つほど』と言っていたけれど、本当はもっとあるよね、不満点」
    「ええ」
     ハンが素直にうなずくのを見て、クーは顔をしかめるが、ゼロがそれをたしなめた。
    「ムッとする気持ちは分かるけれど、クラム。
     今、彼が言った通り、君は何度もワガママを言って、ハンを困らせたんじゃないか? 不快感を与えられたって言うなら、それは君の方がちょっとばかり、回数が多いだろう。
     今度ばかりは聞いてあげなさい、クラム」
    「……はい」
     クーがあからさまに不満そうな顔でほおをふくらませたところで、ゼロがハンに微笑みかける。
    「そう言うことだ。
     ハンの意見はもっともだし、十分に納得行くものだ。私としても、この子をろくな準備や訓練も無しに、危険な場所へ向かわせることは望んでいない。よって君たちはこれまで通り、4名で行動してほしい。
     それで、……ここからが重大な話になる。悪いけれど一旦食事の手を止めて、落ち着いて聞いて欲しい。いいかな?」
    「はっ」
     ハンは勿論、がっついていたマリアたちも食器を机に戻し、一斉に敬礼する。
    「話と言うのは、他でもない。ハン、君はノースポートの奪還作戦に、参加して欲しいんだ。
     それも一班でではなく一大隊、400名を率いる指揮官としてだ。マリアとシェロ、ビートはその側近としてね」

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    琥珀暁・彼心伝 2

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第110話。
    測量班と賢王の会食。

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    2.
     それまでの20年の人生で、少なくとも彼自身にとっては「破天荒」としか評価できないような出来事が度々起こっていたせいか――ハンニバル・シモンと言う人間には、人と堅く接しようとする性分が形成されていた。
     心の中でこそ、多少なりともフランクにしゃべってはいるのだが、実際にその口から出る言葉は、それを耳にする他人に、わずかながらも溝を感じさせるようなものばかりである。
     実際、彼は心の中に境界を作っていたし、そこを自分が越えることも、他人に越えさせることもしなかった。
     他人とは広く、しかし浅く付き合う、と言う姿勢が、彼のそうした性分を表していた。

     とは言え――彼が拒んでも、ずかずかと踏み込んでくる者が、一人いる。言うまでもなく、それはエリザである。
     と言うよりも、彼の性格が形成されたのは、破天荒の塊のような彼女の影響に他ならないのである。いきなり初対面で「父の不倫相手」として、だと言うのに実の母の如くべたべたと接してきたのを皮切りに、20歳となった現在に至るまで、ハンはエリザに度々振り回されてきたのである。
     そんな彼が、「他人と距離を置いておきたい」と考えるようになったのは、当然の成り行きと言えた。



     それ故――。
    (勘弁して欲しいよ、本当に)
     ゼロとクーを前にしつつ、部下たちと共に食事を囲んでいるこの状況は、彼にとっては苦痛でしか無かった。
    「……と言うわけで現在、敵は動かないだろうと言うのが、ゴールドマン女史の見解ですね。自分も同意見です」
    「ふむ、ふむ」
     運ばれてきた食事に手を付ける前に一通りの報告を行い、ハンはそのまま直立不動の姿勢を取る。
     対面のゼロも、先に食べ始めるようなことはせず、穏やかな顔で報告を聞いていたが、ハンの報告が終わるなり、カップに手を伸ばした。
    「ありがとう、ハン。状況は概ね把握できた。詳しい点はまた、後で確認したい。
     それよりも、そろそろご飯を食べよう。冷めちゃうと、作ってくれた人に申し訳無いし」
    「は……、お時間を取らせてしまい、大変失礼いたしました」
     敬礼し、着席したハンに、ゼロは苦笑いを返す。
    「いいから、いいから。じゃ、いただきます」
     ゼロに合わせ、他の者も食事を取り始める。
    「……うわっ、おいしー」
     途端に、マリアが感動した声を漏らす。それを見ていたクーが、クスクスと笑っている。
    「ええ、皆様の好まれるご料理については、道中で伺っておりましたから。料理人の皆様にしっかり、お伝えしておりましたの」
    「きょ、恐縮っス。あ、いや、恐縮であります」
    「とんだ不敬を……」
     顔を真っ赤にし、頭を下げたビートとシェロに、タイムズ父娘が笑って返す。
    「喜んでもらえて何よりだ。遠慮せず、どんどん食べてくれ」
    「わたくしたちだけの席ですし、お言葉遣いも接し方も、これまで通りにしていただいて結構ですから」
    「は、はい」
    「ども、っス」
     その中で一人、ハンだけは無言で、料理を口に運び続けていた。
    (これまで通りに、ね。ああ、了解してるよ。あなた方のご命令であれば、そうするさ)
     彼のその心中に気付く様子も無く、マリアがちょんちょんと、ハンの肩をつつく。
    「ねー尉官、これ美味しいですよー」
    「ああ、うん」
    「食べてみました?」
    「いや、まだ」
    「早く取らないと、無くなっちゃいますよー」
    「ああ」
     そのやり取りを見ていたクーが、どことなく不機嫌そうな目を向ける一方、ゼロはにこにこと笑っている。
    「ハン、君の班はとても仲がいいみたいだね。話を聞くに連携もよく取れていたようだし、一人ひとりの力量も大きい。
     何よりハン、君の判断力が優れている。若手チームの中では、君たちのところが一番なんじゃないかな」
    「お褒めに預かり、幸甚(こうじん)の至りです」
     一言、そう返して頭を下げたハンに、ゼロは満足気にうなずいて返した。
    「あ、そうそう」
     と、ゼロは傍らの娘の肩をとん、と叩く。
    「この子から、次回から君の班に、この子を随行させてほしいとお願いされていたらしいけれど、どうだろうか?」
    「……承知しました」
     内心に湧き上がる様々な悪感情を押し殺し、ハンはうなずいた。
     が――ゼロには、それを見透かされてしまったらしい。
    「いやいや、ハン。何か不満や不安があるのなら、承知する前に言って欲しい。
     君ほど聡明で経験豊富な男なら、その心中の、モヤモヤした『何か』が尾を引いて、後々に班全体の足を引っ張る原因になることは、十分に分かっているはずだ」
    「……では、卒爾(そつじ)ながら意見を申し上げます」
    「うん」
    「クー、いえ、クラム・タイムズ殿下が我々に随行することについて、私は反対申し上げます」

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    琥珀暁・彼心伝 1

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第109話。
    帰還報告へ。

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    1.
    「ハンニバル・シモン尉官、及びシモン班。陛下がお呼びである。ただちに、謁見の間に向かうように」
    「了解です」
     指示を受け、ハンたちは待合室を後にする。
    「緊張しますね」
    「そうだな」
    「あたしもですよー」
    「そうか」
    「実を言うと、俺も……」「シェロ。それから皆」
     列を率いていたハンが立ち止まり、振り返る。
    「静かにしてくれ」
    「あ、はい」
     マリアたち3人が頭を下げたところで、ハンは軍帽を被り直し、皆に注意する。
    「大丈夫だとは思うが、皆、身だしなみは整えておいてくれ。
     それから、私語も謹んでくれ。陛下ご自身は気さくに接してこられるだろうが、だからと言ってこちらも同じように応対するのは、不敬に当たる。許可されるまでは、口を開かないように。
     それじゃ進むぞ」
    「はい」
     3人が敬礼したのを確認し、ハンは前に向き直り、再び歩き出した。

     ノースポートはずれの古砦を発って1週間後、ハンたち一行は自分たちの本拠地、クロスセントラルに到着した。
     そして到着するなり、状況の報告を行うように軍本営から命じられ、ハンたち4人はゼロの御前へと召集されたのである。

    (……嫌な予感がする)
     静まり返った廊下を進みながら、ハンは不安を感じていた。
    (着いてすぐに、クーは姿を消した。エリザさんもどさくさに紛れて、どこかに行っちまったし。
     あの二人の性格からして、そのまま何も言わず別れることはまず、有り得ない。必ずどこかで、もう一度接触してくる。
     それも――あの二人らしく――俺たちを少なからず驚かせるために、だ。……まあ、クーの方は何をするか、想像が付くが)
     やがてハンたちは物々しい扉の前で立ち止まり、その両脇に立っていた兵士たちに声をかける。
    「シモン班だ。陛下への帰還報告を行いたい」
    「うかがっております。どうぞ」
     扉が開かれ、ハンたちは中へと進んだ。
    「お疲れ様、シモン尉官。良く無事に帰ってきてくれたね」
     入るなり、玉座に掛けていた白髪の男が会釈しつつ、立ち上がる。
    「ご高配を賜り、誠に痛み入ります」
     ハンたちは一斉に深々と頭を下げ、最敬礼した。
    「楽にしていい」
     すぐにそう返され、ハンたちはすっと姿勢を戻す。
     それを受けて、白髪の男――ゼロ・タイムズは困った顔をした。
    「もう少し近くに寄って欲しい。こんなに距離を取って、大声でどうしたこうしたって話をし合うのも変だし」
    「失礼いたしました、陛下」
    「後、気も遣わなくていいからね。話をするなら、楽しくやりたいんだ」
    「は……」
     ハンも、そして背後の3名も会釈を返し、ゼロの前に――まだ、多少の距離は取りつつも――近付いた。
    「それでシモン尉官……、いや、ハン。それからマリア、ビート、シェロ。
     帰還報告をしてもらう前に、ちょっと皆をびっくりさせたいって子がいるから、会って欲しいんだ」
    「え?」
    「と仰いますと?」
     マリアたちが目を白黒させている一方、ハンは心の中でつぶやいていた。
    (やっぱりこのタイミングか……。やると思ったよ)
     それを見抜いたらしく、ゼロが苦笑する。
    「ハン、君は察しが付いてるみたいだね。うん、その想像は多分、正解だよ」
    「やはり、ですか」
    「それじゃ、まあ、……おいで、クー」
     ゼロがその名前を挙げたところで、マリアたちはまた、面食らった表情を浮かべた。
    「クー、って」
    「え、……え?」
     3人がぽかんとしている間に、ゼロが座っていた玉座の背後から、ひょいと白いドレスに身を包んだクーが現れた。
    「皆様、ご機嫌麗しゅう」
    「……なんで?」
     シェロが虚ろな声を上げる。
     が、クーはそれに応えず、ハンに目を向ける。
    「やはりあなたは見越していらっしゃったご様子ですわね、ハン」
    「ええ。殿下がそうした遊びをなさるであろうことは、予見しておりました」
    「まあ、他人行儀ですこと」
     クーはほおをぷくっと膨らませ、ハンに詰め寄ってきた。
    「父上からも申されたでしょう? お気を遣わず、これまで通りに話して下さいまし」
    「ああ、分かったよ」
     適当に応じつつ、そのやり取りを眺めていた3人が顔を真っ青にして騒いでいるのを確認し、ハンは肩をすくめた。
    (やれやれ、父娘揃ってこう言う戯事が好きなんだからな。
     まあ、それも全部、『無闇に気を遣わないでくれ』って言う、お二人の心遣いなのかも知れないが、……はぁ)

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    イラスト;橘小鈴(蒼天剣)

    イラスト練習/実践

    「双月千年世界」キャライラスト紹介シリーズ。
    今回は第一作「蒼天剣」より、橘小鈴。

    線画版。


    晴奈や雪乃とは打って変わって、かなり派手め。
    ちなみに巫女服みたいなのを着てますが、彼女はそう言う類の宗派に所属していません。
    はっきり言えばコスプレです。
    それで往来を闊歩してるんだから、かなり肝が太いと言うか、唯我独尊と言うか。

    作中では「央中南部系央南人」と言う設定。
    現実世界で言えば、ラテン系の血が入った日本人みたいな感じ。性格もラテン気質。
    そう言うラテンお姉さんが、日本の(どこか間違った)コスプレをしてるようなもんです。



    続いてカラー版。


    ピアスと帯の色は橘(たちばな)色。
    彼女の家のカラーですね。
    それ以外は赤系になっています。



    小鈴の紹介。
    名前橘小鈴 / たちばな こすず / Kosuzu Tachibana
    性別・種族・生年
    身体的特徴
    女性 / 長耳 / 484年
    髪:赤 瞳:赤
    身長:166cm 体重:57kg
    3サイズ:B94、H63、W88
    職業魔術師
    雪乃の古くからの友人で、後に晴奈とも親友になる。
    先祖代々伝わる神器「橘果杖 鈴林」を相棒に、土の術を使いこなす。
    実家は名うての情報屋で、彼女自身も情報通。
    魔術や政治経済に詳しく、料理や裁縫も得意、と言う才女。

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    琥珀暁・狐傑伝 7

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第108話。
    余地を残す。

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    7.
    「実を言うとな、もういっこ考えがあるねん」
     馬車が出発して間も無く、エリザがそんな風に切り出してきた。
    「何の話ですか?」
     手綱を握りつつ、背を向けたまま尋ねたハンに、エリザはこう続ける。
    「さっきシェロくんが言うてた、相手を殺さへんかった理由や。ただ煙に巻いとるだけや無いんよ」
     そう説明しつつ、エリザは紫煙を馬車の中に漂わせる。
    「相手が人間である以上、何かしら交渉でけるはずやろ?
     もし相手の言葉が分かるようになって、その場を立てられるかもと思ても、相手に死人出とるくらいの被害が出とったら、呑気に話し合いなんかしてくれると思うか?」
    「確かに……。まず、してくれないでしょうね」
     ビートが同意し、クーもうなずく。
    「つまりは平和的解決を望んでの選択だったと、そう仰りたいのですか?」
    「そう言うコトやな。
     考えてみ、この事件がコレっきりっちゅうコトがあるやろか?」
    「どう言う意味でしょう?」
    「街を占拠しよったヤツらが、ドコから来たんか? 何しに来たんか? 今現在、そんなコトすら分からへん状態やろ。分かっとるコトは耳や尻尾がちゃうって程度や。
     もしアタシらが全く知らんようなトコから来たとしたら、ソコに住んどったヤツが総出でノースポートに来よったと思うか? あの50人が総出や、全員やと思うか?」
    「……!」
     エリザの言葉に、クーは目を丸くする。
     ビートもハンのように顔を蒼くし、その可能性を考察する。
    「言われてみれば……、確かに彼らが先発隊、前線部隊で、背後にもっと大勢の人間や集団、軍などの組織があるかも知れませんね」
    「せやろ? そんな可能性もある。もしかしたら今後、第二弾、第三弾の部隊が来よるかも知れへん。
     その可能性もあるのに、ろくに話し合いも情報収集もせず、片っ端から殺し回るっちゅうのんは、愚策もええトコや。
     仮に先発隊を皆殺しにして、もし『後』が出てきよったら、えらいコトになってまうわ」
    「それが現実になった場合、敵は激怒し、今以上の戦力を投入してくるでしょうね。
     今でさえノースポートの人たちが街を追い出されると言う被害を受けているのに、それ以上の被害が出るおそれがある。死人が出る可能性も、大いにあるでしょうね」
     そう返したビートに、エリザはうんうんとうなずいて見せる。
    「せやから『余地』を残すんや。
     こっちの戦力は温存し、向こうにも被害は出えへん。どっちにも害の無い状況が続けば、そのうち『ちょっとくらい話せへんやろか』っちゅうくらいの余裕、交渉の余地が出て来るはずや。
     ソコで実際に話し合いしたら、色々得られるやろ? 相手の陣容やら目的やら、そう言うのんだけや無く、今後の状況がどうなっていくかっちゅうような予想も付けやすくなる。うまく行けば相手は敵どころか、ええ『取引相手』になるかも分からへんしな。
     その状況に持ってかへんかったら、この先何もええコトはあらへん。こっちも向こうも完全に敵同士になって、泥沼みたいな殺し合いが延々続くだけや」
    「……すごい!」
     ビートは目を輝かせ、ぱちぱちと拍手した。
    「そこまで先のことを予見しているなんて、流石先生です!」
    「アハハ……」
     エリザはケラケラと笑いながら、新たな煙草を取り出す。
     すかさずビートが魔術で火を起こし、彼女の前に恭しく差し出した。
    「お、ありがとさん」
     その様子をチラ、と背中越しに眺め、ハンは密かにため息を付いた。
    (参るな、まったく。何でこう、エリザさんはあっちこっちに好かれるんだか。
     中身は破天荒というか破壊的と言うか、メチャクチャな人なのに)
     と、横にいたマリアが心配そうな目を向けてくる。
    「尉官? だいじょぶですか?」
    「……ああ」
    「お腹空きました? あたしは空きましたけど」
    「そうか。食べてきていいぞ」
    「はーい」
     御者台からひょいと馬車内に身を翻すマリアを眺めながら、ハンはまた、ため息を付いた。

    琥珀暁・狐傑伝 終

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    琥珀暁・狐傑伝 6

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第107話。
    出発準備とエリザの講釈。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エリザが来たその翌日早朝、ハンたち測量班とクー、そしてエリザの6人が出発するべく、馬車に荷物を積み込んでいた。
    「そー言えば尉官、最初に言ってた陽動作戦って、監視班の人たちが継ぐ感じなんですかー? 尉官、何度もやるって言ってましたけど」
     測量器具を積み込みながらそう尋ねてきたマリアに、ハンが馬を撫でながら答える。
    「いや、あれはもう無しだ。
     エリザさんにも指摘されたことだが、何度もやれば実行者が相当の危険に晒される。応援が今後も送られるだろうとは言え、その応援をいたずらに潰すようなことは当然、すべきじゃない。
     それに昨日の結果からすれば、あいつらは俺たちのことを、かなり警戒したはずだ。うかつに街を出ることは無いだろう」
    「警戒ですって? たった一回だけで……?」
     食糧品を確認していたビートがそうつぶやいたところで、既に馬車内で呑気に座り込み、煙草を吹かしていたエリザが応じる。
    「相手にしてみたら、何やよー分からんような術で一網打尽にされた挙句、殺されもせん、身ぐるみはがされもせんどころか、ただその場に放っとかれっぱなし、っちゅうワケの分からん状態にされたんやで。惑わされたか化かされたか、こら不気味でたまらんやろ?
     しかも最初の脱出作戦ん時、ハンくんやら町民さんらやらの戦力・兵力が全部でアレだけやったと相手には分かっとったはずや。やのに、アタシっちゅう援軍が都合よお現れた。マトモに、と言うよりも常識的に考える頭があるんやったら、援軍を送れる基地なり何なりが結構すぐ近くにあるんやないか、と言うような推察もしよるはずや。
     ソコら辺の理由から、敵さんらはしばらくの間、外に出てこようなんて気は失せとるやろな。必要以上にガッチリ防御固めて、じーっと閉じ籠もっとるはずや」
    「さ、流石の慧眼(けいがん)ですね、エリザ先生」
     目を丸くするビートの横で、皆の武器を手入れしていたシェロが顔を挙げる。
    「でもソレだと、今後がまずいんじゃないっスか?」
    「んー?」
     顔を向けたエリザに、シェロが指摘する。
    「敵が守りを固めたってコトはっスよ、攻略が難しくなるってコトじゃないんスか?
     っつーかそもそも陽動作戦の時、敵を殺さなかったってのがまず、おかしいと思うんスけどね、俺。
     折角ゴールドマンさんが敵を全員気絶させてくれたんスから、ソコで皆殺しにしとけば、後々攻め込む時に少しは楽できたんじゃないかって思うんスけど。単純に兵力が減るワケっスから」
    「ソレも一理ある。あるけどな」
     エリザは煙草の煙をふーっとシェロの頭の上に吹き、こう返してきた。
    「『敵やから殺す』は当然、常識、当たり前の考えや。人間、当たり前のコトが起こったら当たり前に計算がでけるし、当たり前に行動でける。
     でもその『当たり前』にそぐわへん、そうは思えへんような、言い換えれば異常な事態に遭うたら、どう考えてええか戸惑う。ソレも人間や。
     どんなコトでも当たり前にやっとったら、当たり前の結果しか出えへん。未知の人間相手にどうこうしようっちゅう今の状況で、当たり前の結果なんか求めてもしゃーないやろ?」
    「人間って、あの『熊』だとか『虎』が、俺たちと同じ人間だって言うんですか?」
     シェロがいぶかしげに放ったその一言に、エリザは、今度は彼の顔面に直接、煙を吹き付けた。
    「げっほ、げほっ……、な、何するんスか!?」
     当然、シェロは咳き込み、目からボタボタと涙を流す。が、彼が悶えるのにも構わず、エリザはこう続ける。
    「アタシを見てみ」
    「え?」
    「『こっち』でこんな耳と尻尾のヤツがおるか? ん? どないや?」
    「あっ、……えっと、いや、その」
    「道具を持っとる、衣服を身に付けとる、何かしら言葉をしゃべり合うとる。コレだけアタマええコトしとって、アンタは耳や尻尾の形がちゃうから言うだけで、アレは人間や無いっちゅうんやな?
     その言い分やと、アタシも人間や無いっちゅうコトになるわな、お?」
    「いや、そう言うんじゃ、あの」
     エリザは戸惑うシェロの前に立ち、ぽこん、と彼の額に煙管を置いた。
    「あっづぅ!?」
    「アホは若いうちだけにしときや。おっさんになってもじーさんになってもアホぬかしとると、自分も身内も恥ずかしいで」
    「……す、すみませんでした」
     ぺこりと頭を下げたシェロに、エリザはもう一方の手で、彼の頭を優しく撫でた。
    「ま、今回はコレで勘弁したるさかい、次から気ぃ付けや」
    「は、はいっ」
     一転、顔を真っ赤にし、かくんかくんと首を振るシェロを眺めながら、ハンと、そして隣にいたクーは、ひそひそと言葉を交わしていた。
    (……イチコロだな)
    (左様ですわね)

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    琥珀暁・狐傑伝 5

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第106話。
    歴史に書けないスキャンダル。

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    5.
     ハンはいつものように顔を若干青ざめさせつつ、話を続ける。
    「俺ん家に来たエリザさんと、手を引かれて付いてきてたロイドを見て、親父はどうなったと思う?」
    「……ど、どうなったん、……ですの?」
     恐る恐る尋ねたクーに、エリザが答えた。
    「ぱったーん、って感じで仰向けに倒れてしもてん」
    「そりゃ卒倒もしますよ。親父は自他共に認める、真面目で誠実な男だって評判の人だったんですから。
     ……で、当然その後、家は大騒ぎになった。お袋はカンカンになって、ほうきで親父をバカスカ殴りまくるし、親父は血まみれのアザまみれになるし。俺もジニーも、ロイドと一緒に固まって、部屋の隅でブルブル震えてたし。
     だのに、一方でただ一人、エリザさんと来たら、『コレからも仲良うしてなー』とか親父とお袋に向かって言い出すし。子供心に、『ああこれは家庭崩壊するんだろうな』って感じて、ものすごく怖かった覚えがある。
     だが――今でもマジで、どうしてそうなったか俺には分からんが――何と言うか、唐突に丸く収まったんだよな。その後にテレサが産まれたし、同じ年、エリザさんももう一人、リンダって子を産んだし。
     今でもエリザさんは、1~2年に1回くらい俺ん家に来るけど、お袋と仲良く料理してるし、親父とも楽しそうに話してる。俺や妹たちにしても、エリザさんの子供たちとは結構仲良くしてるし、たまにお互いの家に遊びに行くこともあるしな。
     とは言え、陛下のごく親しい側近でもあるゲート・シモン将軍が不倫してるなんて話が公になったら、親父の評判も悪くなるし、もしかしたら陛下にも何かしら、悪影響が及ぶかも知れんから、……内緒で頼む」
    「え、ええ、しょ、しょうち、いたしましたわ」
     かくんかくんと首を振ってはいたものの、幼いクーの内心は爆発寸前だった。
    (と、とんでもない秘密を、打ち明けられてしまいましたわ……!)
     クーはまだどぎまぎしていたものの、そこでハンが席を立った。
    「そう言うわけですから、エリザさん。あんまり俺にベタベタしないで下さい。怪しまれます」
    「はいはーい」
    「それからクー」
     ハンに声をかけられ、クーはかくんと首を上に向ける。
    「はっ、はひっ? なんっ、……なんでしょう?」
    「何だかんだあって疲れてるから、俺はもう休むよ。
     それに明日の朝、出発する予定だからな。早いとこ寝とかなきゃならん。君も一緒に来るんだろ?」
    「あっ、ええ、そうですわね。で、では、わたくしもこの辺りで、お休みいたします」
    「お休み、クー。それからエリザさんも」
     ハンの挨拶に、エリザは口を尖らせる。
    「何や、ついでみたいな……。ま、お休み」
     ハンが部屋を後にし、二人きりになったところで、エリザがクーに向き直る。
    「あ、そうそう。アタシも帰り、一緒やから」
    「えぇ!?」
     驚いたクーに、エリザが肩をすくめる。
    「元々『北』へは、半月くらいだけ滞在する予定やったしな。大部分、こっちへの行き来で使てしもたから、急いで帰らなアカンねん。
     せやからアタシも明日、ハンくんらと一緒に帰るんよ」
    「さ、左様でしたか。……驚いたりなどして、失礼いたしました」
    「えーよえーよ、こんなドぎついお姉さんが側におったら、気ぃ休まらへんやろしな」
    「い、いえ、そんなことは」
    「えーからえーから。ほな、また明日な」
     弁解しようとするクーに背を向け、エリザも部屋を後にした。
    「……はぁ」
     一人残されたクーは大きなため息をつき、机に突っ伏してしまった。
    (何と申せば良いのかしら、……濃い方ですわね、本当に。
     もしハンとお付き合いだとか、……け、結婚、……だとか、そのようなことをいたしたら、あの方とも――直接ではなくとも――縁続きになるわけ、ですわよね。……わたくし、その生活に耐えられるのかしら?
    『恋愛は障害がある方が燃え上がる』だなんてうそぶく方がいらっしゃったけれど、この障害はあまりにも大きすぎますわ……)

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    琥珀暁・狐傑伝 4

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第105話。
    秘密のつながり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「エリザさん、一つお聞きしてよろしいかしら?」
     そう返したクーに、エリザはきょとんとする。
    「どないしたん?」
    「ハンとお話なさっていた時にも感じたのですが、あなたとハンは、昔からご面識が?」
    「あるで」
     エリザはにこっと笑い、こう続けた。
    「付き合い長いし、アタシの子供みたいなもんやね」
    「こ、子供?」
    「ちゅうても血がつながっとるワケちゃうで。ま、似たようなもんやけど」
    「え……え?」
     エリザの言っていることが把握できず、クーは戸惑う。
     が、エリザはそれに構う様子も無く、話を続ける。
    「あの子のお父さんと、何やかや『色々』あってな。家族ぐるみで親しくしとるんよ」
    「左様でしたか」
    「ま、そう言うワケやから、あの子が好きなもんとか嫌いなコトとか、そう言うんはよー知っとるで。
     例えばな、あの子キノコ嫌いやねん」
    「あら」
     意中の男性の嗜好の話になり、クーは長い耳をぴん、と立てる。
    「昔、アタシん家に来た時、アタってしもてな。ソレ以来、キノコ系は避けて食べよるんよ」
    「まあ」
    「せやからな、料理したげよ思うんやったら、その辺り気ぃ付けといた方がええで」
    「参考にいたしますわ」
     クーは懐からメモを取り出し、さっと書き付けた。
     と――。
    「それは克服しましたよ、エリザさん。もう食えます」
     ハンの憮然とした声が、二人にかけられる。
    「あれ? せやった?」
    「各地の測量を行うとなると、行程の大半が野宿になりますからね。キノコに限らず、野のものが食えなきゃ、到底やってられないですよ」
    「そうかー……。成長したんやなぁ。『お母さん』、嬉しいわぁ」
    「だから、それはやめて下さいと言ったじゃないですか」
     ハンは眉間にしわを寄せながら、こう続ける。
    「俺とあなたは血がつながってませんし、親父の本妻は俺の母です」
    「細かいなぁ」
    「あなたが奔放すぎるんです。それに、そんなことをあんまり大っぴらに言わないでくれと、親父からも言ってあったはずですよね」
    「せやから、アンタとアタシの時だけの、……あー」
     言いかけたエリザが、傍らのクーに目をやり、ぺろっと舌を出す。
    「ゴメン、クーちゃん。今の聞かんかったコトにしといて」
    「……えーと、……はい?」
     クーは自分の常識と理解を超えた話の展開に付いていけず、ぽかんとするしかなかった。

     ハンはクーとエリザを連れてもう一度、先程の部屋に戻った。
    「あの……?」
     まだ合点の行かなさそうな顔をしているクーを座らせ、ハンは説明する。
    「まず、……そうだな、今からする話は、秘密にしていてほしい。
     公になると俺も困るし、俺の両親、と言うか親父が特に困る。……エリザさんだって困るはずなんですけどね」
    「そらまあ、うるさいのんが沸きよるやろな」
    「ですよね? ……なのに何で、……いや、まあいい。とにかく説明する。
     俺の家族構成については、さっき言った通りだ。親父とお袋、俺、妹2人。それがシモン家の全員だ。
     だが親父の血を引いてるのが、あと2人いるんだ。それが……」
     ハンはそこで言葉を切り、エリザに視線を向ける。
    「……それが、エリザさんの子供なんだ」
    「まあ! それは、つまり……」
     ハンの秘密を聞き、クーは目を丸くしている。
    「そう。いわゆる不倫ってやつだよ。
     十数年前、エリザさんの要請で、親父はバケモノの討伐隊を率いて山の南へ行ったんだ。討伐作戦は成功して、親父は戻ることになった。
     だけど親父が帰路に着く前日、エリザさんが迫ったんだ。『どうしても奥さんになりたい』つってな」
    「なんて、まあ……、何と申せばよろしいのかしら」
     顔を真っ赤にして聞いていたクーに、エリザがニヤニヤと笑みを浮かべる。
    「ロマンチックやろ?」
    「どこがですか、まったく。……それで、まあ、その後、エリザさんは子供を産んだ。名前はロイド。俺にとっては一応、母親違いの弟ってことになる。
     で、ロイドが3つになるかって頃に、エリザさんはあろうことか、俺ん家に来たんだよ」

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    琥珀暁・狐傑伝 3

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第104話。
    クーのわがまま。

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    3.
     クーのその発言があまりにも予想外だったため、ハンは絶句してしまった。
    「え、……っと? いや、クー?」
    「何か?」
    「本気で言ってるのか? 冗談だよな、勿論?」
    「ええ、勿論。本気で申しております」
     そう言って、クーはまた、にこっと笑う。
     ハンは頭に手をやり、なだめようとする。
    「あのな、クー。遊びでやってるんじゃないんだぞ、俺たちは」
    「ですから『任務に随行』、と申しましたが」
    「軍が許可するわけ無いだろ?」
    「父上を通して正式に許可を取り付けさせます」
    「許すと思うか? 陛下はもとより、俺だって許さないぞ」
    「最終的には許す気になるでしょう。いいえ」
     クーは席を立ち、こう言い残して部屋を後にした。
    「その気にさせますわよ。わたくし、諦めの悪い性格ですの」
     一人、部屋に残ったハンは、ただただ唖然とするしか無かった。
    「……何だって俺の周りは、変な女ばっかり集まるんだ?」
     ぽつりとつぶやいたその言葉は、森から聞こえてくる梟(ふくろう)の鳴き声にかき消されるくらい、弱々しいものだった。

     ハンを一人残し、クーはにこにこと微笑みながら、廊下を歩いていた。
    (さて、どのように攻略しようかしら)
     出会った当初はさほど好印象を持っていなかったものの、数日を過ごす内にすっかり、クーはハンのことが好きになっていた。
    (……とは申しても、あまり性急に押しすぎると、はしたない女と思われてしまいかねないですわね。それにハン自身、あまりそうした性質の女性を好んでいないご様子でしたし。
     首尾良く随行できるようになった折には、まずは大人しめに接した方がよろしいかしら。幸い、競争相手も現れそうにございませんし)
     クーの頭の中で色々と、ハンに対する「攻略」が練られるが、どれも途中で、今後に対する期待感のために霧散してしまう。
    (多少なりとも健啖なご様子でしたから、まずは料理などで印象付けようかしら。わたくし、それなりに料理も得意ですし。きっと気に入りますわ。『うまいな、本当に』『気に入っていただけて何よりですわ』『ああ、君のことも』……なーんて、えへへへへー。
     ……はっ。いけないいけない、わたくしまた、妄想の世界に入りかけてしまいました)
     そんな風に、始終にこにこしながら砦内をさまよっていると――。
    「クーちゃん、何やええコトでもあったん?」「ひゃあっ!?」
     突然、後ろからぽん、と頭を撫でられ、クーは飛び退いた。
    「ななななんですの!?」
    「アタシや」
     振り向いた先には、あのエリザが、ニヤニヤしながら立っているのが確認できた。
    「あ、あなた、街の方たちとご歓談されていたのではっ!?」
    「流石に1時間、2時間も囲まれて疲れてもーたから、『ボチボチお開きにしよかー』ちゅうて抜けてきたんよ。
     ソレよりクーちゃん、何やニッコニコしながらフラフラ歩いとったけど、ハンくんと何しとったん?」
    「え、えっ? は、ハン、と? さ、さあ、何のことでしょう?」
     どぎまぎしつつごまかしたが、エリザにはあっさりと看破されてしまう。
    「さっきこそっと、ハンくんと一緒に部屋抜けてたやろ? チラっと見てたで」
    「う」
    「二人してシケた顔並べてドコ行っとったんやろ思ててな、ほんで探しとったんよ。
     で、こんな人気の無いトコで二人でナニしとったん?」
    「はっ、話を、お話ですっ」
    「お話? まー、そやろな。奥手で堅物のハンくんがまだ15歳のアンタに手ぇ出すワケ無いしな」
    「……っ」
     エリザの言葉に、クーはわずかに苛立ちを覚えたが、それすらもエリザには見抜かれていたらしい。
    「ん、貶しとるワケちゃうで? 真面目で誠実ってコトや。ホンマにええ男やと思うよ」
    「そう、……ですわね。その点は確かに、わたくしも評価いたしておりますわ」
    「せやから好きになったんやろ?」
     そう言われ、クーは自分の顔が熱を持つのを感じる。
    「な、なっ、いえ、すっ、好きだなんて、そんなっ」
    「えーからえーから、お姉さん分かっとるから。
     せや、良かったらハンくんが好きなもんとか、こそっと教えたるけど、聞く?」
    「え……?」
     エリザの申し出に、クーは首を傾げた。

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    琥珀暁・狐傑伝 2

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第103話。
    秘密と共通点。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「やっぱりそうか」
     そう答えたハンに、クーは顔を赤くする。
    「わたくしのこと、幼い振る舞いばかりで幻滅されたかしら? それとも素性を隠していたことを軽蔑なさるのかしら?」
    「そのどっちも、考えたことは無いな」
     ハンは肩をすくめ、こう返す。
    「脱出と陽動作戦、その2度の戦いのどちらでも、君は並々ならぬ協力をしてくれた。そんな君を幼いなんて思ったりはしない。
     それに君のことだ、素性を明かしてしまっては皆を萎縮させるし、気楽に振る舞うこともできない。そんなことを考えてたんじゃないか?」
    「左様ですわね」
    「確かにビート辺りは『畏れ多くも殿下のご面前に配しまして、恐悦至極にございます』なんてかしこまった言葉を立て並べて平伏しそうだしな。
     ロウのおっさんにしても、エリザさんに会った途端にあの態度だ。君の素性を知ってしまったら、あのおっさんも同じように、ペコペコしてくるだろうな」
    「ええ、恐らくは。そんな風に接せられることは、わたくしにとってはあまり、愉快ではございませんから。
     父もそうなのですけれど、わたくしももっと皆さんに、気さくに接していただきたいですもの」
    「そうだろうな。だから俺も、君のことは明かさなかったし、ビートたちにもしつこく聞かないよう、釘を刺していた」
    「……と仰ると、あなたもしかして、初めから気付いていらっしゃったの?」
     驚いた様子を見せるクーに、ハンはにこっと笑みを返す。
    「気付かないわけが無いさ。
     元々見覚えもあったし、髪の色も陛下と同じだ。何よりあれだけ卓越した魔術の使い手なんて、そういるはずも無い」
    「他に気付いた方は、いらっしゃるのかしら?」
    「いや」
     ハンは首を振り、こう続ける。
    「俺の班にいる皆は気付いてないだろう。マリアはそう言う類の勘は鈍い。シェロも気付いてたら、反応が変わるだろうし。ビートもさっき言った通り、平伏してるはずだろう。街の皆は尚更だ。
     ただ、エリザさんは初見で看破したっぽいけどな」
    「そのようですわね。本当、あの方は不得手です」
     そう言い放ち、しゅんとするクーに、ハンはうんうんとうなずいて見せる。
    「そうだな、よく分かるよ。何と言うかあの人は、人の弱点を見付けて弄(もてあそ)ぶようなところがある。
     そりゃ、際立って傷付けたり、実害を与えたりなんてことはしないけど、でもこっちが触れられたくないことにベタベタと触れてきて、それで困る様子を見るのが大好き、と言う性格をしてる」
    「それは、とても強く感じますわね。森でお会いした時も、あなたが仲立ちして下さらなかったら、わたくしきっと、皆の前で素性を晒されていたでしょう。
     確かにそれで、わたくしが傷付くと言うようなことはございませんけれど、それでも心苦しいですし……」
    「君がそうやって困る様子を見て、エリザさんはケラケラ笑うだろうな。……困った人だよ」
    「ええ、本当に」
     二人でクスクスと笑い合ったところで、クーが尋ねてくる。
    「それで、ハン。他に、わたくしに伺いたいことはございますかしら?」
    「そうだな……、いや、今はそれだけで十分かな。逆に、君が俺に聞いておきたいことはあるか?」
    「そうですわね……」
     クーはあごに指を当て、思案する様子を見せる。
    「どんなことでも?」
    「俺だって聞かれたくないことはあるし、それについては答えない。だけど、それ以外なら何でも答える。君も秘密を打ち明けてくれたんだし」
    「では、……そうですわね、ご家族は?」
     思ってもいなかった質問をぶつけられ、ハンはきょとんとする。
    「ん? ああ、俺を含めて5人だよ。両親と、前にも言ったが、妹が2人いる」
    「ご結婚は?」
    「してない。相手もいないしな」
    「あら」
     意外そうな声を上げ、クーは上目遣いにハンを眺める。
    「わたくしには、それなりに整ったお顔立ちと見受けられますけれど」
    「そりゃどうも。でも、顔で付き合うわけじゃないだろ?
     それに俺の主な任務は各地の探索と測量だ。あっちこっち歩き回ってばかりだから、家庭を持つどころじゃないし」
    「では、マリアさんとは? 同じ場所でご一緒にお仕事なさるのであれば、お心が通い合ったりなどされるのでは?」
    「無い、無い」
     ハンは肩をすくめ、否定する。
    「マリアは単なる同僚だよ。異性と思ったことは無い。強いて言えば、妹くらいにしか思ってないな」
    「確かに砦で話されていた折には、その様な雰囲気と見受けられましたわね。
     ……ねえ、ハン」
     クーはにこっと微笑み、こんなことを言い出した。
    「わたくし、あなたのことをとても気に入りました。
     今後、あなたの任務に、わたくしも随行いたしますわ」

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    琥珀暁・狐傑伝 1

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第102話。
    彼女の素性。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     陽動作戦から帰還して以降、ハンはずっと、憮然としていた。
    「あ、あのっ、ゴールドマン先生ですよね!?」
    「あなたのご活躍、常々伺ってました! 一度お会いしてみたいと……!」
    「握手いいですか!? あ、あとサインも……」
     砦の皆に囲まれチヤホヤとされているエリザを、ハンは柱の陰で遠巻きに眺めつつ、干し肉をもしゃもしゃと噛みちぎっていた。
    (……やっぱり、苦手だ)
     居たたまれなくなり、ハンはその場を後にしようとする。
     と、踵を返したところで、部屋の入り口で様子をうかがっていたクーと目が合う。
    「あっ」
     小さく声を上げ、顔を引っ込めようとしたクーに、ハンは声をかける。
    「クー、待ってくれ」
    「は、はい?」
     呼び止められ、立ち止まったクーの手を引き、ハンも部屋を出る。
    「ど、どうされましたの?」
    「いや、部屋を出る口実が欲しかっただけだ。
     それよりも話をしたい。このまま黙って干し肉噛んでると、頭から煙が上がってきそうだった」
    「まあ」
     ハンたちは廊下を歩きつつ、落ち着ける場所を探す。
    「塔は監視班がいるか。中庭は……、エリザさんから呼ばれそうだな」
    「やはりハンも、あの方はお嫌いなのかしら?」
     クーからそう問われ、ハンは小さく首を振る。
    「いや、嫌ってるってわけじゃない。その……、家族ぐるみで、付き合いもあるからな。
     ただ、苦手なだけなんだ。具体的にどこがどうと言われたら、言葉にはしにくいが」
    「そう……ですわね。わたくしも、同じような気持ちですわね。
     あの時否定いたしましたけれど、確かにわたくしとあの方とは、昔からの面識がございます。
     誰にでも親しくされる方ですし、気さくに接して下さる方ですから、悪い方でないことは確かなのですけれど、その親しさが時として、……その、言葉は悪いですが、うっとうしいと申しますか、苛立たしいと申しますか」
    「分かるよ。あの人はフランクすぎるところが多々あるからな。
     俺が子供の時からベタベタしてくる人だったから、時々『やめてくれ』って邪険にしてしまったこともある。
     でもあの人、懲りずに迫ってくるって言うか……」
    「ええ、ええ。そのようなところ、ございますわね」
     並んで歩きつつ、二人はうんうんとうなずき合う。
    「分かってくれる奴がいて、ほっとしたよ。……っと、クー」
    「はい?」
     首を傾げたクーに、ハンは近くの空き部屋を指し示す。
    「あそこなら人も来なさそうだから、じっくり話せる。あっちに行こう」
    「ええ、構いませんけれど」
     クーはにこっと、いたずらっぽい笑いを浮かべた。
    「変なこと、なさらないようにお願いいたしますわね」
    「するわけないだろ……」

     部屋に入り、向かい合う形で座ったところで、ハンが話を切り出す。
    「まず、前も言った通り、どうしても答えたくないってことについては、俺が聞いても『言いたくない』って言ってくれていい」
    「ええ」
    「じゃあ、まず。……君の本名から聞かせてくれないかな」
     そう尋ねたハンに、クーは表情を堅くする。
    「それは……」
    「答えを聞く前に、俺から君について知ってることを話そう」
    「……!」
     クーが目を丸くするが、ハンは構わず、話を続ける。
    「ビートも言っていたが、君の使う術はあまりにも高等なものだ。とても一般兵や市井の魔術師が使うようなものじゃない。
     一方で、君が使っているような術、と言うより技法だが、あれは多段発動術と呼ばれるもので間違い無いな?」
    「え、ええ」
    「それが使えるような人物は、あんまりいない。
     難しい技術だからと言うのも理由の一つだが、容易に広まれば良からぬ人物、言い換えれば悪用しようとする人物にまで伝わりかねない、と言うのが一番の理由だ。
     その真意も含めて、多段発動術は極秘扱いになっている。故に、それを知る人間は一握り、陛下とそのごく近辺にいる、少数の人間だけとなっている。
     ちなみに俺がその事情を知っているのは、親父から聞いたからだ。その親父は陛下から教わったらしいが、『流石に俺じゃ使いこなせなかった』とも言っていた。
     その辺りから、君は陛下にごく親しい存在なんじゃないか、と判断するんだが、どうだろうか?」
    「……」
     クーは顔を覆い、うつむいてしまう。
    「いや、すまない。突っ込みすぎたよ。勿論どうしても言いたくないなら……」「いえ」
     クーは顔を挙げ、すう、と息を吸う。
    「もうお気付きですのね、わたくしの素性について」
    「ある程度はな」
    「では、もう、隠す必要もございませんわね」
     クーは頭の後ろでまとめていた髪をほどき、長い銀髪をさらりと垂らして見せた。
    「わたくしの本名はクラム・タイムズ。ゼロ・タイムズの娘です」

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    イラスト;柊雪乃(蒼天剣)

    イラスト練習/実践

    前回に引き続き、「双月千年世界」第一作「蒼天剣」より、柊雪乃。

    線画版。


    基本的に大人しめのコーデ。
    描いたのは道着ですが、普段着もシンプルな方が好きな模様。
    履物も晴奈と違い、可愛らしさ重視。
    戦闘時には恐らく、もうちょっと頑丈な靴を履くかも知れません。



    続いてカラー版。


    全体的な色合いは彼女のイメージカラー、若草色。
    羽織の色については、晴奈の時に述べたことと同様。



    雪乃の紹介。
    名前柊雪乃 / ひいらぎ ゆきの / Yukino Hiragi
    性別・種族・生年
    身体的特徴
    女性 / 長耳 / 482年
    髪:緑 瞳:黒
    身長:168cm 体重:54kg
    3サイズ:B78、H52、W77
    職業焔流剣士
    晴奈の師匠。旅と小物集めが大好き。
    晴奈以外にも弟子が数人おり、そのうちの一人、良太と結婚している。
    秘密にしているが、実は体の半分が人工物でできた「半人半人形」。

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    琥珀暁・奔尉伝 8

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第101話。
    生ける伝説の登場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     樹上から次々降りてきた皆に、エリザは優しく笑いかけてくる。
    「皆、無事かー?」
    「え、ええ」
     一様に面食らった顔をしている皆に、ハンが声をかけた。
    「俺にも何が何だか分からないんだが、ともかく、彼女の紹介をさせてもらう。
     構いませんか、エリザさん?」
    「えーよ」
     エリザの許可を得たところで、ハンは続ける。
    「もしかしたら知っている者もいるかも知れないが、彼女はエリザ・ゴールドマン女史。ウォールロック山脈の南地域に住む、魔術師兼商人だ」
    「し、知ってるどころか、エリザ・ゴールドマンと言えばっ」
     彼女を見て、ビートの顔が上気している。
    「陛下やモール氏と並ぶ『魔法使い』じゃないですか!」
    「あらどーも、ありがとさん」
    「お、お会い出来て光栄です! あ、握手、いいですかっ!?」
    「えーよえーよー」
     気前良く握手に応じるエリザを、ロウがまるで宝石か黄金を愛でるかのような目で見つめている。
    「お、あ、あのっ」
    「ん? どないしはりました?」
    「お、俺、あの、覚えてますか?」
     珍しく敬語調で話すロウを見て、ハンはぎょっとする。
    「ロウ? あんた一体どうしたんだ?」
     ハンの問いに応じず、ロウはエリザの側に寄る。
    「双月暦6年の、あの、討伐で一緒に戦った、ロウっス」
    「んー? ……えーと、アタシが苗字考えた、あのロウ?」
     そう返され、ロウは尻尾をばたばたとさせて喜んでいる。
    「そうっス! お久しぶりっス!」
    「ホンマお久しぶりやねぇ。大分老けたんとちゃう?」
    「うっ、……ま、まあ、あれも14年前っスから、ははは、へへ、……へへ」
     ロウはいつもの彼らしくない、ヘラヘラとした笑みを浮かべており、それを見た周囲の者は一様に、奇怪なものを見るような目をしていた。
     と、自分の右手を左手で握り、嬉しそうにはにかんでいたビートが、真顔に戻る。
    「……あれ? クーさんは?」
    「ん?」
     言われてハンも、クーの姿が無いことに気付く。
    「木の上にはいたよな?」
    「ええ。一緒にいました」
    「じゃ、まだ上に?」
     そう言って上を見上げたところで、恐る恐る下を窺っていたクーと目が合う。
    「あっ」
    「あっ、……じゃないだろ。いつまでいるつもりだ?」
     ハンに声をかけられ、クーはしどろもどろに応じる。
    「それは、あの、今から、……いえ、あの、都合が、……ではなくて、えーと」
    「とりあえず降りてこいよ」
    「え、……ええ」
     顔をしかめつつ、クーが降りてきたところで、エリザが「あら?」と声を上げる。
    「アンタ、見覚えあるな?」
    「い、いえっ」
     エリザと目が合うなり、クーは慌てた素振りでハンの後ろに隠れる。
    「わっ、わたくし、あの、あなたとはそんな、その、めめめ面識など無いと思うと、その、思うのですけれど、ええ、あの、多分、そう、きっと」
    「あるで?」
     クーが必死に否定するものの、エリザはさらっと肯定する。
     それを受けて、クーは涙目になっていく。
    「なっ、無いです、無いですぅ~」
    (言葉遣い変わってる……)
     クーが相当狼狽していることを察し、ハンは仲立ちする。
    「エリザさん。彼女が無いと言ってるんですから、多分本当に、無いんじゃないですか?」
    「せやろか? まあ、そう言うコトにしとこか。
     あー、と。ハンくん、本題言うん忘れてたから、今から言うけどな」
     急に真顔になったエリザに、ハンも姿勢を正す。
    「何でしょうか?」
    「アタシがこっち来た理由やけどな、アンタ、監視班寄越してくれって軍本営に要請したやろ?」
    「ええ」
    「丁度クロスセントラルにアタシ来てたんやけども、そん時にゼロさんからその話聞いてん。
     で、アタシが『行ってみよか?』言うて、監視班の子ら連れて、一緒に来たんよ。馬車速よ動かす術の実験がてらな。あ、監視班はもう砦の方に行ってもろてるからな。
     そしたらマリアちゃんやったっけ、あの『猫』の子から、陽動作戦しとるって聞いたからな、もしかしたら困っとるんちゃうかなーって思てな」
    「え? どうしてそんなことが……」
     面食らうハンに、エリザはニヤっと笑いかける。
    「陽動作戦で敵さんらの気ぃそらしたろっちゅう着眼点はええけどな、街出る時はどうしたって皆で集まって門くぐらなアカンやろ? どんだけ街ん中でうまいコトやっとっても、くぐる前後ら辺で危ない目に遭うやろなっちゅうコトは、ほぼ確実やん。
     そもそも陽動で中入った直後に、敵さんトコの別働隊が門閉めに来たら、ソレで一巻の終わりやし。この人数やとその別働隊に対応する余裕あらへんし、ソコ考えてへんかったやろ、アンタ」
    「う……」
    「後もういっこ問題点言うとくとな、砦向かっとる探査部隊からしたら、アンタらの動き丸見えやろ? 門出るのんに手間取るコト考えたら、隠れるタイミングもまずあらへんし。
     あんなんやっとったら自殺行為やで」
    「うぐっ」
    「予想通り、アンタら森に逃げ込んで窮々しよるし。アタシが助けに来おへんかったら、ホンマに皆まるっと丸焼きやったで」
    「……返す言葉もありません」
     エリザの指摘に打ちのめされ、ハンはうつむいてしまう。
     そんな彼の頭をぽん、と優しく叩きながら、エリザが皆に声をかけた。
    「ほなとりあえず、砦に戻ろか」

    琥珀暁・奔尉伝 終

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    琥珀暁・奔尉伝 7

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第100話。
    最悪の状況で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     瞬く間にハンは敵に囲まれ、進退を窮める。
    「……やっちまったなぁ」
     ハンは苦笑いし、腰に佩いていた剣を抜く。
    (これで状況は最悪になった。勝つ道は無い)
     剣を構え、周囲をにらみつけて牽制しつつ、ハンは必死で頭を動かす。
    (この状況、どう切り抜ける? どうすれば最良の結果を導ける?
     最も俺にとって望ましい結果は、何ら犠牲無く、こいつらを翻弄することだった。それだけで済めば、一番消耗せずに済んだはずだ。
     だがそれはもう、絶望的だ。敵意むき出しのこいつらを全員かわすことは、もうできない。それに俺が降りてきたことで、こいつらは付近に俺の仲間が潜んでいることを察しているだろう。
     俺がこのままここから逃げ延びるか、もしくはこいつらに殺されたら、こいつらは今度こそ森に火を点け、いぶり出しを行うだろう。
     そうなれば確実に仲間の半分、いや、ほとんどが死ぬ)
     考えている間にも一歩、また一歩と、敵はハンに近付いて来る。
    (次善の策としては、こいつらと戦い、一人の犠牲も無く勝利することだ。
     だがそれも無理だ。俺と上の仲間が全員立ち向かったところで、この人数相手じゃ、間違い無く死人が出る。
     ……親父。済まない、俺はリーダー失格だ)
     ごく、と唾を飲み、ハンは剣を構え直す。
    (『人の上に立つ時は、下にいる奴を大事にしろ』ってあんたの教え、俺は守ったつもりなのにな。もうあと数分後には、誰かが死んでるだろう)
     それを見た敵も、警戒する素振りを見せる。
    (どうにかして誰も死なないような策をって、考えて考えてやってたってのに、どうしてこうなるんだかな。
     仕方無い。……覚悟決めるか)
     ハンはすう、と息を吸い、剣を振り上げた。

     と――その時だった。
    「ぐるぐる頭ん中で考え過ぎや、アンタ。まーだ覚悟決めへんのかいな」
    「……っ?」
     その声を聞き、ハンは驚きと、そして戦慄を覚えた。
    (今の声、……まさか?)
     空耳かと疑いかけたが、その女性の声は、続いてハンに投げかけられる。
    「今アンタ、『どうにか逃げられへんかなー、死人出した無いなー』とか思てたやろ」
    「そりゃ、思いますよ」
    「うんうん、分かるでー。人が死ぬのんなんてそうそう、見たないもんな。ましてや自分が知っとるヤツやったら尚更や」
    「そうですね」
     応答しつつ、ハンは複雑な思いを抱えていた。
    (助け、……が来たんだろうけど、色々信じたくない。
     そんな都合良く助けが来るわけ無いだろって言うのと、何であの人が助けに来るんだって言うのと、よりによってあの人にまた助けられるのかって言うのと、……あー、もう頭ん中が大混乱だ、クソっ)
     そんなハンの困惑に気付いているのかいないのか、彼女は優しく声をかけてくる。
    「ま、とりあえず剣、収めとき。もう終わっとるで」
     彼女の言う通り、いつの間にか敵は全員、その場に倒れ込んでいた。
    「今の一瞬で? どうやったんです?」
     ハンの問いに、いつの間にか正面に現れた彼女は、にこっと笑って答える。
    「アタシが新しく組んだ術やね。アタマん中にどわーってやかましい音、仰山詰め込んだってん」
    「聞くだけで頭が痛くなりそうですね」
     ハンはどうにか笑顔を作り、目の前に現れた狐獣人の女性に会釈した。
    「助かりました。お久しぶりです、エリザさん」
    「おひさー」
     女性――エリザ・ゴールドマンはにこにこと笑いながら、ハンをぎゅっと抱きしめる。
    「ちょ、っと」
    「ハンくん、アンタ相変わらずほっそいなー? アタシより腰、細いんとちゃう?」
    「は、はは、まさか。……すみませんが、その」
    「何や?」
    「そろそろ離れてくれませんか? 部下に、威厳が……」
    「あー」
     ひょいと離れ、エリザはハンに笑いかける。
    「ゴメンなぁ。久々に会うたから、そらぎゅーってしとかんとアカンやろなって思てなぁ」
    (……これだから苦手なんだよ、この人)
     そう思ったものの、ハンは極力、それを顔に出さないよう努めた。

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    琥珀暁・奔尉伝 6

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第99話。
    窮地。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「うらあああッ!」
     戦鎚がうなりを上げ、ロウの正面にいた虎獣人の鎧を粉々に打ち砕く。
    「**!?」
     まるで手鞠のごとく弾き飛ばされ、ロウを囲んでいた敵たちは、一様に戦慄の表情を浮かべる。
    「……*!」
     だが、それでもじわじわと包囲を狭め、ロウの進退を窮(きわ)めさせていく。
    「くっそ、しっつけえなあぁ!」
     ロウ自身、どうにかして包囲を抜け、ハンのところに戻ろうと焦っているのだが、何故か敵たちは、明らかに他の仲間よりもロウを、集中的に狙ってきている。
    (こないだボッコボコにしたのがまずかったか?)
     撤退の合図はロウも確認していたものの、敵が執拗に行く手を阻んできた結果、その機を失ってしまったのである。
    (畜生、このまんまじゃまたあの、ガリガリのっぽの尉官に『勝手なことすんな』だの何だの言われちまうな。……腹立つなぁ、クソ)
     もう一人打ち倒し、包囲網にわずかな隙間ができるが、それもすぐ、他の敵に埋められてしまう。
    (……ってーか、普通にヤバい。流石に息があがってきたぜ)
     自分が肩で、ハァハァと荒い息を立てていることに気付き、ロウの額に冷たい汗が浮く。
    「ちぇいやあああッ!」
     と――誰かの叫び声と共に、敵の一人が前のめりに倒れる。
    「おい! 無事か!?」
     その背後から現れたのは、ハンだった。
    「念入りに狙われたもんだな、あんたも」
    「……へ、へへっ、ちっと大暴れしすぎたみたいでよ」
     突如現れたハンに、敵全員の視線が集中する。すかさずロウは、ハンが開けてくれた隙間に飛び込み、包囲を突破する。
    「**!」
     一瞬遅れて敵が反応するが、ロウもハンもそのまま走り去り、広場を後にした。

     10名以上の敵に追われたまま、ハンたちは皆がいるところまで戻ってくる。
    「クー! やってくれ!」
    「は、はい!」
     ハンに命じられ、クーは魔術を発動させる。
     途端に周囲から白い煙が立ち上り、敵も味方も煙に巻かれる。
     その様子を見ていたビートが首を傾げ、不満げな口ぶりで漏らす。
    「『ホワイトアウト』なら、僕も使えるのに……」
     それを受けて、クーはどこか得意げな様子で答える。
    「その術だけが必要であれば、わたくしがここまで馳せ参じる意味がございませんわ。
     もっと効果的な術を使用しておりますの」
    「と言うと?」
     尋ねたところで、ビートの目の前を敵がそのまま通り過ぎ、そのまま自分から、家の壁に頭から突っ込んでいく。
    「え? え?」
    「この術は『ミラージュ』と申しまして、幻惑術の中でも高等と分類されているものですわ。実像と虚像の境界を操る、とでも申せばよろしいかしら。
     そしてわたくしの場合、こうして範囲的に発動しておりますけれど、操りたい相手にのみ術をかけることがいたせますのよ」
    「範囲型で、しかも対象選択を? 一体どうやって……?」
    「詳しくご存知になりたいのであれば、後でご説明差し上げますわ。
     とにかく今は、探査部隊が戻ってくる前に撤退いたしましょう」
    「あ、そうでした」

     全員が門を抜けたところで、ハンが叫ぶ。
    「ビート! 中の奴らを足止めしてくれ!」
    「了解です! 『ブレイズウォール』!」
     すぐさまビートが呪文を唱え、門の周囲に火を放つ。
    「……っ」
     炎の壁に阻まれ、中にいた敵は立ち尽くし、ハンたちをにらむことしかできない。
    「探査部隊の方は!?」
    「こっち来てる! めちゃくちゃ怒ってるみたいだ!」
    「森に逃げるんだ!」
     ハンの指示に従い、一同は森へと逃げ込む。
     奥まで進み、木の上へ登ったところで、敵も森の中へとなだれ込んでくる。
    《静かに。動くんじゃないぞ》
     ハンは樹上にいる者たちに目と手振りで指示を送りつつ、下の様子を窺う。
    (見つからないはずだ。これだけあっちこっちに木があるんだし、一つ一つ探るのは骨が折れる。いくらなんでも、そこまで手間をかけてまで探るとは思えん。
     火を点けていぶり出すって手もあるだろうが、そう街から離れてるわけでもない。飛び火して街を焼く可能性を考えたら、やろうなんて奴はまず……)
     が――すぐに焦げた臭いが漂ってくる。
    (……マジかよ!? いや、そうか。ここは俺たちの土地であって、あいつらの土地じゃないんだ。
     クソ野郎めッ! 他人の土地なんかどうなろうと構わない、ってわけか!)
     次の瞬間――ハンは地面に飛び降り、松明(たいまつ)を手にしていた虎獣人を殴り倒していた。

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    琥珀暁・奔尉伝 5

    琥珀暁 第3部

    神様たちの話、第98話。
    陽動開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「首尾は上々、ってところだな」
     陽動部隊を招き入れつつ、ハンはその向こう側、砦の方向へ目をやる。
    「砦にも変わった様子は無さそうだ。
     すぐ暴れてもらうぞ。準備はいいか?」
    「いつでもいいぜ」
     ロウはニヤっと笑い、手にした戦鎚(せんつい)を掲げる。
    「それじゃ行ってくるぜ、尉官さんよ」
    「頼んだ」
     ハンがうなずくとほぼ同時に、ロウは鬨(とき)の声を挙げた。
    「うおらあああああッ! 出てきやがれええええッ!」
     他の者たちも口々に叫び、街へと駆け出していく。
     その場に残ったのはハンとビートだけになり、そこでビートが尋ねてくる。
    「クーさんは?」
    「あそこの家の中だ。魔術師に近接戦闘なんか頼めないからな。大人しくしてもらってる」
    「そうですね。じゃあ彼女には、逃走時の手引きを頼む感じですか?」
    「ああ」
     二人でその家に戻り、ビートがクーに声をかける。
    「大丈夫ですか、クーさん?」
    「あら、ビートさん。ええ、何ら問題ございませんわ」
     クーににこっと微笑まれ、ビートも笑みを返す。
    「落ち着いてるみたいですね」
    「これしきのこと、平気です」
     クーがそう返したところで、ハンはぷっと吹き出した。
    「……何かしら?」
     一転、じろっとにらんできたクーに、ハンは笑いを噛み殺しつつ、こう返す。
    「いや、さっきまで真っ青な顔してどもってたじゃないか」
    「そっ、そんなことございません! たたた、泰然自若でございましたわ!」
    「まあ、君がそう言うなら、そう言うことで構わないさ。
     それよりクー、逃げる準備を整えておこう。皆が無事にここを出られるよう、手配して欲しい」
    「ええ。承知いたしました、ハン」
     クーはうなずき、家の外に出る。ハンたちもその後に続き、周囲を警戒する。
    「敵は無し。安全を確認」
    「それでは詠唱を始めますわね」
    「頼んだ」
     クーが魔術に集中し始めたところで、ビートも呪文を唱える。
    「『ホワイトアウト』」
     発動と共に白煙が辺りに漂い始め、上空へと上がっていく。
    「これで探査部隊も異状に気付き、すぐに引き返してくるでしょう」
    「となると、猶予は5分ちょっとってところか。向こうはどうかな」
    「今のところ順調っぽいです。暴れ回ってます」
    「ロウか?」
    「皆さん全員ですね」
    「どうやら皆、鬱憤(うっぷん)が溜まってたみたいだな」
    「案外、これで奪還まで行けるんじゃ……」
     そんなことを言うビートに、ハンは首を横に振る。
    「深追いして探査部隊が戻ってきたら、退路を失うことになる。陽動作戦で疲れ切った皆が突破できる可能性は低い。
     そもそも俺たちは敵の全容を把握していない。先日の退却の時にしても、敵全軍が広場に揃っていたとは思えん。俺たちが遭遇した何倍もの人員が潜んでいたとしたら、奪還なんて到底できない。
     作戦の目的はあくまで、探査部隊を街まで引き返させることだ。それ以上は現状で望むべきじゃない」
    「そう……ですね」
     と、クーが声をかけてくる。
    「こちらも準備完了いたしました。いつでも発動できますわよ」
    「ありがとう。それじゃビート、合図を頼む」
    「はい」
     ハンの命令に従い、ビートは魔術で音を立てる。
    「『ラウドビート』!」
     バン、バンとけたたましい音が鳴り、広場に散っていた者たちが一人、また一人とハンたちのところへ戻ってくる。
    「もう終わりでいいのか?」
    「ふーっ、参った参った」
    「奴らしぶといわー」
     汗だくになっていたり、軽く傷が付いていたりはするものの、動けないほどの重傷を負った様子は、誰にも見られない。
     それに安堵しつつ、ハンは退却を命じようとしたが――。
    「……待て」
    「ん?」
    「どうした、尉官さん?」
     ハンは内心の苛立ちを極力押さえながら、皆に尋ねた。
    「ロウは? どこだ?」
     その問いに、皆は辺りを見回し、そして一様に頭を抱えた。
    「アイツ……いねえ」
    「まだ戦ってんのかよ?」
    「マジで人の話聞かねえな、あのバカ」
    「……ふざけるな」
     ハンは怒りで頭に血が上りそうになるのを抑え込みつつ、広場に駆け出した。

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